第48話 空色の友獣は頭をかじる(毛づくろい)
守衛国家セチュバーの国王バドキンは、議場の上座に座って、その場の誰よりも落ち着いた様子で全体の動きに目を向けていた。
魔人族の侵略行為であると明白になり、諸王国会議は対魔人族軍略会議へと改められ、バドキンはその総括に任命された。
現在、クレタス内における軍事的な動きは、ほぼ全てバドキンに集まっている。
『ほぼ』と言うのは、この場に商業王国ドートと技研国カルバリの国王や要人が居ないため、間接的に情報を集めねばならないからだ。
だが、その状況もバドキンの想定していた通り・・・いや、想定よりも好ましい状況と言えた。
ドートとカルバリは、自政府の人間をこの場に残す事をせず、見限るようにして中央王都から引き上げてしまっている。
バドキンが総括としてやりやすくなるのは言うまでも無く、クレタス内部の戦力が分断されたと言う点においても、ドートとカルバリの不在は非常に大きな意味を持っていた。
(セネイアとか言うあの魔人族も、良いタイミングで炎を放ったものだ)
バドキンは、表情も変える事無く議場を見つめながら、青白い肌の赤い目をした魔人族のことを思い出す。
魔人族であり魔力の強いセネイアとて、広範囲の森を同時に炎上させる事は出来ない。
それをセネイアに可能とさせたのは、セチュバー軍部が『魔導砂』と呼ばれる物を提供していたためだ。
火属性を付与された魔導砂を、セネイアは森の小動物を使って広範囲に撒いていた。そして、セネイアの炎の魔法は魔導砂の力を借りる事で、深き大森林を南北に分断するように炎の壁を出現させたのだ。
同時に、遠いセチュバーの地で構築されていた、大地の情報網を遮断する魔法をセネイアの部下の魔人族が深き大森林に引き寄せて、現在の状況となったのである。
深き大森林の火災についての情報が中央王都へ入った時、議題はちょうど種族間会議の事へ移ろうとしていた。諸王国会議の出席者全員が、深き大森林のエルート族や北部のトリア大洞に住む土族といった、他種族について頭を切り替えた矢先の出来事だった。
偶然とは言え、諸王国会議の進行状況から考えても、絶妙なタイミングであったのは間違い無い。
ドートの王カルモラなど、異常なほどにエルート族が自分の領土に居る事を誇っているので、いざ自慢でも始めようかと言う所を急襲された形となり、顔が真っ赤になるほど頭に血が上っていた。
(己が醜い分、他を自慢するのだろうが、何とも理解に苦しむ)
カルモラの表情を思い出すだけで、バドキンは口の端が自然と上がってしまう。その場の誰にも気付かれぬよう、机に肘を突いてバドキンは口元を手で隠した。
バドキンの父である先代の王の時代から、セチュバーとドートの関係は良いとはいえなかった。遡れば、クレタスが六つの国に分かれ、その役割を違えた時からだったかもしれない。
ドートは、クレタスの外に広がる東の国々と交易を行っており、諸国間でもその経済力は随一である。対してセチュバーは、西に広がる魔人族の国々からの侵攻に備えるため、国力の殆どを侵略者の洞窟の防衛に回さねばならなかった。
クレタスは、元々一つの国だった歴史から、各国の予算とは別にクレタス全土の予算と言う二重の財政が存在している。その中に、クレタス全体の防衛費も組まれており、国別に負担額と基金として受け取る額が決められている。
侵略者の洞窟を領内に持つセチュバーは、負担は少なく受取りは多く計上され、ドートは逆に負担ばかりが多く設定されていた。
互いに『してやっているのだ』という考えを持つようになり、自然と溝は深まっていったのである。
だが、歴史的背景が無くとも、バドキンはカルモラを気に入る事は決してないだろうと確信していた。不遜で傲慢な金の亡者であり、人の上に立つ器ではないと、バドキンはカルモラを見るたびに常々感じていたからだ。
(では、自分はどうであろうか・・・裏から手を回し、戦を起こそうと画策している。こんな者の下に付いてしまったら、たまった物ではないだろうな)
