第303話 おっさんの戦いはこれからだ
守衛国家セチュバーに仕掛けられたゾレンの魔法陣は、三郎が思っていたよりも順調に解除される運びとなった。
諸王国軍は、町に残っている民から攻撃を受けずに王城までの道を駆け抜けることが出来たのだ。群体の思考を司っていたゾレンが、攻め込まれぬ自信を持っていたためだろう。
王城内部を熟知しているセチュバー魔導師団により、魔法陣の本体は一階大広間に設置されている可能性が高いとされる。
果たして、ゾレンの魔法陣はそこにあった。
隠匿の術式によって敷物の下に隠されてはいたものの、セチュバーとカルバリの精鋭魔導師達にとって、暴く事が困難な程の代物ではなかった。
だがしかし、手際を見ていたシャポーが三郎の袖を引っ張った。
「お手伝いしたほうが良いのですかね」
シャポーの問いに、三郎は視線を空中に漂わせて考えを巡らせた。
「いや、ここは彼らに任せよう。後のこともあるし」
「のちのですか」
三郎の回答に対し、シャポーが首を傾げる。
「功績を作らせておく。人族内の政治的配慮ですね」
二人の会話を聞いていたシトスが言うと、三郎は「そんなところかな」と小さく頷き返した。
「せいじてきはいりょ、なのですか」
今度は逆方向に首を傾げるシャポーへ、シトスが「サブローの言葉通り、後々になれば解ると思いますよ」と笑って答えるのだった。
三郎達が眺めている前で、魔導師団の者達は汗だくになって動き回り、ゾレンの魔法陣を安全に解除し終える。
魔法から解放されたセチュバー国民は、表情無く抜け殻のように立ち尽くすだけと成り果てた。
ゾレンにより設置されていた魔法陣の停止が確認されると、後詰めとして第九要塞に留まっていた諸王国軍が呼び寄せられる。
戦後処理は本格化し、治療用の部隊が組織され、セチュバー兵や国民の監視任務も担う治安部隊が編成された。
また、内々の動きとして、メドアズの提出したリストに名のある為政者や軍人の身柄が抑えられ、中央王都に移送する準備も整えられて行く。
内乱を知らされていなかったとされる王妃や王子についても、内乱の審判が下るまでの間、王城での軟禁が科せられることとなるのだった。
セチュバーが国としての機能を取り戻すのと、国民が精神支配魔法の影響から完全に回復するには、年単位の時間がかかるだろうとの目算が立てられた。
よって、諸国の王を含めた代表者らは、護衛の部隊を引き連れ、罪人の移送に合わせて中央王都へ向かうこととなる。
内乱についての裁判に立ち会う為であり、同件における諸王国会議も並行して開催されるのが理由だ。
当然、諸王国軍の総指揮官である三郎にも出廷と会議への参加が義務付けられた。
「ですよね~」
「ま、仕方ないわよ」
三郎がため息とともに吐き出した声に、トゥームは涼しい顔で相槌を打った。
二人の手に持っているゲージには、内乱の裁判や諸王国会議へ出席を求める、教会本部からの正式な文書が表示されている。
三郎は現在、セチュバー本国の外に設営されたエルート族の野営地にテントを間借りしており、近しい仲間が顔をそろえているところだった。
「サブローさんが戦後処理を話し合う臨時会議の場で、全ての裁量は中央王都で決定すべきだと発言してくださったおかげもあり、偏った取決めが交わされずに済みましたからね。見届けるのも責務かと思いますよ」
満足げな表情のカムライエは、首を縦に振りながら言う。
ジェスーレ国王がこの地に不在であるテスニスとして、諸王国会議まで内乱の決着が持ち越されたのはありがたい話であった。
「戦いが終わったら総指揮官から解任されるとか思ってたけど、戦後処理も含めて責任が発生するってのは、最初から当たり前だったんだよなぁ。はぁ~」
頭を抱えた三郎がぼやく。
