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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第42話 口笛を吹きながら

 夏に入ったとは思えないほど、朝の中央王都は涼しげな空気に包まれている。


 朝日の射す時間はとうに過ぎていたが、人々が繰り出すにはまだまだ早い時間帯だ。


 昼間の御祭り騒ぎとも思える喧騒が嘘のように、商店が品を並べる音や馬車の走る音が建物の壁に反響して、目覚め行く町を後押ししているかのようだった。


 そんな中、美しい金色の髪をなびかせながら、一人の女性が颯爽と歩いてゆく。


 長い髪は高い位置で一つに纏められており、凛々しく細い顎のラインを際立たせているかのようだ。


 踵の低いロングブーツの靴音は規則正しく、誰もが一度は眼を向けてしまうような存在感を周囲へ響かせている。


 手入れの行き届た真白いズボンは、ロングブーツにきちんと収まり、同じように白を基調としたジャケットの胸には、教会のシンボルが銀色の糸で刺繍されていた。


 銀色のシンボルは、教会内でも修道騎士にしか許されない色であり、この女性が修道騎士であるのが一目で分かる。


 それを証明するかのように、腰には実用的でありながらも意匠の施された長剣を帯びていた。


「とりあえず今日で私の用事は終わりになるわね。後は、サブローがコムリットロアに招集されて、出席したらソルジに戻れるかしら・・・」


 女性は歩みを少し緩めると、青く透き通るような空を見上げて一人呟く。


 この女性騎士は、数日前にエンガナ高司祭より修道騎士の任命を受けたトゥーム・ヤカス・カスパードであった。


 事務手続きや修道騎士として必要最低限の物品を揃え終わり、本日付でお披露目と呼ばれる修道騎士団への正式な配属が行われるのだ。


 普段の修道服とは違う衣装も、修道騎士の正装として揃えた物の一つだった。


 お披露目とは言っても盛大な式典がある分けではなく、騎士団より辞令が交付され、中央王都に現在居る修道騎士団の面々と挨拶を交わした後、設備の案内や騎士団専用の修練場の使い方などが説明される程度の事だ。


 トゥームにとっては、幼少の折に祖父に付いて行っては遊び場にしていた慣れ親しんでいる場所なのだが、新しい事柄が増えているとも限らないので真面目に説明を受けるつもりでいた。


「サブローったら、コムリットロアに招集されるまでにゲージが少しでも使えるようになるかしら」


 トゥームは、そう言うとため息を一つ吐いた。


 その言葉通り、三郎はゲージを手に入れてからと言う物、何度も操作に挑戦してはいるのだが、なかなか上手く扱えないでいるのだ。


 トゥームとシャポーが、頭を悩ませながらもたどり着いた答えは、元々三郎に魔力の無かった事実を鑑みて『使ったことのない器官を動かそうとしているのだから、慣れるしか無い!考えるな、感じろ!』という物であった。


 教会の管理体制たる『コムリットロア』に招集された際、三郎が身分証の呈示をするのは当然だ。


 コムリットロアには、教会の運営において最終的な決定権を持つ最高司祭と六名の高司祭が出席するのだから、厳重な警戒が行われるのは明らかなのである。


 トゥームは、本日の自分の「お披露目」よりも三郎の心配が先にたってしまうのだった。


「まぁ、今日一日シャポーがゲージの特訓をしてくれるって言っていたし、コムリットロアへの招集状も受け取ってないから、まだ時間もあると思うし大丈夫よね。私は、普通にお披露目を終えて、ソルジ教会へ赴任する意志を騎士団へ伝えれば問題無いわ」


 余計な事は考えず、自分の事に集中するよう言い聞かせると、トゥームは歩く速度を上げて教会本部へと向かうのだった。




「うぬぬぐぬぬぬぅ、う~ん~ん~ぬ~」


 カスパード家の品の良いダイニングルームに、奇妙な声がこだましていた。


 三郎が額に汗を浮かべながら、手の平サイズの半透明の板に向かって念力を送っている。


 トゥームが教会に出かけると言うので、その時間に合わせて三郎とシャポーも早めの朝食をとった。そして、トゥームを送り出した後、ダイニングルームに陣取ってゲージ操作の特訓を始めたのである。


