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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第二章 身分証を作りに
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第28話 始原精霊

 光は、生まれたばかりだった。


 先ほどまで住んでいた世界に、とても大きな熱量が流れ込んだのを覚えている。そして、熱に触れた途端、弾き出されるように生まれたのだ。


 生まれたと表現するには、非常に曖昧な存在であった。だが、確かに己の存在を認識する様になっていた。


 光は、ふと思い出して首を傾げる。あちらの世界では、色々な者達と混ざり合うようにしていた気もするし、個々に全く別の物であった気もする。


 ただ、こちらの世界で自分の存在を認識する『誰か』を見つけなければならないと感じていた。


 自分の存在は、その誰かに承認してもらうことで、この世界で『個』を確立できるのだと理解していたからだ。


 光は、自分の下に大きな山がそびえ立っているのを確認する。


 大きな山の中心に感じる巨大な熱が、あちらの世界に流れ込んだが為に、自分が生まれたのだと分かった。


 こちらの世界の理に縛られている者が自分を認識したら、膨大な熱量を受け止めきれずに、溶けてしまうのではないかと不安になる。


 光は、このままこの世界をたゆたって、熱が冷めるのを待ってもいいかと考えた。


 熱が消えれば、元の世界に帰ることになるかもしれないし、ただ己の存在が消えるだけかもしれない。だが、誰かを傷つけてしまうよりは良いと思えたのだ。


 そんな風に悩んでいる最中さなか、遠く遠くに『誰か』を見つけてしまった。


 光は、喜びのあまり強い光を一瞬放った。あの『誰か』なら、自分の存在を認識しても大丈夫だと確信できた。


 なぜなら『誰か』は、空っぽだったのだから。


***


 三郎達は、グランルート族の長の家で歓待を受けた。


 菜食を主とする彼等ではあったが、人族を歓迎するにあたり、十分な量の肉料理をも用意してくれていた。


 シトスは、終始上機嫌であり、笑顔が途切れる事がない。森の恵みから作られた果実酒に、気持ちよく頬を染めていた。明日の朝には、グレータエルートの仲間が合流し、ムリューを連れて自分達の世界に帰ると言う。


 そして、グレータエルート族とグランルート族は、白い毛並みの魔獣に対し警戒を強化する事で対応していく事になったようだった。


 トゥームも、シトスとムリューを見送り次第、中央王都へ旅立つ事をグランルート族の長に伝えていた。


 何故か歓迎の席に同席していたパリィが、観光案内のパンフレットを何冊も取り出して、一日くらい観光しても良いじゃないかと言っていたが、トゥームは丁重にお断りするのだった。


 パリィはふて腐れたように、新鮮なサラダを頬張る。そんなパリィの様子を、グランルート族の長は豪快に笑い飛ばし、今度観光で立ち寄る時は自分が案内してやると豪語するのだった。


 当然、パリィは反論に反論を重ね、顧客の争奪戦が繰り広げられる事となった。顧客とは、財布を握っているトゥームであり、二人のグランルート族に挟まれて頭を抱える事になったのは言うまでもない。


 三郎は、軟らかい肉を頬張りながら、良い事をしたという小さな満足感に浸っていた。


 偶然の出会いであったし、三郎が特に何かをしたわけではないのだが、感謝されるのは良い気分だった。


(勇者って感じではないけど、冒険しちゃってるよな)


 そんな事を考えながら、三郎は果実酒のグラスに口をつける。勝利の美酒だの何だのと、恥ずかしい言葉を心の中で並べながら。




 グレーターエルート達は、夜明けと共にやってきた。


 寝起きで支度に手間取った三郎とシャポーが、寝癖を手で押さえつけながら玄関先に出る。既にムリューは、担架たんかの様な物に乗せられ、出発を待つばかりとなっている様子だった。


 三郎の目に、ムリューの乗せられた担架が浮いているようにしか見えなかった為、何度も目をこすっては見返してしまう。


「あの担架は、浮遊木ふゆうぼくと言う木で作られているのですよ。とても珍しい物なのですが、エルート族が使っているのを見ると、妙な納得感がでるのです。森で負傷者を運ぶには、うってつけと言えるのです」


 三郎の様子に気付いたシャポーが、担架について説明してくれた。


 特定の広葉樹が魔力溜まりで成長することで、根ごと土を巻き込んで浮かぶ事があり、それらを総称して浮遊木ふゆうぼくと呼ぶのだ。加工は通常の木よりも更に難しく、担架の出来を見る限りエルート族が高い加工技術を持っているのが分かると、シャポーは三郎に言った。


