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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第287話 死せる兵の姿

「ほほう。これは何とも興味深い」


 王座に腰を下ろし瞑目していたゾレンは、三日月のように口角を鋭く上げて呟いた。


 ゾレンが脳内で感じ取ったのは、配備していた観測兵から伝えられた『異物を目視した』との情報だ。


 この場合、異物という文言が指し示すモノは、魔法の影響下にはない『群体』に属さぬ生命を意味する。目視が意味するのは、ゾレンと観測兵の視覚が映像として共有されているわけではないため『見えている』という感覚だけが送られたにすぎない。


 脅威であるのか、そうではないのかを考え判断するのは、群体の頭脳を司るゾレンに委ねられる。群体を形成している現在のセチュバーにおいて、思考し行動を決定するのはゾレンの役割なのだ。


「メドアズめが、最後の足掻きとばかりに攻めてきたか。或いは、諸王国軍がメドアズらを駆逐し、我が足元まで迫ってきたものであるか。はてさて、十一要塞からの魔力フィードバックに異変なぞ無いのだが。パッケージ魔法に対し策を講じられたと考えれば、カルバリ魔導師団を含む後者であると判断してもよさそうであるかな」


 ぶつぶつと言葉を発しながら、ゾレンは口元に笑いを貼りつかせ、ゆっくり玉座から立ち上がる。


「どちらにせよ『私』の実力を確認するには、程よい規模の軍勢を率いてきてくれた様子であるからして、喜んで迎えてやろうではないかね」


 ゾレンは大袈裟に腕を振り上げ、先程までとは一転して演技がかった大きな声で言った。


 開け放たれたままとなっている扉へと歩みを進めるうち、ゾレンは再び独り言を始める。


「十一要塞の試練を乗り越えた者達ならば、新たなる私の一部として有用に働いてくれることだろうな。くくく、これではまるで私が、収集癖に取りつかれた者のようではないかね。優秀な手足を得られるという期待・・・ある種の高揚感とも呼べよう。想像したこともなかった感情であるのは間違いない。知識を得るのと同等か、それ以上の興奮を覚えさせてくれるではないかね。実に、実に興味深い・・・」


 考えに浸り呟きつつ歩く速度を上げたゾレンの背後には、顔に感情の欠片も浮かんでいないセチュバー兵や魔導師姿の者達が、ぞろりぞろりと集まりはじめる。メドアズとの最初の戦いで残された廊下の血痕を、その誰もがかまうこともなく踏みつけて行くのだった。


***


「当り前だけれど、気付かれたようね」


「動きがありましたか」


 立ち上がって馬車の前方を見ていたトゥームが、車内の仲間に知らせると、シトスも横に並んで進行方向へ注意を向けた。


 セチュバー本国内へと通ずる門までは、まだ十分な距離がある。


 諸王国軍は、ドートの兵を先頭に進軍を続けていた。味方において、一番の重装備であるドート軍の進軍速度に合わせる為だ。


 そのすぐ後には、カルバリとセチュバーの魔導師団が編成されており、テスニスとトリアの軍勢が次に続く。


 ゴボリュゲン率いる軽騎兵団は、シュターヘッドの機動力を活かし全軍の援護を目的とした、遊撃部隊として機能するよう配置されている。門をくぐった先では、王城までの道を切り開く重要な役割を担うことにもなっているのだ。


 馬車の車高分だけ高い位置にあるトゥームの視線は、味方軍の頭上を越え、防壁前に展開してゆくゾレン支配下の者達をとらえていた。


「軍と呼んでも差し支えない動きをしているわね。手に持つ武器はバラバラだけれど、指揮系統が存在している様子が見られるわ」


 視神経を強化したトゥームは、前方に広がりつつある敵戦力を確認して言った。


「メドアズさんから聞いた通りなら、精神支配している魔導師が頭脳となって、人々を管理しているのです。個々の能力が引き上げられているかは分からないのですが、普通の軍隊とは違って、全員が一つの意志の下に動くものだと考えておいた方がよいのです」


 シャポーも前を見ようと並んでみるが、少しばかり上背が足りなかったため、つま先立ちになってしまうのだった。


「ゾレンという魔導師が、どれほど軍略に精通しているかは分かりませんが、指揮命令の通達時間が無いだけでも脅威度は増すものですからね」


 部隊長を経験している者としての意見をシトスが口にする。


 確かに、大軍ともなれば命令が行き渡るまでの時間も長くなり、それだけ全軍の動きが鈍くなるのは必然だ。その時間的遅延が無く、セチュバーの市民も含めたほぼ全ての人々がゾレンの指揮下として滞りなく動いてくると想像すれば、素人の三郎でさえ恐ろしい事であると理解できた。


