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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第279話 聞こえてない振りのシャポー

「一息ついたのなら、早々に解析を始めてくれないか」


 カルバリ魔導師団のやり取りを横目に、セチュバーの観測兵が冷たい声で言い放った。エルダジッタ所属の魔導師であろうことは、マントにある紋様から気付いているはずだ。クレタスの人族であれば、エルダジッタが事実上魔導師の最高峰に位置する集団であることは知っていて当然であり、軍属ならば尚更と言えよう。


 だが、セチュバー兵らは、動じる様子など欠片ほども見せず、反して敵意に近い感情を向けてくるのだった。


「申し訳ない。皆の呼吸が整い次第開始します」


 女性魔導師は、観測兵の態度に気付きつつも冷静な口調で返事をした。


「いや、大丈夫だ。問題ない」


 呼吸が落ち着き始めたカルバリ魔導師のリーダーは、深い吐息とともに片手を上げる。


 彼の話した内容の一つ魔導講師シャポーの走り方について「グレータエルートの精霊魔法に助けられていたのだろう」と仲間達から返された。シャポーの目の輝きなぞ「精霊魔法による姿隠しの影響。もしくは、見間違いではなかろうか」との結論で片付けられる始末だ。


 仲間からの答えを受け、リーダー自身も(真後ろで高度な検知魔法を発動されたのならば、エルダジッタの誰かが察知していてもおかしくないしな)と、引っかかりつつも納得するのであった。


「我国が誇るセチュバー魔導師団が手を焼く代物だ。カルバリは相当な手練れを寄こしたんだろう。ここへ来ただけで疲れたから、解析を失敗しましたとかって言い訳は勘弁してくれよ」


 もう一人の観測兵が、皮肉たっぷりといわんばかりの表情でカルバリの者達を煽る。これ以上待たせるなという苛立ちに加え、カルバリの魔導師を小馬鹿にした感情をも隠す気のない言い草だ。


 エルート族のように真実の耳を持たぬ者ですら、明々白々に聞き取れる敵愾心が込められていた。


 流石にカルバリの精鋭である面々も、気分を害しぴくりと眉をひそめる。


「セチュバーでは対応できないと泣き付かれたので、オストー王の恩情により我々が派遣されたのです。貴殿の『誇らしく思っている何某なにがし』より、我々の方が任務遂行の能力は確実に高いと思いますよ。攻撃に特化しているだけの魔導師団とは解析魔法の格が違いますので」


 魔導師の女性が、お前も同等に格下だがなと言わんばかりの見下した視線を向けてセチュバー兵に言う。


「要塞攻略にほぼ関われもしない、のろまな軍勢だったとは聞いているがな。言い返す言葉だけは達者じゃないか」


 バチバチと火花が散りそうなほどの睨みを利かせ、エルダジッタと観測兵の間の空気が徐々に張り詰めて行く。


 これは明らかに、上層部が共闘することを決定した百八十度の方針転換に対し、兵士達の気持ちが追いついていない現実と言えよう。


 しかして、そんなカルバリとセチュバーの意地の張り合いなんぞよりも、ゾレンの施した魔法に興味津々な少女が、約一名その場には存在していた。


「ほへぇ、やっぱりなのです。魔法陣を階層分けして地中深く展開しているかのように見せてはいますが、二次元多層構造を利用した重複魔法陣が設置されているのです。簡易解析でも十二種類以上の魔含物質によって、異なる性質の法陣が同一平面上に存在しているのが解るのですよ。高層建築のエネルギールートを増設するための設備魔法が応用されているのですね。地下には、熔解岩やら岩盤層の礫があるので、もしかしたらヤーマンス論文が引用されているかもと考えましたが、大当たりしたのです」