 おっさんが額に汗を浮かべて唸っている絵的に見られた物ではない様子を、シャポーとほのかがテーブルの向かい側から両手をグーに握り締めて、応援するように見守っていた。


 三郎は、目の端で二人の様子を見ながら(あれって、手話で言うところの『頑張って』って動きだったよなぁ)などと、唸り声のわりに集中出来ていない自分に気付いていた。


 三郎曰く、魔力をゲージに送って操作するって簡単に言われてもねぇ、なのである。


「っぷはぁ、ダメだ~身分証すら出てこない」


 何度か挑戦している中で、二回ほど身分証らしき物の表示には成功しているのだが、ほんの数秒で消えてしまう程度の物だった。


 シャポーの説明によれば、手の平にあるゲージの中身を動かす様に『身分証を表示させよう!』と考えながら、ゲージを包んでいる紙や布の様なものをイメージして、それをめくる感覚なのだと言う。


「むっむむ~、シャポーの説明が上手ではないのがいけないのです。サブローさまは、頑張っているのですから、絶対にできるのですよ」


 シャポーは三郎を励ますように言うと、頭を悩ませるように左右に動かし、目を瞑って考えをめぐらせる。


「ぱっぱぱぁ~」


 シャポーの真似をして、ほのかも目を瞑ると頭をぶんぶんと振りまわした。


「まぁ、俺にも魔力が蓄積されてるって話だし、コツさえ掴めれば何とかなりそうな気がするんだよな。二回くらいは身分証みたいなの表示できてるんだいし。例えばさ、口笛って一度でも音がだせると、次から普通に吹けたりするよな?あんな感じじゃないか?」


 頭を抱えてしまったシャポーを気づかい、三郎は明るい口調で言う。


 実際のところ、三郎は二回も表示できているのだから後は慣れだろう、と甘く考えているのだ。


「シャポーは・・・口笛が吹けないので、良く分からないのです」


 俯いたまま、すねた様に唇を尖らせたシャポーが、小さい声で呟く。


「あー、でもな、口笛は吹けなくても問題無いだろ?身分証が操作できないほど重症じゃないと思うぞ」


 三郎は、口笛が吹けないと言ったシャポーのあからさまな落ち込みに、焦るようにフォローを入れた。


「いえ、それがですね、重症なのですよ!太古の魔法で口笛を使う物もあってですね、シャポーが口笛を必死に練習するのを見た師匠が『面白い顔だ』って言いながら大爆笑してバカにしたのですよ。シャポーはそれ以来、人目を忍んで口笛の魔法を特訓しているのですが、ピーと言う音すらでたことがないのですよぉ。サブローさまは口笛が吹けるのですか?シャポーは、是非ともご教授願いたいのですよぉ」


 大きなブルーグリーンの瞳を悔しさに潤ませながら、シャポーは三郎に訴えるようにまくしたてる。


「大して口笛が上手いってわけじゃないけど、音が出せる程度のコツくらいなら教えられるかなぁ」


 シャポーの勢いに圧倒され、三郎はシャポーに口笛を教える事を引き受けてしまった。


 しかし、シャポーの言う太古の魔法と言う物が、恐ろしい破壊の魔法であることを、この時の三郎はまだ知らない。


「はんわぁ~、サブローさまはやっぱりお優しいのですよぅ。シャポーもサブローさまがゲージを使えるように、頑張ってお教えするのです」


「ありがとな。とりあえず、ゲージの練習はちょっと疲れたからさ、シャポー、口笛の練習してみなよ」


 シャポーの、溢れんばかりの笑顔に気を良くした三郎が、口笛を吹いてみろと促す。


「うぷぅー、ふーふー、ふひゅーふー」


 三郎に言われるまま、シャポーは頷くと、唇をこれでもかと尖らせて息を吹きだした。


「しゃ・・・シャポー?口を尖らせ過ぎだと思うよ。もっと力を抜いて、ウとかユって発声する感じでいいんだよ」


(ええー?何で目まで強く瞑って、顔中に力を入れちゃってるんだ・・・シャポーのお師匠様が大爆笑したのも分かるなぁ。まぁ、おっさんともなると、こういうのを見ても『可愛いな』程度にしか思わなくなるから、不思議だよなぁ。笑ったらダメだな、心の傷を悪化させちゃうもんな!俺はいい大人だ)


 三郎は、顔面をしわくちゃにしているシャポーへ、口笛について説明をしつつ、実際に鳴らして見せたりしながら、的確なアドバイスを伝えるのだった。


(サブローさまは、やっぱりお優しくって、教えるのもお上手なのです。シャポーの憧れる大人のイメージなのです)


 相変わらず顔面に力の入っているシャポーが、三郎の心情など知る由もなく、必死に口笛を練習するのだった。


 三郎とシャポーとほのかへ、飲み物を準備してきたカスリ老が、ゲージに向かって唸り続けるおっさんと、すごい顔をした少女魔導師と、その間で精霊が踊り狂っているという奇怪な光景に出くわしたのは、不幸な事故である。




