第52話 おじさんはイビキを、魔導少女は歯ぎしりを、騎士に寝不足は大敵
三郎達一行は、グランルート族の森林火災対応の中継基地へ到着していた。
そこは、中継基地と言うだけあって、周囲を天然の岩や木々が壁の様に囲ってる、天然の要塞とも呼べる外観をしている。
しかし、入り口である二本の大木の間を通り中へ入ると、三郎の期待を裏切るような光景が出迎えてくれた。
広いとは言えないながらも、整備された草地が広がり、背の低い木々が程よい木陰を作っている。
グランルート族の設営したきれいなテントが幾つも並べられ、澄んだ清水を湛えた水場まで準備してあった。
テントの横には、どう見てもリラックス用としか思えない作りの椅子が置いてある。
(テレビで、こんな風なリゾート施設を見たことあるな)
そう思いながら、三郎はトゥームやシャポーへ目を向ける。まさかとは思うが、これがこちらの世界の野営地の常識的な姿であるとも考えられるのだ。
だが、三郎同様に驚いた表情をしている二人を見て、三郎は内心ほっと胸をなでおろすのだった。
「まぁまぁ、お三方ともご遠慮なさらず。使ってもらうテントにご案内って感じなので、荷物とか置いてもらったら夕食にしちゃって、明日に備えて体を休めましょうって所です。やっぱり、こんな狭い所なので、テントは一つしかご用意できないんですが、大丈夫って感じで問題ないですかね」
入り口近くで立ち止まってしまっている三人に、パリィが手招きしながら言う。
どうやら、リゾートっぽいとはいえども、緊急対応用の基地であるため、三人で一つのテントを使う事になる様だった。
「ひ、一つのテント。サブローさまと同じテント。ほひっ」
シャポーがその言葉に体が揺れるほど反応し、目をぱちくりと瞬かせながら、おかしな語尾を発する。
「まぁ、宿場町でもないんだし、仕方ないわよね」
トゥームは、諦めのついている様子で、軽く肩を上げて言った。
そんな二人の反応とは違い、三郎は片眉を上げた複雑な表情をして悩んでしまっていた。
(あ~、俺けっこうイビキがうるさいって言われるんだよな・・・二人とも大丈夫かな)
社員旅行に行った時や家族で旅行に行った時など、相部屋になった同僚や家族から『イビキがうるさくて眠れなかった』と文句を言われていた事を思い出す。
三郎は、自分のイビキのせいで二人が寝不足となり、明日の失敗へ繋がってしまわないだろうかと杞憂の念に囚われていた。
「サブロー、どうかした?」
歩き出していたトゥームが、立ち止まっている三郎に気付き、振り返って声をかける。
「あぁ、悪い、何でもないよ」
そう返事を返しながら、三郎は(とりあえず、先に謝っておくかぁ)と心に決めるのだった。
テントに入り荷物を置いて、それぞれ使うベッドを決めると、パリィが食事のために三人を呼びにやって来た。
森を歩いていた時は、シャポーのフードの中で気持ちよい眠りに落ちていたほのかも目覚めており、ゴハンと聞いて上機嫌に小躍りした。
パリィに案内されたのは、食堂として使われている一際大きなテントで、中にはテーブルと椅子が並べられている。
夕食時な事もあり、食堂テントはグランルート達で賑わっていた。
案内されるまま席に着くと、グランルート族達が人懐っこい笑顔をしながら、わらわらと三郎達の周りへ集まってくる。
「貴方が、トゥームさんでしょ?魔獣からソルジとか言う人族の町を一人で救った騎士さん!シトスさんやムリューさんの事も救ってくれたんだってね」
「グレーターエルート族の命を救った魔導師さんって言うのは、君なんだって?若い人族なのにすごい子だ」
「始源精霊に名を与えるほどの精霊使いさんが来るって聞いてましたよ。あの魔力の炎をパパッと散らしてくれるとか、頼もしい限りです」
「え・・・この子が、始原精霊!?もっと大きくて怖い感じかと思ってた・・・小っちゃくて可愛い」
中継基地のグランルート族達は、口々に三郎達を称賛しながら新作のシャットゥーやスイーツを持ち寄って歓迎の意を表してくれた。
余談ではあるが、シャットゥーとは、フラグタス特産の果物を使ったシャーベット状の飲み物で、旅行客に人気の飲み物である。その種類は豊富で、日々新作が開発されている。
三郎は、グランルート族やエルート族にとって特に関係の無さそうな、ソルジの件についての話題が出ているのを不思議に感じたので、パリィにそれとなく聞いてみる。
「トゥームがソルジを守ったなんて、人族の町で起きた事件なのに、グランルート族って詳しく知ってるもんなんだな」
「そりゃー知ってるってもんですよ。グランルート族は、クレタス内の情報をエルート族に伝える役割もありますからね。やっぱり、情報は鮮度が命。商人や旅人から得る情報も少なくないですし、それなりに特別な情報ルートもあるってもんですからね。観光案内のプランだって、最近の流行を知らないと人気出ませんし。我々が、エルート族の外交担当と言っても、大げさではないって感じですかね」
