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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第284話 別のことばかり考えすぎた

 数名の修道騎士が、指揮官らの集まっている部屋に呼ばれ、いまだベッドの上で天井を見続けているセチュバー兵の治療が行われることとなった。


 体内魔力の流れを正常化し、精神支配の原因となっている魔力を、治癒魔法によって仮の清浄な魔力に入れ換えるという施術が始まる。


(兵士の胸元にアミュレットを置いてる。アレに入れてある清浄な魔力で、ゾレンの魔力を押し出すってことか。いや違うな。先に体内魔力の流れを整えるって言ってたから、無理やり入れ換える感じじゃないな。本人の治癒力を高める術だって話をトゥームから聞いた覚えがあるし、自然に近い状態での『浄化?』みたいなことをやってるんだろうなぁ)


 三郎は目の前で進められている治療を見つつ、トゥームから教えられた遠い記憶をよみがえらせていた。兵士の胸の上に置かれたアミュレットにも、どことなく見覚えがある気がした。三郎は頭の中で、スルクローク司祭から貰ったアミュレットに似ているんだなと思い至る。


 こちらの世界に来た当初、体内魔力の欠片も無かった三郎に、あたかも魔力が存在しているかのように偽装してくれていた一品だったなと、懐かしさすら感じるのだった。後々、三郎がゲージを使用する際の妨げになっていると分かったため、今は中央王都のカスパード家で保管してもらっているはずだ。


「貴重な教会アミュレットを使用してもらえるとは。回復可能であるかを急ぎ確認する必要があるとはいえ、大切な装備品を提供いただき感謝に耐えませんね。ましてや兵士一人分の体内魔力を補完できる物ともなれば、なおさらに希少でしょう」


 カルバリ魔導師の指揮官ワイデは、片眉を大きく上げて治療魔法の行方を興味深げに眺めつつ、隣に立つカーリアに言った。


「問題はありません。作戦が順調に進んでいるいま、物を惜しんで足踏みする必要はありませんから」


 カーリアも治療されている兵士から目を放すことなく答える。魔法の影響を受けた者を『治療できる』と判断してはいるものの、対象者に何かが起きる可能性も捨てきれていない。


 前線において修道騎士のまとめ役であるカーリアは、不測の事態に備えて剣の鞘に片手を添えて見つめているのだった。


 緊迫した空気の部屋にあって、三郎は治療の進捗とは全く別の内容で衝撃を受けていた。


(スルクローク司祭から貰った・・・いや頂きましたところのアミュレット、めちゃくちゃ貴重品だったの?今使ってるモノよりも装飾が細かかった気がするんですけれども。カルバリでもトップクラスの魔導師さんが『希少』とか言っちゃう代物だったんすかね)


 左耳から仕入れた情報に目を丸くしたまま、右側にいるトゥームへと顔を向ける。


「俺がスルクロークさんからかりたアミュレットって、結構な貴重品?」


「最上級品だったわよ。あら、伝えていなかったかしら」


 こそりと耳打ちした三郎に、トゥームは悪びれもせずに囁き返す。ワイデとカーリアのやり取りを聞いた後だったため、三郎は「お、おう。そっか」としか言えなかった。


(はぁ~、今更ながらだけどもさ、身の安全を考えてそんな貴重品まで与えてくれてたのかぁ。ありがたすぎる。っつーか、スルクロークさんに返却しなきゃいけないんじゃ・・・。うわ、深く考えずにトゥームの家に置いてきちゃってるよ)


 三郎は、そんな貴重なアミュレットについて、すっぽりと忘れていた自分に焦りを覚えたのであった。


 しかして、当のスルクローク司祭は三郎へ『譲ったもの』と考えており、カスパード家においてはカスリ老が物の重要性を理解し、大切に保管してくれているなど三郎は知りもしない。


 そんな風に、三郎がこの場で進められていることと全く関係のない内容で焦りを感じられたのも、シャポーの分析や修道騎士達の腕を信頼しての産物であった。


 魔法に侵された兵士を助ける方法が判明していて、なおかつ最善の手段がとれている。三郎が現在進行中の治療について、とやかく考える隙なぞありはしないのだ。


 だが、焦りの表情を浮かべている三郎を注視している人物が一人いた。


(事は滞りなく進んでいるように感ずるが。あの男の緊迫した表情、何ら不穏なる事態が予測出来ているとでもいうのか。専門外である魔導について語れるのみならず、修道騎士の治療術に対しても造詣が深いと考えて良さそうだな。迷い人、恐るべき者を敵に回していたのかもしれん)


