第29話 謝るのは得意なもので
「まさに、哲学だな」
三郎は、腕を組みながら感慨深げに言った。
旅の一行は、商業国家ドートと中央王都の国境に位置する宿場町にいる。フラグタスから旅立ち、二日ほどの距離にある町で、交通の要所として栄えている町だ。
夕方早くに到着した為、酒場も兼ねた食事処を見つけると、三郎達はのんびりと夕食をとる事にしたのだった。
「ほのかちゃんの存在は、哲学なのですね」
三郎の言葉に、シャポーが深く頷きながら返事を返した。
「ぱぁぁ!」
二人に見つめられて機嫌を良くしたほのかが、テーブルの上で両手をあげてくるくると回転した。
「はぁ」
トゥームは、そんなのん気な三人の様子に深いため息をつく。
ため息の理由は、多岐にわたっており、一言では言い表す事ができないほどになっていた。
『ほのか』と三郎が命名したことにより、存在を認識された始原の精霊のおかげで、グランルート族の町フラグタスに数日足止めさせられる事になったのも理由の一つだった。
中央王都への旅は、トゥームの予定よりも遥かに長くなってしまっている。
フラグタス入り口広場での、始原精霊の出現によって、三郎達はグランルートの族長の家に連れ戻されていた。
族長曰く『始原精霊の出現は無くなって久しく、その存在の確認と「与名の盟友」となった三郎を祝わなければならない』との事だった。
グランルート族達の僅かな雰囲気の変化を感じ取ったトゥームは、警戒心を自然と強める。族長の探るような物言いと視線も、気になる所であった。
だが、族長の話を聞いている間に、三郎は突然高熱を出して意識を失った。
三郎を抱きとめたトゥームは、何度か高熱を出しているのを看ていた為、今までと様子が違う事にいち早く気がつく。
全身から熱を発するかのような、異常な発熱だったのだ。
グランルート族の医師が呼ばれ、三郎の容態を診ると、始原精霊たるほのかの霊力にあてられたのだと説明した。
始原精霊は精霊力が強いため、命名する前にその存在を認識出来る者は、高位の精霊使いやそれに順ずるエルート族に限られるはずなのだがと首を傾げる。
そして、脳の後遺症を抑える為に、頭部を極力冷やすよう言われたので、トゥームは献身的に看病する事となった。
それから二日後、三郎の意識は何事も無かったかの様に無事回復する。むしろ、意識を失う前よりも調子が良いのだとも、三郎はのたまうのであった。
三郎のこの変調によって、『真実の耳』程の聴力を持つグランルート族の長に、三郎の身元を問いただされる事となる。
族長は、初めて三郎と会った日にグレーターエルートのシトスから、三郎が訳ありであるため深く追求しないで欲しい旨を伝えられていた。
しかし、始原精霊とその霊力により人命が絡んでしまう事態となった為、エルート族の入り口を預かる者として聴かなければならないのだと言う。
観念したトゥームは、丁寧な謝罪と説明を族長にする。その場に同席したシャポーは、目を潤ませながら『すごい運命に巻き込まれてるのです』と何度も呟く始末であった。
トゥームの説明を受け、誠意を感じ取った族長は、三郎達に始原精霊について話をした。
エルート族及びその眷属が、人族に詳しく精霊の話をするのは非常に稀な事であった。
通常、精霊を使役する者達が力をかりるのは、すでに名を与えられこちらの世界に影響力を持っている精霊なのだと言う。
物理現象に精霊を感じとったエルート達が、精霊使いとして確立してきた手法であり、エルート達は精霊達に語りかけて助力を願い現象を生み出す。
始原精霊において、その性質を通常の精霊とは異なった物であると定義されている。
固有の名を冠し、下位に属する精霊の起こす物理現象を影響下におく。上位精霊と呼ばれる中の幾つかは、元々始原精霊であったものであると言うのだ。
『与名の盟友』と認識されている者がこの世界から旅立つことで、その始原精霊に他の精霊使い達が呼びかけられるようになる。
族長は、ほのかから地中深くに存在する地核に似た力が感じられ、それに類する上位精霊が存在しない為、確かに始原精霊だと断言できるだろうと言う。
これほどの力にあてられて、三郎はよく生きていられたものだと、族長は感心すらしてしまうのだった。
聖峰ムールスでは、数年前より地中深くでの火山活動が観測されており、エルート族達は精霊世界へそのエネルギーを徐々に逃がすことでムールスの噴火を抑えていた。
その影響でほのかが生まれ出でたのではないだろうかと、族長は話の最後を締めくくった。
族長との話し合いから数日、三郎の体調の様子をみていた一行は中央王都への旅路へと戻り、今に至るのである。