 シャポーの話を聞いて、三郎は感心したような相槌を返しながら、あとで少し触らせてもらおうと考えるのであった。


 トゥームはと言えば、支度に慌てた様子も無くその場に加わっており、グレーターエルートの戦士やシトス、グランルート族長等と話をしていた。


「サブロー、シャポー、こちらへ来てくれる?」


 二人に気付いたトゥームが、三郎とシャポーに手招きをする。


 近づくと、グレーターエルート族の部隊長だと名乗った男が、三郎とシャポーに礼を言った。シトスと同じく、整った顔立ちをしており、引き締まった身体に皮製の鎧を着込んでいる。


 グレーターエルートの戦士達を見回すと、シトスと同様に三郎より背が低く、そういう種族なのだと三郎は理解した。


「サブローさん、シャポーさん、何かありましたら遠慮なくグレーターエルートを頼ってください」


 シトスが、二人へ別れの挨拶を言ってくる。三郎は、少しばかり寂しい気持ちになった。


「ああ、そうさせてもらうよ。中央王都でゲージを手に入れたら、一報入れるから待っててくれ」


 三郎は、シトスと強く握手を交わした後、手の甲を互いに合わせた。それを見たグレーターエルートの隊長は、一声漏らすと感心した様に二人のやり取りを見守る。


 それは、三郎がシトスから旅の中で教わった、グレーターエルート同士が行う相手へ敬意を表した挨拶のやり方であった。


「分かりました。稔り多き旅になるよう祈っています」


 その言葉を最後に、グレーターエルートの一団は隊長の号令と共に、森へ向かって歩みを進めるのだった。


***


「あ!担架触らせてもらうの忘れた」


 三郎は、フラグタスの入り口広場へ向かう途中で、思い出したように声を上げた。


 グランルート族長の家で朝食を済ませ、教会馬車の御者との待ち合わせまで、余裕を持って広場に到着できる時間だった。


「なによ突然、びっくりするじゃない」


 トゥームが非難めいた視線を三郎に向ける。左手が腰の剣に添えられており、本当に驚いたのだと三郎にも分かった。


「あー、あの浮遊木の担架ですね。ヒジョーに珍しいものだったので、シャポーも近くで見たかったのです」


 シャポーも三郎の言葉に、残念そうに同意を示した。


「浮遊木の担架ね。あれって、触ると流れる様に動くんだけど、ムリューを乗せる時は、どういう仕組みなのかその場で固定されるの。不思議だったわ」


 トゥームが悪びれる様子も無く、担架に触れたことを二人に話す。


「えー、トゥーム、あの担架動かしたの?いいなぁ」


「シャポーも、後学の為に触れておきたかったです」


 三郎とシャポーから、ずるいといわんばかりの目を向けられ、トゥームは二人に言い返す。


「昨日寝る前に、朝一番でグレーターエルートの部隊が到着するって聞いてたじゃない。二人が寝坊したのが悪いのよ」


 寝坊と言われればそこまでなのだが、三郎は、まさか夜明けと共に彼等が来るとは思っていなかったのだ。


「ははは、やっぱり大変ですけどね、お二人も動けないほどの怪我を負ってみたら、乗せてもらえるかもしれないってもんですよ?」


 町の中を先導して歩くパリィが、後ろを向いて笑いながら言う。


「しゃ・・・シャポーは怪我は痛いので、サブローさまが乗せてもらう時にでも担架を触れればよいのです」


 シャポーは、治療したときのムリューの傷を思い出して、無理無理と言わんばかりに首を振りながら答える。


「おいおい、オレなら怪我していいのか」


 三郎は、ベタな突っ込みを入れながらも、シャポーは本気で言ってそうだなと思うのだった。


 他愛の無い会話をしている間に、一行はフラグタス入り口広場まで到着していた。


 フラグタス観光に来ている人族がちらほらと見られ、町の奥とは違う空気が感じられる。


「待ち合わせの時間まで、少し早く着いちゃったわね」


 トゥームが周囲を見回し、教会馬車の姿を探すが、まだ到着していないようだった。


「でしたら、でしたら~やっぱりここは、フラグタス名物・果実のシャットゥーをご賞味頂くしかないってもんですよ」


 パリィがここぞとばかりに、フラグタス名物を売り込んでくる。商売提携でもしている店があるのか、とある店の方向を両手で指し示し、ずいずいと売り込んでくる。


 シャットゥーとは、三郎の記憶にあるシャーベットに似た食べ物で、フラグタスの新鮮な果実の果汁を惜しみなく使った一品である。


「あのね、さっき朝ごはんを頂いたばっかりなのよ?そんなに食べたら太っちゃうわよ」


 トゥームが、何を言ってるんだかと言う様な物言いでパリィの提案を却下する。


「やっぱりそうですってね。でしたら、でしたら~・・・さらに、さらに~」


 パリィはめげずに、次々と提案を上げてくる。三郎は、グレーターエルートが戦闘を任されているのなら、グランルートは営業を任されたんだな、などと勝手に納得するのだった。


