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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
304/312

第302話 軽業に目を奪われる

 三郎の発した「敵軍を置き去りにする」との号令一下、諸王国軍は進軍速度を上げセチュバー本国へと迫る。


 ドワーフ族軽騎兵団とともに先頭を行く教会馬車の荷台で、三郎は顔を両手で覆って床に転がっていた。


「うう。俺の声をそのまま響かせるなんて、聞いてないんですけど。めっちゃはずかしかったんですけれども」


 身悶える三郎が声を震わせて訴えた。


 エルート族三人が同じタイミングで精霊魔法を使ったおかげで、三郎の号令はまんべんなく全軍へと届けられたのだ。


「命令を口にする直前の呼吸に『よし、全軍に言うぞ』という意気込みが詰まっていましたので、咄嗟に精霊魔法を合わせただけだったのですが」


 申し訳なさそうな顔で苦笑い混じりにシトスが答える。


「阿吽の呼吸で素晴らしいと思いますけれども、ちょっと格好つけて言っちゃった感がありまして。うああ」


「いいじゃない。総指揮官らしかたわよ」


 更に縮こまる三郎に、前方警戒をしていたトゥームが振り向くと、微かに嬉しさの感じとれる声色で言った。


「私達が復唱で伝えてたら時間もかかるんだから、最高の連携だったでしょ」


 悪戯っぽく笑ったムリューは、流石といった様子で、前方を行く軽騎兵団を精霊魔法で援護しながら話に加わる。


「その点は、本当に感謝と言いますか、尊敬すらしておりますよ。まあ、総指揮官としての役目が出来たっていうなら、御の字かぁ」


 指の隙間からちらりとトゥームを確認しつつ、三郎はため息交じりに言うのだった。


 緩いやり取りの交わされる馬車前方では、ゴボリュゲン達に弾き飛ばされたセチュバーの人々が宙を舞う。


 順調に駒を進める諸王国軍は、門を通り抜けてセチュバーの町にそびえ立つ防御壁内部へと突入した。


「ドート軍とドワーフ族を中心に門を防衛してください。防衛の陣形維持を優先するよう。内側に雪崩れ込んだ敵の対処は他の軍でおねがいします」


 グルミュリアが防衛側の指示を飛ばす。


 ドート軍とドワーフ軽騎兵団が、一糸乱れぬ動きで向きを変えて、門を塞ぐ様に隊列を整えた。


 門の開閉機構は、ゾレンの仕業であろうか、開け放たれたままの状態で壊されていた。そのため、防衛の布陣を組み迫り来る数万の人の波を抑えねばならないのだ。


「カルバリとセチュバーの魔法師団は、教会馬車と魔法陣解除へ向かいます。市街戦闘が予想されますので、トリア軍は魔法陣解除側の護衛にまわるように」


 魔法陣解除へと向かう者達にシトスが指示を伝えると、諸王国軍の塊から二国の魔法師団とトリアの兵団がすかさず分裂して現れる。


 クウィンスの上げる出発の鳴き声を合図に、分離した両軍は互いの役目を果たさんと動き出した。


「法陣の基軸は王城だと考えられる。進軍と並行して、座標特定を行い続ければ、間違う可能性は低くなるだろう」


 馬車の横まで駆け寄ったメドアズが三郎へ向けて提案する。


「ですですね。シャポーの目にも、母体となる魔法陣の位置はお城の辺りに見えているのです」


 目を発光させつつ窓から顔を出したシャポーが確信をもって言う。


「座標特定の魔法って、走る速度が落ちるとかあるのかな」


 ふと思った三郎は、シャポーに耳打ちした。


「んっとですね、定期的に探知の魔法を使って行くみたいなのですよ。走るのに集中しているよりかは、サブローさまの言う通り、遅くなるかもしれないのです」


 シャポーは魔導師団をざっと見渡してから、ひそひそと答えを返す。


「メドアズさん、カルバリ魔法師団の方々。中心の魔法陣を探すのはこちらで行います。魔導師団には、進行方向にいる民間人が馬車に巻き込まれないよう注意してもらえますか」


 シャポーの言葉を聞いた三郎は、両魔導師団に向けて声を張る。シトス達の精霊魔法が助けてくれるため、大声を出す必要は欠片ほどもないのだが、何となくやってしまうのだから仕方がない。


 メドアズとカルバリ魔導師団の指揮官から「了解した」と短く返された。


「えーっと、トリア軍の人達は……」


「あすこなのです」


 きょろきょろと見回す三郎に、シャポーが建物の上を指差す。


「うわお。市街戦が得意って意味が解った」


「はわー、すごいのですね」


「ぱわー」


 三郎とシャポーとほのかが、感嘆の声を上げた。


 トリアの兵団は、街道に隣接する建物の屋上を、平地でも駆けるかの速度で渡っていたのだ。


(えっと、何て言ったっけか。パルクールとかって競技があったけど、トリアの人達ってば得意なのではないですかね)


 三郎の見つめる先では、トリアの兵達が階層の違いすらも障害にすることなく、馬車と並走して飛び回っていた。


「あー、でもシトスとかトゥームも出来そうかも」


 不意に思い付いた三郎が車内を振り返る。


「森なら得意ですが、風が乱れているので人族の町ではあまり」


 気の進まない口ぶりでシトスは答える。


「やれるけど、やらないわよ」


 修道の槍を示すように動かし、トゥームは「見せろとか言わないでよ」と付け加えて片眉を上げ答えるのだった。


「順調だからって、サブローさんは少しばかり気の緩んだ声の響きをさせすぎていませんかねぇ」


 グルミュリアがやる気の無さそうな流し目で三郎を見つつ指摘する。


「いつもこんな感じよ」


「ですね」


「だね」


 トゥームの言葉に、シトスとムリューが続いて頷いた。


「はぁ~、英雄と呼ばれそうな人って、突然関係のない話題を振って来る感じなんですかねぇ。サブローさんは、たまに全く別のことを考えている声の響きをしてる節がありますもんねぇ」


 感心しているのか呆れているのか、グルミュリアはふーっと長い息を吐く。


「さーせん」


 謝るおっさんの横には、トリア兵の軽業に目を奪われている魔導師の少女がいるのだった。

次回投稿は7月9日(日曜日)の夜に予定しています。

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