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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第45話 異議なしと叫ぶ老人達

 王子三郎(42)は、大きな円卓の席に着いていた。


 窓の無い広い部屋は、趣のある調度品が並べられている。三郎の座る椅子も、包み込むようでいて沈み込みすぎないという、なかなかの座り心地をした物だった。


(この椅子なら、会議が長引いても疲れなさそうだな。まぁ、長い会議ほど無駄な物は無いけどさ。しっかし、これは会議なのか?)


 そんな懐疑的な思いを抱きつつ、三郎は会議の様子を探るように、同席している七名の人物を見回した。


 ここは、教会本部の最上階に位置する会議室だ。窓の無い室内と、扉が三重にもなる入り口から、重要な議題を検討する場所なのだと想像できる。


 何を隠そう、三郎は現在、教会の管理体制コムリットロアと呼ばれる会議に出席していた。


 円卓に座っている者達の背後には、秘書官であろう司祭が二名づつ立って控えており、事務処理用のゲージを操作していた。


 三郎の後ろには、トゥームが当然のような顔をして立ち、秘書官達と同様に事務用ゲージを操作している。


 三郎は、自分は座ってしまっている事に、トゥームへ少しばかりの罪悪感を覚えながら居心地の悪さを感じていたが、同席している者達はそれが普通なのか、気にもしていない様子だった。


 三郎から一番遠い場所に、柔和な笑みをたたえた初老の女性が座っている。最高司祭だと紹介のあったルベニアだ。上座であるその席に座り、交わされる会話にやんわりとした相槌を打っている。


 ルベニアの右手には、中央王都を管轄とする高司祭のエンガナが同じように優しい笑みをたたえていた。


「テスニスは、相変わらず良い土地でしたな。夏だというのに空気も心地よく、温泉もこの老いぼれを若返らせてくれるようでしたのお」


 エンガナの隣に座っているふくよかな男が、目尻に皺を寄せて何度も頷きながら皆に言う。


 高原国家テスニスを管轄する高司祭のオスモンドであり、テスニスの定期的な視察についての報告のような話をしていた。


「サブローさん、テスニスは、クレタスの避暑地と呼ばれる国なの。夏も本番になったら、皆さんで避暑にでかけたいものねぇ」


 最高司祭と呼ばれるだけあって、ルベニアは非常に気の回る人なようで、三郎が会話について来れるよう合間合間で説明を加えてくれていた。


 ルベニアの言葉に「それはいい」だの「是非旅行に行きたいですね」などと、一同から本気とも冗談とも取れない笑いがもれる。


 テスニス視察の報告(みたいな物)を楽し気にしているオスモンドと、三郎とに挟まれた席で、守衛国家セチュバーを管轄する高司祭モルーが、腕を組んで難しい顔をしながら話を聞いていた。


 白髪交じりの黒髪に、深く皺の刻まれた顔から、黙っていると気難しそうな印象を受ける。


「避暑は良いな、うむ。避暑は良い」


 モルーは、唐突にそう言いながら深く頷く。


(このモルーって人、元修道騎士だとか言ってたな。見た目が怖いだけで中身はいい人っぽいなぁ)


 三郎は、そんな事を思いながら、自分の右側に座る人物に目を移した。


「何だ若いの、分からねぇ事でもあったか?何でも聞いちまうのが早えぞ」


 三郎の視線に気付いて、気の良さそうな顔をした壮年の男がニヤニヤと笑いかける。三郎が「はい、ありがとうございます」と返事を返すと、更に笑顔を強くして言葉を続けてくる。


「男が増えて、これで男女比が四対四だ。モルーがあんまり喋らねぇからな、女性陣に言い負かされちまう事もあったが、これからは、行けるな!」


 そう言って親指を立ててみせたのは、商業王国ドートを管轄する高司祭スーズスである。少し日に焼けた肌が、健康そうで若く見える男ではあるが、居並ぶ面々と年齢はほぼ同じ位との事だ。


「スーズスったら、サブローさんが誤解しちゃうじゃないの。私達は、言い負かしたりしませんからね。安心して頂戴ね。ふふふ」


 スーズスの隣に座っている、技研国カルバリを管轄する高司祭のメキッダが、スーズスをたしなめる様に言う。


 痩せている為か、一見すると性格が厳しいような印象を受けるが、メキッダの笑顔は安心感を相手に与える包容力を持っていた。


「そうですよ、そうですよ、正しい事は正しいと、間違っている事は間違っていると、私達は言い合える立場で、ここに集っているのです、ふむ~ふむ」


 メキッダの言葉に合いの手を入れるのは、トリア要塞国の管轄高司祭であるサンザシャだ。


 サンザシャは、終始目を閉じて周囲の話をコックリコックリと頷きながら聞いていた女性だ。会議のメンバーの中では一番高齢なのだろう事が、少し丸まった背中や表情から見て取れる。


 三郎はサンザシャを見るたび、このおばあちゃんは寝ているんじゃないだろうか、と何度も疑っていたのだが、ここでようやくその疑惑が晴れたのだった。


「テスニスへ避暑に行くのは良いのだがの、近頃なんだが『教え』を曲解した宗教が、テスニスの若者の間で広まっておるようでな、修道騎士のカーリア・アーディ殿に対応してもらっておる。カーリア殿は、ほんに美人さんでな、若者から上手く情報を聞き出しておるようで助かっておるよ」


 テスニスを担当するオスモンドが、雑談でもするかのように重要な報告をさらっと混ぜると、自分の報告は終わりだといわんばかりに片手を上げて笑顔で頷いた。


(アーディって、あれか。マフュの姉っていう人の事か?アーディ家って何処にでも名前出てくるんだな。すごいなぁ)