 メドアズは、じっと眼の端で三郎を観察して思考を巡らせる。


 勇者――現在は『召喚者』と名乗っているようだが――テルキと同時期に召喚されたのならば、他の世界から来た三郎の理解力と知識量は、メドアズの想像をはるかに凌駕すると考えられたのだ。


 修道騎士の治療魔法が行われているなか、メドアズが脳内で問題の発生をシミュレートした限り、高い危険性のある事象は存在していない。


 最悪でも、兵の身体からゾレンの魔力が取り除かれる行為が引き金となり、魂を抜かれたようになっていた第十一要塞の兵士達が、呼応して暴れ出すという僅かな可能性があるだけだ。それについても、各部屋に十分な見張りを配置しているため、対処は容易であるとの答えをメドアズは導き出せている。


 なお、自分達の居る部屋は過剰ともいえる戦力が集結しているので、考えるだけ時間の無駄との解もでていた。


 顎に手をあて「むむむ」と考えにふける三郎に、メドアズは己の危機予測に対する考察が浅いのかもしれないと、再思考を始めるのだった。


 無言の勘違いが行き交っている最中さなか、魔法を行使していた修道騎士が立ち上がり、治療の成功を居並ぶ面々に告げた。


 寝かされている兵士は「う」と短く唸り、薄っすらと両目を開ける。近づいたメドアズが名を呼ぶと、弱々しい声ながらはっきりとした内容の受け答えをするのだった。


寛解かんかいでよろしいですかな」


 片眉を大袈裟に上げたワイデが修道騎士に問いかける。


「異質な魔力は全て除去できました。体力の戻りについては、彼の回復力次第でしょう」


「流石は修道騎士という手並みを拝見させてもらい、良い学びとなりました。礼を申し上げますよ」


 ワイデは、魔導師として最も敬意を込めた文言で返した。修道騎士は、騎士の礼で答えると、カーリアへ向かい詳細の報告を始めた。


 メドアズは意識を取り戻した兵士に、諸王国軍との共闘から第十一要塞の奪還に至るまでを手短に説明する。三郎の耳にしたところ、治療を受けた兵士は要塞長を務める者であるようだ。


 要塞長は、体に残る重い倦怠感に顔を歪ませつつ、メドアズの話を必死に聞き終えると、ゾレンの魔法を受けて意識を失う直前の状況報告を行う。


 彼が言うに、魔法を仕掛けられたと気付いた次の瞬間、体の自由を奪われて意識が肉体から引きはがされる感覚に襲われた、とのことであった。


「ご苦労。体を休めろ」


 メドアズが言うと、要塞長の男は力なくベッドに体を預けて重くなった瞼を閉じた。


「ゾレンの魔法が、不可逆な影響を与えるものでは無かったと確証できましたな」


 ワイデは片眉をぐいっと持ち上げたまま言う。三郎は、この人の素の表情がコレなのでは、と心の中で呟いていた。


「セチュバー本国に仕掛けられている魔法陣が、ゾレンによって改編がかけられてなければ。の話しではあるが」


「うむ、不本意ながら同意見ですね」


 メドアズの返した言葉に、ワイデは眉をひそめて頷いた。


 そして一同は三郎の方へと視線を集中させる。


 ちょうどその時、三郎は(ワイデさんの眉毛、下げることもできるんだな)と考えている所であった。


 集まった視線に気づくと、皆の顔を見回して(なにごと!?)と一瞬たじろいでしまう三郎。


『ぐんぎ』


 三郎の脇腹を肘でつつき、トゥームが上達した腹話術を使い小声でフォローを入れる。


「うおほん。では、魔法影響下から回復可能であることもわかりましたので、今後の方針を話し合いましょうか」


 咳払いで取り繕うと、おっさんは精一杯に堂々と威厳を込めた声を作って、軍議に入ることを提案したのだった。

次回投稿は3月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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