「怖いな」


「ぱぁ」


 シャポーの頭の上から顔をのぞかせた三郎が呟く。彼の頭頂部には、ほのかが腹ばいになってへばり付いていた。


 ほのか曰く、精神支配の魔法から三郎を完璧に護るためだ、とのことである。


「ま、ゴボリュゲンさんの軽騎兵団に、全軍のフォローをお願いしてるんだし。サブローと私達は、馬車から全体状況の把握と迅速な指揮をしないとね」


 靴紐を締め直しているムリューが、とても気軽な感じで言う。が、三郎は『状況に応じた迅速な判断』をしなければならないのだと重く受け止めており、ムリューの言葉で胃がきゅっとなるのだった。


 要するに、馬車という見通しのきく場所を司令部として、諸王国軍を動かそうというのだ。


 馬車の周囲はエルート族と修道騎士団が固めており、三郎達は指揮に専念するよう言われている。


(う、実のところ総指揮官らしい仕事って、これが初めてなんじゃないか。えーっと、作戦を復習しとくとだな――)


 三郎は判断ミスが無いようにと、軍議で決定された内容を頭の中で整理しておく。


 現在の状況は、話し合いをしたシチュエーションとして、敵が門の外で展開を始めた場合に相当していた。


 数においてはこちら側が劣勢であるため、戦線を広げないように注意しつつ、門までの進軍経路を確保しなければならない。


 全軍突入が初期段階の達成目標とされ、可能であれば本国への突入後に門を閉じることも視野に入れている。門の封鎖については、メドアズの率いる部隊が対応すると決まっており、三郎は行動の可不可を判断し伝えるのが役目だ。


 本国内での動きは単純なもので、全軍を上げて王城への到達を最優先にすることとなっている。敵の足止めが予想されるため、三郎は進軍可能なセチュバー国内の主要道を必死に覚えさせられていた。


 不測の事態があった場合、退路はセチュバー本国を突き抜け、侵入した門とは町の反対側に位置する海側の門を目指すこととされているのも、三郎はきちんと思い出しておくのであった。


(んで、ゾレンが出てきたら、接敵した部隊を時間稼ぎに残して、他は魔法陣の解除に向かうように指揮するんだったよな。可能だったら無視してもいいとか言ってたから、できれば無視する作戦を選びたいな)


 魔導師ゾレンは強敵だと聞かされており、時間稼ぎに残る部隊は必然的に犠牲となる前提なのだ。


(そんなに強いんだったら、大した時間稼ぎも出来ないかもしれないし『無視作戦』が有効なんじゃ?)


 そっかそっかと勝手に納得し、三郎は再び前方に視線を戻した。


「シトス、見える?あれは、屍兵しかばねへいじゃないかしら」


 眉をひそめたトゥームが正面をさして言う。


「遠目で確実に断言はできませんが、皮膚の色が明らかに生者のものではありませんね。あすこ一帯における精霊達の活動も不自然です」


 青白い光を両目に灯しシトスが答えた。


屍術しかばねじゅつのように見えるのです。首が変な方向に曲がっている人も居ますので間違いないと思うのですよ。クレタスでは、研究も厳しく制限され、実際に行使するのは禁止されているはずなのです」


 言ったシャポーは唇をかみしめていた。彼女の両目は薄緑色に発光している。


「死体を操ったりする魔術のことか?う、敵の前面に展開してる人達、確かに何か変な感じがするな」


 目を背けたい衝動にかられ、三郎は顔を歪めて視線を逸らした。


 遠くてはっきりとは見えないのだが、鎧が赤黒く汚れ、服もぼろぼろの状態であることが分ってしまったのだ。


(確かネクロマンサーとかネクロマンシーとか言うんじゃなかったっけか。実際目にすると、きっついな・・・)


 恐らく彼らは、メドアズがゾレンに攻撃を仕掛けた際、犠牲となったセチュバーの兵士達なのであろう。


「前線にだしてくるなんて、悪趣味もはなはだしい」


「ですね、セチュバー兵の方だけではなく、我々の全体の士気を下げる効果も大きいでしょう」


 ムリューの怒気をはらんだ声に、シトスは冷静な口調で返した。だが、シトスの眉根にも深い皺が刻まれており、不快に感じているのは言わずとも知れた。


「屍術式は、魔導の道を外れた魔術だと、ししょーが言っていたのです。死者の魂を向かうべき次元に行かせず、酷使してすり減らせてしまう邪道なのだそうです」


 おっさんは初めてシャポーが怒っているのを見た。シャポーは鋭い眼光で前方を睨みつけているのだった。

次回投稿は3月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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