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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第282話 予期せぬ出陣時間

 軍議の時に三郎が、シャポーへこそりと耳打ちした『何かあったら彼ら(カルバリ魔導師達)の手助けをお願いしたい』との言葉について、純真無垢な心の持ち主であるシャポーにその意図までをもくみ取って行動しろというのは、土台無理な話だったのだ。


 三郎の本意は、彼らが失敗しないか注意を払い、不測の事態が起きた際にはシャポーに対処をお願いしたい、というものであった。


 シャポーの受け止めは、カルバリ魔導師団の方々をきちんとお手伝いしましょうね、と意訳された内容となっていた。


 そんな僅かな伝達の齟齬そごが、作戦を半日以上も早める結果につながったとは知りもしない三郎に『第十一要塞を中心とする魔法陣の解除が、今夜中に完了する見込み』との報告が届けられたのは、夜の帳がおりる少し前のことであった。


「予測していた時間の半分以下。早すぎるな」


 眉間に皺を寄せたメドアズが呟く。ゲージに落とされていた彼の視線は、問題無いのかと問うように一人の男へと向けられた。


「我が技研国カルバリの誇るエルダジッタの実力・・・と申し上げたい所ですが、送られてきた魔法陣の情報に目を通す限り、不本意ながら同意見ですね。解除の可不可についての連絡が、明日の朝となっていてもおかしくはない代物かと思います」


 答えたのは、三郎がオストーから貸し与えられた魔導師達の指揮官だ。


 片眉を大袈裟に上げて手にしたゲージを眺めている。そこに映し出されているのは、解析解除へ向かった部隊より送られてきたゾレンのパッケージ魔法陣に関する情報と作戦の進行状況だった。


『早いの?』


『そうね。魔導に精通していない私でも、複雑な魔法陣で解析に時間がかかりそうなのが分かるほどよ』


 三郎に小声で聞かれたトゥームは、事務用のゲージを彼の方へと向けつつひそひそと答えた。


 現在、グレータエルートの指揮官用天幕では、前述の三郎ら四名に加えてケータソシアにシトス、カムライエなどが顔を並べ、車座となって軍議が開かれていた。ゴボリュゲンは、出陣の時間を決めるだけだろうと面倒がっての不参加ではあったが。


 トゥームが三郎へと見せたゲージには、十三層に積み重ねられた魔法陣と正十角形が浮かび上がっており、作戦の進捗に関する報告の文章が添えられている。


(俺には魔法陣が複雑なのかどうかすら分からないけども、進捗報告の中に『教会魔導講師殿のご協力を受け』って一文があるな。シャポー基準で考えると、何があってもそれくらいの時間かなって思うんだけど。シャポーさんってば大魔導師のお弟子さんでしたわ。俺の中の魔導師に対する基準が、ずれまくってるってのを再認識してしまった)


 三郎は、自分の中にある魔導師像のずれを頭で修正しつつ、場に居る者達を見回す。小難しい表情の魔導師達とは対照的に、他の面々は静かに腰を下ろしていた。


 身内と呼べる者の間で、シャポーの実力が十分に理解されている証拠といえよう。


 誰も言葉を発さなくなった天幕の中に、外からの雑多な音が入り込んでくる。


(あ、そっか。総指揮官のワタクシめが出陣の時間を決めなきゃいけないのか。ですよねー)


 ゴボリュゲンの面倒くさそうにする顔と共に、三郎は彼の言葉を思い出して、自分の役割にはたと気付き口を開くのだった。


「えー、報告にありました通り、魔法陣の解析と解除は順調に進んでいるようです。我々は予定通り、解除完了の報告を受け次第、第十一要塞に向けて進軍を開始することとしましょう。異存はありませんか」


 頷いて返す者達の中にあって、メドアズだけが瞑目して思考を巡らせていた。


「メドアズさん、引っかかる点でもありましたか」


 三郎に聞かれ、メドアズはすっと眼を開ける。


「いえ、あまりにも解除に取り掛かるのが早かったため、私の実力不足が疑念を抱かせたのでしょう。罠である可能性についていくつかの模擬思考を走らせてみましたが、進軍の際に警戒を十分に行いさえすれば、想定しうる危険は回避可能と答えが出ました」


 メドアズは返答が遅くなったのを詫びるように頭を下げた。


(おお、将棋で例えるなら棋士が何通りも最善手を探すみたいに熟考してた感じか。天才魔導師とか言われる人だから、色んなパターンが思いつくんだろうな)


