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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第三章 中央王都は気が抜けない
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第31話 お嬢様

 中央王都の重厚な門の間を抜けると、ヴィーヴィアス大道だいどうと呼ばれる大通りとなっている。


 都の中心を貫くヴィーヴィアス大道は、500年前の大戦において中央王都を奪還し凱旋した『凱旋王』ことヴィーヴィアスをその名の由来としている。


 門から王城までを直線で繋いでいる大通りは、クレタス全土の経済の中心として活気に満ち溢れていた。


「はー、すごい人と馬車の数だな。しかも、思った以上に発展してるし・・・」


「ぱぁ~」


「ほわー、聞いていたよりも凄いのです」


 夕刻前と言う時間にもかかわらず、大通りに出ている人波に、三郎とほのかとシャポーが驚きの声を上げる。


 三郎の驚きは、人の数ばかりではなかった。


 大通りに面する建物は、高い物では十階を越える物も存在しており、旅で通ってきた宿場町からは想像も出来ないほどの様相をていしていた。


 日の傾きかけた時刻である為、街灯にも明かりがついており、大きな丸い物体が道の上空で軟らかい白色光を放っている。


 光を放つ物体は文字通り上空に浮いており、支えとなる支柱はどこにも見当たらない。


 三郎は、光る球体の真下を通過する際、唖然として口を空けたまま『それ』を見送った。


 白を基調とした街並みは、赤くなり始めた日の光を受けて幻想的な雰囲気を感じさせるのだが、大通りの雑踏が現実へと引き戻す役割を担っているようだった。


「ほんと、すごい人の量ね・・・」


 三郎とシャポーに続いて、中央王都出身のトゥームまでもが驚きの声を上げた。


「なぁ、あそこ『勇者装備あります』とか書いてあるぞ?勇者の装備とかってそんな簡単に売ってる物なの?」


 三郎が商店を指差しながら二人に言う。


「あれは、土産物を扱うお店だから、武器鎧の類は扱っていないと思うのだけど・・・」


 三郎の疑問に、トゥームが目を細めて商店を確認しながら返事を返す。トゥームも疑問符が浮かんでいる様子で、言葉の切れが悪い。


「あっ、あっちには技研国カルバリの物産展が出ていますよ。魔法の品が並んでいるのですかね・・・うー、気になる所ですぅ」


 シャポーが指差す方向には『カルバリ』の文字が大きく刺繍された横断幕のかかる建物で、いかにも魔導師風の服装をした接客員が忙しなくお客に対応している様子が見て取れた。


「カルバリって、中央王都の北東にある国だっけ?『技研国』って何か技術系の発達した国なの?」


 三郎は、グランルートの町フラグタスのあった商業国家ドートの北に位置する国だったかと、記憶をたどりながらシャポーに聞く。


「ですです。カルバリには魔導研究院があってですね、色々な魔導学についての研究が盛んな国なのです。カルバリでは、クレタスの条例で違反とされるような研究も密かに行われているとか、商業国家ドートでも扱えないような品をクレタス外の東国から密かに輸入しているとか、それはそれは噂の多い国なのです。カルバリの国名を大きく出した商店自体、非常に珍しいのですよ。カルバリはですね、魔導師の聖地と言っても良い国なのですよ!」


 シャポーは目をきらきらと輝かせながら、三郎へ一気に説明した。


「カルバリの店・・・横断幕に紋章が入ってるから、カルバリ国の直轄みたいね」


 トゥームも珍しいと思ったのか、シャポーの指差した技研国カルバリの物産展の横を馬車が通り過ぎる際、まじまじと観察するように見て呟く。そして、ゲージを取り出すと、何事か調べはじめた。


「へーそんな珍しいなら、俺も見てみたいな」


 三郎も興味深げに、後方へ流れていく横断幕を見送りながら言った。


「時間ができたら、一緒に見に行きましょう」


 鼻息も荒く、シャポーが『一緒に』を強調して三郎に言う。そんなシャポーの様子を真似するように、ほのかが鼻から小さな炎を吹き出した。


「・・・なるほど」


 ゲージを見ていたトゥームが、納得したような言葉をもらしたのを聞いて、三郎とシャポーとほのかがトゥームに顔を向ける。


「この時期、中央王都ではクレタス内にある五つの国の王を招集して『クレタス諸王国会議』が開催されるの。国直轄の物産展が出ているのは、多分そのためね」


 トゥームは、調べていたゲージを三郎達に見せながら言った。そこには、諸王国会議の開催が予定されていることが書かれている。


「諸王国会議の開催に合わせて、勇者召喚を行った事を公表したみたいだから、それで『勇者グッズ』みたいなのが出回ってるんじゃないかしら」


 ゲージをしまいながら、トゥームは馬車の外を指差す。


「おぉ『勇者饅頭』・・・ベタベタなお土産感だな」


 三郎は、示された先を見て異様な脱力感に見舞われる。店先には『勇者テルキも絶賛!』と宣伝文句が大々的に出されていた。


(へー、呼び出された勇者の名前『テルキ』って言うのか。やっぱあれか、公認の主人公はこういうアイドルみたいな扱いを受けるものなのか)


