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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第38話 帰りの馬車でドキッとする

(ここは宴の席、取調べでもなんでもない。酒が入った席での雑談程度で収められれば、御の字だな)


 三郎は自分に言い聞かせるように、心の中で現在の状況と『話の落とし所』を再確認していた。


 話の流れは、三郎が介入した事によりトゥームを警備隊本部につれて行く理由を失いつつあった。


 三郎達を取り巻いている人々の雑踏からも、トゥームを指して、ソルジを護った修練兵があの女性らしいと言う囁き声が聞かれるようになっている。


 だが、三郎の言葉には、魔獣に襲われ負傷した者が自分であるという証拠と、それを証明する事実が決定的に不足しているのだった。


(怪我の痕を見せて『おお、本当だ、申し訳ない』なんてなってくれれば楽だけど、普通に考えても無理だろうなぁ)


 三郎は、桜吹雪を見せつけて問題を解決してくれるお奉行様を思い浮かべながら、警備隊長官ベークの質問へ慎重に答えるよう気持ちを新たにするのだった。


「修道騎士トゥームが、負傷者の存在について言葉を詰まらせたのは、私に対しての配慮からなのだと思います。教会の人間にとって、教会評価理事という役職者が負傷したのですから責任を感じるのも当然です。まして、彼女は修道騎士ですからね、その責務を重く受け止めてくれているのでしょう」


 穏やかな口調になるよう殊更ことさら気を配り、三郎はベークへ微笑みをもって、トゥームが負傷者について言い淀んでしまった理由を伝える。


 教会評価理事という高い立場の者が、そのトゥームの態度に対し、感謝の気持ちを持っているのを強調する意図も含んでいた。


「ふん、それは負傷者が理事殿であればの話。何の答えにもなりませんな」


 ベークは、鼻で笑うと三郎の言葉を一蹴する。


「確かにそうですね」


 ベークの不遜な態度にも拘わらず、三郎は表情を崩す事無く頷き返した。


 相手の言葉を静かに肯定した三郎の態度は、敵ではないのだと伝える効果がある。


 それが功を奏したのか、ベークは厳しい表情ではあるものの、三郎に顎で話の先を続けるように促してきた。


 三郎は促されるまま、トゥームが守護戦闘へ赴き、教会で預かっている少女がその後を追って教会を飛び出し、自分も少女を追って西門へ向かった事を話す。


 そして、その少女を庇って自分が怪我を負った経緯を隠す事無く伝えた。


「教会の人間である私が負傷したのは、護るためであり当然の行動ですから、教会として何ら問題とはなりません。教会はそれをも踏まえた上で、トゥーム・ヤカス・カスパードへ修道騎士の任に就くよう決定を下しました。教会がそのような判断を下した事実をもって、負傷者が身内の者であった証拠であると考えてはいただけませんか?」


 三郎は、話の妥協点を決める権利が、あたかもベークにあるよう言葉を選びつつ話を進めた。


 警備隊長官という立場ならば、教会が人々を護る為の組織であると理解していないはずは無いのだ。三郎の負傷について、深く言及してくるとは考え難い。


 教会の決定ならば信じても良いとさえ言ってくれれば、ベークに大きな恥をかかせることもなく笑顔でさよならと言えるなと三郎は考えていた。


「その教会の判断した材料が、そもそも間違っていないとは限らんだろうが」


(うわ、そうきたか・・・これ以上行ったら組織的な『対立』になっちゃうと思うんだが)


 三郎の配慮も空しく、ベークは顔を真っ赤にしながら三郎の言葉を否定した。


 三郎は、想定していた中でも最悪の反応が返ってきたことに、嫌な汗が背中を流れるのを感じていた。


 ベークは、三郎が考えていたよりも自尊心が強い人間であった。


 思っていた通りに事が運べておらず、更に、自分の部下の居並ぶ前で話を返されてしまった事が、我慢ならなかったのである。


「報告したのは誰か?その者が報告したのでろう?それを証拠だなどと、よくも言えたものだ」


 声を荒げトゥームを指差したベークは、その勢いに任せて警備隊本部へ連行してしまえと言わんばかりとなる。


 宴の場であるこの広間に、諸王国の有力者とも呼べる人々が出席しているのも失念しているかのようだった。


「それは困りました。宴の席での話と思っていましたが、教会の下した決定に対し、国政側である警備隊の方が意義を申されたとなれば、高司祭もしくはそれ以上の所まで、この話を持ち帰らなければならなくなってしまいます」


 三郎は、怒りをあらわにしているベークではなく、横で話の状況をうかがっていたヤートマへ向けて静かに言う。


 三郎の言葉を受けて、ヤートマと警備隊幹部の表情が硬い物へと変わった。教会に対する内政干渉と受け取られれば、ベーク以下この場に居る警備隊の管理職者が、教会へ出向かねばならなくなると気付いたのである。


