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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第277話 遅そうなフォーム

 最前線ともなる諸王国の陣の設営と時を同じくして、ゾレンが第十一要塞を中心に設置した魔法陣へと先行するカルバリ魔導師団の五名が、出発の最終確認を行っていた。


 揃いの漆黒のマントと目深にかぶったフードが、物々しい雰囲気を醸し出している。マントの中央には、魔導師団の精鋭だけが許される『エルダジッダ』部隊の紋が黒の糸で刺繍され、薄っすらと浮かび上がっていた。


 魔法陣から湧き上がる数多の魔法をモチーフとした意匠で、赤黒い糸で目のようなアクセントが施されている。見ようによっては、幾本もの角を生やした魔物の如き模様とも受け取れる恐ろし気な紋様だ。


 当然その場には、同行するシャポーの姿もあり、他に六名のグレータエルートが準備万端といった様子で出陣を待っている。六名とは、ムリューの加わったロド隊長率いる偵察部隊の面々だ。


「土族の前線基地構築能力は見事と言うほかないな」


 支度を終えたカルバリの魔導師の一人が、後ろを振り返って呟いた。


 彼の視線の先では、身の丈の倍はあろうかという壁が次から次へと大地から生成されている。地中から持ち上げられた土砂は、精霊魔法によって肉厚の壁へと形成されて行く。その壁の足元は、使用された土砂の質量分の空堀らしき窪みが並行して走っていた。


「彼らは大地の精霊と特に親交が深いから得意分野なの。精霊力の影響を受けにくい岩とかは、堀の底に残しているみたいだから、あの窪みに落ちたら痛いどころじゃ済まないかも。魔法や精霊力でダメージを軽減しにくいからね。ちなみに、ドワーフ族って呼ばないと機嫌損ねちゃうから気を付けた方が良いよ」


 魔導師に答えたのは、シャポーの隣に立つムリューだった。


 小さな独り言として呟いたため、答えが返されると思っていなかった魔導師は、少々驚きつつもエルート族の優れた聴力に感心した表情を浮かべる。


「確かにドワーフと呼ぶよう上からの通達がありました。普段から気を付けておかなければ咄嗟の場面で言ってしまうかもしれません。ご忠告いただきありがとうございます」


 魔導師は素直に受け入れると丁寧に頭を下げた。


「さて、装備の確認が終わったのなら早速出発してしまおう。日の傾き加減も頃合いだ。夕闇に紛れ、解析作業までを本日中に進めてしまう予定だと聞いている」


 ロド隊長が、魔導師達の準備が整ったことを確認して声をかける。


「セチュバーの偵察兵が、ゾレンの魔法の解析に適した地点を確保しているという報告は受けていますが、果たしてそこが最適であるかも疑問ですからね。下手をすれば、身を隠しつつ法陣へアクセスするための場所を探すところから始めねばならないでしょうし」


 セチュバー兵なぞ信用できないとの響きを隠すことなく、魔導師の男はロドに答えるのだった。


 軍の上層部において共闘の条約こそ交わされている。しかし、全ての兵士の心までもが即座に切りかえられるものでもない。


「ま、足を引っ張られなければ何でもいいさ。警戒しすぎれば相手にも態度で伝わるもんだよ。作戦中は冷静にやっておくれよ」


「もちろんです。この場限りの愚痴と聞き流してください」


 肩をすくめて言うヴァナに、魔導師の男も半笑いの表情で返した。


「ならいいさ」


 魔導師の声に、作戦に私情など挟むことは無いとの意思が込められていたため、ヴァナは任せるよとでも返すように手を振った。


「場所的に解析しやすいかどうかなんて行ってみないと分からないし、とりあえず出発しちゃおうよ」


 ムリューの明るい声に反し、カルバリ魔導師団の精鋭エルダジッタの全員が困惑した表情で顔を見合わせる。


 彼らがちらりちらりと向ける視線は、ムリューの隣にいるシャポーへと注がれていた。


「教会魔導講師殿は、その・・・出発してもよろしいので?」


「はい。問題、ありま、せんので。しっかり、付いて、行くので、ご心配、なく」


 魔導師の問いに、シャポーが途切れ途切れの言葉を返す。それもそのはず、シャポーはずっと中腰の姿勢を維持しつつ、腰をぐねぐねと振りながら、両腕を前後左右に曲げ伸ばしし続けていたのだ。


