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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第47話 平和な地から来た者

「サブロー、修道騎士団から『フラグタスの近くで大規模な森林火災が発生している』っていう連絡が入ったわ」


 自室でソルジへ帰る旅支度をしていた三郎の所へ、トゥームがゲージを片手に駆け込んで来たのは、諸王国会議が同様の情報で騒然となってから、さほど時間も経たない内だった。


 コムリットロア出席の後、トゥームは三郎を伴って修道騎士団の副団長であるオルトリスに、教会評価理事の秘書官としてソルジへ行くことを伝えていた。


 報告を受けたオルトリスは、コムリットロアでの決定である為に了承する他無い。その態度は快諾とは言い難く、三郎へと向けた不審者を見定めようとするような視線も隠す素振りすらなかった。


 三郎は(ああ、このオルトリスって人に、俺は何もしてないのに間接的に嫌われたな)と感じたのだった。


 ソルジへの帰還にもめどがついて、のんびりと旅支度をしていた矢先、深き大森林が燃えているという情報がトゥームに送られてきたのである。


「魔人族のエルート族へ向けた侵略行為だって話だけど、情報の確度やその規模も含めて、現在確認中みたいね。別命あるまで、待機との指示が出ているわ」


 トゥームはそう言うと、開け放たれた扉の枠へ肩を預けながら、ゲージを険しい表情で見つめた。


 魔人族がクレタス内部に侵入しているという時点で、国の軍や教会の兵士たちには非常体制が取られることとなる。


「ってことは、トゥームも修道騎士として招集されたりするのか?」


 旅支度の手を止めて、トゥームへ向き直った三郎は、ふと沸いた疑問を口にする。


 三郎の頭には、ソルジでの出来事が浮かんでいた。迷う事無く魔獣との戦いへと、教会を飛び出していったトゥームの後姿を思い出す。


「それは無いわね。修道騎士であるのは変わりないけど、今の私は、サブローの・・・と言うよりも、教会評価理事直属となっているから、サブローの行動と共にあることが優先されるわ。まぁ、貴方が行けと言うなら話は別だけど」


 三郎の問いに、トゥームは肩をすくめるようにして返事を返した。


 実際、直属の秘書官となったトゥームを動かすには、まず理事である三郎に要請が出され、三郎が受理することではじめてトゥームが行動を起こせるようになる。とは言っても、さほど重たい規則でもなく、会社で言うところの所属長とその部下に近い。


「よくよく考えてみると、分不相応な役職と扱いを受けてるよなぁ」


 三郎は軽いため息混じりに呟く。慌ただしくも、流されるままに現在に至っているのだが、あまりに急な立場の変化に自分の頭がついて行っていないと、三郎は感じていた。


「まぁ、今の所、迷い人の存在を隠す方向で動けているから良いのだけれど、スルクローク司祭も言っていた通り、サブローは『教会にも』気を許しすぎないようにしてないと駄目よ」


 三郎が教会に対し、あまりにも警戒心を持っていない様子なので、トゥームは念を押すように言った。


「あぁ、そうだったよな。でもさ、高司祭達の雰囲気から考えても、権力争いとか結びつかないからなぁ」


 コムリットロアの面々を思い出しながら、三郎は返事を返す。


 中央王都で出会った教会関係の人々は、三郎の目から見て『良い人』しか居ないように映っていた。


「そう、サブローって本当に平和な所から・・・ん?」


 会話をしながらゲージを操作していたトゥームが、首を傾げるような仕草をする。


 トゥームの表情が曇っているのを見て、三郎は「どうかしたか?」と先を促すようにきいた。


「詳細の確認をと思って、シトスに連絡を入れようとしてるんだけど、大地の情報網があっちへ届く前に遮断されるみたいなのよ」


 トゥームは、連絡が取れないものかと何度かリトライしているのだが、シトスへ届く前にかき消される様に操作が打ち切られるのだ。


(大地の情報網が・・・って、どこかで同じ事を聞いたような)


