第306話 負ければ賊軍
「諸王国会議のあり方、と申されましたか?」
進行役を務めている中央王都の官僚が、眉根を寄せて問い返す。
それもそのはず、先だって三郎が物申そうと挙手した際に、発言は後に受け付けると既に伝えていたからだ。
諸国の王含む参加者の全てが三郎に注目していた。
三郎はゆっくりと深く呼吸をして、議場全体を見回す素振りをする。焦って話し始めれば、支離滅裂な順序になってしまう恐れがあるため、心を落ち着かせる必要があったのだ。
(聞いてもらうには話す順番が大切だからな。ああ、良く思われてない取引先とか業者の所へ、営業に行った時の感じを思い出しちゃったなぁ)
内心では冷や汗をかきつつも、三郎は顔に出さないよう努めるのだった。
「流れを止めてしまい申し訳ありません。しかし、一般の兵士もそうですが、セチュバーの民にまでも、内乱の責を負わせるのは承服しかねます。奴隷として扱うのと同義であるように聞こえましたが」
三郎の言葉に、中央王都の官僚らがひそひそと話し合いを始める。
三郎が着席してしばらく、返答が纏まったのか、進行役が席から立ち上がり背筋を伸ばす。
「……教会評価理事殿の言われる通り、セチュバー国民の身分は、今後奴隷と等しく扱われ、各国の労働力として分配されます。承服できぬと申されましても、内乱を起こしたのは守衛国家セチュバーであり、従った者達が責任を問われるのも必定ではないでしょうか」
進行役の者は、真っ直ぐに三郎を見据え、言葉を選びつつも朗々と回答した。
「企て、先導した者こそ責任を負わされども、一兵卒や一市民に至るまで罰を与えるのは、過剰であると進言しているのです」
三郎が言うと、諸王国会議の場にざわりとした空気が流れる。
(過剰、です、よね?俺、変なこと言ってないよな。いやいや、俺の考えがぶれたら、ややこしくしてしまうぞ。クレタスには五百年の間、大きな戦争が無かったはずだ。あたかも前例ありきみたいに、会議を進めているのがおかしいんだからな。今まさに、俺が元居た世界から「倫理観」やら何やらをクレタスに輸出しているんだと考えよう。そうしよう)
企業勤めであった頃、三郎は海外事業部に移動していた時期がある。他国の取引先と連絡を取る時、常識や習慣の違いから、商談の進め方に戸惑いを覚えたことが多々あったのを、三郎は思い返していた。
表情や態度の受け止め方ひとつで、交渉は決裂したりもするのだ。
相手が誤解した様子を感じたならば、三郎側から即座に訂正し理解してもらわねばならなかったことも記憶によみがえってくる。
(久々に気の引き締まる思いだな。クレタスに来た時以来の緊張感かもしらん)
ソルジの町へと足を踏み入れる際、ハンドサイン一つにまで気を付けようと心構えしたのを、三郎は思い出すのだった。
「ふむふむ、なるほど。サブロー殿の意向に沿う内容かと思っていましたが、中央政府の考えでは不足していたようですね」
声を上げたのは商業王国ドートのカルモラ王であった。
カルモラは顎に手をやり、頷く仕草でゲージに目を落としている。
「私の意向ですか?」
不思議に思った三郎は言葉を繰り返す。
「常識的に考えれば、罪を犯した者の命を保証してやる理由はありませんからね。セチュバーに与する者は処断すべきと、考えるのが一般的でしょう。奴隷の身分とはいえ、生き長らえさせるのは寛容な措置ではないかと考えていましたよ」
カルモラの口ぶりは、なるほどと感心したかのものであった。
(うわ。野盗に対して私刑がまかり通る感じで、セチュバーに対しても同じような判断基準だったのかもしれない。魔獣だの盗賊だのと、命の危険が多い世界だから身を護るために相手を倒すのは、正当防衛って考えると仕方ないんだよな。でも、戦争とかで死なせずに捕らえた相手を、問答無用で殺そうって考えはただの殺人だろ)
三郎は、己の考えが間違った方向へ行かないよう、必死に頭を回転させていた。
「私の意向に合わせてセチュバーの処遇を決めるのも問題です。沿うべきは法であり、一人の意志ではありませんよ」
「勝利に導いた総指揮官なのですから、裁量の権限を多く握っていても問題ないでしょう。が、サブロー殿の申されるのにも一理はありますかな」
三郎の言葉に対し、カルモラは落ち着いた声で言った。
(ん?)
ここに来て、三郎は違和感を覚える。
考えの異なる敵陣に乗り込んだ気持ちになっていたが、三郎へ強い言葉が返されてくる気配はない。
諸国の王らも会議の行方を静観している様子に見えた。
「首謀者に対しても、法廷の判決を待たずして極刑に処するというのは、問題だと考えています」
ならばと考え、三郎はもう一歩踏み込んだ意見を述べた。
だが、それを聞いたカルモラの表情が、得も言われぬしたり顔となる。
「サブロー殿。今会議で決議するのは、セチュバーの臨時政府に要求する内容ですぞ。多くはのませますが、相手も受け入れまいと抵抗はするでしょうがね」
口角を上げて言うカルモラに、三郎は一瞬意表を突かれた気分になった。
(臨時政府と交渉する材料を準備してたのね。確かにそうか。でなければ宰相のメドアズさんも、セチュバーを取り返す為とはいえ、諸王国軍に協力なんて申し入れられないか。いやいやいや、にしても用意してる材料が酷すぎだろ。あぶね、ほっとしちゃうところだったわ)
三郎はぶるっと首を振って気持ちを再び引き締めた。
「セチュバー臨時政府に突きつけるものとはいえ、過ぎたる内容であることに変わりはありませんよ。厳しい要求であれば相手の態度も硬化し、国民感情を逆なでます」
総指揮官を三郎が任されていなければ、さぞや恐ろしい議論が諸王国会議の場で飛び交わされていたことだろう。
「敗北した者に容赦をすれば、見せしめの意味合いが無くなりましょうな。しかして、我々の懐の深さは示せましょうか」
損益を秤にかけるかの口調でカルモラは言った。
(負ければ賊軍、か。でも、内乱がなぜ起きたのかを、この場で話し合っておかなければ、クレタスは同じ轍を踏むことになるんじゃないかな)
戦勝国であるが故、己が正義だと思い込んでしまうほど愚かなことはない。
失敗した際は言わずもがなであるが、成功した場合でも「振り返り」は大切だというのは、三郎が社会で身に着けた重要な学びの一つである。社会人三年目か五年目の若い時分に、先輩から教えてもらったのではなかっただろうか。
「そもそも、議論の出発点が、内乱終結の時点からと言うのは、いかがなものかとも考えているのですよ」
唐突に発せられたおっさんの言葉に、議場は先ほど以上にざわめき立つのだった。
次回投稿は8月6日(日曜日)の夜に予定しています。
*8月5日(土)体調不良のため次回投稿を8月13日(日)予定とさせて頂きます。
ご了承のほど、よろしくお願いいたします。




