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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第46話 火の手は上がりて

 グランルート族の町フラグタスは、生きた木々を利用する独特の建築様式や街灯に淡い光源の草花を用いる事から、クレタスに住む人族たちの観光スポットとして愛されている。


 森の住人エルート族の眷族である彼らの生活も、クレタスの人々にとって美しく新鮮な物であり、観光の客足は絶える事はない。


 しかし、クレタスの人々が、なにも観光だけを目的としてフラグタスを訪れる分けではなかった。


 フラグタスの南に広がる深き大森林、その中央にそびえ立つ独立峰『聖峰ムールス』を訪れる者がいるからだ。


 稀に人族の中にも、精霊と呼ばれる者達を認識できる者が現れる。精霊は、世界を自由にたゆたっているだけで、たとえ認識できたとしても彼らに語りかけられる訳ではない。


 才能を持った人族は、聖峰ムールスに赴きエルート族から精霊についての教示を受け、精霊使いとなるのだ。


 だがしかし、昨今、人族の精霊使いは数えられるほどしか存在しなくなっている。故に、聖峰ムールスを目的としてフラグタスを訪れる人族も、珍しくなって久しかった。


 本日も朝から気持ちよく晴れ渡り、絶好の観光日和のフラグタスは、聖地へ難しい顔をして修行に行く者なぞ一人も居ない。


 そんな、観光気分な人々と観光ガイドを楽しく請け負っているグランルート族で賑わっているフラグタスの町に、未曾有の危機が襲い掛かろうとしているのだった。


「なにがどうなってるんだ、この時期の森は雨も多く潤っているはずだろう!兆候も無く、あんな森林火災が起こるなど信じられん」


 グランルート族の長が、自宅である大木の展望テラスから身を乗り出し、深き大森林の様子を目の当たりにしていた。


 森への入り口の町として知られるフラグタスから聖峰ムールスへの道程は、森を歩きなれた種族でも二日はかかる。そのちょうど中間地点であろう森が、東から西へ帯を渡したかのように激しく炎を噴き上げていた。


 それはまるで、聖峰ムールスをこの世界から炎の壁で切り離そうとしているかのようだった。


 族長の周囲では側近の者達が、ゲージで関係各所に連絡をとっているのか、慌ただしく動き回っている。


「長!商業王国ドートの人族へは事の仔細を伝えました。しかし、エルート族やグレーターエルート族の者達と連絡が全く取れません」


 側近の一人が、緊迫した表情で族長へ報告する。


「精霊はどうした!?エルート族ならば、何らかの手段で我々にメッセージを送っているはずだろう」


 族長は側近にそう言うと、大気の声を聞きもらさないよう、その場に居る者達全員に言い含めた。


 大気や風の精霊達は、炎の帯の上空は熱風が吹き上げており、上手く飛べないから面白くないと族長に訴えてくるばかりだった。


「族長~!森も混乱するばっかで、やっぱり何も状況がわからないって感じみたいですよ。唯一って感じなんですが、自然発火じゃないって、草玉の子達が騒いじゃってますよ」


 グランルート随一の敏腕観光ガイドことパリィが、急いでテラスへ上ってきた様子で、息を弾ませながら族長へ森の精霊達の声を報告する。


 草花の生えている尖がり帽子の上では、こぶし位の大きさをした緑色の毛玉の生き物達が、慌てふためくようにぐるぐると動き回っていた。パリィが草玉の子と言ったのは、この緑の毛玉達のことだ。


 族長のもとには、聖峰ムールス方面の大地が眠っているかのように静かだと言う報告も既に入っていた。恐らく、ゲージでの連絡がつかないのも、原因が同じであるのではないかと言う考えが、族長の頭に浮かんでいる。


 水の精霊と親睦が深い者達を集めて、深き大森林の炎に対応させる事も考えられるが、火災の範囲が広すぎてグランルート族だけでは対処できそうも無い。それに、炎の壁の向こうのエルート族達の動きも分からない現状、フラグタスの町の防災を考えるのが最善だと考えられるのだった。


 グランルート族は、精霊使いとしての能力を持っているのだが、その実力はエルート族と比べると頼りなく感じる物だ。


「人族が作ったゲージどころか、精霊まで混乱してしまって状況が掴めないとはな・・・何者かが意図してやっているなら、かなりまずい事になっているぞ」


 族長が歯噛みするように言う。森や大気の精霊に働きかけ、炎の進行を遅らせたとしても数日の内にフラグタスまで到達してしまうだろう。水の精霊に助力を呼びかけたとしても、雨でも降らない限り広範囲をカバーするのは難しい。


「雨が降って水の精霊に力を借りたとしても、何者かの魔力で行われたのなら、消せる保証がないだろうがな・・・」


「あらぁ、グランルート族は、陽気なだけが取り得だって聞いていたのに、なかなか切れ者じゃないの。そんな真剣な目で考え事されたら、愛でたくなっちゃう♪正解!あれは私がやったのよ、すごいでしょ~」