 三郎が頭を捻りながら思い出そうとしていると、隣の部屋で旅支度をしていたシャポーが、物音を聞きつけて出てきた。


「トゥームさん、そんな入り口で立ったままで、どうかしたのですか?」


 傍まで来たシャポーが、少し見上げるようにしてトゥームに聞く。その頭の上には、旅支度を手伝っていたのか、邪魔をしていたのか、ほのかがチョコンと座っていた。


 トゥームは、ゲージの操作をやめると、シャポーに三郎と今話をしていた事を説明する。シャポーは「ほわぁ~大変なのですよ~」と大げさなほど慌てながらトゥームの話を聞いていた。


「あ!思い出した。ソルジに魔獣が来た時に、スルクロークさんが同じ事言ってたんだ」


 急に三郎が大声を出したので、トゥームとシャポーは三郎へ注目する。


「ほら、トゥームがさ、魔獣と戦う為に教会を出て行っただろ?その後、ゲージを操作したスルクローク司祭が『大地の情報網が使えないようだ』って言ってたのを思い出したんだよ」


 その後、自分もラルカを追いかけて教会を出たので詳細は分からないが、と付け加えながら、三郎はトゥームとシャポーに説明した。


「ふむふむ~です。噴火などと言った大地の異変がある時には、ゲージでの情報取得や連絡が出来なくなるのですよ。そもそも、大地に含まれる魔力を利用した通信の手段ですから。仮にですが、ムールスが噴火したのならば、シトスさんと連絡がとれないのも考えられなくもないのです。でもです、ソルジでも同じような現象が起こる自然的な要素が、シャポーには思い浮かばないのですよ」


 シャポーが両こめかみに人差し指を当てて、うーんうーんと考え込んでしまった。その頭の上で、ほのかもウーンウーンとシャポーの真似をする。


 トゥームは、口に手を当てながら、白い魔獣の出現やゲージの利用が出来なくなった事など、ソルジとの相違点を考えていた。


「誰かが意図して引き起こしているとしか考えられないわね。現れたと言う、魔人族?でも、ソルジに魔人族は現れなかったわ」


「意図して、ですか。大地の魔力に影響を与える大規模な設置型の魔法を作って、位置座標を確定して転写するならできなくもないですが、座標固定となるマーカーも必要ですし、大地と同系統の膨大な魔力も必要だと思うのです。ソルジは決して小さい町ではありませんし、深き大森林は、それよりも遥かに広大ですから。それこそ、大量の天然のエネルギー結晶が必要になっちゃいます」


 シャポーは、頭の中で魔法の概論を構築しているのか、忙しなく視線を空中に泳がせながら話す。


「それにです、魔人族が魔獣を操るというのは読んだ事がありますが、ゲージの利用を遮断するような細かい策を打つ種族ではないと書物には書かれていたと思うのです。自分の魔力に絶対の自信を持ち、豪快で豪胆な気性だと思ったのです」


 両手を握り締めて、シャポーはトゥームと三郎に力説する。


「豪快で、豪胆ねぇ・・・」


 三郎は出会ったことも無い魔人族のイメージが、何となく固まって来たように感じていた。だが、同時に疑問も沸く。


(魔力が強いものが上位者で弱者は強者の僕って考えで、小手先の策を使わない豪快で豪胆な種族か。単なる魔力至上主義の集団なのか?でも、魔力が強くないクレタスの人族が、一応だけど侵略を阻止できてたんだよな?どういうことだ?)