「我々も深き大森林に戻るはずが、会議への参加を求められるとは思っていませんでした。内乱の企てに参加していた者が、他に潜んでいないかの洗い出しも依頼されましたし。ケータソシアさんは、セチュバーに残す部隊と森に帰す部隊との再編成で忙しくしていますよ」
シトスは「まさかケータソシアさんが、全て受けるとは思いませんでしたが」と付け加えて言った。
「私も二つ返事だなんて思わなかった。サブロー達の護衛としてなら、頼まれなくても出席しちゃうんだけど」
ムリューもケータソシアに対し同じ感想を抱いていた口ぶりだ。
「長い目で見れば、戦後処理の『この時点』で憂いを少なくしておくことが一番安心という判断なんじゃないですかねぇ」
「それは確かにって感じかも」
気力の抜けきった声で真面目なことを口にするグルミュリアに、ムリューは向き直って頷くのだった。
「ゴボリュゲンとかも、忙しくしてる。モ達は、森に帰るけど。ドワーフ族は、エルート族が帰るまで、協力するって。でも、会議は、参加しないって」
顔の毛を撫でつけているモが、ドワーフ族の状況を説明する。
半分敷物に寝転んだ姿勢をしているモの背中や尻尾に、シャポーとほのかが顔をうずめて幸せそうにしていた。いつの間にかすっかり仲良くなった雰囲気で、もふもふされているモも、全く気にしていない様子だ。
「そう言えば、中央王都まで護衛も兼ねて一緒に行ってくれるんだって?ゴボリュゲンさんから聞いたんだけど」
「モは全然、戦えなかった。野盗とか、暗殺者とか出たら、モ達にぜったい、任せて」
思い出したように三郎が聞くと、モは戦えなかったのがさも不服だった様子の声で返した。
(暗殺……暗殺ね。前例もあるし、無くは無いんだろうね。俺ってば、こちらの世界の政治の闇が、どれほど深いのかを全然知らんもんな。発言力を持ったぽっと出のヤツが、邪魔になって殺されるって映画見たことあるわ。うわぁ、総指揮官の任を早く辞めたいんですけれども)
モの発した何気ない言葉に、三郎はちょっとしたトラウマをつつかれてしまうのだった。
「遅くなりました」
テントに入って来た声の主は、話題にも上がっていたケータソシアだ。疲れを滲ませる彼女からは、仕事を忙しくこなして来たのであろう様子がありありと見て取れた。
挨拶もそぞろに、ケータソシアはエルート族の再編制が完了したことなどを三郎達に伝えた。そして、今後についての話を早々に始める。
「中央王都へ向かう諸国の王は、二日後にセチュバーを出発できるそうです。準備を終えている我々は、先んじて明日、セチュバーを出ようと考えています。いかがでしょうか」
三郎の顔を覗き込むようにしてケータソシアは提案する。真剣そのものといった目をしていた。
「ケータソシアさん、人族とあまり一緒に行動したくないみたいですね」
あからさまな様子に苦笑いしつつ、三郎は言葉を返した。
「嫌っている訳ではないのですが、無意味に足止めをされたくない気持ちは事実です。それに、臨時の会議でも、腹に一物ある響きが聴き取れていましたし。道中だけでも心穏やかに過ごせればと……」
疲れの為か、己の感情をあらわにしてしまったかと恥かしくなったケータソシアは、気まずそうな表情で答えるのだった。
「その気持ち分からなくもないです。中央王都での会議とかの前に、私も頭を整理しておきたいですし」
指で頬をかきながら三郎も同意する。
気持ちを休める暇が無いというのは、心身ともに知らず知らずのうちに疲弊しきってしまうものだと、元居た世界の書籍で読んだ記憶があったからだ。
「そうですよね。サブローさんの闘い本番は、これからと言っても良いかもしれませんからね」
ぱっと表情を明るくしたケータソシアが微笑んだ。
だが、彼女の言葉はおっさんの心にぐさりと深く突き刺さったのだった。
(剣での戦いはまかせきりでしたもんね。ええ、ここからが俺の本当の戦いなんですよね。言われたら実感わいてきちまったよぉぉ)
次回投稿は7月16日(日曜日)の夜に予定しています。