 彼女の頭の上に乗っているほのかも、楽しそうにシャポーの動きを真似している。


「・・・ならば良いのですが。失礼ながら、講師殿が遅れる様なことがありましたら、グレータエルートの方々に護衛をお任せし、我々は先行させていただきますので、ご了承ください」


「了解、ですです。ウォーミング、アップは、こんな、感じで、きちんと、してますので、遅れないよう、頑張ります、です」


 怪訝な顔つきで言う魔導師に、シャポーは腕をぐるりと回した後に何度か飛び跳ねて見せた。


「シャポー気合入ってるね」


「カルバリの精鋭『エルダジッタ』の方々とご一緒するのです。それこそ、シャポーが足を引っ張るわけにはいきませんので!」


 両拳を強く握り、シャポーはムリューに気合十分に答えた。どうやらウォームアップ最後の動きは、ぴょこぴょことやった跳躍のようであった。


 その様子に、ロド達も「偉い偉い」や「シャポーは慢心しないね」などの言葉を送りつつ深く頷く。


(体を温めていたのか。何かの儀式かと思ってしまった。だがしかし、どう見ても運動が得意ではない者の動きだったからな、申し訳ないが足も遅いのだろう。作戦の予定を変える分けには行かないのだから、後から合流してもらうしかないな)


 エルダジッタのリーダーである男は、シャポーやグレータエルートの居ない状態での作戦になるだろうと、内心で考えを改めると口を開いた。


「では、出発します。付いて来れぬ場合は、無理はせぬように」


 彼の後に従い、エルダジッタの者達が足音も無く駆け出す。続いてグレータエルート達が、一陣の風のごとく走り出すのだった。


 エルダジッタの五名は、三角形の編隊を崩さぬままに、第十一番目の要塞へと進んでゆく。


「一糸乱れぬというくらいに体内魔力制御を同調させているのです。一人でも隊列を崩せば、先頭の人のつくった気流を乱してしまい、体力や魔力の消費が多くなってしまうのですよ。部隊単位として、最小の消費エネルギーで移動する一番の方法なのです」


 シャポーは、前を走るエルダジッタ部隊の様子を目に感嘆の声を上げていた。


「空気抵抗を物理的に軽減させてるんだ。私達は、風や大気の精霊にお願いしちゃうから気にしたことないけど、何だか呼吸を合わせるのが難しそう」


「ですです。十分な訓練を積んでいないとできないのですよ。先頭は体内魔力量の多い人が務めますので、隊列のバランスも考え抜かれた順番になるのです」


 風と一体となって軽やかに進むムリューが、シャポーと何気ない会話を交わす。


 シャポーは、えっほえっほと聞こえて来そうなフォームでムリューの横を走っていた。


「あ、でもさ、体力の限界が近くなってる仲間に、どうしても自力で走ってもらわなきゃいけない時に役立ちそうな技術じゃない」


「速度にもよりますが、前を行く人の背中側が負圧になりますので、引っ張る効果も発生するのです」


「向かい風も遮れるしね」


「ですね。勉強になるのです」


 笑顔で雑談をしている二人だが、カルバリの魔導師達に遅れる様子は一切見られない。どころか、余裕すら感じさせる表情で走っていた。


 エルダジッタの者達は、背後から聞こえてくる場違いな声に違和感を覚えてしまう。


(なんなのだ。楽し気に会話する女性の声が聞こえてくる。どう考えても片方は教会魔導講師の話声だぞ。後ろを向いて確認したい所だが、隊列を乱すわけにはいかん。だが・・・)


 魔導師全員が、ほぼほぼリーダーの男と同じような思いを胸に抱かずにはいられなかった。エルダジッタ部隊もグレータエルートも、足音を消しているが故に、シャポーとムリューの声がどうしても気になってしまうのだ。


「っ!」


 リーダーの男は体内魔力循環を高め、気流の乱れが発生せぬようにしたうえで、後方を一瞬だけ確認した。


「「「「っ!」」」」


 彼の行動を目の当たりにした隊員の間に緊張が駆け抜ける。


 リーダーは、肩口から後方の仲間に向けて『後で伝える』とのハンドサインを送ると、走ることだけに集中するよう頭の中を切りかえた。


 彼が目にしたのは、遅いとしか表現できないランニングフォームで付いて来ている魔導師の少女と、風に乗ってぴたりと追って来るかのような圧迫感の有るグレータエルート達の姿であったのだから。

次回投稿は1月15日(日曜日)の夜に予定しています。

今年もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] フォーム無視して力技でついてこれるのか グレーターエルートについていけるんだから当然だろうけど ついでに消耗もほとんどなさそう
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