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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
299/312

第297話 確固たる決意

「サブロー」


 三郎が最前線に立つ四人の元まで行くと、トゥームが場を譲るように一歩引いた。


 トゥームへと頷き返し、三郎が前に出るとシトスとムリューも黙って彼を見る。


 シャポーは、険しい表情のままゾレンであろう魔導師を睨みつけたままだ。


「ゾレン・ラーニュゼーブ殿とお見受けいたします。私は、教会評価理事を務めており、現在は諸王国軍総指揮官の任を預かっておりますサブローと申します」


 三郎の威圧するでもなく落ち着き払った挨拶は、シトス等の操る大気と風の精霊によってゾレンまで運ばれて行く。


 教会の印を胸元で作り、ゆっくりと会釈し顔を上げた三郎の視界に、全く上の空といった雰囲気のゾレンの姿が入って来た。


 ゾレンは、顎に手をあててぼさぼさの髪から覗く瞳で、虚空を見上げている。


「あれ、俺の声ってとどけてもらえてるよね」


「そのはずですが」


 三郎の問いにシトスが怪訝な表情で答える。


 距離はあれども、修道騎士やグレータエルートもいる状況下にあって、敵から目を逸らしぼんやりと空を眺めている様は異様にも映るのだった。


「何かぶつぶつと独り言を呟いてるみたいですねぇ。ほとんど音が出ていませんので、内容までは聴き取れませんけど」


 後ろに控えているグルミュリアが、ゾレンの様子を伝えた。


「えっと。もう一度声かけた方がいいのかな」


 助けを求めるように三郎はトゥームに視線を送る。


 一瞬思考を巡らせたトゥームだったが、片手を上げて三郎を制止すると、背筋を正して息を吸った。


「教会において、高司祭と位を同じくする教会評価理事に答えぬは不敬。早々に名乗られるが筋であろう」


 トゥームの凛と張った声が、精霊魔法の助けによって遠くまで響き渡る。


 物思いにふけていたゾレンは、今まさに気が付いたと言わんばかりの表情で、ぎょろりと視線を三郎達の方へと向けた。


「カルバリの魔導師団が見当たらぬな」


 ゾレンは、魔装臼砲の一撃を防いだとおぼしき魔導師団の姿が無いことに疑問を抱いていたのだ。


 彼の見える範囲には、三郎達と馬車付近で隊列を整えているドート軍しか見当たらない。操っている者達から吸い上げた情報からも、カルバリやセチュバーの魔導師団は、ドート軍の後方で展開している事となっている。


「しからば、先程の防御魔法を行使したのは誰になるのかね」


 顔が真横になるまで首を傾けたゾレンは、見開いた両目で防衛術式を組んだであろう魔導師の姿を探す。が、その場で魔導師と呼べそうなのは、見習いの印を腰から下げたシャポーだけであるのは言うまでもない。


「見習い程度に防がれる砲撃であったか。いや、充填魔力が不足して砲撃距離が短くなり、威力が減衰していたと仮定するならば納得せぬでもない。とは言え、信じられんことに、可能性は限りなく零に近いのだがね」


 ゾレンは言うと、両手を何度も打ち鳴らせて高笑いを始めた。


 流石に無礼と思ったのか、眉間に皺を寄せたトゥームが再び口を開こうとする。しかし、それを三郎が止めた。


「魔導師ゾレン殿で間違いないでしょうか。私は諸王国軍総指揮官のサブローと申します」


「君は、何度もしつこいといわれる人物であろうな。魔導師が考えに浸っている時は、声をかけぬのが常識と教えられておらんのかね。それに否定しておらぬのだから、私がゾレン・ラーニュゼーブだと理解できようものだが」


 三郎の言葉に、不機嫌さをあらわにした表情でゾレンが答える。


(うわお、会話にならない人だった。いや待てよ、この人「対話」しに出て来たんじゃなくて、砲撃を防がれたことに興味が湧いて見に来ただけなんじゃないか。多分そうだ。間違いない)


 三郎の予想は当たっていた。


 ゾレンは、魔装臼砲を防いだ防衛術式に興味を覚えたがために、前線くんだりまで顔を出しただけなのだ。


「さてさて、そこな見習い魔導師に質問させてもらおうではないか。先ほどの見事な防御魔法陣を展開した魔導師は、どこに居るのか答えてもらいたい。まさかして、見習いである君が構築したものであれば、称賛を送らせてもらおうではないかね」


