第43話 継続たる赴任の禁止
「ぷひゅ~・・・シャポーは、才能がない子なのですよぅ~」
「あ~だめだ。ゲージとか扱える気がしないわぁ~ぱねぇわぁ」
「ぱぁ~ぁ~」
昼下がりの午後、シャポーと三郎とついでにほのかが、大きなため息とともに音を上げていた。
三郎とシャポーは、昼食後すぐにゲージ操作と口笛の練習を再開していたのだが、午前中からの疲れから集中が続かなくなってきていた。
「ぴーともぴゅーともでないのですよぉ。サブローさまにご指南いただいているというのに、情けない事この上ないです」
シャポーは突っ伏して嘆きをもらすと、ぐりぐりと頭をダイニングテーブルに押し付ける。
それを見たほのかが、面白がるようにシャポーの真似をしてテーブルへ頭をこすりつけた。
「そんなに焦ることは無いんじゃないか?俺なんてさ、何だっけ・・・コムリットロアだっけ?教会のお偉いさんが集まる会議に招集されるから、タイムリミットがあるってのにこのざま・・・だから・・・なぁ」
三郎は乾いた笑いを浮かべると、シャポーへのフォローのつもりで言う。しかし、口にしてみると焦りが増してしまった。
コムリットロアへの招集の知らせが、いつ届くとも限らない状況なのだ。これほどのんびりと構えていて良いわけが無い。
三郎の脳裏に、トゥームの呆れた様な、それでいて困ったような顔がふと浮かぶ。
「そそそ、そうでした!サブローさまは時間の無い身なのですよ。シャポーの練習なんかよりも時間が無いのですよ!」
シャポーは突然我に返って顔を上げると、三郎にとどめと言わんばかりに『時間が無い』を連呼する。
「そ、そうだな。もう少し気合を入れて頑張らないとだな(っく、大事な事なので二回言われた)」
心に突き刺さるような言葉を頂戴し、三郎は気を引き締めてゲージに向き直る。
下手な焦りを抑えるため、もしゲージが普通に使えるようになったらと、三郎は成功した後のイメージを思い浮かべた。
受験生が自分を奮い立たせるとき、合格した後の楽しい自分を思い浮かべて、気持ちも新たに勉強へ打ち込むと言うアレだ。
(シトスにメッセージ的な物を送れるな。あ、でも先に、俺がゲージを使えないのを心配してたスルクロークさんに、連絡入れて安心してもらわないといけないか。そんで、ラルカとティエニとリケにも送ったら喜んでくれそうだな)
中央王都へ着いてから、トゥームがシトスやスルクロークへ何度か連絡を入れており、互いの状況はだいたい伝わっている。
グレーターエルート族の友人シトスと、旅の途中では意識の戻らなかったムリューの二人は、仲間と供に無事エルート族の住む世界へ戻っていた。
トゥームやシャポーの適切な処置のおかげで、ムリューの傷は大事に至らずに済み、意識も無事に回復したとのことだった。
シトスによれば、ムリューがお礼を言いたいからと三人に会うのを切望しているらしく、ソルジへの帰路の際、グランルートの町フラグタスで待ち合わせようかとの話も出ている。
そして、スルクローク含めソルジ教会の者からは、中央王都までの旅の無事を喜ぶ言葉と、帰りも気をつけるようにとの連絡が入っていた。
トゥームからソルジ教会の雑務を全て任されていたマフュは、個人的にトゥームへ早く帰ってくるようにとのメッセージを送っている。
しかしながら、ラルカが雑務についても上手くフォローしているらしく、トゥームは『ほっといても大丈夫そうよ』と笑うのだった。
(それにな・・・)
三郎はゲージに向かって集中すると、別のことが頭をかすめる。
それは、教会本部へ行っているトゥームが帰ってきた時、ゲージが使えるようになっていたら、何よりも安心して喜んでくれるのではないかと言う思いだった。
「いかんいかん、集中集中」
三郎はそう言って、雑念をはらうように顔を振ると、ゲージへ真剣な眼差しを向けた。
「サブローさま、がんばってください!シャポーは、サブローさまが牢屋に閉じ込められても、味方ですから!」
不吉な事をさらっと言いながら、シャポーも真面目な顔で三郎の様子をじっと見つめる。
シャポーは、三郎の魔力の流れを見定める事で何か良いアドバイスが出来るのではないかと、意識を集中するのだった。
再び、カスパード家のダイニングルームに不気味な唸り声が響きだす。
「うぬぬ~ぐぬぬ~ん~」
暫くの間、頑張るおじさんとそれを観察する少女魔道師という滑稽な風景が流れるが、当の本人たちは至って真面目にやっている。
