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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第293話 小さなため息

 三郎は、全軍の動きを確認をするのさえも厳しい心境に追い込まれつつあった。


 懸命に車体近くの地面を見ないよう意識しても、目の端に蠢く屍が映りこんでくるのだ。


(ぐぬ。気にしちゃだめだって思えば思うほど、視界に入ってくるんですけど)


 三郎は決してスプラッター映画などが苦手なほうではない。だが実際、肉片と呼んでも差し支えない物体が蠢いているさまは、テレビや映画などの画面越しとは比較できないほど三郎の背筋をぞわりとさせてくる。


 それでも必死に戦況を確認しようとするも、三郎は馬車の窓や開口部に近付くことすら出来なくなっていた。


 屍兵の腕や足などが馬車によじ登らんとしているのに加え、ぎょろりと向けられる無感情な暗い瞳が、三郎へ名状し難い恐怖心を植え付けているのだ。


 三郎の恐怖心を煽っている屍兵の残骸達であったが、車内への侵入に成功しているものは、今のところ一つも無かった。


 グルミュリアとシャポーが、窓から身を乗り出して纏わりついくる者達を払い落しているからだ。


「シャポーって、お化けは苦手なのに、屍兵は大丈夫なんだ」


 手を口に当てたまま、三郎がシャポーの背中へ向けて言った。


「屍さん達は、魔法で動かされているだけですから、理論として理解できていますので何ともないのですよ。お化けはですね、研究においてもまだまだ不明な点が多すぎまして、完全な理解が出来ていないという点ですごく怖いのです。中には、魔法の通用しない存在もいますので」


 防御魔法を行使して、車輪にしがみついて来る屍兵を退けながら、シャポーはちらりと視線を返して答えた。


「精霊魔法も通用しない相手もいますから、私も苦手ですねぇ」


 反対側の窓を担当しているグルミュリアが、やる気の感じられない口調で同意した。彼女はメーシュッタスの剣を器用に使って、シャポーと同じように屍兵をちょいちょいと引きはがしている。


 馬車前方のクウィンスは、屍兵との膂力差がありすぎて、身を震わせるだけで遠くまで残骸を跳ねのけており、御者のミケッタとホルニも剣や盾で難なく対応していた。


(リッチだのレイスだのって、強い幽霊がファンタジーに出てきたな。そういう存在も、こっちの世界には普通にいるってことか。吸血鬼とかもいるんかね。戦いが終わったらシャポーに教えてもら……他の人に聞いたほうがいいな)


 皆のおかげで少しばかり心身の落ち着いた三郎は、遠く前方である機巧槍兵との戦場へ視線を移動させつつ考えるのだった。


 僅かに三郎の気が緩んだ瞬間。


「うぼぁぁぁぁ」


 上半身のみとなった屍兵が、馬車後部を腕力に任せてよじ登ってきた。


 馬車の縁から屍兵の顔がぬっとのぞく。


「っぃぃぃぃぃ!」


 目を合わせてしまった三郎の口から、音にならない悲鳴が発せられる。


 シャポーとグルミュリアが気付き、三郎を庇うよう動いたその時、さらに這い上がろうとしていた屍兵に変化が起きた。


 頭頂部への一閃が走り、屍兵は両断されてバランスを崩し馬車から落ちるのだった。


 屍兵が居なくなった後には、両肩で荒い呼吸をしている騎士達の姿が現れた。剣を振ったであろう騎士が、肩を上下させながらも口を開く。


「ぜぇぜぇ、はぁひぃ。天啓、騎士団、まかり越しまして、ございます」


 三郎にも聞き覚えのあるその声は、天啓騎士団を束ねるギレイルのものであった。


「ギレイルさん。なんで最前線に!?」


 三郎の問いも当然である。彼らの所属するテスニス軍は、グレータエルートや修道騎士と連携して、諸王国軍の後方で戦っているはずなのだ。


 見るからにほうほうの体といた彼らだったが、三郎の声に反応して隊列を整えるため動きはじめる。全員が兜を装備しているため三郎には誰が誰だか見分けすらつかないのだが、真ん中に直立不動で立っているのがギレイルである事だけは、はっきりとわかるのだった。