 パリィの口上を聞き流しながら、三郎は聖峰ムールスを振り返った。シトスやムリューは、無事にムールスのふもとまで行き着けるだろうかと、心配する気持ちからだった。


 シトスは、フラグタスからエルートの世界への入り口まで、二日程度の行程だと言っていた。その間に、件の白い毛並みの魔獣に遭遇しないとも限らない。


 そんな事を考えながら、ムールスを眺めていると、広場に向かって飛んでくる光る物体がある事に気がついた。小さな鳥程の大きさのその物体は、三郎を目指すかのように飛んでくる。


「なぁ、何か光る物体がこっちに向かって飛んできてるんだけど。あれって何?」


 三郎は、蛍のように発光する生き物がいるのだろうと勝手に解釈し、トゥームやシャポーに何気なく聞いた。


「光る物体?見えないけど?」


 トゥームが三郎の指差す方向に目を凝らすが、見つけられない様子でたずね返してくる。シャポーも同じく、首を傾げていた。


「いや、もう目の前、ほら」


 三郎の数十メートルにまで迫ったその光を、魔力によって三郎よりも優れた視力を持っている二人が見逃すわけがない。


「どうしたんです?精霊やその類だって見えやしてないって感じなんですが、やっぱり長旅のアレで、疲れとか出てるんじゃないんです?」


 パリィも同じ方向を確認するが、人の視力で認識できないような精霊の類も、見当たらないと言う。


「あ、もうそっちじゃなく、オレの手にとまってるんだけど」


 三郎は、あらぬ方向を見ている三人に対し、右手の人差し指にそっと着地した光を差し出して言う。


 トゥームとシャポーとパリィは、その様子を見て顔を見合わせてしまうのだった。三郎以外には見えて居ないその光は、一息つくかのように三郎の人差し指の上で穏やかな光を放っている。


「んーまぁ、誰にも見えない精霊ってものも、やっぱりいるにはいるんですがね、そんな始原精霊みたいなのは、人族に認識できるもんじゃないんですよ。サブローさんが、何らかの厳しい訓練を受けてれば、ありえる話でもあるかなぁ~的な話で」


 パリィは、エルート族の眷属である自分に認識できない精霊を、特に訓練もしていなさそうな三郎が見えるとは思えなかったが、三郎の言葉に偽りが感じられなかった。


 グレーターエルート程ではないにしろ、グランルート族も真実の耳に近い聴力を持っているのだ。


「あれですかね、始原精霊みたいなのだったら名前の一つも付けてあげれば、姿がはっきりしちゃったりするんですが、やっぱり人族が始原精霊見えるってのも聞いたこと無いですし、そもそも。始原精霊なんて何千年も前の存在ってことですし」


 パリィは三郎の人差し指付近に意識を集中するが、何も感じないので『ああ、この人はやっぱり疲れていて、何か幻がみえているのかな?』などと思っていた。


 実際の所は違っていた。


 始原精霊は、その膨大な自然エネルギーを宿しているがゆえに、この世界の生き物は始原精霊の存在を認識しないように防衛本能が働くため、見ることが出来ないのだ。


 だが、三郎はこの世界に生を受けたのではなく、別の世界の理によって生きてきた。魔力も無く、重なった別の世界と交わりながら生活していた分けでもなかった。


 こちらの世界の影響を受けていない『から』に近い存在なのである。


「名前をつける・・・ねぇ・・・」


 指先で休んでいる光が、どうしても悪いものには思えず、三郎はパリィの言葉を受けて考えをめぐらせる。光はほんのりと赤く、暖かさを感じる。


「んーオレって名前付けるセンスとか無いんだよな・・・じゃぁ“ほのか”って言うのはどうかな?」


 三郎が名を告げた途端、右手にとまっていた光が強烈な光を放つ。


「うおお!」「なっ!」「ふぇぇっ!?」「なななー!?」


 光の放出は一瞬で終わったが、広場にいる誰もがその光に驚いていた。


「ぱぁぁぁぁ!」


 三郎の人差し指の上に、小さな精霊が姿を現していた。少女の姿をしたその精霊は、赤い光を放つ衣をまとい、髪は燃え上がる炎であった。


 両手を上にあげて、意味の通じない言葉を発しながら、上機嫌で踊るように三郎の手の上でくるくると回転している。


「何か、居るんだけど・・・」


 三郎は、トゥームやシャポーに助けを求めるように視線を向けた。


 トゥームは腰の剣に手をかけて身構えており、シャポーは目を丸くして棒立ちで固まっていた。パリィに至っては、尻餅をついてしまっている。


「ぱぁぁ!」


 三郎の手の上で、小さな始原精霊『ほのか』は、名を与えられた事で、この世界で認識される存在となったのである。

次回投降は3月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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