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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
306/312

第304話 忙しいおっさん

 セチュバー本国を出てから数日、三郎の姿は中央王都の教会本部にあった。


 同じく帰還を予定していた諸王国軍を引き離すかのように旅立った一行は、彼らが到着する二日も前に王都入りを果たしていた。


 三郎達の道行きが速かったのもある。だが、諸王国軍が相も変わらぬ行軍速度であったのが大きな理由だ。


 いち早く中央王都に到着し、諸王国会議などに招集されるまで時間があるとはいえども、三郎が暇になるわけではなかった。


 三郎は、内乱鎮圧の総指揮官を本人の意思とは関係なしに与えられるよりも前に、こちらも本人の意思がほぼ介在していない形で教会評価理事という役目を負っている。


 中央王都に戻ったならば、否応なしに教会へ顔を出すのは社会人として常識であろう。


 よって現在、三郎は教会本部にある評価理事の執務室に、トゥームと二人で待機していた。


「会議……というか、俺が諸々を報告する為の集まりなんだよな。出席者が最高司祭と高司祭ってなってるから、コムリットロアだと考えていいのか」


 三郎は、きれいに整えられた大机に肘をつき、元居た世界でのプレゼンテーション直前以上の緊張にさいなまれつつ言った。


 なぜ過度に緊張しているかと問われれば「資料が無い」の一言に尽きる。


 三郎が企業勤めであった時分には、資料を家に持って帰りまでして準備したものだ。だがしかし、肝心の資料を作成する手立てを三郎は持ち合わせていなかった。


 壁に備え付けてある本棚には、教会関連の本が申し訳程度に置かれている。机の引き出しを確認すれば、中は埃一つ無い空の状態となっており、三郎が物を入れる準備だけが万端となっていた。


 要するに、紙やペンといった筆記用具すら三郎は持ち合わせていないのである。


 そこへきて、案内の事務官は「すぐにお呼びしますので」と、暗に時間も無いことを示唆して去って行った。


 ただでさえ三郎は、己が説明役となる会議の前には緊張するし、相手が上役ならば尚更だ。


 戦争についてのプレゼンテーションなぞ、当然ながら行った経験は皆無だ。初めて扱う内容について、暗中模索で場当たり的にこなせというのだから、三郎が緊張するのも無理からぬことであろう。


「定例のものとは別になるけれど、有事に招集されるコムリットロアで間違いないわ。それよりもサブローってば、すごく緊張してるみたい、大丈夫?」


 秘書官の机に着いているトゥームが、普段と全く変わることのない口調で返した。


 先ほどまで事務用ゲージを操作していたトゥームだが、ソワソワしている三郎に「まったくしょうがないわね」と聞こえてきそうな諦めの漂う視線を投げかけていた。


(本当、トゥームって堂々としてるから「メンタル鋼かよ」って突っ込みたくなる。戦いとかも臆することないし。どんな訓練すれば、その若さで落ち着けるんでしょうろうねぇ)


