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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第35話 そこは味方の居ないアウェーだった

 三郎は、再び馬車に揺られている。


 馬車とは言ってもソルジから乗っていた友獣の引く旅用の幌馬車ではなく、貴族宅から迎えによこされた、文字通り馬に引かれている二頭立てでボックスシートの取り付けられた箱型馬車だ。


 豪華とまでは言わないものの、黒く光沢のある車体に品の良い装飾が施されおり、御者も黒い上下で正装をした立派な馬車だった。


 三郎の斜向かいには、薄紫色に染められた美しいドレスに身を包んだ女性が、窓の外の流れ行く景色に目を向けていた。


 大きく開かれた襟元は細かなレースで縁取られ、胸元には白色光沢のある希少金属で花をあしったブローチが品良くおさまっていた。


 ブローチには、ドレスと同系色の宝石が使われており、選定した者の洗練された感覚が垣間見える。


 肩口は、その女性の健康的な美しさを引き立たせるようなオフショルダーとなっており、袖部分でドレス地とレース地とが丁寧に纏められている。


 腰のところで絞られたドレスは、裾に向かって緩やかな広がりをもち、座っていながらも床に届かんばかりの長さであるように見て取れた。


 肘まである長手袋は、一見シンプルな作りには見えるのだが、縁に向かい布が細やかに織り込まれており、美しい刺繍が施されていた。


 普段はベールで隠れている流れるような金色の髪は、今は高く結い上げられ、白いレースと薄紫を基調として作られたコサージュで飾られている。


「サブロー、どうかした?あ、もしかして私、髪とか乱れてる?」


 窓の外に目を向けていたトゥームが、三郎の視線に気付いて問いかける。


「いや大丈夫大丈夫。たださ、美人は特だなって思ってさ。そういうドレスを着ても、本人が負けないというか、似合っちゃうというか」


 三郎は、褒めたり喜ばせたりするといった意図の無い、率直な感想を口にする。


「びじっ・・・と、と、唐突に、ほ、褒めても何も出ないわよ!」


 三郎の言葉に、トゥームが頬を染めて語気を荒く返事を返し、ぷいっと窓の外に向き直ってしまう。


「あ、いや、そういうつもりじゃなく・・・だな(あー、これセクハラだ・・・まじ、セクハラ発言したわぁ)」


 普段のトゥームから考えて、そんな反応を返してくるとは予想していなかった三郎は、不味い事を言ってしまったと反省してしまう。


 そんな三郎とて、カスパード家にあった正装を一式借りて身に着けていた。


 トゥームのドレスと同系色の上質なコートをはおり、中には白い薄手のチュニックの上に手入れの行き届いたチョッキを着ている。


 落ち着いた風合いの黒いストレートズボンを合わせていた。


 トゥームの父親の物で、三郎が最初合わせたときはゆるい部分もあったのだが、カスパード家のリボータであるカスリ老の巧みな技により、最初から三郎用にしつらえたかのような仕上がりとなっている。


 三郎としては、見慣れず着慣れずの物であるため、非常に似合っていない気分なのだが、シャポーやトゥームが似合うと言い、カスリ老もその仕上がりを得意げにしていたので『まぁ、いいか』と思うことにしたのだった。




 三郎とトゥームが正装して馬車に揺られる事となったのは、ある一通の招待状がカスパード家に届いていた為であった。


 三人と一精霊は、教会を出てから町の賑わいを楽しみつつ、シャポーの行きたがっていた技研国カルバリの商店を見て回った。


 そんな帰り道、トゥームは三郎に、警備隊本部へ明日にでも赴こうと考えている旨を伝えていた。


 三郎は、警備隊本部に呼び出されて『申し開き』をさせられるトゥームに同行し、上手く謝る気満々で心の準備をするのだった。


 だが、カスパード家へ戻ると、トゥーム宛に警備隊幹部である貴族の名前で、二日後に開かれる警備隊主催の宴への招待状が届いていたのである。


 その書状には、先に送られた『申し開き』についての召還状は誤った情報に基づいたものであり了承願いたいとの旨が添えられていた。


 エンガナ高司祭が手を回したのは、先だっての謁見から明らかであり、三郎は心の中で(すげーな)と感嘆の声を上げるのだった。


 貴族の名で送られてきた宴の招待には、同伴の者を一人連れて行くのが通例とされており、当然のように三郎がついて行くことになったのである。


 シャポーは、しばらく文句を言っていたのだが、トゥームから宴について敵地に乗り込むようなものなのだと聞かされると『がんばってきてください』と応援する立場へと変わっていた。


