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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第41話 預言者は深い眠りの中に

 広々とした稽古場の中央で、シャポーが淡い光を放つ球体にすっぽりと覆われている。


 シャポーの足元は、床から浮かび上がっており、球体は完全な球状の形として稽古場に存在していた。


 その球体の表面には、幾層にもなる文字の帯がえがかれており、シャポーはそれらをなぞる様に手を動かしては、文字を移動させたり書き換えたりという作業を繰り返している。


 文字の帯は、魔道文字と呼ばれる文章の集合体であり、その文章を一つ一つの成分として捉えて扱い、帯を回転させて縦軸の列として魔道文字をそろえる事で魔法発動のキーになるのだと、作業を始める前にシャポーは三郎へ嬉々として説明してくれていた。


 説明当初、三郎の顔には疑問の表情が何度も浮かんでは消えていたのだが、「線形代数学の講義を受けている気分だなぁ」等と思ったので、良く理解も出来ていないにもかかわらず、文字成分を斜めに扱ったりはしないのかと気軽に質問してしまった。


 シャポーの瞳が爛々と輝きを増し、「そのとーり斜めにも扱うのですです!サブローさまは、サスガにご理解がはやいのです!」などと感嘆の声を上げて、大学の講義よろしく、複雑な説明が長引いたのは言うまでも無い。


 積層魔方陣の概念から始まり、魔導師は思考次元という仮想の空間を脳内に作って、こういった魔方陣を収納しているのだとか、詠唱する魔法と陣を使う魔法の違いだとか、正式な名称は『立体球状積層魔方陣』なのだとか、シャポーは嬉しそうに三郎へ説明した。


 しかし、最終的に三郎の頭に残ったのが、巨大な球状のルービックキューブみたいな物で、文字を揃えると魔法が発動するという至極単純なイメージであったのは、残念すぎてシャポーに伝えられない事実である。




「・・・しかし、見習いとはいっても魔導師ってすごいんだな。前にトゥームが、専門分野の勉強が必要だとか言ってたのが良く分かった気がするよ」


 シャポーの説明地獄から逃れた三郎は、カスリ老が壁際に用意したテーブルに着いて、教会事業について読んでおくようにと渡されている本をぺらぺらとめくりながら呟いた。


 どちらかといえば、本の内容に集中していると言うより、カスリ老の用意したお茶を楽しんでいると言った方が正しい様子だ。


 そんな三郎の隣では、修道騎士の要項が書かれた本に真剣な眼差しを落としているトゥームが座っている。


 トゥームは、幼少の頃から修道騎士の教本等に慣れ親しんで育っているので、そこまで真剣に読むまでもないのだが、改訂版となっていたので一度は目を通しておくと言うのだ。


「ん?そうね、でも私が知っている見習い魔導師の話と比べたら、シャポーって相当高いレベルなんじゃないかしら」


 要項から目をあげてトゥームはそう言うと、積層魔方陣の組換え作業を行っているシャポーに視線を向ける。


「思考の中に仮想の空間を持っているのって、師範クラスの魔導師だって聞いたことがあるわ。試験に受かったランクの高い魔導師でも、基本的に扱うのはスペル魔法って言う呪文や文言を使って色々な現象を起こす物なのよ」


 魔導師との戦闘訓練をも受けているトゥームが、三郎に理解できるような言葉を選び説明する。

 

