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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第296話 役目

 眩いばかりの光の壁が、三郎達の前に出現していた。


 シャポーによって構築された魔法陣は、膨大な魔力を完全に遮断し、僅かな気流や熱などの通過すらも許してはいない。


 複雑な音色を響かせて飛び散った魔力が、セチュバーの大地へと横一線に降り注ぐ。


 絶望的な破壊力を有する攻撃は、さほど長くは続かなかった。


 シャポーの作り上げた防衛術式により、魔装臼砲の放出するエネルギーは徐々に消滅されてゆく。


 飛び散ることで地面をえぐってしまうかに見えた魔力の塊達も、落下すると特有の干渉色を失い、焦げ跡だけを残して消えて行くのだった。


 砲撃による白色光が収まると、そこには大きな金色の魔法陣が勇壮な光を発していた。


「ぽひー。なんとか間に合ったのです」


 黄金色に輝く防御の魔法陣を前に、シャポーが額に浮かべていた汗を拭う。


「み、みんな、無事かしら」


「大丈夫、だったみたい」


 トゥームとムリューも、流石に驚きを滲ませた表情で自軍後方を確認して言った。


 それもそのはず、下手をすれば諸王国軍を全滅させる程の魔力エネルギーが、目と鼻の先で炸裂していたのだから、当然の反応といえよう。


 ドート軍の中には、何が起きたのかも分からずに呆然と立ち尽くしている兵も見受けられたが、他の戦線は迫り来る敵兵と剣を交え続けている様子だ。


「シャポーさんがいなければ、諸王国軍は壊滅的な被害を受けていたことでしょう。精霊魔法や装備に護られ運よく命を繋げたとしても、重傷を負っていたでしょうから」


 シトスは心の中で(私達は確実に命を失っていたかもしれませんね)と付け加えていた。


 彼がそのように思うのも無理はない。シャポーの展開する魔法陣の向こう側では、熱せられた大地が空気を揺らせて、陽炎を広範囲に出現させているのだ。


「でもです。操られていた人達までは無理だったのです」


 眉間に皺を寄せ、シャポーは熱で揺らめいている空間を見つめていた。


 魔装臼砲の水平射撃により一掃された場所には、屍兵の姿も操られる敵兵の姿も残ってはいなかった。


 下唇を噛む魔導師少女の肩にトゥームが手を置く。


「私もシャポーも、出来る限りのことをしているはずよ。残る人々をより多く救って、鎮魂の意を示すしかないわ」


「……そうするのです」


 トゥームも同じように陽炎を見つめて言うと、シャポーはきゅっと拳を握って答えるのだった。


 その頃、馬車の中では光に目をやられた三郎が、何度も両目を手で押さえて、必死に視力の回復に努めていた。


「一応戦況をお伝えしておきますと、前方の敵はいなくなりました。攻撃の影響で大地が熱せられているので、少し待つか迂回しなければならなそうですね。ちなみに、私達が無事なので伝える必要は無いと思いますけど、シャポーさん達も無事ですよ。後方の味方は戦闘継続中です。それよりか、サブローさんの目の方が心配じゃないですか?」


 やる気のない口調に戻ったグルミュリアが、全く心配そうじゃなく聞く。


「いや、少しずつ、回復して、きましたね。視界いっぱいに、強い光を見るとか、無いもので」


 グルミュリアの輪郭が朧げに見えるようになり、三郎は目を手の甲で擦った。


(太陽とか電球を見続けた後の残像が、全体に広がってる感じだな。じわーっと治ってきてるけども)


