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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第51話 森林浴は緊張をほぐす

 深い緑に覆われた森を、三郎達一行は進む。


 案内役のパリィの後ろを三郎、シャポー、トゥームの順で続いていた。


 フラグタスに到着した一行は、グランルート族の族長と挨拶を交わすと、早々に深き大森林へ入った。


 木漏れ日に輝いて幻想的な雰囲気を作りだす森は、夏だというのに涼しげな空気が流れている。


 鳥の声が木々に木霊し、時折流れて来る清々しい風は、遠くで起こっている森林火災など想像すらさせないようだった。


(これだけ潤った森なんだから、誰かが火を放たないと森林火災なんて起きそうもないよな)


 三郎は、物珍し気に周囲を観察していた。


 元居た世界でも、旅行などで森にいった経験は何度かあったのだが、これ程に深い森を歩いたことは無い。


 周囲には、三郎が一人では抱えられそうもない太い木々が立ち並び、その葉を天に向けて広げている。


 足元には、苔の生えた石が転がり、森が緑一色に彩られるのに一役も二役も買っていた。


「人が美しいと思う自然は、こちらへ脅威を向けてこない自然だって聞いたことあるけど、ヒルとかやぶ蚊とか変な虫とか、全然居ないんだな」


 虫や生き物だけではなく、司祭用の長いチュニックが草木に引っかかる事もほとんど無く、三郎はこの森歩きが快適に思えてならなかった。


「そりゃーやっぱり、この敏腕パリィが案内してるんですから、当然ってもんじゃないですかね?観光で来る際も、ご指名お待ちしてるってもんですよ。血を吸う生き物から、肉食の獣、虫や毒のある植物まで、すべて回避できないと、やっぱりグランルートの観光案内役なんて名乗れない感じですからねぇ」


 三郎の言葉に、背中にしょった丸く膨れている荷物とだぼだぼの丸い服が、妙にマッチしているパリィが上機嫌で返事を返す。


 パリィの帽子の上ではしゃぎ回るように動いていた緑色の塊達も、動きを止めると三郎へ向かって頷くような仕草をする。


 パリィから『草玉の子』と紹介された緑の塊達は、草木の精霊であり、三郎達が森の生き物から襲われないようにしてくれているのだ。


(精霊って紹介されたけど、精霊って言うよりも妖怪とかモンスターって言うほうがしっくりくるな)


 有難い存在であるとも知らない三郎は、草玉の子達を見て失礼なことを考えてしまうのだった。


「こんな少人数で森を歩くなんて、普通だったら自殺行為レベルなのよ」


 最後尾を歩くトゥームが、三郎達の会話を聞いて言葉をはさむ。


 トゥームは、浮遊木ふゆうぼくで作られた荷運び用の台を、片手で軽々と引いている。


 荷運びの台は、フラグタスで族長から借り受けた物で、パリィ以外の者の荷物と修道の槍が括り付けられていた。


「中継基地があるからって言うのも大きいんじゃないかしら。それでなければ、もっと大所帯になってるはずよ」


 トゥームの言う通り、火災へ対応するためグランルート族が物資などの中継の基地を森の中に設置していた。


 フラグタスから中継基地までの安全が確認されている為、このような少人数での森歩きが可能だとも言えるのだ。


 その上、魔人族の宣戦布告があったのだから、何の準備もなければもっと警戒を高くして慎重に進まねばならないのは想像できた。


「たしかにたしかに、この界隈は、グランルートと精霊達が監視の目を光らせてるので、やぱっり、普段よりも安全なのかも知れないってもんですよ。しっかし、魔導師さんや修道騎士さん、それにサブローさんまで居るんですから、旅の一団としてはかなり安全なメンバーだと思っちゃいますけどね~」