自嘲気味な考えを小さく笑い飛ばし、バドキンは表情を厳しい物へと戻した。
ちょうどその時、バドキンの下に従っている者の代表である宰相のメドアズが、議場へ姿を現す。
メドアズは、中央王都の軍や教会の修道騎士団へ直接赴き、ドートへの派兵についての視察と言う名目で、軍備等を直接その目で把握しに行っていたのだ。
「バドキン様、修道騎士団がドートへの派遣要請を受理しました。数としては、現在中央王都に駐留している半数の十三名です。副団長のオルトリス殿は中央王都に残り、修道騎士団の動きを纏めて報告を上げるとの事です」
報告を受けると、バドキンは相変わらず仕事の速いメドアズに激励の言葉を送る。
現状の視察のついでに、現在駐留している修道騎士の半分の兵力を外へ追い出す算段をつけて来たのだから、流石のバドキンも少々驚かされた。
「それで、中央王都の軍については?」
「王国の剣及び王国の盾、共に十分な装備と戦力で、どちらも魔人族侵攻の報告が入り、派兵の準備を始めていたようです。我がセチュバーの軍を中央王都に入れるとし、王国の剣をドートへ向かわせるとするならば、戦力的なバランスを踏まえて説得力が増すでしょう。軍部へは、そのように打診しておきましたので、後はこの対魔人族軍略会議の場にて総意を取れば動かせるかと。ちなみに、警備隊の様子も把握してきましたが『現状の警備体制を継続』で問題なしと判断いたしました」
バドキンの問いに、メドアズは流麗な詩を読み上げるように、滞りなく現状と対応を報告した。
バドキンの意を汲んで先手を打ってきたメドアズに、バドキンは僅かに目を細めて頷いた。
軍略会議で承認されれば、中央王都の軍を半分に減らし、セチュバーの軍隊を一兵も失う事無く中央王都に招き入れる事ができる。
修道騎士団の副団長であるオルトリスの存在が引っかかるが、団長のエッボスや相談役のオルガートが居るよりも対処が楽なのは間違いないことだった。
バドキンは立ち上がると、議場に居る者達へ向けて、その堂々とした響きの声を発する。
「各々方、新たな情報も入ったので、軍議を再開したい。主として、ドートへの派兵について、その規模と時期を決定したいと考える。ご着席願えるか」
新たな情報と言ったのは、全員の注意を引くための物であり、本当の所ではなかった。だが、その策略は功を奏し、全ての視線がバドキンに注がれる。
(新たな情報として、白い毛の魔獣についてでも教えてやれば、満足するであろう)
バドキンの役割は、メドアズのお膳立てした今後の動きを、いかにも軍略会議の場で決定された物であるように流れを作る事であった。
この場に居並ぶ者達は、若き王の次の言葉に期待の眼差しを向けていた。
***
三郎とトゥームは、日の傾きかけた頃、教会本部に隣接している教会馬車の運行管理を行っている建物に顔を出していた。
ソルジ帰還に向けて準備をしていた為、大して時間も掛からずにフラグタスへの旅支度が終わり、馬車の手配をしに来たのだ。
連絡の一つも入れれば、通常の旅馬車をカスパード家前に呼ぶ事もできる。しかし、通常の旅馬車ではフラグタスへ到着するまでに五日ほどの時間がかかってしまう。
そこで、トゥームが提案したのは、教会本部に出向いて緊急時の申請を出すことで、通常の倍以上の速力を持った馬車『速馬車』を借りる手続が出来るというものだった。
そして現在、教会で申請した書類を持参し、馬車の運行管理事務局に提出しているのである。
「あ~はい、速馬車の申請書ですね。緊急で明日の朝に出立ですか。フラグタスまでね・・・修道騎士さんと、教会評価・・・理事?」
書類に目を通しながらペンを走らせていた事務官の男が、聞きなれない役職名だなと思って口に出すと、書類と三郎を交互に見比べた。
その様子に、三郎が少しばかり不安を覚えたのだが、ベテラン事務員は何事も無かったかのように書類へ目を戻す。