 三郎は先日、トゥームが修道騎士のお披露目に出向いた際の話を聞いていて、アーディ家の三兄妹の話も耳にしていた。特に、オルトリスと言う兄の話がメインではあったが。


「次は俺だな、聞いて驚いて心臓止まるなよ」


 商業王国ドート担当のスーズスが、不吉な振りをしながらにやにや顔で全員を見渡す。普段からスーズスはこういう性格のようで、会議のメンバーは気に留める様子もなく話の先を普通に待った。


「なんと、あのエルート族からだな、ドートの教会に感謝の書状が届きやがった。しかも、そこにあった名前が、この新参理事様の名前となりたての修道騎士様の名前が入ってるって話じゃねぇか。俺ぁ~誇らしいったら無かったね」


 スーズスが、書状の内容について手短に説明すると、コムリットロアの面々から賞賛の声が三郎とトゥームにかけられた。


 そして、そのまま、エルート族とは昔はああだったの今はどうだのと雑談に華が咲いてしまう。


(うん、コムリットロア・・・変に緊張してた俺が恥ずかしくなってきたぞ。ご老人の集まりみたいで、ほっこりするんだけど)


 三郎は、ご老人達の楽しそうな様子に、やっていけそうだなと少しばかり安心感を覚えていた。


「そんでよ、ソルジに出たって言う白い魔獣と同種みてーなのが、深き大森林に出た情報も来てな、ドートの教会からエルート族に修練兵か、事によっちゃぁ修道騎士の応援を出すかって打診したんだが『要とする場合は願う事もあるが、まずは人の住む地を警戒してほしい』ってな優しい返事がきやがった。俺ぁ~ぐっときたね」


 スーズスが、重要とも思える情報を雑談に混ぜながら、あっさり加減で報告する。


(今の話って、結構重要な報告だったんじゃないか。修道騎士を動かそうとしたって事だろ?あるぇ?)


 三郎は、シトスの件で事前に知っていた情報だけに、スーズスの今の話に耳が反応できたのだが、もしかしたら今までの雑談の中にも大事な情報があったのではないかと、背筋に冷や汗が流れるのを感じ始めていた。


 管理体制コムリットロアとは、高司祭達の雑談とも報告ともとれない流れに任せて進んでゆく物だった。




「さて、方々の状況もつかめました。サブローさんについての議題に移りましょうか」


 三郎が、所々に織り交ぜられてくる重要な情報に(やばい、この会議の流れ、やばい)と焦りだした頃、最高司祭のルベニアが笑顔でそう言った。


「はい、わかりました。サブローさんの教会評価理事就任について、異議のある方が居ましたら申し出てくださいね」


 ルベニアの言葉を受け、エンガナが穏やかな声でコムリットロアの出席者に話をふった。


(え?この流れで、異議とかとるのか。会議最初の自己紹介があっさり過ぎたから、この展開は予想してなかったんだけど)


 しばしの沈黙が流れる中、三郎が挙動不審になりそうなほど心中狼狽する。


 ご老人達は、異議が出るのを待っているのか、目を瞑っていた。


 三郎が目だけを動かし、様子を窺っていると、突如として全員がカッと目を見開く。


「「「「「異議なし」」」」」


 ルベニアとエンガナ以外の高司祭が、声をそろえて異論が無い事を表明した。


 突然の出来事に、三郎は体が飛び上がりそうなほどビクリと反応してしまうのだった。


「ははは、若けぇのが驚いちまったじゃねぇか。やっぱりよ、この『異議なし』ってぇのはやめたほうが良かったんじゃねぇか?」


 スーズスが、全く悪いと思っていない口調で、笑いながら言う。


 その他の司祭達もあーだこーだと、また雑談に華を咲かせ始めた。


「ふふふ、サブローさん、これはね、まぁ、予定調和みたいな物なのよ。皆さんには、事前にサブローさんの書類が回っていてね。その時点で就任することは承認されていたのよ。別大陸からの漂流者であるサブローさんを教会評価理事とし、コムリットロアにて異議無い事を確認するってね」


 ビックリした様子の三郎に、エンガナが一連の流れについて説明する。


「そ・・・そうでしたか、いやぁ、驚かされました。ははは(その予定調和に、俺も入れておいてくれませんかねぇ!)」


 三郎は苦笑い交じりに返事をしながら、侮れない御老人達に今後も何かと驚かされそうだなと思うのであった。


「そうそう、サブローさんにも秘書官となる者を就けなければいけないのですが、どなたか候補となる司祭か、それに準ずるお知り合いは・・・居ませんよね」


 エンガナ高司祭が、首を傾けながら三郎に聞いてくる。


 司祭の知り合いと言われ、三郎の頭に浮かんだのはスルクロークだけであった。当然、ソルジの統括司祭ともなる人物を秘書官に出来るわけもない。


「ええ、すいません。教会関連の知り合いと言えば、ソルジに関係した人しか居なくて」


 エンガナの質問に、三郎は(そうか、秘書官とか居ないと駄目なのか。確かに書類関係とか分からないし、トゥームに任せきりだからなぁ)などと心の中で呟く。


 実際、コムリットロアの出席者達は、各二人の秘書官を連れて出席していた。


「なんだ、秘書官がまだ居ねぇのか?いいじゃねぇか、その修道騎士の姉さんでよ。何より優秀そうだし、司祭に準ずる職だしよ。問題でもあんのか?」


 スーズスが、エンガナとサブローの話を聞いて『何悩んでんだ、そこに居るのは何なんだ』と言わんばかりにトゥームを指差した。


「あら、あらあら、そうね、ちょっと異例だけど、それは良いわね、ふふふ」


 エンガナは、さも良い事を思いついたような笑顔で三郎とトゥームを交互に見るのだった。

次回投稿は7月15日(日曜日)の夜に予定しています。

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