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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第299話 消滅の足音

 シャポーのたった一つの防御魔法陣で、正二十面体からなる魔力深度を有する攻撃魔法が止められてしまうなど、ゾレンは考えてもいなかった。


 魔力強度の点からしても、背後に浮かばせた暗黒色の積層魔法陣を用いていたため、シャポーに致命傷を与えるには十分だったはずなのだ。


 目を見開いてしまったゾレンであったが、すぐにも冷静さを取り戻すと思考を巡らせた。


「ふむふむ。防御魔法を展開しておき、何らかの認識阻害によって覆い隠していたという所か。一般的な防御の術式であり、深度や強度を高めるよう手を加えている様子は無いことからして、アーティファクトによる強化であろうな」


 片眉を大きく上げたしたり顔で、ゾレンはシャポーの魔法に対する考察を口にした。


 ゾレンの深い知識と多くの研究から導き出せる、紛うことなき唯一の結論だ。


「対魔法防御の魔法陣で間違いは無いのですが、それ以外は全然違いますので」


 シャポーは、一般的な防御魔法であることは認めつつも、ばっさりとゾレンの導き出した答えを否定する。


「ほう。ならば正解を聞かせてもらおうではないかね。見習いの魔導師であろうとも『解する者には知を与えよ』の精神すら知らぬとは言うまい」


 戦いよりも知識を優先する魔導師の性からか、ゾレンはシャポーに説明を求めた。


「……『行使できぬ者に授けるは愚者』と、師匠から教えられていますので」


 シャポーは説明する気が無いのを表情にも浮かべて突き放す。


 上席の魔導師の間で、まだ未熟な魔導師に対し、制御できないほど高度な術式を形ばかり伝授するのは、危険な行為であると定める言い回しが幾つか存在する。その中でも、魔導幻講師ラーネが語ったとされる一節を、シャポーはゾレンに言ったのだ。


 五百年前の戦争において、より強力な破壊の魔法ばかりを欲する魔導師達を、ラーネが戒めた言葉とされている。


「大方、私の解釈で間違いはなかったのだろう。不遜にも、ラーネの言葉を引用するとは、師が師ならば弟子も弟子というところであるかね」


 ゾレンは、憐れむようなわざとらしい表情をつくると、大袈裟な動きで額に手を当てた。


 魔導幻講師ラーネの使ったとされる語句は、相応の実力を身につけた魔導師であろうとも軽々しく口にしない。それが、魔導業界における暗黙のルールとなっている。ラーネが、誰もその領域にまで到達できない大魔導師と位置付けられ、畏敬の念を持たれているのが理由だ。


 魔導罪人として処されたゾレンも例外ではなかった。


「師匠ですので」


「なに?」


 シャポーの一言にゾレンの瞼がピクリと反応する。


「大魔導師ラーネは、シャポー・ラーネポッポの、師匠ですので」


 きちっと聴きとれるよう、シャポーは言葉を区切りながら丁寧に言い直した。


「言うに事欠いて、師匠がラーネであるなどとはね。弟子を取らぬで有名な彼の魔導師の?」


 ゾレンは、茶化す大きな身振りを交え、かっかっかっと笑い声を上げた。


 不意にぴたりと動きを止めると、身を乗り出す姿勢となってシャポーを凝視する。


「面白い嘘をつく見習い魔導師だ。が、本当だったとしても、これで、終わりだがね」


 ゾレンの後ろにある漆黒の積層魔法陣が、赤く光る魔導文字を血流のように表面へと浮かべると、複数の正二十面体を内部から排出する。


 ゾレンはシャポーとやり取りをしつつ、攻撃魔法を構築していたのだ。


 歪んだ笑いを口元に貼りつかせ、ゾレンは無言のまま全ての魔法を解き放った。


 音の壁を突き破る速度で、赤黒い光が再びシャポーへと襲い掛かる。


 魔力圧を高めることで強度と勢いを増したそれらは、狙いたがわず全てがシャポーを射貫かんとしていた。


(防げまい)