『もし面倒なら、私一人でも大丈夫なのよ?』


 準備をしている際、そうトゥームが三郎を気遣ったのだが、三郎は旅の途中で言った手前もあり『大丈夫だ、問題ない』と即答するのだった。


 それに、三郎としては貴族の宴なるものへの興味も、少なからずあったのである。




「そろそろ、到着いたします」


 三郎とトゥームの間に、気まずい沈黙が流れている中、御者の男が小窓を開けて声をかけてくる。


「あ、はい、ありがとう」


 三郎は、妙な空気から救われた気分になりならが返事を返した。


 馬車が停車したのは、町の東側に位置する貴族の邸宅立ち並ぶ区画の、きわめて王城よりに位置する大きな屋敷の敷地内であった。


 手入れの行き届いた庭は、大きな噴水まで置かれており、中央王都の中であることを一瞬忘れてしまいそうになるほどの広さを有している。


 大きな石造りの建物は、所々に彫刻が施されており、権力を誇示するかの様相をうかがわせた。


(町の奥、王城に近ければ近いほど、貴族って地位が高いんだっけか?すると、これはかなり高い地位の人の屋敷ってことだよな・・・)


 三郎は、馬車を降りるトゥームに手をかしながら、昨日シャポーやトゥームから聞いていた町や貴族についての話をおもいだしていた。


 中央王都は、南西に王都の門があり北東の王城に向かってヴィーヴィアス大道がはしっている。


 これは、クレタス南西にある守衛国家セチュバーの護る『侵略者の洞窟』を正面にすえて王城を建設したためだと言う。


 ヴィーヴィアス大道を境に、左側に教会関係の建物が多く、右側に王政府関係の建物が多く建てられているのが大まかな町のつくりであった。


 王都の人々は、ヴィーヴィアス大道があまりにも長いため『門前もんぜん』『中広場』『城前しろまえ』と三区画に分けて呼ぶのが一般的となっている。


 王城の前にも『王政広場』と言う広場があるのだが、国関係の行事が行われる場所であり王都の住人には馴染みの少ない広場であった。


 勇者の公表は、その王政広場で行われており、そのときは大勢の人々で埋まったのは遠くない記憶ではある。


 トゥームと三郎は、案内に導かれるままに屋敷に入ると、豪勢なつくりの広間に通された。


 宴は既に始まっており、大勢の招待客が飲み物を片手に談笑をしている。


 三郎の第一印象は、豪華な立食パーティーの上級者バージョンであった。


「もしかして、俺達時間に遅れたとか・・・じゃないよな」


 三郎は、隣のトゥームに耳打ちする。


「諸王国会議の関係で、宴の前に諸国の幹部や貴族が呼ばれて警備隊関連の会議とかが開かれるのよ。その流れからの宴だから、今から出席する貴族も多いのよ」


 トゥームにそう言われて広間の入り口に目をやると、三郎達の後にも到着した貴族が案内されてくる様子が目に入った。


 到着した貴族は、案内の者と別れると男性が腕をそっと出し女性がそれに手を添えるように奥へとエスコートしてゆく。


 三郎は、世界が違ってもエスコートする様子は同じなんだなと内心ほっと胸を撫で下ろすのだった。


 貴族のマナーを見た三郎は、他の様子も一応確認するとどこも似たようにしている為、トゥームの半歩前に出て右腕を折り曲げて差し出す。


「あら、ありがとう」


「いえいえ」


 含み笑いをしながら、トゥームがそっと手を添えてくる。三郎も、品の良い笑顔を作りながらトゥームをエスコートするのだった。


 給仕の者がくれた飲み物を片手に、トゥームが一応案内状の主へ挨拶だけはしておこうと言うので会場をのんびりと進んだ。


 三郎は内心、料理はどのタイミングで取るのかとか、手に持ったグラスは飲み終わったらどうするのか、といった不要な心配ばかりが頭をめぐっていた。


 そうしていると、突然トゥームの名を呼ぶ大きな声に足をとめる事となった。


「修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパード殿、本日はおこしいただき、感謝を述べさせていただきたいですな」