 興奮気味に語るシャポーは、皆の隠れている岩陰からぴょこりと顔半分を出し、簡易的な解析魔法を飛ばして人差し指をくるくると回転させ制御している。


「「何をしている」」


 魔導師リーダーと観測兵の叫びにも似た声が、同時にシャポーへと向けられた。


 エルダジッタの者達や嫌味を口にしていた観測兵も、驚愕の表情でもって教会魔導講師の少女を見つめるのだった。


「話が長くなりそうだから、シャポーに出来ることを進めてても良いんじゃないかって私が言ったの。ほら、さっさと言い争いに決着をつけちゃいなさいよ」


 追い払うような仕草で、ムリューが唖然としている者達に言う。


「勝手なことを」


「軽率な行動で敵に気取られたらどうする。確保した観測地点を放棄せねばならなくなることぐらい分かるだろう」


 リーダーと観測兵がムリューの言葉に反発を示した。だが、彼女含むグレータエルート達は、無表情のままに純然たる殺意を乗せた瞳で、セチュバーとカルバリの者達を見据えた。


「セチュバー兵もカルバリの魔導師も同じくらい、私達にはその命の芽を刈り取る理由があるの。どちらも、多くの同胞を失う要因を作り出した者達なのだから。共闘を決めたなら、私情は作戦外でやり合いなさい。聞き苦しい」


 セチュバーは内乱を首謀した国家であり、魔人族を深き大森林へと送り込んだ張本人だ。カルバリは諸王国軍として、最前線への合流も遅く、人族内での覇権争いを優先している節が多々みられる国家といえる。


 どちらもエルート族からすれば、罰するべき十分な理由があるのだ。


 捕食者に睨まれたかの感覚を覚え、セチュバーとカルバリの者達は返す言葉を失う。


 しんと束の間音を失った空間に、シャポーの唸り声が響くと再び時が動き始めるのだった。


「んんー。多層魔法陣へ対応する解析魔法が必要になりますけど、二次元平面として運用しないとだめかもです。熔解岩などに解析魔法が接触してしまうと、予測不能な振動が発生して、解析魔法が破綻すること請け合いなのです」


 シャポーは、解析魔法を発動する際の助けになればと、ゾレンが仕掛けた魔法陣の現状を確認し続けていた。思考に集中していた彼女は、エルート族と人族との会話など耳にすら入っていない様子だった。


「我々も作戦に移るぞ。セチュバーの方々もそれでよろしいか」


 エルート族の鋭い殺気に当てられ、冷静さを取り戻したリーダーの男が告げる。


「構わない。第十一要塞や法陣に変化があれば知らせる。警戒は任せてもらおう」


 頭の冷えたセチュバーの兵達も、吹っ切るように大きく深呼吸をしてから答えた。


「ところで教会魔導講師殿―――」


 エルダジッタの五名は、シャポーの独り言の中に気になるワードが幾つも出て来ていたため、確認するように話しかける。


「二次元多層構造と言ってましたが、ヤーマンスの魔含元素分離術式の逆算法を使い、魔法陣の数を確認するのが先決ということでしょうか。同時に、解析魔法の平面化も行わねばならないかと」


「ですです。解析魔法を隣接して行使するために、地表部分の面積も数値化しておく必要があると思うのですよ。熔解岩などがあれば、解析魔法の揺らぎの原因ともなりますので。面に対して稼働術式が不足する場合ですが、地中ではなく上の空間を使えば―――」


 魔導に関する単語に反応して振り向いたシャポーは、エルダジッタの者達に観察したゾレンの魔法陣についての状態を伝えた。


 シャポーのレクチャーが有ったことで、魔法陣の解析はスムーズに進むこととなる。


 エルダジッタに一目置かれることとなった教会魔導講師の少女は、深き大森林で件の魔導師の法陣に触れた経験があったからこそ先行確認をしただけであると、謙虚に照れつつ答えるのだった。

次回投稿は1月29日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] >グレータエルートの精霊魔法に助けられていたのだろう こういう認識な時点で専門家として精々「普通に優秀」までしか到れないんだよなぁ シャポーは何一つ隠蔽してないのに
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