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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第32話 好印象なご老人

「では、エンガナ高司祭へ確認を入れますので少々お待ちください」


 そうトゥームに言い残すと、事務処理を受け付けていた女性は、無駄の無い動きでカウンターから離れて事務所の奥に歩いていった。


「来所事由の提出とか、到着の届出とか、シトス達を助けてフラグタスに立ち寄った報告とか、エンガナ高司祭への謁見申し入れとか、事務処理けっこう時間かかるんだなぁ」


 三郎は、受付の女性の後姿を見送ると、カウンターにもたれかかりながらため息混じりに呟いた。


 天井を見上げると、アーチ状の太い石の梁が何本も通っており、格式高い装飾の施された天井を支えている。


 教会本部に到着した当初は、荘厳な造りの建物に一々感動していた三郎ではあったが、一時間以上も手続きに時間を取られていればその熱も冷めると言う物だった。


 シャポーなどは、いまだに建物を見回しては感嘆の声を上げている。シャポーの背中のフードに収まっているほのかも、シャポーの感嘆の声を真似していた。


 三郎はそんな二人の様子を見ながら、良く飽きないな、などと思うのであった。


 事務受付の部屋は、講堂と言っていいほど広い空間で、三階建ての家がすっぽりと納まるのではないだろうかと、三郎はぼんやりと周囲を眺める。


 トゥームによれば、教会の事務処理はここが全て担っているのだと言う。


 広い部屋の半分以上は長いカウンターで区切られ、その奥は事務所として机が並び、教会の事務員達が忙しなく動き回っていた。


 来客用のフロアーも広く取られてはいるのだが、教会の本部と言う事もあってか、人の出入りは非常に多く混み合っている。


「だから、家で待っていてくれて良かったのに。高司祭様への謁見だって、申し入れをした日の当日になんて無理なのだし」


 三郎の様子に、苦笑い交じりでトゥームが答える。


 実際の所、トゥームがソルジを発つ前に提出書類を作って持参していたので、手続きとしては早く済んでいる方ではあった。


 だが、司祭以上の役職者ともなると、日々の職務に追われており謁見のアポイントを取るのも容易ではないのは組織が大きければ仕方のない事だった。


「自分の事でもあるし、まかせっきりってのも悪いと思ってね。まぁ、書類とか完全に頼りきっちゃってるけどさ」


 三郎は、肩をすくめながら言った。


「それに、リボータだっけ?あのカスリって人にさ、すごく観察されてる気がするんだよな」


 昨日の夕方、カスパード家に到着してからの事を思い出しながら、三郎は小声になってトゥームに言う。


 何も小声で言う必要は無かったのだが、カスリの隠そうともしない疑惑の視線を思い出すだけで、三郎は自然と小声になってしまうのだった。


「あーカスリはね、祖父の代からカスパード家に仕えてくれているから、私を娘とか孫みたいに思ってくれているのよ」


「トゥームの事を大事に思っているのは分かるとして、オレを値踏みするようなあの視線は無いよな。緊張して肩凝っちゃうよ」


 仕方ないという口調のトゥームに、三郎は凝ってもいない肩をほぐす様に首を動かしながら言う。


「三郎が剣として仕える者に相応しいのか、カスリとしては心配なんじゃないかしら」


 トゥームは、意地悪そうな笑いを浮かべると、三郎へ値踏みするような視線を向けて言った。


「そーだなぁ、トゥームほどの人物を剣としてかりてるわけだし、カスパード家のリボータであるカスリが、当主を心配するのも当然かぁ」


 諦めのついた表情で、三郎は頭を手でかきあげる。


 三郎は、昨晩の食事の際に、シャポーなどからリボータについて話を聞かされていた。


 リボータとは、執事としての役割は基より、家を外敵から護る役も請け負っている。リボータ専門の養成機関があり、そこの出身者が名のある家にリボータとして勤めるのだ。


 養成機関の存在は公にされておらず、表に出ているのは『リボータ連盟』という名前だけであり、その内情についても謎が多いのだと言う。


「剣としてかりてる・・・ね、まぁ、今はそれでいいわ」


 トゥームが三郎の言葉を繰り返し、小さい声で呟いた。


「今、何か言った?」


「んーん、何でもない」


 三郎の問いにトゥームが答えて微笑むと、受付の女性が戻ってきて声をかけてきた。


「えっと『修練兵』のトゥームさんで間違い無い・・・ですよね?」


 修練兵と言う言葉を妙に強調して、受付の女性は手に持っている一回り大きなゲージを確認しながら言った。


「ええ、間違いないです。何かありましたか?」


 トゥームは、受付の女性に丁寧な口調で聞き返す。三郎も、何か書類の不備でもあったのだろうかと、受付に向き直り姿勢を正した。


「いえ、お待たせしました。エンガナ高司祭様が時間を調整してくださったようで、すぐに応接室へお通しするようにと言われました」


 受付の女性は『いえ』と言う言葉で、自分の疑問を腹の底へ押し込むようにすると、エンガナ高司祭との謁見がかなった事をトゥームに伝える。


「え?今すぐ・・・ですか?」


 受付の女性の言葉を聞いて、トゥーム本人が驚きの声を上げて三郎と顔を見合わせた。


 三郎もトゥームから、申し入れた当日に予定のつくような人物では無いと聞かされていたので唖然としてしまう。


「はい、お連れの方もあれば、ご一緒にとの事です。応接室まで案内の者が来ますので、あちらでおかけになってお待ちください」


 トゥームと三郎は、促されるままに近くにあった椅子に腰を落ち着ける。


 程無くして、仕立てのいい白い司祭服を着た人物が迎えに来ると、三郎達一行は役所の様な喧騒の部屋から姿を消した。


 受付の女性は、トゥームの居なくなったカウンターで、手元にある事務専用のゲージに目を落として首を傾げていた。


「確かに『修練兵』のトゥームさんって連絡いれたのに、高司祭様からの連絡にはトゥームさんの名前に『修道騎士』の印が入っちゃってるんだよね。高司祭様が間違えちゃったのかな?」