例によって、ほのかはシャポーの真似をして、三郎の唸る様子を真剣に観察する真似をしていた。
「ぱぁ?」
観察のふりをしていたほのかが、首を傾げるような仕草をして一声上げる。
「んぐ~・・・っと、ほのか、どした?」
その様子に気付いた三郎が、額に汗を浮かべながらほのかにたずねた。
「ぱっぱぁぱ~ぁ」
ほのかは、気付いてもらえた事が嬉しかったのか、元気良く返事をすると三郎の元へトテトテと歩み寄った。
そして、三郎の胸元に下げられていた、スルクロークから借りている協会シンボルのアミュレットを掴むと、おもむろに天井付近まで飛び上がった。
「んぉ!?アミュレット!?え~?アミュレットがほしくなっちゃったのか?」
三郎は、天井付近にご機嫌な様子で浮かんでいるほのかを指差して、分けもわからず見上げるしかない。
「はれぇ~どうしたのですかねぇ」
シャポーも、三郎と同じように呆けた顔で、アミュレットを抱えたまま高く浮かんでいるほのかを見上げた。
「ぱぁ!ぱぁ!ぱぁ!」
ほのかは、見上げてくる二人に対して、三郎の手にあるゲージを嬉しそうに指差してくる。
「うおお」
「ほへー」
三郎とシャポーがゲージを覗き込むと、そこには三郎の身分証明証たる物がくっきりと表示されていた。
「ふわぁ、そーなのですか。あのアミュレットは、擬似的にサブローさまに魔力がある様に見せていた物だったので、通常の三郎さまの魔力の流れを阻害していたのかもです。精霊であるほのかちゃんには、それが見えたのですね。すごいです、尊敬しちゃうのですよ」
はっとして、シャポーが三郎へ気付いたことを説明する。
スルクロークから借用していたアミュレットは、医療用アミュレットと呼ばれる部類の物で、魔力を致命的に失ってしまい傷や病気の回復が困難となった患者に魔力的な支援を施す目的で使われる、非常に希少で強力なアイテムなのだった。
三郎は、そう言われればと思い出す。教会でゲージの貸与をされる際、魔力を帯びた物を外す様に言わた事があったのだ。
「アミュレットが阻害してたのか。ほのか、良く分かったなぁ」
三郎の感心する声に、ほのかは嬉しそうに天井付近を飛び回る。
「よかったです、よかったですよぅ。サブローさまが不審人物として捕まらないですよぅ」
シャポーも涙を浮かべて、ゲージの操作が上手くいったことを喜んだ。
「やったな!やったよ!これで俺も、ただの不審者じゃなくなった」
三郎も、ずっと気にしていた『ただの不審人物』というラベルから解放された喜びに打ち震えるのだった。
カスパード家のダイニングルームで、手を取り合って喜びながら踊り狂う二人と一匹。
午後のティータイムの準備をしに来たカスリ老が、その奇妙な光景を目撃したのは、トゥームが帰宅する数時間前の話である。
「支度を急がせてしまったかな。立ち寄ってもらって悪かったね」
オルトリス・アーディは、自分の執務室へ来客を迎え入れると、歓迎するように両手を広げた。
書籍や書類が整然と並んだ棚が壁際にいくつも並び、部屋の一番奥に据えてある大きく立派な机の上にも、書類の山が積みあがっている。
だが、部屋の中央に設置された上品な応接用の机とソファは綺麗に整えられており、事務仕事の忙しさを思わせる机とのアンバランスさから違和感を覚えるようだった。
「その若さで修道騎士のまとめ役の一人を担っているなんて、さすがアーディ家のご当主と言ったところかしら。と言うよりも、オルトリスは昔から優秀だったものね、素直に尊敬してしまうわ」
部屋の様子を見回し、来客の女性は感心した声で言った。
修道騎士は、教会本部で騎士専用とされる施設を共用で使うのだが、そのまとめ役としての責務を与えられた者は、個別の執務室を用意されるのだ。
現在、修道騎士のまとめ役として他に名を連ねているのは、ソルジ教会に赴いている、騎士団の相談役たるオルガートとスキンヘッドの熟練騎士エッボスの両名であった。
騎士同士で、はっきりとした上下関係がある訳ではないのだが、一つの団体として運営される為『まとめ役』が必要であり、エッボスが騎士団長を、オルトリスが副騎士団長の肩書きを持って責務を負っている。
「トゥーム、君に『優秀』と言ってもらえるだけで最高の賛辞だよ。しかし、オルガート卿とエッボス卿が、二人ともソルジに行くと言い出したから、僕はこの有様になっているけどね」
オルトリスは、書類の積まれている机を指して苦笑い混じりに言った。
