第37話 言葉尻を取り合うおっさん達
教会評価理事について、教会における立場が高司祭に準ずる役職である事が分かり、警備隊本部長官であるベークと警備隊幹部、そして三郎の間にしばしの沈黙が流れていた。
周囲を取り巻き様子を見ていた者達は、沈黙の理由が分からず何事かと声を秘かにささやきあっている。
教会は、一名の最高司祭と六名の高司祭からなる管理体制『コムリットロア』が中心となり運営されている組織だ。
六名の高司祭は、中央王都と五つの諸王国を各々管理する責任を持っており、三郎達が謁見を許されたエンガナ高司祭は中央王都を管轄とする高司祭であった。
三郎に名ばかりながらも与えられた『教会評価理事』とは、教会の最終決定権を有するコムリットロアに意見出来る役職なのだが、それはまだ三郎の理解の外にある事実である。
だが、三郎が自分の立場を、完全に理解していないとは知り得ない警備隊幹部としては、教会の組織図を確認してしまったが為に、対応を考える上でも沈黙を余儀なくされるのは当然と言えた。
教会と国政の分権がなされているとはいえ、この場にいる誰よりも立場が上であると考えられ無くもないのだ。
「先ほど申しましたとおり、修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパードのソルジでの対応について、私から意見を挟ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
一同の動揺している中、沈黙を破ったのは、その大元である三郎からだった。
(トゥームは、しっかりしてるけど十九歳の女の子だもんな、言葉尻を取り合う大人のやり取りは、請け負ってあげないとだめだよなぁ、大人として)
三郎は、自分の心臓が大きな音を立てているのを感じながらも、平静を装った笑顔をつくり落ち着いた声色を崩さぬように注意を払って話を続ける。
「魔獣襲来時におけるトゥーム・ヤカス・カスパードの働きについてですが―」
「そ、その前に失礼いたします。わたしの不勉強で申し訳ないのですが、教会評価理事とは、どのようなお役をなさるのかお教え願いたい」
三郎が話を進めようとすると、警備隊副主幹たるヤートマが声をあげて遮った。
話の主導権が三郎に移ってしまうのを感じ取ったがゆえの発言であったが、その声には動揺の色がありありと窺える。
(主導権を握らせないためか?でも、動揺が声に出てるからそれは失敗だぞボンボン君。しかし、自分の上司に恥をかかせず相手の事を聞きだすには、自分の不勉強って言ったのはいい判断だなぁ。案外、ヤートマだっけか、侮れないかもな)
三郎はそう考えながら、ヤートマに体ごと正面を向けると、笑顔を作ってゆっくりと一礼した。
「お役ですか。複雑なものでは無いのですが、教会の『教え』を十分に理解し、教会組織が教えにそぐわぬ行動や決定をした際、教会に苦言を呈する者であると考えてもらえればよいかと」
ヤートマの質問に対し、三郎は穏やかな声で答えを返す。しかし、その内容は、エンガナ高司祭との謁見で教えられた物を受け売りしただけであった。
三郎の答えに対し、ベークが「ほう」と意味深く頷いたのを聞き、ヤートマがベークの表情を横目で確認した。
「左様でしたか。分かりやすい説明、ありがとうございます」
三郎へ視線を戻したヤートマは、恭しく頭を下げて礼を言う。その表情からは動揺の色は消えており、上官であるベークの発言に合わせられるよう気を配る物へと変わっていた。
「教会が間違えを起こせば、意見を言える立場なのですな。大変なお役目、敬意の念を覚えますな」
ベークは、動揺したのも無かったかのような表情で口元を緩ませて言った。
「私の知る教会の者は、その責務を十分に全うしていますから、大変と言うことは無いのですがね」
三郎は、ベークが警備隊長官という責務を担っているだけあって流石の胆力だなと思いながら、負けじと穏やかに言葉を返す。
「して、トゥーム殿の働きについてと申されたか。隠し立てしている様子である『負傷者』についても、お話いただけるものと考えてよろしいか?」
ベークは三郎の『教会の行動や決定に苦言を呈する立場』という言葉を聞いて、利用できると考えていた。
先ほどのトゥームの様子から、負傷者について言及されるのは何かまずい問題があるのだと理解していた。
一言でも非を認めさせれば、重大な隠匿事項としてトゥームを本部へ連行し、罪を誇張して牢に繋ぐことさえできるのだ。
教会評価理事と言う高位役職者の居る前であれば、後々、教会から修道騎士拘束について異議を申し立てられたとしても跳ね返す理由も出来る。
三郎が言葉を挟んでくるきっかけとなったのも、その負傷者についての話に触れた為であると、ベークは確信していたのである。
