第289話 グレータエルートの暗躍
三郎の命令を受けて、諸王国軍は進軍の速度を増す。彼らを囲むため動きだしていたゾレンの軍は、即座に包囲の輪を狭めるよう転ずることがかなわず、約半数が置き去りとされる。
魔法による精神支配の影響からか、はたまた軍事訓練を受けていない民間人が殆どであるためか、一つの意識下に統率された集団ではあるものの、練度という点において三郎に貸し与えられた軍勢に分があるようであった。
(よく考えたら、各諸王国の精鋭部隊を集めた軍なんだもんな。相手側も軍馬に乗っていない同等の条件なら、こうもなるか)
三郎は、自軍の外に広がるゾレンの操り人形たちが、進軍方向を修正する様を眺めつつ考えていた。
(軍議でも出ていたけど、ゾレンはあくまでも魔導師だっていうのも要因なんだろうな。軍事作戦や行動としては、こちら側が優位だって指揮官の人達が予測してたし)
三郎が先の軍議を思い返している間に、先頭を行くドート軍は屍兵の一団との戦いに突入する。
戦場を、怒号とぶつかり合う鈍い金属音が駆け抜けた。
勢いに任せたドート軍が、屍兵団を押し込んだようにも思えたが、戦闘によりその進軍速度は否が応でも遅くなる。
続くカルバリとセチュバーの魔導師達は、包囲を狭めてきた敵軍に対して魔法を放つ。
巧みに威力を調節された電撃の魔法は、敵の動きを阻害することに成功していた。受けた者の筋肉を硬直させ、神経の伝達を鈍らせる。
しかし、眠りや昏睡をもたらす魔法に至っては、精神支配されている者達への効果は薄い様子が見受けられた。
「物理的に動きを止める術式が有効。生理的事象は効果が薄い」
先んじて接敵した部隊の隊長が、魔導師団の指揮官へと報告を上げる。
指揮官の命令が復唱されて行き渡ると、魔導師達は効果的な術式を次々に戦場へと展開し始めるのだった。
魔導師団の攻勢を受け、ゾレン操る生身の軍勢に手薄な箇所ができると、ゴボリュゲン率いる軽騎兵団が敵の中へと突入する。
ドート軍が押し合いを繰り広げる屍兵の一団を、横から突こうというのだ。
「死を汚された兵達に、我らが鉄槌にて安息を与える」
ゴボリュゲンの地響きのような指揮が飛ぶ。
ドワーフ族の巨大な鎚が振り下ろされ、屍兵が鎧ごとひしゃげて地面に押しつぶされてゆく。
勢いを取り戻したドート軍が、再び進軍を開始することで、諸王国軍はセチュバー本国への距離を詰めるのだった。
「えっと……俺が指示をするまでもなく、皆さん素晴らしい連携を見せてるんだけども」
三郎は戦況を確認しつつ、隣に並んでいるトゥームに呟く。
ちょうど、テスニスとトリアの軍が魔導師団の援護に加わり、敵の包囲網が完成せぬよう牽制の動き始めた所だ。
後方へと目を向ければ、あちらこちらで敵兵が倒れているのが見えた。本国側の戦線とは全く関係のない場所で、ゾレンの操る者達が行動不能に陥っている。そのためか、敵が包囲を狭める速度も若干遅くなっているように三郎は感じるのだった。
「魔導師ゾレンが、魔人族セネイア・オストの精神支配を見て参考にしたことを口走ったと聞きましたので、もしやとは思いましたが。上手くいったようですね」
三郎と同じように後方を確認したシトスが言う。
「精神や感情の精霊を、相手の中に潜り込ませるんだっけか」
「理性の精霊によりセネイアの魔法を弾くことが可能でしたからね。それに、体を別の者の『魔力』が満たしているのならば、精神への『精霊力』の流入によって、脳内に直接衝撃を与えられるのではと考えました。失神させるほどとは思いませんでしたが」
にこりと笑顔を浮かべたシトスが答えた。
諸王国軍の後ろで密かに引き起こされている事態は、シトスの報告を裏付けるため、少数のグレータエルート部隊が姿を隠して暗躍した結果だ。
感情や意志を司る精霊を行使し、敵軍の足並みが乱せるのではないか。軍議の場でシトスが提案した内容だった。
深き大森林で、セネイアという魔人族の精神支配に触れたが故の発案であった。
「群体として自分の意識下に支配対象を置いているとすれば、広げていた両腕に何らかの違和感を感じさせられた状態かもしれないのです。シャポーでしたら、精霊魔法について知識がないと仮定した場合、トラップ魔法などの存在を疑ってしまうかもなのですよ」
グレータエルートの活躍を聞き、シャポーが興奮気味に説明する。
「それに、軍の指揮を専門に学んでいない不慣れな者なら、対応に苦慮していてもおかしくないわ」
馬車前方を注視しているトゥームが指さして言った。
「乱れてる?」
示された先にあったのは、ゾレンの軍が隊列を立て直そうと蠢いている姿だ。三郎は軍事面においては素人であるため、生き物がもがいている様だという感想が一番に浮かぶのだった。
「多様な戦況を同時に作り出されているのだから、優れた魔導師であっても処理するのは容易ではないでしょうね」
トゥームの言葉に、三郎は「なるほどね」と頷いた。二人の背後では「シャポーだったら、あーしてこーして――」と、敵側の解決策を模索する天才魔導師少女の呟く声があったのだが、おっさんは聞かなかったことにする。
その次の瞬間、先鋒を務めているドート兵数人が、打撃をともなう金属音と同時に高く跳ね上げられる光景が目に飛び込んできたのだった。
次回投稿は4月9日(日曜日)の夜に予定しています。