 カラカラと笑いながら、パリィは言う。それに合わせて草玉の子達も、パリィの帽子の上や荷物の上で楽しそうに飛び跳ねた。


 三郎は「ふーん、そんなもんか」と返事をしながら、いつもなら知識を披露する様に話へ入ってきていそうなシャポーを横目で確認する。


 少しばかり緊張した面持ちのシャポーは、口を真一文字に引き結んで、足元に注意を払いながら黙々と歩いていた。


 シャポーは、フラグタスで馬車を降りてからほとんど口を開いていなかった。それは、自分が役に立てるのだろうかと言う思い、むしろ、役に立たなければいけないのだという思いが、強くなってしまっているせいだった。


「シャポー、大丈夫か?疲れたら遠慮なく言ってくれよ」


「え、あ、はい!大丈夫なのです、解析魔法は三つほど準備しましたので、問題無いとおもうのです」


 三郎の問いかけに、シャポーはトンチンカンな答えを返す。


 シャポーがずっと、解析魔法の事を考えていたのだと察した三郎は、重症だなと思いながらも、何とかシャポーの緊張は解せないものかと考える。


「おお、三つも準備したのか、すごいなぁ。でも、気負いすぎても良いパフォーマンスは発揮できないから、適度なリラックスは大事なんだぞ。幸い、こういう森は、マイナスイオンが出ててリラックス効果絶大らしぃからな」


 三郎は、聞きかじった程度の森林浴の効果を説明する。


「マイナスイオンですか、そんなものが出ているのですね。シャポーは、また一つサブローさまに賢さをいただいたのです」


 少し興味を引いたのか、シャポーは三郎の話へ目を丸くして相槌を打つ。


「それに、木々は浄化の為にフィトンチッドとか言う物質を発散しててだな、こうやって深呼吸して取り込むと、人にも良い効果があるんだ」


 三郎は立ち止まると、両手を広げるように深呼吸をして、胸いっぱいに森の香りを吸い込んだ。


 シャポーも立ち止まると、三郎の真似をして何度か大きく深呼吸をして、森の空気を胸いっぱいに取り込む。


「はわぁ~、深き大森林の空気は、何だかとても美味しいのです」


 先ほどまでの緊張した表情が和らぎ、少しばかり赤みのさした頬に笑顔を作り、シャポーは三郎に言う。


「確かに。自分で言っておいてアレだけど、この森の香りはリラックス効果抜群だなぁ」


 草木の香りと言うだけでは物足りないほどの色々な芳香が混じりあう空気に、三郎も思った以上のリラックス感を得ていた。


「ふーん、リラックス効果ねぇ」


 シャポーと三郎の様子を見て、トゥームも何となく真似をして深呼吸をした。


「やっぱりやっぱり、サブローさんは精霊使い感バリバリって感じなんですよ。森の自浄作用を呼吸で取り込んで体調管理なんて、エルート並みの感覚と言っても、申し分なしって所ですかね。戦地に赴く為に緊張してたパリィも、やっぱり真似させてもらってリラックスさせてもらうってもんですよ」


 パリィも立ち止まると、両手を広げて森の空気を大きく吸い込んだ。


 これから護ろうかとしているその森自体に、三郎達は安らぎをもらうのだった。


***


「勇者殿の出陣は、時期尚早ですね。深き大森林の魔人族は規模も分からず陽動とも限らない。勇者殿には中央王都にあって、我々の切り札として動いてもらうのが肝要だと考えます」


 軍略会議の議長を任されたバドキンは、ドートとカルバリを抜いた諸国の面々に向けて考えを話す。


 深き大森林の異変と魔人族の宣戦布告を聞きつけた勇者テルキが、自分も出陣すると言っているとの報告が入り、それについて討議していたのだ。


「そうだな、勇者テルキは我々の切り札、魔人族の住む地に打って出る為の要である。右往左往させるのは、まかりならんよな」


 バドキンの言葉を復唱するように、中央王都の国王も言葉を続けた。


 諸国の王や幹部達は、異論も含めて話し合ってはいるが、決定的な反対意見として出す者は無く、バドキンは中央王都国王の臆病さを利用する事で自分の思う通りに話を進められていた。


