第30話 中央王都
「サブローさま、中央王都が見えましたよ」
シャポーの声に、三郎も幌の窓から顔を出す。
馬車が街道のなだらかな丘を越えると、遠目で詳細までははっきりと見えないものの、巨大な台地の上に都が広がっている様子が見えた。
本に目を落としていたトゥームは、ちらりと視線だけで外を確認すると、再び本に目を戻した。
「あの台地もでかいけど、周りもすごい平地だな」
三郎は周囲を見渡しながら、シャポーに言う。
まだ程遠くに見える中央王都のある台地の周囲は、広大な面積を有する平野となっている。
「はい、ここはクレタスの巨大クレーターの中心で、先ほど越えた丘は、中心に一番近いリングクレーターだったのですよ。この周辺は、クレーターの底に堆積物がたまって出来た肥沃で広大な『クレタス中央平野』と言われている場所なのです」
シャポーは、嬉しそうに三郎へ知識を披露した。
「リングクレーター?」
三郎は聞き慣れない言葉に首を傾る。
「サブローさまは、クレタス全土が巨大クレーターの内側なのはご存知ですよね?」
「あー、そう言えば地図で見たときクレーターみたいだったな」
三郎は、ラルカに初めて地図を見せてもらったときの感想を思い出した。
日常生活を過ごす際、地質や地形について話題に上がる事はほぼ無かったので、三郎の頭からすっかり忘れ去られていた。
「クレタスは、複雑な構造をした巨大クレーターで、クレタ山脈が一番外の縁『リム』にあたるのです。一番大きなリングなのです」
シャポーが両手で大きな円を描きながら説明する。
三郎が御者からかりていた地図は、中央王都の地図であったためクレタス全域は描かれておらず、三郎はラルカの地図を思い出しながらシャポーの説明を聞いた。
「二つ目のリングは、クレーター形成時の高温のせいで低くて分かりにくくなっているのですが、中央王都と諸王国との国境が、大体その位置になっているのです。南側だとソルジの付近がそれにあたると思うのです」
シャポーは、少し狭めた円を両手で描いた。
三郎は「ふむふむ」と、一生懸命に説明するシャポーに相槌をうつ。そう言われてみると、最初に目覚めた場所からソルジまでが、なだらかな丘だった記憶が思い起こされる。
「そして、先ほど越えた三つ目のリングクレーターの丘と中央王都のある中央丘部を入れて、複雑クレーターであるクレタスの全体像となるのですよ」
手を円の形にして中央丘を表現すると、シャポーは覗き込むようにしながら三郎に言った。
「隕石か何かが衝突して、中央の盛り上がった所に中央王都があると・・・そういう感じか」
三郎も同じように手で円を作ると、覗き込むようにしてシャポーに返事を返す。
「ですです。九千万年から一億年くらい前の巨大隕石の衝突だったと言われてます。その時、魔含物質や魔素子がクレタ山脈の外に押し出された為に、クレタスの内側は魔力濃度が低いのだと言われているのです」
シャポーは、爆発をイメージするように両手を勢いよく開いた。
「へー、何千万年も昔に出来た中央丘とかクレタ山脈が、風化したりせずに今もあるってのはすごいな」
三郎は、窓から再び中央丘を見て言った。
「隕石に含まれていた物質と結合して、中央丘やクレタ山脈は風化に強いのだと考えられているのです。衝突の噴出物で二次的に出来たクレーター群などは、風化して形状が変わっていて、湖になったり窪地になったりしているのです」
シャポーも同じように窓から顔を出すと、中央王都へ目を向けた。
知識を流暢に披露するシャポーではあったが、本や文献からの知識であるため、三郎と同様に中央王都へ行くのは初めてであり、興味を引かれているようだった。
「山と言えば、聖峰ムールスも隕石の衝突の影響で出来た物だったりする?」
三郎はふと浮かんだ疑問を、シャポーに聞いた。
「影響かと言われれば、そうかもしれませんねぇ」
シャポーは、何らかの文献を思い出しているかのように空中へ視線をめぐらせると、話を続ける。
「クレタスの地下深くはですね、溶けて固まった硬い結晶構造の岩盤になっているのです。その岩盤によって何万年もかけて抑圧されていた地核エネルギーが、一点から噴出した事で、聖峰ムールスが出来たと研究で分かっているのです。街道沿いにあった崖も、同じくらいの時期に隆起して出来た物だそうですよ」
魔導師の元で修行していただけのことはあり、シャポーは広い知識を持っていて、事あるごとに三郎の質問に答えてくれる。