 三郎がこの疑問を、トゥームやシャポーに聞こうと口を開きかけたとき、トゥームのゲージへ新たな連絡が入った。


「グランルート族の族長からだわ。魔人族が現れたのは確かみたい・・・え?これって・・・焦ってるのかしら、文章がすごくめちゃくちゃだわ」


 トゥームは、グランルート族の長から来た連絡の内容を三郎とシャポーに要訳する。


 グランルート族が精霊達に呼びかけて、森の火災が広がらないよう行動を開始したのだが、炎の精霊と親睦が深い者の数が少なく、炎を抑える事が難しいのだった。


 地核の力を持つ始原精霊のほのかと『与名の盟友』である三郎に力を借りれば、魔力で発生した炎でも制する事が出来るのではないだろうかと、族長は思い至ったのだと言う。


「何か、観光がどうのとか、新しいスイーツの話とか、色々混ざっちゃってるけど、要するにエルート族と連絡が取れない現状、精霊使いとして助けを求める先がサブローしか無くて、助けてくれないか。って事みたいね」


 トゥームが営業トーク交じりの文章のさわりを、三郎に伝えた。話を聞いたほのかが、シャポーの頭の上でこれでもかとふんぞり返ってドヤ顔を作る。


「精霊使いって言われても・・・俺、精霊使いになった覚えが無いんだがなぁ」


 突然の話に、三郎は呆気に取られてしまい、的外れな答えを返す事しか出来ない。助けを求めるように、トゥームへ視線を向ける。


「私は、教会の者として、魔人族が出現した場所へは、理事という立場上、向かうべきではないと進言するわ。サブローの身の安全を考えても、行くべきではないと判断する」


 トゥームは感情を殺したような声で、三郎の視線に答えを返す。


 三郎はトゥームの言葉を受けて、教会の役職者としての要項に、何だかんだと面倒な事が書かれていたことを思い出していた。


「あー、何だ。助けになるのかも怪しいし、教会の方にも文書とか出さないと駄目だろうし。俺が行くと、トゥームも行くから修道騎士の何か申請とかも絡んでくるんじゃなかったか?あそこってドートって国だったよな。うーん、理事って立場って問題になったりしないか?大丈夫か?魔人族も居るんだよな・・・」


 三郎は、組織と言う物をよく理解しているつもりだ。長年の会社勤めで身についた、肌感覚と言ってもいい。


 突然ではあったが、自分がそれなりの規模の組織に属し、それなりの立場である事を実感させられたような感覚に襲われる。


「あー・・・どうすっかな」


 頭をかきながら天井を見上げて、三郎はぼやきをもらした。


「で?貴方あなたはどうしたいの?」


 悩む三郎の耳に、優しげな諦めた様な声が届く。


 三郎がそちらを向くと、トゥームとシャポーがじっと三郎の答えを待つように見つめていた。


「俺は・・・少しでも役に立つ可能性があるなら、助けに行きたい」


 真顔で答える三郎に、トゥームとシャポーは笑顔で返した。トゥームは、半分呆れたような表情をしていたが。


「旅支度をいそぐのです!」


 そう言うと、シャポーは自分の部屋へ走って帰る。


「サブローなら、行くって言うと思ってたわ。しょうがないから色々と面倒な処理は、秘書官である私が引き受けてあげるわよ」


 手をひらひらと動かしながら、トゥームは三郎へ言うと背を向けた。


「トゥーム、すまない。さっきは、嫌な事を言わせた」


 三郎はトゥームの背中に、教会の人間として引きとめるような発言をさせた事を謝った。


「え・・・ああ、教会の立場として当然の事を言っただけよ」


 後ろ手に気にするなと三郎に手を振り、トゥームは支度をする為、廊下を歩き出した。


 戦争ともなれば、立場や大局から助けに行けない状況などいくらでも教え込まれていたし、それが当然だと思って育っている。両親とて、セチュバーに赴任した矢先に侵略者の洞窟でその消息を絶っているが、任務としてありえる事だと理解もしていた。


 トゥームが気にする事もない、当然の発言に対し三郎が謝ったことに、少しばかり驚いていたのだ。


(本当に、平和な場所から来たのね・・・)


 トゥームの口元に微かに優しい笑みが浮かんだが、すぐに消え去ると、そこには真剣な表情だけが残っていた。


 三郎が、魔人族の現れた地へ向かうと言う。それは、トゥームが己を剣とし、仕える者を護る事を意味しているのだから。

次回投稿は7月29日(日曜日)の夜に予定しています。

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