「そうですね、そこに通づる話だと思っていただいて良いでしょう」
三郎は少し間を置くと、真面目な表情になりベークの目を見据えて静かに言った。
ベークは、三郎が考えをまとめる為に作った間を『正直に話す覚悟を決めた』と受け取り、満足そうに頷いて話の先を促した。
「まず、魔獣襲来の際、トゥーム・ヤカス・カスパードがソルジ教会の建屋に居た件ですが。非常に良かったと判断しております」
「ほーぉ、西門の警備について知り及んでいながらも協力しようとせず、教会建物に居た事が『良かった』と?ほぉ、これはまた恐ろしい事を申されましたな」
三郎の言葉に、ベークが肩眉を上げて威圧的に言葉を返す。
三郎は一呼吸つき、トゥームが質問攻めをされていた際に、自分の頭の中で作っていたフローを再確認して話を続ける。
それは、現在持っている情報を整理し、話の落とし所までのルートを簡易的にまとめたフローチャートであり、全てを網羅しているとは言い難いのだが、話す相手の不意な発言に動揺してしまうのを少なくする効果はあるものだ。
「仮にトゥーム・ヤカス・カスパードが西門警備へ出向いていたとします。しかし、魔獣が北門や南門、あわや西門から一番遠い東門へ現れていたら、修練兵たるトゥームの到着は後れ、被害が大きくなっていたと考えられます」
「北門や東門は、警備隊の精鋭が護っていたのだ、問題があるとは思えんな。南門は漁師達が護りを固めていたと聞いていますな。『漁師兵』とも声高に言われるソルジの漁師達だ、撃退出来たと断言できる」
「漁師達は民間人です、被害が出てはいけないですね。なにより、ゲージでの連絡が不可能となった不測の事態もあり、その点から考えても『全ての門から近い』ソルジの中央に位置する教会建屋に居たのは、評価に値すると言えます」
ベークの反論に、三郎は静かに答えを返した。
ベークはトゥームに言ってしまっていた『漁師は一般の民である』との発言をすくわれるかたちとなり、苦い表情を作る。
「ゲージが使えなくなった事で助けを求めた者が教会へ行った事や、魔獣の襲来にトゥーム殿がぎりぎりであれ間に合ったのは、全て結果論であり、その行動について高く評価するのはいかがなものかと思うんだがな」
ベークが独り言のように大声で言い放つそれは、苛立ちを隠す素振りもない。
三郎はそんなベークの様子を見て、この男は警備隊組織の中で、気に入らない事があれば怒りに任せて全て押し通しているのではないだろうかと考えていた。
この手の人間は、正論を並べれば怒り出すだけで話にならないという経験を何度かしている。
仕方ないなと言うため息を少しはき、三郎は言葉を続けた。
「そうですね『結果論』と言うには、あまりにも『優秀』に事が運びすぎていると思います。不測の事態も踏まえて、適切に事が運べたのは事実です」
三郎の断言を受けて、周囲を取り巻いている人垣にざわめきが起きる。
ベークは、トゥームを悪く印象づけるのに成功しつつあった話を、優秀であったと覆されてしまったのだと感じずにはいられなかった。
「話の本質を濁されているようだ。私は『負傷者』について聞きたいのだがな」
ベークは結論を急ぐように、三郎へ負傷者についての話へ戻るように促す。
「ソルジへ侵入した魔獣によって負傷した者は居ました。その者は、トゥーム・ヤカス・カスパードにより教会へ運び込まれたのも事実です」
「そうか、報告によればその者が倒れていた場所に、多量の血痕が残されていたとあったからな、よもや死んでしまったともなれば行動の責任も問われますなぁ」
三郎が負傷者について認めると、ベークはあからさまに機嫌を良くして言った。
トゥームは、三郎が負傷者についてすんなりと認める発言をしたが為に、目を強く瞑り顔を伏せてしまう。
周囲の者達の囁きあう声が、不快な雑音としてトゥームの耳を打った。
「その者は亡くなってはいませんよ。なにせ、私がその『負傷者』なのですから」
三郎はベークに穏やかな笑顔で答えを返す。
「ほほぅ、教会の者であったと、ご自身であったとそう申されるか」
ベークは不審な表情を作ると、声を低くして三郎に詰め寄る。
「だが、なぜ負傷者について警備隊へ報告がなかったのか、先ほど、トゥーム殿が言い淀んでいた理由も理解しかねますな。何より、それが真である証拠がどこにあると言うのか聞きたいものであるなぁ」
ベークの言うとおり、負傷者が教会の者である証拠も無く、報告できなかった理由も言えないのである。
(まさか、サブロー・・・迷い人である事がばれてしまっても良いなんて考えて・・・)
トゥームには、三郎の意図を掴むことが全くできなかった。
次回投稿は5月20日(日曜日)の夜に予定しています。