「教会評価理事殿が前線へ向かわれるのを目にし、御身をお護りせねばと馳せ参じました次第。処罰は覚悟のうえでございます」


 必死に呼吸を整えたギレイルは、剣を胸にかざして先ほどの三郎の質問に答えた。


 その間も、這い寄って来る屍兵をギレイル達は足で遠のけたり押し返したりしている。


 グルミュリアとシャポーは、互いに顔を見合わせ、問題無さそうだという表情を浮かべて窓へと戻るのだった。


「テスニス軍は大丈夫なんですか」


「はっ。我々は後詰めとして下がっておりましたので、戦況には問題ないかと」


 三郎は一瞬悩んだが、来てしまったものは仕方が無いと割り切ることに決めた。前線という状況下で長々と考えている余裕はない。


 加えて、シャポーやグルミュリアが動いていたとはいえ、助けてもらったのも間違いではないのだから。


「手が不足しているのは事実です。カムライエさんには、後で私から伝えておきますので、天啓騎士団には教会馬車の護衛をお願いしても良いですか」


「はっ!一命に代えましても」


 三郎の言葉に、ギレイルが嬉々とした声を返した。


「いやいや、無理はしないように。危険な状況になったら、すぐに報告してもらわないと困りますからね」


『はっ!一命に代えましても』


 今度は、天啓騎士団全員が声をそろえて返す。


 三郎から直接指示を与えられたことにより、ギレイル以下天啓騎士団十二名がきらきらと瞳を輝かせているのが、エルート族でなくともわかってしまうような声色だ。


 何を言っても問答が長引くだけだと、三郎が察するのに時間はいらなかった。


「では、騎士団の皆さん、よろしくお願いします」


 三郎は、小さなため息とともに言うのだった。


***


 馬車付近でのやり取りなど露知らず、トゥームは確実に機巧槍兵の数を削っていた。


 トゥームの的確な判断によって、シトスとムリューも早々に敵兵の撃破に成功したのだ。彼らが他のグレータエルートの援護に回ったため、加速度的に諸王国軍が優勢となっていく。


「すまん、助かった」


 押されていたドートの兵が、援護に入ったトゥームに礼を言う。


「機巧槍兵も半数になりました。進軍を」


 機巧槍兵と交戦している全ての戦場に、グレータエルートの支援が入っているのを確かめたトゥームが、ドート兵に進軍を再開するよう伝える。


「おう」


 士気の高さを取り戻したドート軍は、盾を構え直して隊列を整えるために慌ただしく動き出す。


「私は、残る機巧槍兵を倒さないと」


 呟きつつも、トゥームは後方に引いた教会馬車の無事を確認するように視線を向けた。


 御者台の所に、戦場を見渡そうと三郎が顔を出しているのを見て、トゥームはほっと胸をなでおろす。


 だが同時に、鎧に見覚えこそあるが、その場に居る予定ではない騎士達の姿が目に映った。


 屍兵が馬車に接近しないよう、彼らが剣を振るっているのが見て取れる。


「天啓騎士団じゃない。何で彼らがいるのかしら」


 目を瞬かせつつも、後で三郎に聞けばわかる事かと気持ちを切りかえ、グレータエルートの加勢に向かうことにする。


「どうせ、馬車を見かけて追って来たとか、そんな感じなのだろうけど」


 トゥームは、小さなため息とともに言うのだった。

次回投稿は5月7日(日曜日)の夜に予定しています。

第290話の『数』を間違えていたので、タイトルと本文最後の『十二』を『十三』に訂正いたしました。訂正二箇所

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― 新着の感想 ―
[一言] >屍兵の腕や足などが馬車によじ登らんとしているのに 手はまだしも足はどうやってよじ登ってるんだろうか? 足指で頑張ってるんだろうか
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