 三郎に返事をした時とは別人のように、演技がかった大袈裟な仕草でゾレンはシャポーへと話しかけた。


 右手を胸に当て、左手を高らかに掲げた姿勢のまま、ゾレンは回答を待つ。


 だが、シャポーは一向に口を開こうとしない。鋭い視線で薄汚れた魔導師を見据えているだけであった。


「魔導師として上席である私からの問いに答えぬとは、解を持ち合わせておらぬ無知なる者であるのか、先達を敬わぬ無礼なる者であるのか」


 ふむふむと芝居がかった大きな動きで頷くと、ゾレンは両手を広げて空を仰ぐ。


「もう一度ひとたび、魔装臼砲を解き放ち、再現させてみれば自ずと解ることではあるがね」


 ゾレンの口上と時を同じくして、彼の横にいる魔導師の集団が魔装臼砲を起動した。


 トゥームは三郎の腕を引き、背中に庇うように前へでる。グレータエルートの三人が、大気と風の精霊魔法で仲間の周囲を護ると、シャポーは思考空間から防御の魔法陣を出現させる準備を整えた。


 トゥーム達がゾレンに向けて攻撃を仕掛けられなかったのは、これが理由だった。


 魔装臼砲が即時に発射できるものなのか、時間を要する状態なのかが解らなかったのだ。誰かが飛び出すのを、ゾレンが罠を張って待ち構えている可能性も考えられる。


『シャポーがためらいなく防御魔法を行使できる状況を維持』


 騎士や戦士であるトゥーム達が、無言のうちに示し合わせていたのがそれであった。


 しかし、シャポーは魔法陣を出現させず、悲鳴にも似た声を上げた。


「だめなのです。結晶も無しに魔導師さんの魔力を注いでは」


 両目を青白く光らせたシャポーが必死の形相で叫ぶ。


 彼女には、魔導師達の体内魔力が、全て魔装臼砲に吸い上げられる様子がはっきりと見て取れたのだ。


 砲を囲む魔導師は、次から次へと体内魔力を失い膝から崩れ落ちる。


「ふむ」


 横目で見ていたゾレンが、顎を一撫ですると、冷めきった表情で彼らが倒れて行くのを眺めていた。


「魔装臼砲を停止するのですよ!」


 シャポーの叫びも空しく、ゾレンに操られていた魔導師達は、全員が地面に倒れ伏すこととなった。


 制御者を失った魔装臼砲は、浮力の維持も難しくなり重たい音を響かせて大地へと落下する。


 注がれた魔力は、砲弾すら形成することはなく、内部に並列された魔法陣の稼働魔力として意味もなく消費されて行くのだった。


「な、なんということを」


 シャポーの震える声が、動かなくなった魔導師達と魔装臼砲を前にして響く。


 操られていた魔導師の身体は、魔力を吸われ水分が抜けきったかの様相を呈している。強制的な魔力排出を行ったが故に、体が熱を帯びたため干からびてしまったのだ。


 眼球のあった部位は深く陥没し、歯がむき出しと成り果てている惨たらしいありさまであった。


「ふむふむ。これだけの数の魔導師を揃えたとしても、二発目は難しい、と。計算上でも厳しい数値ではあったのだが、実験してみればなるほど明解であるな。魔装臼砲は破壊力こそあれど、使い所が肝要といったところかね。まあ、初弾を防がれた時点で、有用性は低かったとは自明の理であるが」


 ゾレンは、あーでもないこーでもないと大仰な仕草で考えをまとめるかのように一人芝居を演じていた。


 その口ぶりからは、魔導師達の命を無駄にしたという後悔や憐れみの念なぞ少しも感じられない。


「……結論を知って、失敗させたのですか」


 ぎりりと歯のきしむ音の後、シャポーが怒りも露わな声を吐いた。エルート族の真実の耳が無くともはっきりと聞き取れる感情だ。


「シャポー?」


 心配になった三郎は、彼女の肩に置こうと手を伸ばす。


 触れる寸前、勢いよくシャポーが振り返った。


「サブローさま。シャポーに攻撃魔法の使用許可を頂きたいのです」


 おっさんは、魔導師少女の確固たる決意に満ちた―――責任感すら感じさせる表情を始めて見たのだった。

次回投稿は6月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] >シャポーに攻撃魔法の使用許可を頂きたいのです ゾレンは灰も残らない最後を迎えるのか
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