「へぇ、とすると、魔導師選考検定試験ってヤツに落ちちゃってるだけで、シャポーって師範クラスって事なのか・・・」


 三郎とトゥームが話しながら見つめる先には、真剣な表情をして悩んでは手を動かしている見習い魔導師の姿があった。


「シャポーって、自分が凄いって分かっちゃったら、更に緊張して試験失敗しそうよね」


 旅路を供にして気心が知れた分、トゥームはシャポーが理解出来てしまうようで、不安な声色で言う。


 実際のところ、シャポーは自分を過小評価しているところがあり、すぐに緊張してしまいプレッシャーを感じてしまう子なのだ。


「確かに。師匠って呼ばれる人に師事したら、一発合格しなきゃいけないってプレッシャーが、あったみたいな言い方してたもんなぁ」


 三郎も苦笑いしながら答える。トゥームと三郎は、暗黙の了解の内に、この事をシャポーに伝えるのをやめる事にしたのだった。


「でも、良かったじゃない、そんなスゴイ子が『さま~』とか言って付いてきてくれるなんて」


 トゥームが皮肉を込めた笑いを浮かべて、からかうように三郎へ言う。


「凄い子・・・って言えば、トゥームだってスゴイ子だもんなぁ」


 からかい半分で言われたのに気付いて、三郎も口の端を歪めて笑いながらやり返す。


「突然、さらっと年下扱いしないでくれる?調子狂うじゃない」


 トゥームはそっぽを向くと、頬を少し赤く染めてそう答えた。


「でもな、トゥームが旅に同行してくれて感謝してるんだ。年甲斐も無く、安心しちゃったからなぁ。剣として遣わすって言われたときは、大げさな言い方だなぁって思ったけどね」


 三郎は、笑いながらも素直な感謝の気持ちを伝える。


 剣として活躍してもらう場面こそ無かったものの、三郎がトゥームを頼りにしていたのは間違い無い事だった。


 しかし、その言葉を聞いたトゥームの表情が、真剣味を帯びたものへと変わる。


「サブロー、一方的な話なのだけれど、聞いてもらってもいいかしら」


 開いていた騎士の要項を閉じると、トゥームは姿勢を正して座りなおし、三郎の目を真っ直ぐに見つめて言った。


 その気迫に押されるように、三郎も姿勢を正すと深く頷き返す。


「修練兵や修道騎士が、一人の人物に対して『剣としてつかえる』と誓いを立てるのは、全てに優先して、その者に降りかかる脅威に対し剣となって立ち向かい、その者を護る事を意味するわ」


 トゥームは、ソルジを旅立つ際に三郎へ伝えていなかった『剣として仕える者を定めた』という事の本当の意味を伝える決意をしていた。


 スルクロークに誓いを承認された時は、まだ自分の決断に自信が無かったのかも知れないと、トゥームは考えるようになっていた。


 幼少の頃から読み聞かされていた『教え』に登場する迷い人が目の前に現れたことで、ただただ気持ちが先走って誓いを立ててしまったのではないだろうか、という思いが少なからずあったのだ。


 だが、グレーターエルート族の一件や、警備隊の宴における三郎の姿を見て、本心から剣として仕えたいと思うようになっていた。


「それは、重大な誓いである、と言う事なのか・・・な」


 三郎はトゥームの言葉を受けて、頭の中で(剣として遣わすとか使わす、じゃなくて・・・『仕える』って意味だったのか!)と認識を新たにしながらも、動揺が顔に出ないように平静を装う努力をしていた。


 トゥームはゆっくりと頷く。


「王や国に仕えると言う事よりも強い意味を持っていて、血縁や婚姻よりも優先される誓いであるの。もし、仕えた者が悪しき選択をするならば、一命に懸けて正しくあれと教え、供に命を絶つ覚悟で仕えるのよ」


 トゥームの静かで決意のこもった声が、三郎の余計な思考を排除するように響く。


「それは、俺が『迷い人』だからなのか?」


 三郎は目を閉じて数秒考えると、再び目を開きトゥームを見据えて聞いた。


「それもあるわ。サブローは、魔人族を退けた最初の勇者ほどの力を持つ可能性もあるし、争いに巻き込まれる可能性だって高いもの。でもね、この誓いを伝えようと思えたのは『サブローだったから』なのよ」