 グランルート族長の呟きに、聞く者をなぶるような艶のある女性の声が被せられる。


 テラスの手摺に腰をかけ、透き通るような青白い肌をした女性が、妖艶な笑みを浮かべていた。


 漆黒にも見えるその髪は、日の光を深青に反射し、露出の多い肌を病的なまでに印象付ける。美しく整った顔立ちをしているのだが、赤黒い異様な光を放つ瞳が、その造形美を認識させまいとしているかのようだった。


「なっ・・・お前は、魔人族!」


 族長の言葉を合図に、族長以下グランルート族達が、今まで存在すら窺わせていなかった武器を手に身構えた。


 パリィはその場で尻餅をつき、あわあわと慌てた様子で後ずさろうと手足をばたつかせるが、上手く逃げられずにいる。

 

「魔人族って一括りに言われるの、好きじゃないのよね。まぁ、玩具達に見分けなさいって言うのも酷な話なのかしら。でも、この透き通る美しい肌を見て、出身地方の違いくらいは分かって欲しいものよねぇ」


 仕方が無いと言う身振りをして、魔人族は独り言のように呟く。


 尻餅をついてしまっているパリィは、目を見開いて魔人族を凝視するしかできない。それはまるで、捕食者に捕らえられる覚悟を決めた獲物のような表情だった。


 それに気付き、魔人族は突然パリィに興味を示し指差した。


「で?そこの子は、そうやっていれば私が油断をして近づくとでも思っているのかしら?ふふふふ、いいわ、エルート族に興味があったのだけれど、貴方もね、すごくいいわぁ~」


 恍惚とした表情を作ると、甘ったるい響きの声色を強調して魔人族の女は言う。


 パリィは、その言葉を聞いた途端、弾かれたように後方へ退くと、族長を護るような立ち居地を取り身構えた。その手には、メーシュッタスの樹液で作られた切れ味の鋭い剣が握られている。


「パリィさんの尻餅大作戦が、何故か通用しないって事は、あの魔人族ってのは、けっこう本物でかなりヤバイ感出してるって事ですよ、やっぱり」


 パリィの釣り目がちな目が、更に鋭い光を放って相手を見据えた。


 このテラスに居たのは、グランルート族の中にあって戦闘に秀でた者達だ。グレーターエルート族までとは行かないまでも、森の入り口を護る役割を十分に担えるだけの実力がある。


「パリィって言うのね。エルート族を可愛がった後に、貴方も可愛がってあげる。楽しみが増えちゃったわ♪ふふふふ、私の名はセネイアって言うの。貴方の飼い主になる人の名前なんだから、覚えていなきゃ、駄・目・よ」


 甘い口調とは裏腹に、セネイアの赤い瞳が殺意に満ちた鈍い光を放つ。その場に居た者達の背筋に、今までに感じた事も無いような冷たい汗が流れた。


「残念だけれど、私はかわいい獣達の指揮をとらないといけないから、この辺りでさよならするわね。『魔人族が攻めてきた』って人族にしっかり伝えて頂戴ね~」


 手を振りながらそう言い残すと、セネイアは、後ろへ倒れこむようにしてテラスからその身を躍らせた。


 パリィ達は、すぐさま駆け寄って下を覗き込んだが、セネイアの姿はどこにも見当たらなかった。


 遥か遠くに燃え上がる炎の壁は、セネイアと名乗った魔人族の恐ろしさを突きつける様に、荒れ狂いながら森を弄り続けていた。


***


 その日の諸王国会議は、午後に入ると混乱の渦にのみ込まれていた。


 諸王国会議の全日程も、残すところあと二日となっている。


 午前中は、先日教会で開かれたというコムリットロアの議事が、教会の外務担当司祭から諸国の歴々へ滞りなく報告された。


 教会と各国の国政は、互いに権力を監視する立場であるがゆえに、常日頃から意見の交換や話し合いが行われている。


 その為、諸王国会議に合わせて開かれた今回のコムリットロアにおいて、目新しい内容はさほど含まれていなかった。


 新しい物といえば『別大陸からの漂流者』が教会評価理事なる役職に就いた、との報告があった。しかし、諸国の者達が少しばかり興味を示してはいたが、教会の外務担当司祭からの説明を受けて、特に騒ぎ立てられる事も無く報告は終了した。


 三郎について外務担当司祭から、クレタスの様な常在戦場として生まれ育った者が持ち合わせていない『教え』の根底である平和を誰よりも理解している者であるとの説明がされていた。


 その際、中央王都の者から『その様な人物ならば、勇者テルキと会わせてみたい』との発言があったのだが『教会評価理事は多忙で、すでにソルジへ立つ事となっており、また別の機会を考えさせてもらいたい』と、会合のセッティングをかわす場面があった。


