第285話 案外眠れるほう
「りりょんへひに、もんりゃいなうぃとおもふにょれす。もぐもぐ」
「ぷぁ!」
三郎は、シャポーに軍議で決定された方針を伝えた。それに対し、食べ物で頬を膨らませたシャポーが回答したのだ。
シャポーの傍では、豆で口の中を一杯にしたほのかが顔を上げて同じく返事をする。
普段から行動を供にしている仲間達の耳には、シャポーの言葉が「理論的には、問題ないと思うのです。もぐもぐ」と翻訳され、きちんと聞きとられている様子であった。
要塞の一室ゆえ飾り気のない部屋であり、その中央に置かれたテーブルには二人の他に、トゥームを含めた五名の人物が席を並べ遅い夕食に手を付けている。ケータソシアとシトス、ムリューの三名に加えテスニス軍指揮官のカムライエが同席していた。
仮眠をとっていたシャポーとムリューが、軍議終了から間もなくして三郎達に合流したため、腹ごしらえも兼ねて状況報告をすることになったのだ。
食事を始めてから三郎が説明したのは、軍議の議題に上がった四つの事柄についてである。
まず初めに、セチュバー本国から広範囲にまで及んでいるゾレンの魔法陣への対応策だ。
現在、新たに編制した少人数の部隊を既に送り出していた。パッケージ魔法の情報を基に、外縁から接触して解析解除が可能であるのかを調べるためである。
本国への攻撃を二度行ったメドアズによれば、本国全体に仕掛けられているものは、本体と考えられる魔法陣の周りに年輪のように法陣の帯を幾重にも巻き付けた形状となっており、新たな層を構築することで影響範囲を広げているように感じたとのことだ。彼は、仮定の範疇ではあるがと前置きし、安全に解除するならば層状となっている法陣を一層ずつ解除せねばならないだろうと話していた。
新たな部隊の報告を待たねば分からないが、一層ずつともなれば時間と労力は計り知れないとも語るのだった。
二つ目に、解除可能と断定できた場合の方針が話し合われた。
ここでは三郎の判断が採用されていた。出来うる限りの安全に配慮するため、外側の層から徐々に解除して進軍を進めるとの作戦方針が固められる。
心情的に焦っていてもおかしくないメドアズも、攻撃を失敗した経験から異を唱えることはしなかった。但し、本体を取り巻く法陣の解除ともなれば、ゾレンに気付かれないよう偽装するのは難しいため、解除の作業と同時に戦闘が発生するリスクを考慮せねばならないと、一言だけ付け加えていた。
安全を第一に考えがちな三郎に、出している部隊からの報告によっては、魔法陣本体を目指して短期決戦に持ち込むことも考えから外さぬよう注進するかたちとなった。十一要塞に集結している軍勢は、精神魔法への備えが十分ともいえる為、戦いを長引かせるのはいたずらに犠牲を増やす結果にもなるからだ。
三つ目の議題は、当然ながら、外縁からのアクセスで解除することが不可能だった場合についてが話し合われる。
第十一要塞のパッケージ魔法解除の実績も踏まえ、母体となる魔法陣に接触さえできれば、ゾレンの魔法を解除するのは問題ないとの結論に達していた。こちら側の軍は、かの魔導師の魔法を解除するだけの能力を保有していると、先の一件が証明したといえる。
最後に、行動を開始する時間が話し合われた。
部隊からの報告により、魔法陣解除の可不可が断定できたとしても、どちらにせよ進軍させることに違いはない。ゾレンに気付かれていない今だからこそ、動かねばならないのだ。
軍議に参加していた魔導師達から提案されたのは、朝日が昇る時間帯に入ってからの出陣であった。
精神魔法への耐性について、夜間よりも昼間の方が高くなるとの説明を受けたのだ。体内で交感神経の優位となる日中は、精神支配魔法に対する抵抗力がいくばくか増すという。
それに加え、種族や所属国の異なる混成軍であるため、明るいほうが互いの連携も取りやすくなるだろうとの意見も上げられた。
先にシャポーが返したのは、三郎から聞かされたこれらの点についての答えだった。
