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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第4話 シャポーと言う名の魔法使い

 三郎は今、銀貨三枚を握り締めて教会の扉の外に立っていた。


 こちらの世界に迷い込んだ小春日和なあの日から、だいぶ気温は上がってきていたが、湿度が低いおかげで三郎にはまだまだ過ごしやすい。


 相変わらず広場は木立が美しく並び、優しい風と昼前の暖かい日差しが心地よかった。


 そんな穏やかな風景とは対照的に、トゥームを歳の事でしこたま怒らせてしまった三郎は、罰として「初めてのお使い」を命じられて教会を追い出されたのだった。


「くれぐれも、町の人に変な事、言わない、ように⋯⋯か」


 三郎は教会を出る前に、トゥームから言われた事を繰り返し呟いた。


 三郎が別の世界から来たと言うことを、トゥームとスルクロークは何となく気がついているような、それでいてそれを公に出さないようにしてくれているような、そんな雰囲気を三郎は薄々感じ取っていた。


 三郎に確認もできていない段階で「三郎は別の大陸からの漂流者だ」と二人が断言し周知させているのだと知ったときに、そんな考えが頭をよぎったのだ。


 手の中の銀貨を一枚指でつまみ、意味も無くしげしげと見つめる。


 どういった処理をされているのか三郎には分からないが、一般に流通し使われているにも拘わらず、銀特有の硫化して黒くなる事がなく、美しい模様が芸術品のように輝いている。緻密に施された模様は、中央王都が発行した事を表していた。


 トゥームとスルクロークの二人には、そろそろ自分の事を誤解させずに伝えられるのではないか、と三郎は銀貨を裏表させながら考えていた。


 ふと扉の隙間から不安そうに見守るティエニとリケの眼差しに気がつき、三郎は振り返って親指を立てた。二人も三郎に親指を立てて、健闘を祈ると返してくれる。


 三郎は、この世界で使われているハンドサインを理解しないうちは、意識して使うまいとしていたが「サムズアップ」が、ほぼほぼ日本と同じ意味あいで使われているのを知り、子供達と交わすようになっていた。


 下手にハンドサインを使うと、こちらの世界で卑猥な表現や暴力的な意味を表す物だった場合、トラブルの元になりかねないと三郎は考えている。


「よし、行くか」


 おじさんは歩き出す、こちらの世界に来て初めてする一人でのお使いへと。




 三郎に命じられた買い物は、エネルギー結晶三個の速やかな購入だ。台所で使っている結晶の色が悪くなってきていると、朝食の時にラルカが言っていたのを三郎は思い出す。


 結晶購入の道程は、魚屋の横の大通りを真っ直ぐに進み、結晶屋で物を購入するだけのいたってシンプルな物だ。


 魚屋は、トゥームやラルカの荷物持ちとして何度か行った事があり、広場の東側、道をはさんだ向かいに店を構えている。角地にあるため、敷地の割りに店先は広く、品数も多いのが特徴だ。


 魚屋の角を大通りへ入ってから五分ほど歩けば、目的の結晶屋が通りの左手に見えてくる。


 そんな近場の買い物程度で、三郎を許してしまうほどトゥームは甘いのかと言ったら、答えは否だ。


 三郎の苦手な、変てこ繰り上がり素数算を使い、指定どおりのエネルギー量の結晶を三個買わなければならない。その為、三郎への軽い罰として成り立つのだとトゥームは分かっているのだ。


「銀貨三枚は、三十リゼルで。今の相場、だと結晶一個のエネルギー十五カムは、八リゼルだから、三個で二十四リゼル⋯⋯あってるよな、三で繰り上がるだろ」


 独り言をつぶやいて指折り数を数えながら、三郎は魚屋方面に向かって広場を歩いていた。大の大人が、買い物の一つもこなせなくては示しがつかないと思うと、確認作業も自然と多くなってしまうのだった。