 これは、コムリットロアの高司祭達が準備していた問答集の回答であり、三郎が勇者テルキに会わないように手を回している策の一つだった。


 コムリットロアの面々は、教会評価理事の役職が何を意味するのか理解しており、三郎が異世界より迷い込んだ者なのだと暗黙の内に了承していたのである。


 午後に入ると、環境問題について開催される種族間会議への代表者選出と、その議題についての調整が始まった。


 だが、その討議は間もなく中断されることとなったのである。


「深き大森林が、私の宝箱が、燃えているですと。それは、誤報ではないのですか、早急に確認をとりなさい」


 商業王国ドートの王カルモラが、会議の席に火急の用件があるとして駆け込んできた者へ、確認をとるよう指示を出す。


 諸王国会議の出席者達も、その差し迫った様子に何事かとざわついていた。


 カルモラが、深き大森林を『宝箱』と言ったのは大げさな表現ではない。


 非常に珍しいとされる浮遊木や、その加工技術を持つエルート族、数々の森の恩恵とグランルート族の町フラグタスの観光資源などなど、細々とは言えども高価で取引される物も多く、ドートの懐を暖めている一因が『深き大森林』なのだ。


 そして何より、美しく誇り高いとされるエルート族が自分の治める領土内に住んでいると言うのは、カルモラの自尊心をくすぐって止まないのである。


「か、確認しましたところ、グランルート族から『魔人族』の侵略を確認したとの連絡が入っており、大森林の火災もその者の仕業であるとの報告が上がっております。エ、エルート族を狙っての侵略行為であると、布告を受けた模様です」


 平静を装いながらも、言葉を詰まらせて報告をする部下に、カルモラの表情が険しさを増す。


 諸王国会議に出席している者達も、魔人族という言葉を聞いて騒然となっている。


「なんと言う事です。諸国の方々、お聞きいただいた通り、私は直ちにドートへ戻り、魔人族への対処を致します故、退席させていただきますよ!」


 会議の出席者達にそう言うと、ドートの王カルモラは、巨体を揺らしながら供の者達をひきつれ、早々に議場を後にするよう歩き出す。


「あ、えっと、諸王国会議の続きは・・・」


 中央王都の国王は、扉を出てゆくカルモラの背中に声をかけるが、カルモラは振り返ることもなく出て行った。


「我がカルバリも、ドートへの軍事支援を準備いたしますので、この場を失礼させていただく。別報入れますので、御免」


 その後を追うようにして、技研国カルバリの国王も供の者を連れて議場を退出した。


 残された諸王国の者達は、情報収集を始めるものや、その場で対応策を話し合う者など、混乱の度合いを増していた。


「魔人族の侵略?セチュバーなら分かるが、ドートは侵略者の洞窟からほど遠いだろう。誤報ではないのか?」

「エルート族の危機ならば、教会へ修道騎士の派遣を要請するのが、対外的にも妥当な線ではないでしょうか」

「いや、ここは中央王都の権威を誇示するのが大切。王国の盾を動かすのが良いでしょう。中央王都の防衛は王国の剣に一任し・・・」

「情報の確度が定かではない。ドートへトリアより十名の先発隊を送り、状況把握と支援の体裁を・・・」


 議場が雑然とした空気に包まれる中、一人の若き王が無言のままにその様子を見定めていた。


 守衛国家セチュバーの王バドキンである。


 バドキンが、視線を巡らせていると、隣に座る宰相のメドアズと目があった。彼は「王の御意志のままに」と呟き、静かに深く頭を下げる。


「賢明なる諸王国の方々よ、情報の確度も定まらぬ内、勇み足を踏むは愚の骨頂であるとお考えでしょう。我が守衛国家セチュバーは、クレタス全土の安寧を護る立場にあり、この場の混乱こそが危険であると考えます」


 バドキンは立ち上がると、この場に残った者達の判断こそが正しいのであると暗に含めながら、議場に声を響かせる。


 時間にして、深き大森林の火災について、諸国の各々が自国の持つ情報筋から確認の取れた頃合だった。


「情報の精査も踏まえ、この場を諸王国会議の継続とみなし、御歴々のお知恵をおかりしつつ対応を検討してゆきたいと考えるが、それでよろしいか」


 バドキンの声は議場を支配し、魔人族という単語に騒然となった人々の声を塗りつぶした。


 よろしいかと言った語尾の後、バドキンは中央王都の国王へ向き直ると、視線を逸らさぬままに深く頷く。


「そうだ、そうだな。セチュバーは、守衛国家として長年に渡り魔人族からクレタスを護ってきた、その功績を考慮すれば、バドキン殿に議長を一任するのが良い。それが良いと考える」


 中央王都の国王は、頼りないながらもバドキンの欲しい答えを十分に返してくれた。


 バドキンの提案する『諸王国会議の継続』という言葉に、中央王都国王は安心感を覚えてすがりついたのである。


 諸王国の者達からも、賛否の声が小さいながらも上がるが『異議』として唱えるものは出なかった。もし、ドートの王カルモラが居たならば、様相は違っていたであろう。


「では緊急の対応とし、守衛国家セチュバー国王バドキン・グノト・セチュバー・リ・マクの名において、クレタス諸王国会議の議長を勤めさせていただきましょう」


 険しい表情を崩す事無く、バドキンの声はその場の誰よりも威厳を持って高く宣言する。


(『火の手』は上がったか。もう、後には引けぬな。時は来た、セチュバーの巌の拳をクレタスに振り下ろそう)


 バドキンは、心の奥底で暗く冷たい笑いを浮かべていた。

次回投稿は7月22日(日曜日)の夜に予定しています。

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