 三郎が目を開けたり閉じたりしていると、額にぺしぺしと叩かれる感触が伝わってきた。


「ぱっぱっぱっ」


「ほのかも心配してくれるのか。でも大分みえるように――って、おお、おおお」


 叩かれるたび視界が回復してゆくのに気付き、三郎は感嘆の声を上げていた。


「ぱぁ!」


 仕上げだと言わんばかりの声を上げ、ほのかがぺしりと最後の一撃をおでこに見舞う。


「んお!治った。ほのかすごいな。ありがとう」


 クリアーになった眼で車内を見渡した三郎が礼を言うと、ほのかは得意げに「ぱぁ」と返した。


「グルミュリアさん、見えるようになりました。けど」


 視力の回復を伝えた三郎だったが、グルミュリアの雰囲気が先ほどの口調とは違ったものになっているのを察して、言葉尻をすぼめた。


 グルミュリアの瞳は、シャポー達の居る前方へと向けられている。


 視線の先を追った三郎の両目には、トゥーム達の後ろ姿が入って来た。トゥーム含む四人は、武器を手に身構えているのが三郎からも見てわかる。


 次に、シャポーの魔法陣が展開されたままとなっているのが目に映った。方陣の奥には、空間が歪んでいるのかと見まごうほどの巨大な陽炎が立つ。


(大地が熱せられているっていうのは、これか)


 グルミュリアから聞いていなければさぞ驚いたことだろうと、三郎は内心で思っていた。それ程までに、広範囲の空間が煮えたぎっているかの光景であった。


 同時に三郎は、シャポーがいまだに魔法陣を出現させたままにしている理由をも理解する。


(砲撃で地面が熱をもってしまってるのか。シャポーの防御魔法が無かったら、高温がドート軍付近まで来そうだ。あの熱で空気が巻き上げられるのって、魔法の影響で自然ではない風が発生することになるのかな。だとすれば、後方のエルート軍が精霊魔法を使いづらくなるのかもしれないし)


 三郎の考えに付け加えるならば、可能性として考えられる「次の砲撃」にも備えてのことでもあるのだ。


 しかし、揺らめき歪む景色のなか、三郎には敵兵が向かって来ている様子など感じ取れない。仲間達が何を警戒しているのだろうかと目を細めた時、突然揺らいでいた空間が膨張を始めた。


 内部に圧力を抱え込んだ陽炎は、極限にまで膨らんだ風船のようになると、熱気と共に破裂して大気へと溶けて消えゆく。


 仮に、シャポーの防御魔法が発動されていなかったならば、数百度の熱を持った風と真空の刃が、無差別にドート軍にまで降り注いでいただろう。


「人が」


 三郎が呟く。


 膨張の中心ともなる場所に、白髪の混じる長い髪をし薄汚れた魔導師姿の人物が、諸王国軍へと向かって歩いている。その者の斜め後ろには、意匠された太い石柱が横倒しに浮かんでおり、周りを数十名の魔導師が取り囲んでいた。


 トゥーム達から距離を置いて、魔導師の一団は歩みを止めた。


 あれを警戒していたのかと三郎が心の中で呟くと、乾いた拍手の音が鳴り響く。


 薄汚れた姿の魔導師が、大袈裟な身振りをもって手を叩いていた。


「まさかまさか、魔装臼砲の攻撃を防ぐ術式を準備していたとはね。メドアズ君の案であったか。用意したのはカルバリの魔導師団といった所か。どちらにせよ、なかなかどうして見事な防衛術式ではないかね」


 魔導師の男は、シャポーの魔法陣に向けて両手を広げると、うやうやしく一礼して見せた。


 遠いはずであるのに言葉がはっきり聴き取れる所をみて、三郎は魔法による拡声なのだろうと理解する。


「それとも、こ奴らの魔力が足りず砲撃距離が出なかったかね」


 顔のみを上げた魔導師は、歪んだ笑いを口元に浮かべて首を傾けた。


 男を含む魔導師達の様子をじっと注視していたシャポーが、不意に防衛の魔法陣を解除する。


 シャポーの行動を見た三郎は、トゥーム達の元へ向かうために下車しようと動き出した。


「サブローさん危険です。魔装臼砲がこちらに向けられているんですよ」


 慌てたグルミュリアが三郎の服を掴んだ。


「シャポーが魔法陣をしまったので、多分大丈夫ですよ」


「多分って」


 確信の響きを乗せて言う三郎に、グルミュリアは唖然とするしかなかった。


「対話しに出てきたのならば、受けるのは私の役目だと思っています。恐らくあの男が、魔導師ゾレン・ラーニュゼーブなのでしょう」


 三郎の言葉から覚悟の音を聞きとってしまったグルミュリアは、仕方ないなと短いため息をつくと、おっさんと共に馬車を降りるのだった。

次回投稿は5月28日(日曜日)の夜に予定しています。

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[一言] シャポーがどこぞのオジさんより英雄すぎる
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