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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第291話 音のエキスパート

 ドート軍は、隊列を乱すことなく教会馬車の通り道を開けて行く。


 クウィンスがほぼ全力に近い速度で駆けているにもかかわらず、ドート兵は見事な統率で展開のタイミングを合わせて見せた。


 友獣の移動速度を指揮官が理解し、適切な指示を軍全体に行き渡らせている証拠といえよう。


「到着しますぜ」


 真剣に手綱を握るミケッタの代わりに、ホルニが車内へ向けて大声で伝える。


 グレータエルート達が低い姿勢で身構え、ムリューはシャポーを抱え込むようにして安全を確保する。


 三郎はと言えば、自力で馬車にしがみついていたのだが、ぐいっとトゥームに引っ張られて頭に覆いかぶさられるのだった。


(親鳥に護られるヒナの心境?安心こそするんだけども、これはこれでこっぱずかしいな。というか、役得感が半端ないんですけれども、十数人のグレータエルートさん達に内心がばればれなのかと思うとですね、恥ずかしさもひとしおなんですわ。不可抗力なんです、おまわりさーん)


 無駄に心の余裕が出来てしまったがため、あらぬ方向でピンチに立たされる三郎なのであった。


 さて、おっさんの下心などはさて置き、教会馬車は早くもドート軍の先頭にまで到達していた。


「クァァ!」


 クウィンスの鳴き声と同時に、馬車は横に振られてドリフト走行を開始する。


(何でこんな激しい止まり方を毎回するんすかぁぁぁぁ)


 三郎が思い出していたのは、車体を百八十度回転させて停車した時の記憶だ。だが、今回の勢いはそれにとどまらない。馬車は更に車輪を滑らせながら半転して、ちょうど三百六十度回った所でようやく停止した。


 突然現れ車体をぶん回した教会馬車の出現に、操られているはずの機巧槍兵の動きが鈍る。恐らくは、術者であるゾレンが動揺したのだろう。


 同じように、ドートの兵士達もぐるりと一回転する馬車に、一瞬唖然としていたのは言うまでもない。


「おぐぇ……胃が、ひっくり返った」


 役得気分もどこへやら、三郎は胃のあたりをおさえつつ嗚咽交じりに言った。頭の上にへばりついているほのかは、ご機嫌そうに「ぱぁ!ぱぁ!ぱぁ!」とはしゃいだ声を上げている。


 馬車から放り出された者がいるのではと心配になった三郎が車内へと振り返る。


 そこには、ひっくり返った魔導師少女の姿しか無かった。


 三郎は、覆いかぶさってくれていたトゥームの存在も既に無いことに気が付き、馬車前方へと慌てて顔を向けた。


 トゥーム含むグレータエルート達が、既に機巧槍兵との交戦を開始するところとなっていた。


「さ、流石、行動が早くてらっしゃる。しゃ、シャポー。だ、大丈夫か?」


 皆の背中を見送った三郎は、這うようにして車内へ移動するとシャポーが起き上がるのを手伝った。


「ぷっはぁ~。び、びっくりしたのですよ。世界が一回転したのです」


 額の汗を袖で拭い、シャポーが長く息を吐いて落ち着きを取り戻す。


 三郎は、シャポーが頭などを打ちつけて怪我をしていないかを確認すると、ほっとして自分の胃の具合も良くなった気がするのだった。


「よし。じゃあ、俺達の役目は、敵の動きを観察して、危ない状況を皆に知らせることだな」


「ですですね」


 気持ちを切りかえた二人は、外の様子を見る為、御者台の方から顔を出した。


「でもさ、シトス達が居ないから、こっちの声が届けられないよな」


 はたと気付いて三郎が呟く。


「しゃ、シャポーが魔法で頑張ってみますのですよ。たたた、頼ってくだすって結構ですので」


 突然、降って湧いた大役に、シャポーが緊張した声で薄い胸を叩いてみせた。


 二人の話を聞いていたかのように、幌の上に居た人影が揺らめくと、足音一つ立てずにするりと車内へ入って来た。


「あ~、声の伝達についてですが、シトスから頼まれてますので。任せてもらって良いですよぉ」


 やる気を感じさせない口調と眠た気な半眼。濃い紫色の長髪を、面倒くさそうに後ろへと払うエルート族がそこに居た。


「女神さまなのです」


「うぇ~い」


 シャポーとぺちぺち両手を叩き合わせているエルート族に、三郎も当然ながら見覚えがある。


「グルミュリアさん」


「総指揮官の指示伝達をする穴埋め役に呼ばれました。さすがにシトスとムリューの代わりになれる者は、グレータエルートでもそういないので頼まれてしまったんですよねぇ。護衛も任されたので、一応ですが安心してください」


 グルミュリアは、シャポーと両手を合わせたまま三郎に顔だけ向けて言った。


「お、お願いします」


 やる気が微塵も感じられない口ぶりに、三郎は気の抜ける思いがするのだった。


「トゥームさんに覆いかぶさってもらわないと安心できない感じですかねぇ。先ほどまで『ある意味』落ち着いた得も言われぬ呼吸音でしたが、今はちょっと不安を覚えてるみたいですけれど?」


「ぶふぉっ!」


 ばれているだろうとは思っていたが、言語化されるとここまで恥ずかしいものかと、三郎は顔を赤くして吹き出す。


「しゃしゃしゃ、シャポーがかぶさってあげますので、頼ってくだすって結構ですので」


 素直に言葉通りの解釈をしたシャポーが、三郎へ両手を広げる始末だった。


「ちょ、グルミュリアさん?」


 悪意があるのか無いのか判断しかねて、三郎は確認するように名を呼んだ。


「ふふふふ。お二人とも反応が面白いです。冗談はさておき、戦闘範囲が広くなりそうなので、馬車を少し後退させたほうが良いと思いますよ」


 口の端をにんまり上げると、グルミュリアは馬車前方の戦場を確認して言った。


「そのようですね。ドートの軍が屍兵を抑えてくれていますし、ゆっくりと後方へ下がらせてもらいましょう」


 答えたミケッタは手綱を操り、真っ直ぐ馬車を後退させるようクウィンスに伝える。


 トゥーム達も、護らねばならぬ教会馬車が戦線から遠のけば、敵に意識を集中させることが出来るだろう。


「しかし、酷いものですねぇ」


 口調こそ変わらないが、グルミュリアは眉をひそめて大地へと視線を落とした。


 馬車は、ドート軍と屍兵が衝突していた戦場の上をゆっくりと後退している。動かなくなったドート兵とは別に、うぞうぞと蠢いている物体があちこちに散乱していた。


「肉体が引き裂かれても、縛りつけた魂の断片に魔力を供給され、命令に従わさせられているのです。尊厳を踏みにじる悪い魔法の使い方なのです」


 薄緑に発光したシャポーの両目には、ありありと怒りの色が浮かんでいる。


 彼女らと同じく地面を覗きこんだ三郎は、顔面蒼白となり、咄嗟に視線を逸らせてしまった。


 そこには、四肢の断片となっても尚、戦うように動き続ける屍兵の姿があったのだ。

次回投稿は4月23日(日曜日)の夜に予定しています。

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