「・・・はい。それじゃ、これ持って馬舎に直接行ってくださいね。そっちの左手側の廊下の先ですから」
トゥームは事務員に礼を言うと、差し出された小さな札を受け取った。
「はぁ、何かさっきの事務さんの態度、俺のせいで書類が引っかかって通らなかったらどうしようかと思っちゃったよ」
言われた廊下を並んで歩きながら、三郎はトゥームに言う。
「引っかかるなら、教会の受付の時点で引っかかってるわよ」
何を言ってるんだかという風で、トゥームは三郎へ返事を返す。
確かにな、などと会話をしていると、廊下の先に扉が現れ二人は外へ出た。
そこには、平屋ではあるが屋根の高い建物があり、友獣のワロワが数匹、のんびりと出入りしている。
横には馬車を整備する為の建物もあり、三郎にも見覚えのある教会仕様の馬車が何台も置かれていた。
整備用の建物から、整備士の青年が駆け寄ってくると、トゥームから手に持っていた札を受け取った。
「明日ご入用の速馬車ですか。急いで準備して確認をお願いしますから、そちらの椅子にでも掛けて少し待っていてください」
人懐っこい笑顔を向けて、整備士の青年はそう言うと、整備の建物へ駆けてゆく。
「時間かかるのかな」
「それほど待たされないと思うわよ。馬車とワロワの確認をして、御者を紹介されるだけだと思うけど」
三郎の問いに、トゥームは軽く答えると友獣の馬舎の前に置いてあるベンチに腰を下ろした。
三郎は、ワロワが自由に出入りしている馬舎の入り口を覗き込んだ。
ゆったりとした広い空間で、上質なワラが敷かれている。柵などで区切られていることもなく、のんびりと自由にワロワ達が生活している様子が窺えた。
動物臭さもほとんど無く、奥の方には扉の取り払われた個室の様な物が並んでいるのも目に入った。
三郎の想像力では分からなかった事だが、排泄や身体を洗う場所等が区切られており、ワロワ達は設備をしっかり理解して利用しているのである。友獣とは、非常に知性が高い動物なのだ。
世話係らしき人が数人、ワロワが快適に過ごせているか、ワラは汚れていないか等を点検して回っていた。
「何だか、馬舎って言われて想像したのと、だいぶかけ離れてるな。ワラの良い香りがする」
三郎がワロワ達の様子を見て心を和ませていると、奥の方からこちらへ真っ直ぐに向かってくる一匹が居る事に気がついた。
馬舎の建物内の光に照らされ、白い毛並みのワロワが悠然と歩いてくる。いや、良く見ればその体毛は、薄い空色をしていた。
セキセイインコを彷彿とさせるつぶらな瞳が、三郎の眼前に迫る。
その様子に気付いた世話係の者が、慌てて駆け寄ろうとしたが時既に遅く、空色のワロワは三郎の頭に噛り付いていた。
「お前、クウィンスか!相変わらずいい毛の色だなぁ~。よしよーし、あははは、よしよーし、いい子だいい子だ。ふっさふさだなぁ、おい」
ソルジから中央王都までの旅を友にした、空色のワロワのクウィンスである。
「クルルクルル~(がじがじがじがじ)」
周囲の慌てる様子も他所に、三郎と友獣のクウィンスは久々の再会を喜び合うのだった。
クウィンスを止めに入ろうとした世話係の者達が、ひそひそと話しながらおかしな物を見たという目を向けている。
「修道騎士さんお待たせしました。それでは馬車なんですが、高速仕様の・・・って、あのおじさん、クウィンスとじゃれあってる?例の噂のおじさんってあの人だったのか・・・すげぇ」
トゥームの所へ戻ってきた整備士の青年は、なにやら変な噂でも流れていたのか、三郎の事を見て呆けたような顔をして呟いた。
トゥームは、見慣れた光景再びと言う感じで「あの人何か気に入られる体質みたいなのよ、気にしないで」と青年に言うのだった。
その日、人とじゃれ合う事のない硬派なワロワと、それに唯一認められたおじさんの話が、運行管理事務局で大きな話題となったのは、三郎の与り知らぬところであった。
次回投稿は、8月5日(日曜日)の夜に予定しています。




