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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第294話 理論上は問題ない値

「天啓(サブローからの指示)を与えられし騎士達よ!哀れなる屍の兵士達なれど、同情の念は後に置き、鋼の意志にて我らの天命を全うせよ!」


『はっ!』


 腹の底から発せられたギレイルの声に、十二人の騎士達が答える。


 天啓騎士団は、教会馬車を中心に防衛線を張ると、這い寄る屍兵を追い出すことに成功していた。彼らの活躍により、シャポーとグルミュリアは、三郎の横に並んで戦況を把握する仕事へと戻れている。


(地面を這って来る相手だから、中腰で大変そうだ。ギレイルさん達、腰痛めなければいいけど)


 天啓騎士の奮戦を横目に、三郎は心の中で要らぬ気遣いをする余裕ができていた。その理由は、シャポーとグルミュリアから機巧槍兵との戦いが諸王国軍優勢で決着しそうだと教えられ、ほっと胸をなでおろしたところだったからだ。


 結局、三郎が一人で必死に戦線を眺めた所で、状況を正確に把握できてはいなかった。せいぜい『味方が優勢みたいだ』程度を感じ取るのが関の山で、天啓騎士団の登場は三郎にとって非常に有難いものになったのだ。


「機巧槍兵の数、残り二人だそうです。シトスが、殲滅後の行動について指示を求めてますね。ドート軍も隊列を整え終わりますし、シトス達には馬車まで引いてもらいますか?」


「うーんとですね。諸王国軍後方も、足止め作戦が上手くいっているようなのです。シトスさん達は馬車まで帰ってきてもらって、戦況にあわせて動けるようにしておくのが良いと思われるのです」


 前線からの声を拾ったグルミュリアは三郎に尋ねた。続けて、後方部隊の様子を確認していたシャポーが補足する。


「いったん馬車まで戻ってもらおう。ドート軍の前進に全軍の足並みをそろえさせる必要もあるし、俺の戦況を把握する力が、不足しまくってるのも痛いほどわかったことだし」


 二人の言葉から、劣勢となっている戦線が今のところ無いのだと判断した三郎は、苦笑い混じりに言った。


 グルミュリアは「私も楽になりますからねぇ」と笑い返すと、前線のシトスへ向けて精霊魔法を行使して内容を伝えるのだった。


「右も左もですね、展開した敵軍の包囲を縮めさせていませんので、前進を再開するならば今なのですよ」


 左右の窓へと駆け寄り、慌ただしく顔を出したシャポーが、薄緑色に発光させた両目で戦況確認して言う。


「不甲斐ないな。視力の強化とか訓練しておけばよかった。忙しくさせちゃって、本当に申し訳ない。助かります」


「な、不甲斐なくなんてないのです。こここ、こんな時はですね、頼ってもらって結構ですので」


 三郎が改まって頭を下げると、シャポーが照れた様子で嬉しそうに答えるのだった。


「シトスからの返事です。グレータエルートに死者はなし。負傷者の手当ては馬車に戻って行うとのことです」


「わかった」


 グルミュリアの言葉に三郎は深く頷く。


「包帯とかを用意しておくのです」


「それは俺がやっておくから、シャポーは戦況の確認を頼むよ」


 シャポーが荷物へと手を伸ばすと、三郎は慌ててその役目を買って出た。


「……」


「要塞で治療の準備はしてたからな、薬の種類もだいぶ覚えて――」


 三郎は言いながら荷物の口を広げる。が、シャポーの『手』が伸ばされたままになっているのに気付いた。


「シャポー、どうした」


 前線方向をじっと見つめて停止しているシャポーに三郎が問いかける。


「あれは何でしょうか。敵軍後方に魔力圧縮の空間歪みが見えるのです」


 眉を寄せてシャポーが呟く。


「屍兵と操られている人族の更に後ろですか。精霊からの危険を知らせるような音は、聞こえていませんけど」


 耳を澄ませたグルミュリアは、異変を感知していないことを告げる。


「攻城兵器などが魔力を集束させている感じに似ているのです。第五要塞で改良型魔導臼砲が、魔力を充填していた時の様子と言えば近いですが、それよりもエネルギーを集めるのが速いみたいなのですよ」


 シャポーは、正面に出現した空間の歪みを睨みつけつつ、攻城兵器の魔導砲ならば距離が遠すぎてとどかないはずだとか、改良した魔導臼砲ならば設置型であるはずだなど、考えをまとめる為にぶつぶつと独り言を口にする。


「私には危険な魔力エネルギーの高まりも感じ取れていませんが、シャポーさんが言うのならば間違いは無いのでしょう。ドート軍に知らせて散開、もしくは引かせたほうが良いのではないでしょうか」