 思考の中で、ゾレンは勝利を確信した。


 だが、殺意の塊となった光がシャポーを貫くことは無い。


 鈍く短い音が連続して大気を震わせる。


「シャポーの防御魔法は無意識下で発動しますので」


 鈍い音が鳴りやんだ後、魔力の衝突で発生した靄が風に流されると、シャポーが静かに無駄であることを伝えた。


 金色に輝く数個の魔法陣が、ゾレンの攻撃魔法を全て食い止めている。中には、三つの攻撃を受け止めている魔法陣すらあった。


「ふざけるな。そのような初歩的な防御の術式で、私の攻撃を阻止できるだと。エネルギー結晶から送られる魔力を、更に練り込んだのだぞ。どんな小細工をしている」


 不可解な現象を目の前から取り払うように両手を振り回し、ゾレンはぎょろりとむき出した眼球でシャポーを睨みつける。ゾレンの背後では、積層魔法陣が別の攻撃魔法を組み立て始めていた。


『協会の理事様に許可を頂きましたので、シャポー・ラーネポッポの名を基軸に、攻撃行動を開始します』


 シャポーは魔導言語を用いて最後通告を申し渡す。だがそれは、ゾレンが受け入れようと受け入れまいと、攻撃を開始する意志を伝えただけに過ぎない。


「魔導言語すら流暢に使いこなせるか。しかして、攻撃の準備もせぬうちに、宣言だけするとは愚かしいことだとは思わんかね」


 口の端を更に上げ、不気味な笑いの表情を浮かべたゾレンが、自身の攻撃魔法の完成が先であることを確信して言った。


 黒い積層魔法陣に刻まれた術式は、高速で次なる一手を作り上げて行く。


(多少の構築時間はかかるが、重力魔法で防御の法陣ごと圧し潰してくれよう。自動生成であろうとも、空間全体に影響を及ぼす攻撃を防げはしま……)


 その時、ゾレンは信じられない光景を見た。


『人の尊厳を魔導で踏みにじる貴方には、消滅してもらいます』


 そう言ったシャポーの頭上に、ゾレンへ向けてぱっくりと口を開ける別の次元が現れたのだ。


「なにかねそれは。私を幻術で惑わせられるとでも考えているのかね」


 嫌な汗を額に滲ませつつも、ゾレンはシャポーの出現させた空間から目を離せずにいた。


 金色に輝く大小の光が深淵の闇の中に漂い、各所で複雑な周回軌道を描いている。魔力濃度による屈折が、光の干渉を生み出して雲にも似た半透明の塊を形成していた。


 ゆっくりと開いてゆく次元の内部に、魔導師達が観測して描いている宇宙の構造にも酷似した時空が、あたかも存在しているようにゾレンの目に映るのだった。


『幻術ではありません。思考空間から直接、術式を取り出して魔力を供給するため、指向性を持たせて出口を作っただけです』


 シャポーの言葉通り、金色の光が次から次へと飛び出ると、複雑な立体魔法を作り上げて行く。


 霞のように漂っていた魔力の塊が流れ出て、魔法へと染み込み黄金色の輝きが強さを増す。


「私が先だ。空間ごと潰れてしまいたまえよ」


 ゾレンは両手を前にして狙いを定めた。


「ん?」


 だがおかしい。ゾレンの両手の指が、数えても六本しか見当たらない。


 自身に何が起こっているのか、思考の追いつかないゾレンは、手を裏表させて観察する。右手には親指と薬指しか残っていなかった。


『シャポー・ラーネポッポの名を完成の軸に、反物質術式九十二、指定座標への展開を固定化する』


 シャポーの言葉を合図に、ゾレンが眺めていた彼の右手は、この世界から消え去るのだった。

次回投稿は6月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に塵すら残らない攻撃来たー 騎兵突撃を航空爆撃で焼き払うような真似を
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