 トゥームは薄く笑うと、首を僅かに傾げる仕草をして三郎に心底を伝える。


「もし、迷惑なのだったら、私が勝手に誓った事なのだから重く受け止めなくたっていいわ。でも、私はその覚悟をもって傍にいるというのは知っておいて欲しかったの」


 困惑した表情を浮かべる三郎に、トゥームは謝罪の意味を含んでいるかのような口調で言った。


「迷惑だなんて思っていないよ。それだけの決意を持ってくれている事に感謝こそすれね」


「そう、それなら良かった」


 三郎の返事に、トゥームは少しうつむくとほっとした表情を浮かべた。


 しかし、三郎の顔には言葉とは裏腹に少しばかり困ったような色が浮かんでいる。


「サブロー?」


 三郎の様子に気がついたトゥームが、心配そうに名を呼んだ。


「あ、いや、こんなおっさんにトゥームみたいな人がさ、誓いをたててくれるって言うのが、申し訳ないと言うか、分不相応な気がすると言うか・・・うーん」


 三郎が腕を組んで、さも申し訳ないという顔をして言うと、トゥームは噴出してしまった。


「もう、サブローらしいっていうのかしらね。いいのよ、大丈夫、問題ないわ」


 トゥームがさもおかしそうに笑うので、三郎も釣られて引きつった笑顔を浮かべる。


「そうか?でも、血縁とか・・・その、婚姻よりも優先するって言うから、おっさんとしては心配しちゃう所なんだけどなぁ」


 場の空気が和んだのを感じて、三郎は困惑した本音のところをトゥームに吐露した。


 うら若い娘が、二十歳以上離れたおっさんに、剣として仕えるなどと言った重大な誓いをしてしまうのだ。


 気をまわすなと言うほうが無理だろう、と三郎は心中思ってしまうのだった。


「ぷっ、そんな所に引っかかってたの?はいはい、どうせ私は浮いた話の一つも無い女ですから、ご心配なく」


 一瞬目を丸くしたトゥームが、再び噴出すように笑うと、半ば呆れた声で三郎に言う。


 だが、それを聞いて今度は三郎が目をしばたかせた。


「浮いた話がって・・・ん?スルクロークさんとは・・・えっと、聞いちゃまずい話だったり?」


 この際だからと、三郎は言葉を濁しながらも微妙な感じで質問を口にする。


「は?スルクローク司祭とわたし?どこからそんな発想が出てくるのよ」


 トゥームにとって不意打ちだったらしく、驚きの表情で三郎を見つめてしまう。


「いや、夜中に執務室に出入りしてたから・・・」


 三郎の視線が泳ぐ。


「夜に執務室へ伺っていたのは、貴方の事を話し合っていたの!昼間だと誰に聞かれるかも分からないでしょ!もう、変な誤解しないで!そういうんじゃないから、大丈夫よ」


 トゥームも、三郎に変な誤解をされていたという事実に狼狽して、両手を振りながら頬を染めて言う。


 何故語尾に『大丈夫よ』なんて付けてしまったのか、トゥーム自身が慌てる始末だった。


「そうなのか、あー、良かっ・・・じゃない、すまん、変な事言った、申し訳ない」


(あー、何だ、ちょっとほっとしちゃった俺は、あれか、ダメ人間か・・・おまわりさーん!)


 トゥームの様子に、三郎も額から汗が出る思いで詫びの言葉を連呼する。


「はぁ~、何だか集中しすぎて喉が渇いちゃったのですよ~」


 トゥームと三郎が微妙な空気になっている所へ、積層魔方陣の組換えを一時中断したシャポーが、飲み物をもらいにやってきた。


「・・・って、二人は何で顔を赤くして微妙な雰囲気になっているのですか?シャ、シャポーが魔方陣に集中してる間に、何かがあったのですかぁぁ」


 シャポーの的確な突っ込みに、トゥームと三郎が動揺を隠せる訳も無かった。




「ぱぁ~・・・むにゃむにゃ」


 一階の暖かな窓辺では、シャポーのこの結末を歌い上げていた預言者ほのかが、地下の騒動を他所に気持ち良く眠っていた。

次回投降は6月17日(日曜日)の夜に予定しています。

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