来客の女性はトゥームだった。訓練場を出た後、汗を吸った訓練用の着衣から正装に着替え、身支度を整えて執務室を訪ねたのだ。
「何か、ごめんなさい。兄と妹揃って事務仕事と戦わせてしまったみたいで」
トゥームはクスッと笑うと、アーディ家の苦労に一役も二役も買ってしまっている事に謝罪の意を述べた。
「君が謝る事じゃないさ。ソルジからの再三の要請にも拘わらず、その正式な書類が紛失していたのが分かったのだから、御二方が行かれるのも正当な話だよ。まぁ、僕も書類を投げ出して行きたかった、と言うのが本音だけどね」
肩をすくめて話すオルトリスに、トゥームは笑顔で返した。
ソルジ教会からの派遣要請に、オルトリス自身は手上げをしていない。だが、それは自分の立場を弁えたからであり、心底は別だったのだ。
(まぁ、こうして会えたのだから、結果としては良かったのかな)
当初、オルトリスは幼馴染である懐かしさからトゥームに会いたいと考えていた。しかし、訓練場で再開してから、少しづつその気持ちが別の物へと変わっているのに気付いてもいた。
「トゥーム、まだ時間は大丈夫なのだろう?話をしたい事があるんだけど、いいかな」
オルトリスはそう言って、立ち話も何だかからとソファを勧める。
「そう・・・ね。夕刻前には戻らなければならないの。その話は、今ではないとだめかしら?」
壁にかけられている時間計に目をやり、トゥームはオルトリスへ謝るような表情を向けて言う。
トゥームは家を出る際に、三郎へ帰宅の時間を告げて来た。それは、剣として仕える者との約束であり、トゥームの優先されるべき事柄なのだ。
重要な意味を成さない小さな口約束ではあっても、トゥームは守りたいと考えていた。当の本人である三郎は、そんな厳格にしなくてもと言って苦笑いを浮かべるかもしれないが。
「いや、修道騎士は常に対等であり、その者の正しき道を侵してはならないからね。そう・・・だな、手短に用件を伝えてもいいかい」
そう言って平静を装いながら、オルトリスは内心で驚きをもってトゥームを見ていた。
修道騎士は対等と定められてはいるのだが、副団長の肩書きを持つ自分との話よりも優先される事があると、トゥームは言ったのだ。
「ありがとう」
トゥームは、オルトリスが理解を示してくれた事へ感謝の言葉を言う。
「トゥーム、君はソルジへ継続して赴任する意志を提示していたよね。それなんだが、修道騎士団のクレタス全土の配備から、許可しかねるんだ。今は緊急として、三名もの修道騎士がソルジに行っているが、常時ともなると話が別だ」
オルトリスが副団長としての責任をもって、トゥームに伝えた。
クレタス全土に散らばる修道騎士は、まとめ役の『要請』という形で各地へ行っている。
しかし、要請とは言っても、クレタスの守護を第一に考えた管理側からの言葉であり、無視できない重要な物なのだ。
「え・・・それは・・・」
まるで予期していなかった言葉に、トゥームは頭を殴られたかのような衝撃を覚える。ソルジ赴任について、禁止されるとは思ってもいなかったのだ。
「修道騎士は君も含めて九十七名を数えるが、クレタス全土を守護するには人員が足りてないんだよ。君ほど優秀な騎士を、中央王都が管轄とするソルジに配備するには、それなりの理由が無ければならない。ただ、修練兵からの『継続』という理由では許可出来ないんだ」
驚いたままのトゥームに、オルトリスは「それに」と笑顔で続ける。
「訓練場で見させてもらって、君には是非にも僕の補佐役として中央王都に居て欲しい。何も剣だけじゃない、昔からの君を知っている僕だから、その優秀さを教会本部に推薦もできるからね」
オルトリスの言葉は、一人の修道騎士として受けるならば名誉に値するものだ。
補佐役に就くと言う事は、将来的にその責務を必ずと言っていいほど担う事になる。修道騎士副団長の椅子を約束されたのも同じなのだ。
肩書きの有無は、修道騎士団内部では対等な立場とあっても、対外的にはやはり大きな違いが存在する。
「話の大半は、君に補佐役を頼みたいという物だったんだ。驚くのも無理はないかな。突然すまなかったね。でも、補佐役の件を踏まえて考えて欲しい」
オルトリスは、トゥームが継続するという以外でソルジに戻る理由が無いと考えていた。
それならば、これほどの良い話は無いだろうと思っての言葉だったのだ。
だが、トゥームは三郎の事を考えて、完全に思考が混乱し、回らなくなってしまっていた。
次回投稿は7月1日(日曜日)の夜に予定しています。