 真面目な表情となったグルミュリアが、異常な魔力を感じ取ろうと試みるも、シャポーの言うような魔力集束をしている場所の特定が出来ずにいた。


「感じ取れない……攻撃を対象に悟らせない魔力エネルギー集束の術式!自走式魔装臼砲かもしれないのです。五百年前に造られた物なのですが、魔人族に攻撃を準備しているのを察知されないために、内部集束系の法陣を多重並列していたと書物で読んだことがあるのです」


「中央王都にあるとかいう兵器じゃなかった?山をも穿つとかなんとか」


 はたと答えに行きついたかの表情をするシャポーに、三郎が苦い顔をして聞き返した。


「ですです。シャポーも魔力エネルギーとして見えているわけではなくてですね、空間歪曲があったので気付けたのですよ。それよりも何よりもです!自走式魔装臼砲だと仮定するとですね、理論上にある最高出力を放出した場合において諸王国軍の後方にまで砲撃が届く計算になるのです」


「撤退じゃ間に合わないのか。射線上からの退避を――」


「砲撃の方向は自由自在なのです。なぜなら自走式ですので!」


 シャポーと三郎が、あわあわと慌てふためいている横で、グルミュリアが冷静さを装った声を上げる。


「その兵器って、中央王都にあるんですよね。セチュバーにも配備されてるものなんですか。もしくは製造が可能であるとか」


 騒いでいた二人が停止する。


「書物とかにはですね、中央王都が管理しているとしか書いてなかったのです。製造は、カルバリの研究院にある特殊な兵器工房でしかできないはずなのです」


「い、一応だけども、宰相であるメドアズさんに確認してみるとか」


 シャポーの話を聞きつつも、三郎の提案にグルミュリアが「名案ですねぇ」と返して、メドアズがいるであろうセチュバー魔導師団へ向けて何事か呟く。


 数度のやり取りの後、グルミュリアがシャポーと三郎へと向き直った。


 彼女の定まらぬ視線と青ざめた顔面が、凶報を受け取ったことを物語っていた。


「中央王都管理の自走式魔装臼砲が、兵器庫に一門だけ保管されているそうです。セチュバー王族の生体認証と魔力認証によって封印されているうえ、登録された軍の高官の魔力認証もかかっているそうです。魔導的な安全対策を突破されても、王族の生体認証が作動するはずだそうです。でも、国民の精神支配の状況を考えて、王妃の生体認証を使われた可能性も否めないそうです」


 メドアズからの話を要約して伝えたグルミュリアは「彼の声に嘘偽りの響きが無いんです。どうしましょうかねぇ」と両手をかくつかせて動揺するのだった。


「とりあえず、トゥーム達を馬車に乗せて後退!ってのは間に合わないんだった。左右に展開して、自走式だからどちらかが攻撃されて半壊!?」


 こちらの世界で経験を積んではいるものの、一般人に毛が生え始めた程度の三郎が、一瞬で妙案を捻りだすなど出来るはずもない。


 グルミュリアと三郎が、あーだこーだと思いつく限りの案を出し合っている間、シャポーは床に目を落として深慮の中へと意識を集中していた。


(自走式魔装臼砲の最高出力値は、五百年前の設計書に記載してあったので解るのです。空間歪から充填率を割り出して、クウィンスさんに全力で走ってもらえば、ドート軍の前にまで行けるはずなのです。シャポーの思考空間内に置いてある防衛術式を展開して、魔装臼砲の照射時間と相殺する際に発生する熱量によって、術式に加えられるエントロピー量の増大を抑えられるのならばです!)


「ピコーン!」


 シャポーの頭の先から響いた電子音のようなものに反応し、三郎とグルミュリアが一斉に顔を向ける。


 ダンッ!とシャポーが御者台の方へと大きく一歩踏み出した。


「クウィンスさん!ドート軍の前まで全速力でお願いするのです!」


「クェェェ!」


「ぱぁぁぁ!」


 クウィンスの大きな鳴き声を、三郎の頭の上のほのかか真似をする。クウィンスは、鳴き終わらないかのうちに大地を蹴って駆け出していた。


「ぐえ!ごほっ!しゃ、シャポーさん、なにか秘策でも?」


 顔面蒼白なグルミュリアに首根っこを掴んでもらい、馬車から転がり落ちるのを免れた三郎が大声で質問した。


「りりり、理論上は、問題ないのです!た、頼ってくだすって結構かもしれないので!」


 シャポーは、足裏に集めた魔力で踏ん張りながら、涙目で三郎に答える。


(あ、これはマジでピンチなやつっぽいな)


 おっさんはこちらの世界に来て初めて、本当の意味で生命の危機を感じたのであった。

次回投稿は5月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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