 受付の女性が呟くと、その背中へ上司から別件についての声がかかる。


 女性は、元気よく返事を返しゲージに映っていた情報を消すと、次の職務へ気持ちを切りかえるのだった。




「何か、落ち着かないな」


「シャポーも、そわそわするのですよ」


 三郎とシャポーが、案内された応接室の上質なソファに並んで座りながら、所在無さげに身体を動かす。


 応接室は、白を基調とした応接家具と調度品で揃えられており、三郎は座るときに汚さないかと気を揉むほどであった。


 大きな窓からは日の光が柔らかに差し込み、調度品の美しい陰影を優しく照らし出すようだった。


 案内役の司祭が、席についてエンガナ高司祭を待つようにと言い残したために、三人は促されるままにソファへ腰をおろしたのである。


「トゥームさんは、落ち着いたものなのです」


 三郎を挟んで反対側に座っているトゥームを覗き込んで、シャポーが言った。


「わたし?落ち着いてなんて無いわよ、高司祭様の応接室なんて来るの初めてだもの」


 シャポーの言葉に、落ち着いた様子のトゥームが普段と変わらない口調で返事を返した。


「いや、落ち着いてる・・・と言うか、歳のわりに肝が据わってると思う」


 トゥームの普段と変わらない様子に、三郎が褒め言葉のつもりで言う。


 三郎とて、それなりの大きな企業に所属していたので、自社や他社の応接室で役員と会議をした経験くらいはある。


 だが、これほどまでに白を基調としながらも、落ち着いた雰囲気の応接室に出会ったことは無かった。


「歳のわりにぃ?ふーん、十歳も年上に見えるようですから、見た目だけは落ち着いて見えちゃうかも知れないわね」


 トゥームが三郎の言葉に、冷ややかな笑みを浮かべて返事を返す。


 三郎が、下手な事を言ったなと思ったのは後の祭りである。


「サブローさま、シャポーは?シャポーの事は、何歳くらいと思われたのです?」


「え?シャポーは、最初ラルカと同じくらいに見えたなぁ」


 シャポーが目を輝かせながら聞いてきたので、三郎は素直に感じた事を言った。


「なな、ラルカちゃんは十二歳で五つも年下なのですよぉ。子供っぽいのですか?何処か子供っぽく見えるのですか?」


 目を潤ませて聞いてくるシャポーに、三郎は心の中で『まだこれから成長する事もあるぞ!がんばれ!』と声援を送るだけに留めるのだった。


「ふふ、なにやら楽しそうですね」


 応接室の扉が開き、優しい笑顔をたたえた女性が姿を現した。


 女性は、白くゆったりとした司祭服に身を包んでおり、長く伸ばされた白髪はくはつを肩の辺りで一つにまとめている。


 六十にもなろうかという年齢を、目じりや口元に感じさせるのだが、ゆったりした服の上からでもその背筋は真っ直ぐに伸ばされているのが分かった。


 司祭服には、華美にならないよう計算された刺繍が細やかに施されており、高位の司祭である事が一目で理解できる。


 その司祭の姿を確認すると、トゥームが咄嗟に立ち上がり姿勢を正したので、三郎とシャポーも弾かれるように立ち上がった。


「エンガナ高司祭様、お時間をいただきありがとうございます」


 トゥームが恭しく頭を下げて言うと、エンガナ高司祭は笑顔で頷きながら席に着いた。


(エンガナ高司祭って、男かと思ってた・・・)


 三郎は、考えていた人物像から大幅に外れていたため、少しばかり意表をつかれて固まってしまうのだった。


「私は、ソルジ教会に所属しております、修練兵のトゥーム・ヤカス・カスパードと申します」


 トゥームの落ち着きながらも緊張感の漂う挨拶を、エンガナ高司祭は笑顔で聞く。


「まぁ、ご丁寧にありがとう。そんなに硬くならないで、まずはお茶にしましょう。そちらのお二人の自己紹介は、席についてゆっくり聞かせてもらおうかしら」


 エンガナ高司祭はそう言うと、三人に着席を促し、供に連れていた司祭へお茶の用意を頼むのであった。


(すごく好印象なご老人って感じだけど、位の高い人が相手だからな、気が緩まないように気をつけないといけないな)


 三郎は、気さくな人ほど礼節を重んじている場合があるので、硬くなりすぎず、さりとて無礼にならない対応をしようと自分に言い聞かせた。


「お茶ですかぁ。はわ~美味しそうなお菓子なのですよぉ」


 物事を素直に受け止める見習い魔導師は、人生経験がまだまだ浅い様子であった。

次回投降は4月15日(日曜日)の夜に予定しています。

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