「固有名を付けられた事で、この世界で認識されるようになるなんて、ほのかの存在は哲学だと思うんだよな」
三郎は、自分の言葉に酔いしれるように深く頷きながらシャポーに話す。先ほど給仕娘が運んできた四杯目の発泡酒へと口をつける。
その頭の上に上がったほのかも、三郎を真似して深く頷いた。先ほどまで噛り付いていた、大きな豆のカスを三郎の頭に遠慮なくこぼしている。
「たしかに、たしかにです。師匠がおっしゃられてました『名が無ければ、その存在を認識するのが難しい物は数多い』のだとか」
シャポーは、グランルート族の長との話し合いで、三郎が異世界より迷い込んだ人間だと知った。それからというもの、三郎の言葉への敬い度が一段と増しているようだった。
酒も呑んでもいないシャポーが、ほろ酔いの三郎と同じテンションで話が出来る事に、トゥームは呆れながらも感心するのだった。
「あのね、学問について高説したり傾聴するのは良いのだけど、中央王都への旅は倍以上かかってるし、何か最近悪目立ちしてるからもっと静かにしてほしいんだけど」
トゥームは、少しばかり声が大きくなってきた二人をいさめる様に言った。
トゥームが耳にした情報によれば、教会の旅の一行がグレーターエルートを連れているという噂が流れており、中央王都で召還に成功したと言う勇者絡みの一団なのではないかと、まことしやかに囁かれていた。
幸いにして、シトスやムリューと別れているので、三郎達がその一団だと特定されることはなかった。しかし、グレーターエルートの次は、小さな光る精霊を連れているのだから、目立つなと言うほうが無理である。
現に今も、酒場の客の数人が、こちらを気にする素振りがある事にトゥームは気付いていた。
トゥームは、何事も無く中央王都で三郎の身分証を作ってソルジに帰るのを目標にしていたため、目立つのは非常に有難くない。
これが、トゥームのついた深い溜息の二つ目の理由であった。
そして、三つ目の理由はトゥーム自身にあった。
中央王都の警備隊本部より、トゥームのゲージに略式の召喚状が届いたのである。
内容は、ソルジに魔獣が襲来した件について、教会組織として対応に非があったのでは無いかと言う物であった。
警備隊の人手が足りず、西門の警備が手薄である事を教会が既知していながら、修練兵であるトゥームが西門警備に加わっていなかった事や、それにより魔獣の町への侵入を許した事、重ねて、民間人である少女が危険に晒された件についても触れられていたのである。
中央王都の警備隊本部へ来て、トゥームに申し開きをしろと言うのだ。
トゥームは、召喚状にあった警備隊本部の幹部である貴族の名を見て、更に気が重くなっていた。
五年前、トゥームの家名欲しさに求婚してきた貴族や、後見を申し出ていた貴族の名が目に入ったからだ。彼らのおかげで、ソルジへ行かなければならなかったと言っても過言ではない。
「はぁ」
召喚状の事を思い出し、トゥームはまた溜息をはいた。
「召喚状の件か?」
今朝ほど召喚状が届いたと言ってから、トゥームの溜息が多くなっているのを知って、三郎は言葉をかける。
『ほろ酔い程度で、相手の様子に気が使えなくなる様では、ジャパニーズサラリーマンは勤まらないのだ』などと、心の中で呟くほどには、三郎は酔っていた。
「まぁ、ね。私の対応によっては、スルクローク司祭にも迷惑がかかるかもしれないわね。多分、それが目的なのだろうし」
トゥームは三郎に、記載のあった貴族の名についてはふれずに話をしていた。下手に心配させるつもりが無い為であった。
「呼び出された場に、俺も一緒に行って物申してやるぞ。当事者だからな」
三郎は、いつに無く真剣な顔つきでトゥームの目を見据える。
「え・・・っと、だ、大丈夫だってば。子供じゃないんだし」
トゥームは、照れたように目を逸らすと、苦笑い交じりに三郎の申し出を断った。
「トゥームは俺の剣なんだよな。ならアレだ、つかわされている者として一緒に行くのは当然だ」
酔いも手伝っていたのだろう、三郎は珍しく強い口調で断言する。だが、その思いに偽りは無かった。
少しばかり驚いたトゥームは、三郎の真意を確かめるようにじっと見つめ返す。
「そう・・・剣を供なう者の言葉として受けとめてもいいの?」
「ああ、問題ない」
トゥームの言葉に、三郎は即答するのだった。
「・・・ありがとう」
トゥームの表情が幾分か晴れているのを感じて、三郎は雲がかかったような気分が和らぐのを感じるのだった。
(リーマンは謝るのも仕事みたいなものだったからな、上手く謝れる自信はけっこうあるんだよなぁ)
心の中では、案外かっこ悪い事を考えてはいたのだが・・・。
次回投降は3月25日(日曜日)の夜に予定しています。