 ヤートマが慌てた様子で、三郎の言葉へ更に反論しようとしていたベークに、教会に呼び出される状況になりかねないと、怒りをしずめてくださいと耳打ちする。


 ベークは低い声で唸ると、頭に上っていた血を下げるように鼻で荒い深呼吸を数回繰り返した。


「このような『宴の場』で騒ぎ立てても、仕方の無い話であるようですな。エルート族の『真実の耳』でもあるまいし、真偽の程もあったものではないがな」


 今までの言動を棚に上げて、ベークは旗色が悪いと理解し話を打ち切るよう言葉を吐いた。


 三郎や教会の決定を信じたわけではない、という意味を込めた皮肉を最後に付け足すのも忘れない。


「そうですね。しかし、私がその負傷者ではないと疑われるなら、我が友であるエルート族の戦士にかけて真実であると誓っても良いですよ」


 三郎もベークの話に乗って、これで幕引きとばかりに言葉尻を取って返した。


 が、それが非常に余計な一言だった。


 三郎達の周囲を取り囲む人の輪から、どよめきにも似た声が上がったのだ。そして、ベークや警備隊幹部達の表情も、非常に複雑な物に変わり、若干血の気が引いている様にも見える。


(あれ?何か不味いこと言ったか・・・)


 三郎は予想外すぎる反応が返ってきたことに驚き、トゥームの方を確認すると、少しばかり呆れた表情のトゥームと目が合った。


 トゥームの表情から三郎が読み取った言葉は『何で自分から余計な事を言って悪目立ちするのよ』であった。


「教会は、その・・・何ですかな、エルート族と友好関係にあるのですかな?いや、そういえば近々の噂で教会の馬車が、エルート族を連れていたと聞きおよんではおりますな。もしや、理事殿とトゥーム殿がご一緒であったのですかな?ふむ」


「ええ、グランルートの町フラグタスまで送った事はありましたが・・・」


「ふむ、そうでありましたか。それは大変なお役目であったでしょうな。今回は、何と申すか、酒も入った宴の席での事ですからな、以後お見知りおき頂きたいものですな」


 三郎の探るような言葉に、ベークは視線を逸らしながら歯切れの悪い返事を返す。その横でヤートマも、愛想笑いを浮かべていた。


 クレタスの人々にとって、エルート族は優秀で誇り高い種族として知られている。


 人とエルート族の交流と呼べるものは、種族間会議における直接の接点とグランルート族を介した細々とした交易程度であり、その存在自体が伝説に近いものとなって久しい。


 しかし、少ない交流の中であっても、クレタス人にとってエルート族とは『真実の耳』を始めとした能力を有する優れた種族で、憧れであり畏れの対象となっている。


 一般の人々にとって、憧れ程度で済んでしまう話であっても、国の重責を担う者にとって、エルート族と友好を結んでいると言う言葉の意味する所は、一国の後ろ盾が存在している程の認識になるのである。


 最初の勇者の伝説で語られている通り、エルート族は友と呼ぶ者を決して裏切る事はないからだ。


 ベークやヤートマが、似合いもしない愛想笑いを浮かべる中、三郎はトゥームに腕を引かれるように宴の席を退場したのだった。


 


「はぁ~、エルート族が友人だなんて、突然言うとは思わなかったわ」


 馬車の席に深く腰を下ろし、目頭を押さえたトゥームが長い溜息とともに疲れた声で言う。


 来た時と同様の馬車で、来客の帰宅用としてベークの邸宅から出されている物に三郎とトゥームは乗っていた。


「いやぁ、ベークって長官がエルート族の事言うから、普通に返しちゃっただけでさ、あんな雰囲気になるとは思わなかったよ」


 三郎もまいったと言わんばかりの表情で、トゥームに返事を返した。


「町の酒場で、エルート族の知り合いが居るとか言っても『すごいわね』とか冗談程度で済むだろうけど、あそこは一応、国政に絡んでいる人達の集まりなんだから、エルート族と交友があるなんて言ったら、ああなることぐらい想像でき・・・」


 そこでトゥームは言葉を切ると、首を横に振って後悔の念が浮かんだ視線を三郎に向けた。


「ごめんなさい、説明しておけばよかったわね。サブローはクレタスに来てから半年も経ってないもの、私が気をつけるべきだったわ。なのに私は・・・」


「いやいや、悪目立ちするなって言われてたのに、いい気になって珍しい種族に友が居るなんて言った俺の迂闊うかつさだよ。トゥームのせいじゃないからな」


 落ち込んだ声色となってしまったトゥームに、三郎は強い口調で断言する。


 そんな三郎の真剣な目に正面から見つめられ、トゥームは少しばかり表情を和らげた。


「でも・・・サブロー、助けてくれてありがとう」


 はにかむように微笑んで、トゥームは自分が答えに窮した際、三郎が助けに入ってくれた事への感謝の気持ちを、素直に口にした。


 あのままであったら、迷い人について言えぬままに警備隊本部へ連行されていたかもしれない。少なくとも、トゥームは上手く切り抜ける言葉を見つけられなかったのだ。


「まぁ、ほら、トゥームがあんなおっさん共に色々と言われてるのは、気分悪いしなぁ。ああいうのは、出来るだけ引き受けたいと思うと言うか」


 トゥームに見つめられて恥ずかしくなった三郎は、目を逸らして答えるのだった。


(19歳の子にドキッとしちまったぁ・・・おまわりさーん!)

次回投稿は5月27日(日曜日)の夜に予定しています。

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