「流石、最年少で修練兵になったってのは伊達じゃないって所か」


「ああ、本日付で修道騎士になったとは思えない動きだ」


 昼も過ぎた時間、修道騎士の訓練場は一人の新人騎士に注目が集まっていた。


 午前中に辞令を交付されたトゥームは、建物の案内や修道騎士たる説明と言った物を受けて昼を迎えた。


 午後に入り諸々の形式的な流れを終えると、新人の騎士にとって『お披露目』最大の見せ場と言われている、修道騎士専用の訓練場へと案内される。


 新人騎士は、その実力を見せる意味もあって、一人から二人の騎士と剣を交えるのが通例となっているのだ。


 ここでの評価が、数年間の修道騎士としての任務や経歴に影響すると言われ、無様な姿は見せられないと力が入ってしまう新人騎士も少なからず居る。


 だが、それは噂であって、実際は肩に力の入りすぎてしまっている新人騎士に、堂々たる騎士であれと諭すのが目的なのだ。


 トゥームも例に漏れず、一人の修道騎士と手合わせを行うこととなり、勝るとも劣らない剣技を披露したのである。


 白を基調とした服装ではあったが、正装から訓練用の服に着替えられており、トゥームの鋭い動きを邪魔することは無い。


 その姿を見た他の騎士達がトゥームに興味を持ち、我も我もと手合わせを申し出て、かれこれ十人あまりと剣を交える事になっていたのだった。


(お披露目で、こんなに手合わせをするなんて聞いた事無いわ。最近はこんな感じなのかしら)


 額から流れ落ちる汗を手ではらいながら、トゥームは疲労した様子が表に出ないよう平静な顔を装って周囲を窺った。


 トゥームとの手合わせを終えた騎士達は、満足気な表情で手合わせの内容を語り合っているようだ。


 まだ剣を交えていない騎士からは、我もと言い出しそうな雰囲気が伝わってくるが、流石のトゥームもそろそろ勘弁願いたい所だった。


 現在、中央王都には二十七名の修道騎士がおり、その殆どが訓練場に顔を出している。


 トゥームも数えて、総勢九十七名となる修道騎士団は、各々が責務を持ってクレタス全土に散っており、中央王都での任に就いているのが二十七名となっているのだ。


「各々方、優秀な騎士が加わって嬉しいのは理解できますが、ほどほどにせねば新人いびりをする騎士団と噂されかねませんよ」


 赤銅色の髪の若い騎士が、清々しいまでに通りの良い声でそう言いながら訓練場に入ってきた。


 周囲の騎士達からは、そいつはいかんなと同意の声が上がり笑いが起こる。


 若い騎士は長身で、晩餐の宴では貴婦人達の注目を集めそうなほどの整った顔立ちをしていた。


「遅かったじゃないかオルトリス、お前が一番手合わせをしたがっていたのではなかったかな」


「これでいて案外忙しい身なんですよ。私の意向なんてあったもんじゃない」


 熟練騎士に言われ、オルトリスと呼ばれた騎士は肩をすくめながら答えを返す。


 周囲の騎士達の反応から、オルトリスが人望厚い人物である事は容易に想像できた。


「トゥーム、久しぶりだね。五年も経つと見違える様だ」


 オルトリスは、トゥームの傍まで歩み寄ると、その手をとって甲に唇を寄せた。


「オルトリス・アーディ殿、お久しぶりです。ご当主になられたと妹君から聞きました。このような場で恐縮ですが、お祝い申し上げます」


 トゥームはオルトリスから自分の手をすっと引くと半歩下がり、騎士の礼をもって笑顔で挨拶を返した。


 オルトリスは、アーディ家の長男であり、現在ソルジに派兵されているマフュ・アーディの兄にあたる。


 幼馴染であるマフュ同様、トゥームを幼い頃から知っている人物の一人だ。


「真面目なところは相変わらず・・・か。失礼したねトゥーム・ヤカス・カスパード殿、改めて、修道騎士となられたお祝いの言葉を述べさせて貰いますよ」


 オルトリスも、騎士として挨拶を交わす前に、女性として扱ってしまった事への謝罪も含め、騎士の礼を持って返答した。


 修道騎士と呼ばれるものは、男女の別無く『騎士は騎士として扱うべし』と言われるほどに誇りを持って存在しているのだ。


(ああ、これはマフュに言いつけられてしまうパターンですね。嬉しさのあまり、久々の再開のファーストコンタクトを失敗してしまいました)


 トゥームの作り笑顔が張り付いているのを見て、オルトリスは妹からのお叱りの連絡が入るであろう事を考え、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。

次回投稿は6月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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