「ベーク・ルルーガ公、お招きいただき光栄に思います」


 トゥームがベーク・ルルーガと呼んだ相手は、現警備隊の長官である男で、その家系は長年警備隊の重役を担ってきている。


 ベークの後ろには、同伴の女性ではなく御付の部下が二人伴われていた。


 警備隊の長官という肩書きは伊達ではなさそうで、がっしりとした体格が威圧感をかもし出している。この宴の主催者であり、招待状の主でもある人物だ。


 ベークの息子も警備隊の重責を担う役職についているのだ。そして、五年前にトゥームの後見役を名乗り出た王政側の人間と言うのがベークその人であった。


 美しくなっただの、大人になっただのと言いながら、トゥームを値踏みするかの様に視線を動かす。


 三郎はトゥームが嫌そうに返事を返すのを感じ取って、視線を遮るように少しだけトゥームの前に出るとベークに挨拶をした。


「お招きに甘えさせてもらい、トゥームに同伴してまいりました、サブローと申します」


 三郎は、営業スマイルを顔に張り付かせて頭を下げる。企業勤めの際には、顧客受けの大変良かった営業スマイルだ。


「そちらのお連れは、見ない顔ですな。教会の方ですかな?」


 ベークは、今まで三郎が目にも入っていなかったような口ぶりで、三郎に対してではなくトゥームに向かって質問をよこす。


 トゥームが答えようとしたとき、ベークの後ろから新たな声がトゥームにかけられた。


「おやおや、トゥーム・ヤカス・カスパードさんではありませんか。お懐かしい限りです、私の事はお忘れでは無いでしょう?」


 顔にかかる前髪を手で払いながら、わざとらしいほどの清々しさを押し出した優男が姿を現した。


 三郎の印象としては、茶色に近い金髪も印象を助長したのか、貴族のボンボンと言った種類の人間だと判断する。


 三郎は背中から、トゥームの苦手そうに息を押し殺した声が聞こえ、何となくボンボンとトゥームの距離感を察知する。


「警備隊副主幹となられたそうで、ヤートマ・グスタム公もお変わりなく」


 トゥームは笑顔を作ってヤートマに挨拶を返した。


 先に送られていた『申し開きの召喚状』に役職ごと名前が載っていたので、嫌味も含めてトゥームは言った。


 五年前、トゥームの家名ほしさに求婚を申し出てあっさり断られたのが、ヤートマ・グスタム公その人である。


 トゥームに向けていた笑顔とは別に、ヤートマは三郎を不快な物を見るような目つきで一瞥した。


(うわ、オレ今凄い目で睨まれた・・・警備隊怖えな)


「いやはや、しかし、ソルジでは大変な事態であったそうですね。一つ間違えれば大きな被害が出ていた可能性もあったとか?」


 ヤートマは、挨拶もそぞろにソルジでの魔獣について話題を振ってきた。


「結果としては大事が無くよかったのだが、結果論で話を収めて良いものかとの意見も囁かれているのが現実というものであるしな」


(ん?)


 三郎は、ヤートマの言葉と示し合わせたかのようなベークの発言に眉をひそめる。


 すると、その言葉を受けてトゥームが三郎の横に並び出た。トゥームの表情は、注意深い物へと変わっていたのだった。


(あぁ、この宴に招待されたのを『敵地に乗り込む』って過剰な言い方じゃなく、本当にアウェーで詰問されるやつだったのか・・・)


 三郎は、周囲に味方の居ない状態を理解して冷や汗を流しつつも、トゥームを一人で来させなくて良かったなと内心思うのだった。

次回投稿は5月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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