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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第39話 カスパード家の平和な食卓

「そそそ、そんなことがあったのですね。シャポーがその場に居れば、サブローさまのお役に・・・」


 朝食を取りながら、シャポーは警備隊の宴について様子を聞くと、鼻息も荒くテーブルに手を付いた。


 こんがりと焼き上げられたバターの風味豊かなパンと、マーデリットカボチャと呼ばれる粘質で甘みの強いカボチャを丁寧に裏ごししたスープが出されている。


 三郎は、カスパード家に来て以来、リボータであるカスリ老のマルチな有能さに舌を巻く事が多く、この朝食もその内の一つだった。


 トゥームといえば、三郎とシャポーの会話に我関せずといった顔で、静かにスープを口へ運んでいる。


「お役に?」


 シャポーが机に手を置いた姿勢で固まったので、三郎が先を促すように合いの手を入れた。


「お役に、立てる気がしないですよぅ」


 恐らく自分が警備隊の人間に囲まれて、質問攻めにされている場面を想像たのだろう。


 シャポーは瞳を潤ませると、申し訳ないような情けないような声で答えた。


「シャポーがカルバリのお店で手に入れた魔術書を読んで、そのまま眠ってしまった合間に・・・サブローさまは、偉大な勝利を手にされていたのですね」


 ため息混じりに席に着くと、肩を落としてそう呟いた。


 敵地に赴いた二人の帰りを待つつもりだったにもかかわらず、先に寝こけてしまったのを悔やむ思いが、シャポーの落胆に拍車をかけているのだ。


 シャポーが読んでいたと言うのは、数日前のエンガナ高司祭との謁見の帰り道、技研国カルバリの店で購入した魔術書の事である。


「シャポーさんは、魔導師として皆様の一助となられればいいのですから、落胆することは無いのですよ」


 紅茶の準備をしながら、カスリ老が低く落ち着きのある声でシャポーに優しく言葉をかけた。


 カスリとは『カス』パード家の『リ』ボータなので、頭を取ってカスリと名乗るのだと、自己紹介されたのを三郎は覚えている。


 家に仕えるリボータは、どこの家の者であるか分かるように本名ではなくリボータ称を名乗るのが一般的なのだと言う。


「ですですね!シャポーは次の試験を頑張って、一人前の魔導師となってサブローさまをお支えするのです」


 カスリ老の言葉で、一転してシャポーは明るい表情に変わると元気に言う。


「シャポーには色々と教えてもらってるから、その知識には十分助けられてるとも言えるしなぁ」


 三郎が付け加えて言うと、シャポーは「はひょわぁ~」と奇妙な声を出しながら頬を朱色に染めてくねくねと喜びを表した。


「それに・・・」


 シャポーへ向けていた暖かな物とはうって変わり、値踏みする様な生温なまぬるい視線を三郎へ向け、カスリ老は言葉を続ける。


「うら若い娘が、複数のふていの輩に尋問されていたのですから、サブローさんが矢面に立つのは当然でしょう」


「うらわかっ・・・って、カスリ!」


 それまですまし顔で食事をとっていたトゥームが、ふき出しそうになりながらカスリに抗議の声を上げる。


「ははは、ごもっとも」


(なんかあれだ、娘を嫁にとられた父親みたいだよなぁ。年齢的には孫をとられた祖父か?)


 三郎は最近、カスリ老の三郎に対する態度が、そんな風に思えて微笑ましくも感じるのだった。


「そういえば、魔術書は読み終わったの?かなり読み応えがありそうだったけど」


 早々に話題を変えるため、三郎はシャポーの魔術書について話を振ることにした。


「はい、全体を三度ほど読みまして、興味のある所は何度か目を通せたのです」


「え?もうそんなに読み込んでるの?読む速度半端ないな」


 シャポーの弾むような答えに、三郎が驚いたのも無理はない。


 魔術書は分厚く大きな本であり、三郎は中をちらりと見せてもらったのだが、読むことの出来ない難しそうな文字がびっしりと書き込まれていた。


 最新の魔術研究について書かれている物で、シャポーは中央王都で手に入るとは思わなかったと喜んで購入したのだ。


 三郎の驚きに対し、シャポーは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「読む速さですか?師匠には遅いと急かされる事はありましたが・・・魔導師ならそんな感じだと思うのですよ」


 だが、その認識は完全に間違っていた。


 魔導師と言えども、魔術などの専門書を読む速度は、一般人が専門書を読むのと殆ど変わらない。


 シャポーは、師匠から知らず知らずの内に速く読む訓練をさせられており、これまで読んだ書物の種類と量から『速読マスター』となっているのだ。


 シャポーにとって師匠が魔導師の基準であり、それが大きな勘違いの元であるとは知る由もない。


 三郎も、魔導師が超人的なスピードで本を読む人種なのだと、思い込んだまま過ごしてしまう原因となるのだった。


「そんなに読んだって事は、かなり収穫のある本だったのね。よかったじゃない」


 トゥームは、本を見つけた時のシャポーの様子を思い出し、それに見合った物で良かったと思いながら笑顔で言う。


 ちなみにトゥームは、シャポーが驚異的な速読の出来る子なのだと、きちんと理解していた。


「そーなのです大収穫なのですよ。それで、お願いがあるのですが、どこか広くて家具を移動しても良いお部屋を借りてもよいでしょうか?魔術の組み換えとかをしたいのですが、見習いの身なので人目についてしまう外では出来ないもので・・・」


 少し上目遣いで、シャポーはおねだりするような表情をしてトゥームに言った。


 見習い魔導師は、無闇に人前で魔法を使ってはならないので、色々と制約があるのだと三郎は旅の途中でシャポーから聞いていた。


 その為、室内でしか出来ない事もあるのだろうなと考えながら、三郎はそわそわしているシャポーを見て『魔法が本当に好きなんだな』とも思うのだった。


「広くて家具が移動できる部屋ねぇ。地下に剣の稽古場があるけど、そこでいいかしら?」


「剣の稽古場!じゅーぶんですよぅ。ありがとうございますです」


 トゥームの提案に、満面の笑顔を作ってシャポーは礼を言う。


「魔術の組み換え・・・何かすごそうだなぁ。もしよければ、見せてもらっても大丈夫?」


 三郎は、シャポーの言った言葉に興味が湧いて、見学させてもらえないものかと聞いてみる。


「シャ、シャポーの出来る女っぷりをですね、見てもらえるなら喜んで見てもらうのです。大丈夫ですのです」


 不意の見学の申し出に、シャポーは声を上ずらせて嬉しそうに返事を返した。


(シャポーが頼りになる所を、サブローさまに大いに見てもらって、トゥームさんに追いつくのです!)


「ぱぱ~ぱぁ~ぱ~ぱぁ~ぱぁぱぁぁ~ぁ~」


 それまで、カスリ老力作の甘い果実のゼリーを、これまたカスリ老力作の小さい座布団に正座して、品良く食べていたほのかが、突然上機嫌に奇妙な曲を歌いだした。


(おぉ、大人しくしてると思ったら美味しくてご機嫌さんか?しかし、RPGのゲームオーバーで流れるような歌だな・・・)


 平和な食卓を囲み、三郎はそんな事を思うのだった。

次回投稿は6月3日(日曜日)の夜に予定しています。

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