 主人公補正の有無による格差を再認識しながら、三郎は自分の涙ぐましく慎ましやかな努力に思いをはせるのだった。




 中央王都政府は、勇者召喚を行った事実だけを発表し、その人物像や召喚の詳しい日時については四ヶ月近くおおやけとしてこなかった。


 子細について通達があったのは、教会高位の者及び王国政府の高官、並びに諸王国の国王にだけであった。


 それは、勇者として呼び出された者が力をつける前に、暗殺などの危険に晒されないための配慮だった。


 勇者テルキが公の場で中央王都の人々に姿を見せたのは、諸王国会議の開催に合わせての事とされているのだが、それは、少なからず『無力』ではなくなったと判断された事を意味する。


 現在、中央王都は勇者テルキの姿を一目見ようと人々が集まり、それを商機と見た商人達が押し寄せているのだ。




「このまま、このヴぃ・・・何ちゃら通りを進んで、教会の本部に行くのか?」


 三郎は、多くの人でごったがえしている街道の先を見てトゥームに聞く。


 トゥームと三郎は、教会本部へ行って到着を伝え、エンガナ高司祭との謁見を申し入れるなどの事務手続きをしなければならないのだ。


 中央王都の道は、交通法規にのっとり整然とうごめいてはいるのだが、なにぶん交通量が多いために馬車の速度が遅い。


「ヴィーヴィアス大道よ。・・・そうね、時間も遅くなりそうだし教会へ行くのは明日のほうがいいわね」


 中央王都の門を通り過ぎてから大分時間も経ち、日は完全に沈んでいる。しかし、王都の道は十分に明るく照らされ不自由を感じることは無かった。


「じゃぁ、宿か・・・この様子だと探すのも大変そうだな」


 流石のトゥームでも、おいそれと宿を見つけられそうも無いだろうと、三郎は窓から外を眺めた。


「宿を探す必要はないわよ。私の家に行けばいいから」


 そう言って立ち上がると、トゥームは御者のところまで行き、何事か伝えて戻ってきた。


「家?」


 三郎が片眉を上げて、疑問を投げかける。シャポーも「家をお持ちなのですか!」と驚きの声を漏らす。


「教会から与えられているカスパード家の物があるのよ。返上しようと思ったんだけど、うちのリボータが残すように強く言って聞かないのよ」


 トゥームは肩を上げて、仕方が無いのだといった風に話す。


「リボータって・・・本で見たことあるぞ、執事みたいなやつじゃなかったっけ?」


 三郎は、勉強の為にとラルカから借りて読んだ貴族の物語を思い出して言った。


 三郎の記憶では、リボータとは、貴族や名のある家に仕える職を指す言葉で、物語の中で主人を護るために賊とも戦える人物となっている。


「まぁ、どっちらかと言えば『管理人』みたいな感じかしら」


 何を大げさに言っているんだと言う様に、トゥームは三郎の質問に返す。


「リボータまで居るなんて・・・まさか、トゥームさんは『お嬢様』的な育ちをされているのですか!?そんなぁ、シャポーの敵わぬ存在になってしまいます」


 シャポーが、衝撃を受けたと言わんばかりの表情でトゥームに詰め寄る。


 三郎も「ほーお嬢様かー」と、からかい半分に感嘆の声を上げた。


「お嬢様って、そんなんじゃないわよ!変な言い方しないでよ」


 トゥームは、そんな二人に頬を染めて抗議するのだった。




 程無くして、小さな屋敷の前で馬車は停車した。


 辺りは暗く細部まで見えないのだが、広くは無いものの手入れされた庭があり、その中を通るアプローチの先に質素ながらも丁寧な造りの家が建っている。


 馬車は、三郎達一行を送り届けたことでお役御免となり、友獣のクウィンスが別れの挨拶とばかりに三郎の頭に噛み付いた。


 トゥームを先頭に、三郎とシャポーが続いて歩く。ほのかといえば、シャポーのバックパックのサイドポケットに入り込んで寝てしまっている。


 トゥームが、扉についている古めかしいドアノッカーを鳴らすと、白髪の老紳士が扉を開けて出迎えてくれた。


 黒い折り目のついたズボンに白いシャツを着こなし、細身のベストが背筋の通った立ち姿を引き立てている。


 三郎は心の中で『これ絶対執事だろ』と突っ込まずにはいられなかった。


 白髪の老紳士は、事前にトゥームから連絡が入れられていたのか、驚く風も無く恭しく頭を下げる。


「おかえりなさいませ、トゥームお嬢様」


「ちょ、カスリ!その呼び方は止めなさいって言ってるのに!」


 慌ててかき消すように両手を振って、トゥームは老執事に文句を言う。


「申し訳ございません、トゥーム様」


 カスリと呼ばれた老執事は、悪びれることも無く笑顔で返した。


 トゥームが、背後からの不穏な空気を察知して後ろを振り返ると、我慢しきれなくなった三郎とシャポーが同時に口を開いた。


「お嬢様だったな」


「お嬢様って呼ばれてたじゃないですかー」


「くっ」


 二人の突っ込みに、トゥームは恨めしい目をカスリに向ける事しかできなかった。

次回投稿は4月8日(日曜日)の夜に予定しています。

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