「今夜中に次の魔法陣への調査にまで進められるなんて、私達のお手柄じゃない」
シャポーへと肩を寄せたムリューが、満足そうな表情で言う。
「確かに、カルバリ魔導師団の指揮官であるワイデさんとか、メドアズさんも『早いっ』て驚いてたからね。言うなれば大手柄だよ」
野菜をつつきながら三郎は同意した。
「ふへへ。おお手柄なのです」
「ぷぺぺ」
照れたように頬を染めてシャポーが笑うと、ほのかも真似をして笑顔になるのだった。
「パッケージ魔法の解析結果も大いに役立つでしょうから、今出ている部隊も思いのほか早く結果を報告してくるかもしれませんね」
情報機関のトップでもあるカムライエが、正確な情報の有無はそれだけ重要なのだと付け加えて言った。
「しかし、気になるとすれば、セチュバー軍が二度目に攻めた際、本国内で国民が『生活を営んでいる』ように動いていたという点でしょうか。第十一要塞の兵士達は、微動だにせずたたずんでいしましたから。同一の魔法と考えてよいものなのでしょうか」
心の引っかかりをケータソシアが口にする。
「れふれふ。れもれふ、らいひゅうひ――」
「まったく、口の中の物を飲み込んでから喋りなさいよ」
トゥームが身を乗り出して、シャポーの口の端についたソースを拭ってやりながら呆れて言った。
「ちょうど口に入れたところだったのれすよ」
飲み込んでから弁明するシャポーに、トゥームは「はいはい。で、何を言おうとしたの」と先を促がす。
「第十一要塞の魔法陣は、二度目に攻めたあと展開されたと聞いているのです。とすれば、基軸とされる術式は、セチュバーの人達が動いていた時のモノと同じだと考えられるのです。更にですね、パッケージ魔法はエネルギー供給元となる法陣に接続されて発動していまして、シャポーがダミー値を返信する魔法陣を設置した際に、術式による入力魔力の変換はありませんでした。よって、基本構成を司る術式は同一であると断言できるのです」
ふんふんと鼻息を荒くしたシャポーが力説する。
聞いていた三郎は、シャポーの言っていた内容を必死に頭の中で整理すると、自分の理解できる単純な形にまで削ぎ落してから聞き返した。
「えっと、基本となる術式が一緒じゃないと、魔力を送る時に変換器が必要になる、と。それが無かったから、ベースが同一規格の魔法ってこと、かな?」
「れふれふ」
既に食べ物を頬張っているシャポーが頷く。
三郎は(次の物入れるのはやっ!)と驚きつつも、シャポーの説明をちんぷんかんぷんなままで終わらせなかった自分に小さな満足感を覚えていた。
(軍議のことを説明するのも、ケータソシアさんやトゥームのフォロー無しに伝えられたし、俺って結構成長してるのでは?六十ならぬ、四十の手習い。そういえば、自分を認めてやるのは大切だとかどこかで読んだことあるな・・・)
三郎は、自己肯定感ってやつだったかなと、元居た世界の書籍の一文を思い出すのであった。
「シャポーちゃんが言うなら間違いありませんね」
ほっとした表情を浮かべると、ケータソシアはシャポーに微笑んだ。
「現在調査に出ている部隊も、パッケージ魔法の解析情報があるので、不測の事態に陥らない限りは無事に任務を終えてくれるはずです。私達は明日の朝まで体を休める時間を貰えたと思って、体調を万全にしておかねばなりませんね。前線ということもあり、良質な眠りまでは望めませんが」
いつもの落ち着いた口調でシトスが言う。
「連絡が入るって知っていても、良質な眠りをとれそうな人がいるけれどね」
トゥームは流すような目で三郎を見つつ、口の端を上げた。
「むぐ。あれは、仮眠をとろうとした時に起きなきゃいけなかっただけで、呑気に寝ようなんてしてないから」
食べ物をのどに詰まらせそうになりながら、おっさんは抗議の声を上げる。
「サブローさま。シャポーも案外眠れてしまうほうですので、大丈夫なのです」
フォローにならないフォローを入れるシャポーに、一同は束の間の笑いに包まれたのだった。
次回投稿は3月12日(日曜日)の夜に予定しています。