「クレーター下のエネルギーが一点から噴出したって・・・すごいエネルギーだな。しかも、いまだにムールスって活火山なんだろ」
グランルート族の長の話を思い出しながら、三郎は感嘆の声をだす。三郎の頭の上で寝ていたほのかが、三郎の言葉に反応して目を覚ますと、すごいだろうと言わんばかりに腕を組んで胸を張った。
ほのかは、聖峰ムールスが褒められると自分の事のように得意げになるのだと、三郎は最近理解するようになっていた。
「聖峰ムールスの噴火はですね、裾野に広がる『深き大森林』を作るのに大変な影響をあたえているのですよ」
「へー、流れ出た溶岩の影響とか?」
シャポーは、何でも感心して聞いてくれる三郎に、自分の知識を話すのが最近の楽しみとなっていた。
三郎は、中央王都までもう暫く時間がかかりそうなので、良い時間潰しになるなと思いながら、シャポーの話を聞くのだった。
中央王都への入り口は、中央丘の台地の上へと続く、人工的に作られた緩やかで長い坂道の先にある。
平野から急激に立ち上がっている台地は、天然の要害としての機能を持つ。その圧倒的な姿は、見るものに中央王都の堅牢さを誇示するかのようだった。
途中、街道の右手にある街が三郎の目に入った。
中央王都は、台地の外にも広がっているのかとトゥームに聞くと、少し曇った表情になったトゥームから、貧しい人々が暮らす地区なのだと言う答えが返ってくる。
「国に仕える貴族や政府の高官、そして心無い商人達が国の予算に群がって私腹を肥やしている結果よ。本来なら、色々な支援事業として動かせる予算も、湯水のごとく自分達の為に使って・・・」
苦々しい声で、トゥームは言葉を区切った。この場で文句を言うだけでは、何も変わらないのだと分かっている為だ。
三郎は、国政がどんな状況であるのかも知らないのだが、トゥームの様子から上手く回っていない現実を感じ取るのだった。
馬車は、荒れた街並みを横目に通り過ぎると、しばらく坂を登り台地の上部へ繋がる橋へとさしかかった。
橋の先には石造りの立派な門がそびえ立ち、来訪者を威圧するかの様子に三郎は圧倒される。
乳白色の巨大な天然石を削った太い主柱に、繊細な彫刻が贅沢なほどに施されている。巨大な門は、六台の馬車が優に並んで通れそうなほどに広い。
「はわぁ・・・門、すごく立派なのですね」
シャポーも窓から顔を出して見上げ、初めて見る中央王都の門に感嘆の声を上げた。
三郎達の馬車は、警備兵の詰め所へ向かって進路を進める。
警備兵の詰め所とは言っても、中央王都の入り口を預かる建物だけあって堅固な造りをしていた。
鎧に身を固めた警備兵が、見張り台に数人立ち並んで周囲を警戒している。
物々しい雰囲気が、これからどんな調べが待ち受けているのかと、三郎に不安な気持ちを駆り立てさせるのだった。
「トゥームさんや、俺は身分証無いから、取り調べとかされたら捕まっちゃうんじゃないですかね?」
不安に引きつった表情をして、三郎はトゥームに言う。
「・・・んー、どうかしらね」
情けない顔をしている三郎を面白く思ったトゥームは、不敵な笑みを浮かべて言った。
「シャポーは、身分証あるので問題なしですね!」
シャポーも多少の不安を感じていたのか、鼻息も荒く三郎を裏切る言葉をさらっと吐いた。手には身分証をしっかりと握り締めて、三郎に見せつけてくる。
「うわっ!裏切るのはや!・・・って!?」
馬車の停車と同時に、三郎の不安が更に高まった。御者の警備兵と交わす挨拶の声が、馬車の前方から聞こえてくる。
一言二言と言葉が交わされたかと思うと、再び馬車が動き出し門を通り過ぎてゆく。
「あれ?」
三郎が、拍子抜けした声をだす。
「ぷっ、取調べなんて無いわよ。そんな事してたら、門の前で大渋滞が起こるじゃない」
三郎の間の抜けた表情に、トゥームは笑い声を上げて答えた。シャポーもクスクスと笑っている。
「って、シャポーは、中央王都初めてなんじゃ・・・って、知ってたのかぁ」
「すみませんです。中央王都の門では、本当に不審な様子がない限り調べなんて無いのですよ。それに、これは教会の馬車なので、信用ありますし」
シャポーは謝りながらも、楽しそうに笑って言う。
「あのね、おっさんをからかうと心臓に悪いんだぞ・・・はぁ」
案外、本気で気を揉んでいた三郎は、安心すると脱力感に襲われて呟いた。
楽しそうな二人の様子に、満更でもないなと思ったのは、変態扱いされそうなので心の奥にしまうのだった。
次回投降は4月1日(日曜日)の夜に予定しています。