「我がセチュバーの精鋭も中央王都へ間もなく到着するので、王国の剣や修道騎士の不在を十分に埋めてくれましょう。勇者殿と協力し、敵の本隊を打つ準備を早々に始めさせます」


 軍議に参加している者から、それは頼もしいとの声が上がる。


 バドキンの描いている青写真は、少しばかりの誤差を含みながらも、その姿を徐々に現実の物としつつあった。


 ドート領内の深き大森林における魔人族の襲撃で、諸王国会議からドートの王とカルバリの王を退席させる事ができた。


 軍略会議として名を改められた会議を、守衛国家の名のもとに主導権を握ろうと考えていたが、あろうことか、議長を任される事となったのは喜ばしい誤算であった。


 中央王都の軍事力を半減させるため、王国の剣と修道騎士の半数を出兵させることに成功していた。


 攻め崩すのが難しいとされる『王国の盾』を中央王都に残したことで、セチュバーの軍がその喉元から崩壊させられるよう、バドキンの片腕であるメドアズならば算段をつけるはずだ。


 セチュバーの保有する『機巧槍兵』は、体内魔力を巧に操る修道騎士にも対抗出来る確かな戦力であり、その数は修道騎士の総数の数倍以上存在している。


 副騎士団長のオルトリス共々、十数名の修道騎士など簡単に制圧できるであろう。


 中央王都を制圧したと同時に、高原国家テスニスの王とトリア要塞国の女王の身柄を押さえ、本国の動きを封じたところで順にその領土をも支配下に置く事ができるよう、両国には内偵を入り込ませていた。


 西と北の二国を攻め落とし、後方の憂いを取り除けば、残すは東の商業王国ドートと技研国カルバリをゆっくりと攻め落とすだけなのだ。


 セネイアと言う魔人族には悪いが、エルート族の戦力について正確な物を伝えてはいない。セネイアの中では『エルート族と言う種族の村を攻める』程度の認識となっているであろうが、あれ達は別の空間に一国にも匹敵する規模で存在している。


 セチュバーが手を組んだと知られる恐れのある魔人族などに、下手に生き残ってもらっては困るのだ。せいぜい、クレタス全土の注目を集めてくれていれば十分なのである。


 誤算があったとすれば、ソルジを襲わせた魔獣が被害も出さずに打ち取られた為に、中央王都の兵力分散の理由が一つ潰れてしまった事だろうか。


 しかし、修道騎士の有力者であるオルガートとエッボスが、中央王都より離れる理由となったのだから、良い方向に働いたとも考えられる。


 海岸線からソルジ制圧へ向かわせる軍は、大規模な物とは言えないが、オルガートとエッボスを打ち取る程度の戦力は十分に有している者達だ。


 そして、魔人族セネイアとその部下数名を派遣してきた、メーディット・ロエタという魔人族の国への対応は、クレタス全土を支配した後の事だ。クレタスの半分を要求してきてはいるが、くれてやる気は欠片も無かった。


 セネイアが死んでいれば、その失敗を理由に跳ねつけるのが第一の手であろう。


 だが、もう一つの要求である『勇者の首』については、バドキンは約束を守ってやろうと考えている。


 勇者として呼び出されただけの、その肩書にあぐらをかいているだけの小僧など、バドキンにとって目障りで邪魔な存在でしかない。


 必要な事態が起こるとすれば、バドキンの名の下に新たな勇者を召喚させれば良いだけの話なのだ。


「諸国各位におかれ、早急に討議を必要とする議題は他には?」


 バドキンは、列席する一人一人に視線を移しながら、会議の閉幕へと話を進める。


「無いようですかな。では各々方、有事の際に対応できるよう、体を十分休められるように」


 そう言って、バドキンは軍略会議の終わりを告げる。


 バドキン自身、今までの計画とこれからについて、より良い策が無いか考える時間を取るために。

次回投稿は8月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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