 三郎は素直に凄いなと思っていた様子だが、メドアズの脳内はそれ以上の働きをしていた。


 解析に向かった部隊が捕らえられ、誤った情報を送ってきている確率計算から始まり、第十一要塞を無事奪還した後に、当方またはゾレン側が先手を打って動いたとの仮定までをも想定し、短時間で様々な落とし穴について考察していたのだ。


「左様でしたか。ではこの場を解散とし、準備を進めるようお願いします」


 告げた三郎は深く考えていなかった。メドアズが三郎に対して、己と同等以上に先々を見通して発言、行動しているのだと思われているなどと・・・。


***


「流入しているエネルギーを制御してもらっているおかげか、解除対象とする魔法陣の魔力量が最小限に抑えられている。おかげで解除魔法を対象に干渉させるのが容易く、作業が速く進んでいるな」


 エルダジッタ部隊のリーダーが、三層目の魔法陣解除を終えると、額の汗を拭いつつ言った。


 警戒用のトラップ魔法は、カルバリ魔導師団で常日頃から行っている訓練のおかげで、早々に解除に成功していた。続いてパッケージ魔法本体の解除へ作業を移行すると、教会魔導講師の少女が供給エネルギーを絞り、末端の魔法陣の活動を鈍化させるという離れ業を披露してみせたのだ。


「発動効果の鈍った魔法陣なんて、我々が苦戦する要素はありませんからね」


 四層目となる魔法陣の解除に向けて準備を進めながら、女性魔導師がリーダーに返した。


「シャポーさんには学ぶところが多い。是非とも今度、魔導談議でも交わしたいところですね」


「褒められると照れてしまいますのです。フィードバック情報に偽の状態を乗せているので、パッケージ魔法の末端を鈍化させても大丈夫っていうだけですから」


 リーダーに褒められ、シャポーは役に立てたことが嬉しくて笑って答えた。


「楽な状態を作ってもらっているとはいえ、高い精度が求められる作業であることに違いはない。教会の講師殿が疲れてしまう前に、我々も集中して出来る限り進めてしまおう」


 いぶし銀な面構えの魔導師が、気の緩んでいそうなリーダーを注意するかのように言う。


 シャポーの心配をしていることから、彼が顔に似合わず優しい性格をしているのが垣間見える。


「うむ、気を引き締めてかかるぞ。シャポーさんも、難しい魔法を行使し続けているのですから、私共の作業にご助力いただくのは有難いですが、無理はされぬように」


 リーダーは気合を入れ直すために顔を両手で叩くと、シャポーに向き直って言った。


「はいです。でも、小型パッケージ魔法を飛ばして座標固定してますので、行っているのは内部変数の誤差が出ないかの確認と、値の修正だけです。そこまで疲れることは無いのですよ。解除が終われば術式も一定値にしてしまえますし」


 変わらぬ笑顔で答えたシャポーだったが、その言葉を聞いた女性魔導師が、解除魔法を準備している術式への集中を危うく切らせそうになる。


「こ、小型パッケージ魔法って、魔法陣を設置したってこと?え、いつ魔法陣を構築したの。使っているのは通常の行使型魔法だと思ってたのに」


「いやまて。その前に、座標を固定する基点はどこに?零点から発動するのが基本なのでは?」


 第四層魔法陣への魔法を準備していたエルダジッタの者達は、興味をそそられるのを必死にこらえて解除魔法をなんとか霧散させずに堪えきってみせた。さすがクレタスでも上位に数えられる精鋭魔導師達だ。


「魔法陣はですね、思考空間に準備しておいた物を使っただけなのです。それと、原点とする法陣の起点は、ここに設置しましたのです」


 シャポーの指さした先にあるのは、魔力を検知する視力を使っても凝視せねば分からぬ程小さな魔法の点だ。シャポー先生は何でもないことのように言葉を続ける。


「小さな石とかで隠せる大きさでないと、見つかって簡単に壊されると困りますのです。上に石を置けば、まるで張り付いたかのように動かせなくなる術式も組み込み済みですので」


 シャポーは真面目な顔で、ご心配はご無用ですと付け加える。


 だが、エルダジッタの五人が思い浮かべたのは、心配などではなく大いなる疑問であった。


(小指の先よりも小さい点を原点に設定?あまつさえ別の術式まで組み込んでる?いつ魔法を行使したのかも分からない!)


 エルダジッタリーダーの「ははは」という乾いた笑い声が、後方で待機している陣営の方角へ風に乗って流されてゆく。


 この時、おっさん含め陣営にいる誰もが予想もしていなかった。真夜中に魔法陣の解除完了が伝えられることとなり、出陣の時は目と鼻の先にまで迫っているのだということを。

次回投稿は2月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誰もシャポーの正確な実力把握してないからスケジュールの予測が出来てないな
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