 広場の周囲を囲む道まで出ると、三郎が初めてソルジに来た時とは違い活気がある。馬車の様なものが多く行きかい、人々も商売で忙しくしている。


 ソルジの近くの森に魔獣が出没するようになっていて、当時はその件について教会で会議が開かれていた。町の者の多くが教会に集まっていたため、人がまばらだったのだ。三郎が初めて教会を覗いたのが、ちょうどその会議の終わりごろだったようだ。


 三郎は左右に気をつけながら、道を横断する。とても賢い動物が往来する馬車を引いているため、交通事故は起こる事が無いのだと三郎は教えられたのだが、長年身に染み付いた行動が出てしまうのは仕方ないことだ。


「よう、別大陸のあんちゃん、今日はひとりかい?」


 気さくに声をかけてきたのは、浅黒い肌にがっしりした体格の持ち主である魚屋の主人だ。


 漁に出るときは店を奥さんに任せて、船に乗り込み参戦する勇敢なる海のおとこだ。いつもいる笑顔の奥さんは、店の奥で作業でもしてるのだろうか、店頭に出てきていなかった。


「こんにちは。結晶を買いに、行くんですよ」


 船で漁をしていると、魔力を多く吸収して強く大きくなった魚が襲い掛かってくるのだと、三郎はこの主人に教えてもらった。内海と呼ばれる、諸島に囲まれた、クレーターの内側に位置している海はまだ穏やかなほうで、外洋ともなれば人族には対処出来ないほどの魔物が出る。


 この気さくな主人も、漁に出れば戦士として荒々しく魔物と戦うのだ。


「おお、そうかいそうかい。しかし、話すの上手くなってきたじゃねーかよ」


 豪快に笑いながら三郎の肩を叩いて、ねぎらいの言葉をかけてくる。とても親切な上に目利きなので、教会で魚料理が出るときはここの店の物と決まっていた。


「今日は、漁は、休みですか?」


 先日、三郎がラルカと一緒に買い物に来たとき、主人は漁に出ていて居なかった。


「こんな日和だとよ、ウチの船主も船を出したいんだろうがな。ほら、例の魔獣問題でよ、今はウチの連中が持ち回りで町に残ってんだよ」


 残念そうに空を見上げる主人につられて、三郎も空を仰ぐ。綺麗な青空に、小さな白い雲が浮かんでいた。


 視線を戻す途中、三郎は目の端に見慣れない若草色の人影が入ったことに気がついた。広場の方向ではなく、魚屋から道を挟んだ向かいの店の前にその姿はあった。


 目深まぶかにフードをかぶっていて、服の上からでも華奢な印象が伝わってくる。その腕には、やけに大きな篭をぶら下げていた。


「ああ、あれは見習い魔導師だな」


 三郎が、不思議そうにその人物を見ていたため、魚屋の主人が教えてくれる。


「見習い魔導師がああやってな、魔法の練習も兼ねて自分でこしらえたエネルギー結晶を売ってるのさ」


 魚屋の主人は、専門店の方が品質が良いから、普通は見習い魔導師からは買わないのだとまで教えてくれた。確かに篭から微かに覗いているのは、エネルギー結晶の先端のようだ。


「魔導師⋯⋯ねぇ」


 三郎としては、大いに興味をそそられるのだが、声をかけて結晶の不良品でも売りつけられたら困りものだ。それに、魔法を見せてくれなどと言って、見物料だと大金を取られる可能性だって考えられる。