三郎の質問に、パリィは得意げに返事を返した。
その答えに三郎は、グランルート族がただ陽気なだけでなく、情報収集や外交手腕に長けた種族なのかもしれないなと、認識を新たにする。
「サブロー、ちょっと」
その時、三郎の前に座っていたトゥームが、机をトントンと指で叩いて三郎の名を小声で呼んだ。
「ん、どした?」
「シャポーが、期待されるような言葉をかけられて、また緊張し始めちゃってるわよ」
トゥームに言われて、三郎がシャポーの方を確認すると、グランルート族に囲まれて必死に笑顔を取り繕っているシャポーの姿が目に入った。
(あーぁ、せっかく気持ちが落ち着いてたのに、褒めたり期待されるのも善し悪しだよなぁ)
三郎は、そんなことを思いつつ、シャポーを『期待と賛辞の渦』から救い上げるため何か話題を振らないとと考える。
ちょうど良いタイミングで、美味しそうな匂いをただよわせた料理が運ばれてきた。
こうして、中継基地での夜は過ぎていくのだった。
***
「サブロー・・・言ってた通り、貴方のイビキすごかったわ」
少しばかり寝不足気味のトゥームが、恨めしい顔をしながら三郎に言う。
三郎達は、朝日が昇るのとほぼ時を同じくして中継基地を出発していた。
普段から半眼であるトゥームの瞼が更に下がり、目の下にはクマができてしまっている。
「いやぁ、ごめん。本当にお恥ずかしい限りで」
三郎は、半笑いでトゥームに返しながら(若い娘に「すごかった」とか言われちゃったよ、なんつって)とアホな事を考えていた。
お詫びとばかりに、今日は荷物の台を三郎が引いている。とは言っても、浮遊木で作られて浮いている荷台は、大した力も要らずに引くことができた。
「シャポーは、特に気にならなかったですが、そんなに大きかったですか?サブローさまのイビキ」
シャポーが、きょとんとした顔で聞き返してくる。
シャポーの頭の上では、あぐらをかいて腕を組んだほのかが、難しい顔を作ってウンウンと同意するように大きくうなずいていた。
美味しい食事と、新鮮な朝の空気を胸いっぱいに吸ったおかげで、シャポーはそれなりに緊張が解けているようだった。
「あのね、シャポー貴方も歯ぎしりがすごかったわよ。それに、寝言まで言うし・・・二人に挟まれてた私は、ぐったりよ」
肩を落として言うトゥームであったが、それでも、シャポーに気を使って言葉を選びながらしゃべっていた。
シャポーの寝言が『解析が~、解析が~』と繰り返していた事を伝えてしまえば、また緊張がぶり返すとも限らない。歯ぎしりの原因も大方それなのだろう。
「あはは、それは大変だった感じですか。やっぱり、テントを人数分ご用意出来れば、問題も無かったって所で。寝不足のトゥームさんには、是非とも浮遊木の荷台で仮眠を取ってもらうのがお勧めなんじゃないかと思うんですよね。この付近も安全は確保済みですし、目的地までもまだまだかかりますし、何かあればすぐに起こしますって感じですしね」
パリィが笑いながらも、なかなかに的確な提案をしてくる。
三郎は立ち止まると、荷台の上の荷物をごそごそと動かし、掛け布団代わりになる布を荷物から引っ張り出した。
「そうだな、ちょっと狭いけど荷物を寄せれば寝れなくもないな。でも、重さ的に大丈夫なの・・・」
そこまで言いかけた三郎が、鋭い視線に気づいて口を閉じる。
「なぁに?私がすごく重たいように聞こえるんだけど?」
寝不足で鋭くなっているトゥームの目が、三郎の背筋に冷や汗を流させる。
「いやいやいや、そんな事は言ってませんよ。是非とも、トゥームさんのお眠りになる台をですね、引かせて頂きたいと思うばかりで」
愛想笑いを満面に作って、三郎は誤魔化す。
「ふーん、それなら良いけど」
トゥームはそう言うと、三郎の作ったスペースにコロンと上手く収まるように横になった。
もし、魔人族との戦闘となった場合、寝不足だったからと剣を鈍らせては元も子もないと考えた為でもあった。
「ではでは、ぶつけない様に引かせてもらいますので、お客様はご安心してください」
三郎がふざけて、恭しく頭を下げながら言う。
「ふふ、御者さん、よろしくお願いするわ」
トゥームも笑いながら返すと、三郎の用意した布に包まって浅い眠りに入っていった。
「う~、何だか羨ましい感じがするのは、何故なのでしょうか」
「ぷぅ~」
歩き出しながら、二人のやり取りを見ていたシャポーが、ぷくっと頬を膨らませると、ほのかもシャポーの真似をした。
この日の昼過ぎには、炎の壁に到着する予定となっている。
次回投稿は9月2日(日曜日)の夜に予定しています。
知らぬ間に一周年過ぎてました・・・今後とも、よろしくお願いいたします。