 自分と比べてか、三郎は羨ましいと思いながら、長いため息を吐いた。


「ちょっとサブロー、本当に大丈夫?疲れてる?」


 中央王都に到着してそのまま教会本部に出向いたこともあり、トゥームは三郎が旅の疲れから様子がおかしいのかと心配になった。


「いや、これから内乱についての報告をするのかと思うと、抜けが出ないように説明出来るかって考えたら緊張しちゃってさ。なにぶん資料も無いものだからさ」


「あるわよ。深き大森林に行った辺りからでよければ、まとめてあるわ」


 格好悪い所を見せているなと恥ずかしくなりつつ言った三郎に、トゥームがひょうひょうと答えた。


「……あるの?」


「あるわよ」


 きょとんとした顔で聞き返す三郎へ、トゥームは事務用ゲージを持ち上げて見せる。


「救いの女神様に見えてきた」


「何よそれ」


 三郎が瞳を潤ませて言うと、呆れた目となったトゥームがゲージを持って三郎のもとへ行き、まとめている内容の説明をするのだった。


 どうやらトゥームは、秘書官として教会に提出するための資料を、事あるごとに作成していた様子であった。


***


 コムリットロアから一夜明け、カスパード家には久しぶりの平穏な朝が訪れていた。


 とはいえ、三郎には昼頃から来客が予定されており、のんびりと過ごせるのも朝の一時だけではあるのだが。


「カスリさんのスープは、いっつも美味しいのです」


「お口に合いましたか」


 シャポーがにこにこ顔で言うと、料理を手掛けたカスリ老が目を細めて答える。


「本当、おいしい」


 隣に座るムリューも頬をおさえて感激の声を上げた。


 丁寧に仕上げられた玉蜀黍とうもろこしの冷製スープは、野菜を主食としているエルート族の眼鏡にもかなったようだ。


「玉蜀黍の甘みも程よいですが、塩の相性も良いですね」


 味わったシトスも唸る。


「良くお分かりで。どちらもトリア産の玉蜀黍と岩塩を使用しています」


 カスリの眼光が「お主できるな」と聞こえて来そうな輝きを放つと、シトスも「そちらも」といわんばかりの鋭い視線で返した。


「パンに付けても美味しいな。さくふわの食感が加わって旨い」


「でしょうな」


 頬張る三郎に、カスリは鼻で笑い飛ばすように答えると、飲み物を取りに台所へと戻って行った。


「カスリさんから、まるで孫を嫁にとられた祖父のような声の響きが聞こえましたけど、不仲なのですか」


 咳き込みそうになった三郎に、シトスが小声で問いかけた。


「あー、いや、まぁ。そんな感じに、勘違い、と言いますか」


 後頭部をかきつつ、三郎は無意識にトゥームをちらりと確認する。


(カスリさんとしては、剣として仕えるっていうのが、どこぞの馬の骨にって感じで、文句ありって所なんだろうなぁ)


 静かに食事を口に運んでいるトゥームは、上品な所作で知らぬ顔を決め込んでいた。


「サブロー。血の繋がりは無くとも、お身内のように近しい方には、きちんと挨拶をしなければなりませんよ」


 三郎の声から煮え切らぬ何かを聴き取ったのか、シトスは真面目な顔で諭すのだった。


「ちょっと、シトス。話がややこしくなりそうな言い方しないでくれるかしら」


 スープを吹き出しそうな勢いでトゥームが声を上げる。


「おや。少しニュアンスが違いましたか」


 はははと笑って、勘違いエルートはその場を濁した。


「で、言ったシトスは、ピアラタに帰ったら私の身内に挨拶してくれるの?」


 悪戯な微笑を浮かべて、ムリューが話題に切り込んだ。


「と……当然、でしょう。やっと貴方が、その気に、なってくれたのですから」


 ぴんと背筋の伸びきったシトスは、しどろもどろに返事をする。


「きちんとしなきゃだめよ」


「ですです」


 既知のことであるかの顔をして、トゥームとシャポーが頷き、シトスに圧をかけた。


「と、当然、でしょう」


 ぎくしゃくし始めたシトスの様子を、三郎は呆けた表情で見ていた。


 ムリューに「格好よくしてよ」といじられるシトスを、トゥームとシャポーも笑っている。


「えっと、挨拶って、二人が……。あああ、そういうことなのね。そういうね。知らなかったなぁ」


 鈍感極まる三郎も、やっと頭の中の回路が繋がり、会話の内容が理解できた。


「サブロー、まさか今気が付いたんじゃないわよね」


 トゥームの呆れ声が響く。


「雰囲気はありましたのですよ。ムリューちゃんとお話しして、はっきりした限りではあるのですけれど」


 シャポーも非難めいた声色で言った。


(惚れた腫れたから、もう二桁年も遠ざかってるんだ。仕方ないじゃないかぁ。裏で女子トークしてたのはずるいでしょ)


 おっさんは、勘違いエルート族の真似をして「ははは」と場を濁そうとしたが、失敗に終わるのだった。


 昼過ぎにはこんなおっさんへと、中央王都国王の代理や警備隊の長官が謁見の申し入れをしている。

次回投稿は7月23日(日曜日)の夜に予定しています。

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