 なにより、話をしたひょうしに三郎が異世界から来た人間だとばれ、魔導実験か何かのモルモットにされたらそれこそ最悪の事態である。


 三郎は頭を振って、無駄な好奇心を押さえ込んだ。いつの日か、魔導師と知り合う事もあるさと自分に言い聞かせて、今日は買い物に専念しようと心に決めた。


「別大陸のあんちゃんよ、そういえば、めずらしい菓子があるんだ。子供達に持ってってやってくれや」


 そう言うと、魚屋の主人は店の奥の方にむかって大声で「おーい、あげようとしてた菓子どこやった」と声をかけながら入っていった。


「いつも、すみません」


 三郎は店の奥に消えた店主に大きな声で礼を言うが、くれるお菓子を探しているのだろうか、返事は返ってこなかった。


 店先に一人残され暇になった三郎は、何となく先ほどの若草色の見習い魔導師に視線がいく。


 そこは、三郎の巻き込まれたくないシチュエーションとして、五本の指に入りそうな光景となっていた。


「あれ、完全に、からまれてるよな」


 三郎のつぶやきどおり、がたいのいい三人の男が若草色の魔導師を取り囲み、一人の男が魔導師の腕を掴んでいた。男達は揃いの皮鎧を身につけ、腰には剣をぶら下げている、傭兵か用心棒と言った風体の男達だ。


 下卑た野太い声が、道の反対側に居る三郎にまでとどく。内容は聞き取れないが、三人の男達が楽しんでいるのだけは伝わってきた。


 三郎は、誰か助けてやらないのかとそわそわしながら周りをうかがうが、タイミング良くと言うべきか、それとも悪くと言うべきなのか人通りが途切れ、一番近くにいるのは道を挟んで正面に居る三郎だった。


(何かあったら、アミュレットを見せて警備兵を呼べばいいって、トゥームが言ってたよな、警備兵さんどこぉ!?)


 教会の関係者だと分かるようにと、司祭用のアミュレットをスルクロークが三郎に貸し与えてくれていた。胸元にしまっていたそのアミュレットを取り出し、周囲を確認するが警備兵は見当たらない。


 そうこうしているうちに、男達が魔導師のフードを乱暴に引っ張り、魔導師の顔があらわになる。少女の面影の残る可愛らしい、と言うよりも、可哀想な表情が際立ってしまっている女の子がそこにいた。


「あぁっ」


 女の子魔導師が、か細い声を上げて助けを求めるように視線をめぐらせると、三郎の視線とぶつかった。


 不思議なブルーグリーンの大きな瞳は、いまにも涙を流しそうに潤み、ふわふわの茶色い髪が男達に抵抗するたび軽やかに揺れている。後ろ髪を首元で結わいているため、そこが動物の尻尾のようにゆらゆらと動いていた。


『目があっちゃったもんな⋯⋯行かないとだめだろうな、人として』


 三郎はため息混じりに思わず日本語で呟くと、アミュレットを必要以上に硬く握り締めながら四人の元へ向かって道を渡りはじめた。


 もちろん、左右を確認するのも忘れない。





「おら、酒の酌するぐらい付き合えって言ってんだよ。そんなもん売るよりも、小遣い出してやるぜ」


 そう言うと腕を掴んでいる男が、女の子魔導師の篭を乱暴に取り上げ、中身を見て鼻で笑う。


 男達は、酒場に足を運んだのだが、真昼間のためどの店にも商売女が出ておらず、酒の酌すらしてもらえないとあって店を探してぶらついていたのだ。


 憂さ晴らしに絡んだ見習い魔導師が、フードをはがしてみればなかなか見れた顔をしていたため、こいつは拾い物だと酒に付き合わせようとしていた。


「か、返してくださいぃ。お小遣いもいりませんからぁ」


 半分涙声になった女の子魔導師は、篭を取り返そうと足掻いてみるが男達に簡単に阻まれてしまう。


 腕を掴んでいる男は、いっそおどしてしまえば大人しくなるだろうと考え始めていた。


「あー、何か、お困りです、か?」


 その折、場の雰囲気を壊すかのように、たどたどしくも微妙に的外れな言葉を掛ける人物が割り込む。三郎である。


「あん?何だお前」


 男達の値踏みするような視線が、三郎に向けられる。三郎は、日本社会で揉まれて身につけた営業スマイルをつくって、男達を値踏みし返す。


 魔導師の腕を掴んでいる男が、堂々と三郎を睨みつけてくる為、リーダー格なのだと三郎は判断した。フードを引っ張った男は三郎が現れたと言うのに、いかにも頭の悪そうなにやけ顔を崩していないし、後ろで腕を組んでいる男は、三郎を三人の中で一番警戒しているように見えた。


 三郎は、手の中のアミュレットが後ろの男にも見える高さにしておく。


「はんわぁ」


 女の子魔導師は、表現し難い声を上げて小動物の様な目で三郎をみつめてくる。表情から察するに、助けが来た事への安堵の声だったのだろうと、三郎は思うことにした。


「お困りな、事がありましたら、教会で、伺いますよ」


 三郎が教会の方向を手で差して言うと、男たちもそちらをちらりと一瞥する。


「教会なんざ、必要ねぇから、怪我したくねーならどっか行きな。変な言葉のおっさん」


 睨みを更に利かせて、リーダー格の男が三郎に顔を近づけてくる。手を解放された女の子魔導師は、リーダーの男が手を離すのと同時に捨てた篭に、慌てて飛びつき何とかキャッチしていた。


「おい待て、そいつの持ってるシンボル、司祭の⋯⋯」


 腕を組んでいた男が、三郎の握っているアミュレットに気がつき、リーダー格の男に小声で話す。


 三郎はソルジで過ごしてきて、スルクローク司祭が町の顔役として尊敬されているのを知っている。そのため、ソルジに関わる人間が教会と揉め事を起こしたくは無いはずだ⋯⋯と信じたい。


「ワタシは教会で、スルクローク司祭のもと、学んでいる、者です」


 三郎は、アミュレットから手を離すと、それと重ねる様にして手で教会のシンボルを形づくる。言葉や数字、一般常識を学んでいるだけだとは、口が裂けても言わない。


「司祭と揉めるとよ、雇い主の商人がうるさいぜ?」


 三郎の言葉を聞いて、腕を組んでいた男がリーダーに更に耳打ちする。三郎は心の中で、腕組み男に「いいぞ、もっと言ってやれ」と声援を送る。


「ちっ、面倒くせぇな!」


 そう吐き捨てると、リーダーの男は三郎を更に一睨みして、くるりと背を向けた。仲間の男たちも三郎を一瞥し、リーダーの後を追って去って行く。


 三郎は、三人の男が見えなくなるまでスマイルを崩さず、女の子魔導師は、三郎の隣に呆けた顔をして立ち尽くしていた。


「あっ、あっ、ああありがとう、ございますー!」


 突然我に返った女の子魔導師が、掴みかからんばかりの勢いで三郎にお礼を言ってきた。丸い大きな目から、我慢していた涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。


「いやー、上手くいって、よかった、よかった」


 普段の表情に戻った三郎は、頭をかきながら女の子魔導師に笑いかけた。そんな様子を見上げている女の子魔導師は、三郎の肩くらいの高さに頭があり、その低い身長が可愛らしさを際立たせている。


 ローブの上からではあるが、女性らしい凹凸はあまり感じられず、これからなのかこれまでなのかと失礼な考えが三郎の頭に浮かぶ。


「⋯⋯あっ、はい!助かりました」


 一瞬きょとんとした表情をしていたが、三郎にむかって頭をぺこぺこと下げてくる。三郎は、自分のたどたどしい喋り方を、不思議に思ったのだろうと理解した。


 ソルジの人々も、初めて三郎と話すとき、この女の子と同じような顔をする事が多かったからだ。


「あの、わたし、シャポーと言います。見習い魔導師のシャポー・ラーネポッポです」


 寝癖かフードをかぶっていてついてしまったものなのか、所々跳ねている髪の毛をいそいそとおさえつつ、魔導師シャポーは伏し目がちに自己紹介をしてきた。


 人見知りする子なのかなと思いつつ、三郎も自分の名前と、教会に居候している者であることを告げる。


「サブロー⋯⋯さま⋯⋯」


 シャポーは聞き取れない程の小さな声で、三郎の名を繰り返す。


 三郎はと言えば、頭の中で『ぽっぽっぽーはとぽっぽー』と失礼な歌を歌っていた。

次回更新は9月24日(日曜日)の夜になります。

確認作業が遅れてしまい、今回アップが遅くなりました。

申し訳ないです。以後ない様がんばります。

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