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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第272話 賢者か仙者か測りかねる

「休戦ないし停戦交渉を進めているとはいえ、セチュバーはクレタス全土に反旗を翻している賊国。相対する総指揮官が、軽々に敵国へ協力するような発言をされるものではない」


 手のひらを返したかの形で、三郎がセチュバーの窮状へ加勢する態度を示したがため、メドアズから叱責に近い言葉が返された。


 クレタスでは、敵対する仮想勢力を魔人族とし、騎士や兵士という個人から集団である軍全体への教育が行われている。敗北は支配されることを意味し、勝利とは敵をクレタスの地から殲滅し排除することと教えられていた。


 故に、此度の戦争においても、相手が人族であるからといって、その基本的な勝敗の考え方は変わらぬものだ。


 セチュバーが完全に敗北した暁には、中央王都や諸王国から統治者が送られ、国民は支配される側となるであろう。メドアズの切った停戦交渉というカードは、セチュバーの民が奴隷として扱われぬ可能性を少しでも残すため、守衛国家セチュバーの体裁を名ばかりでも存続させようとする思惑をも含んでいた。


 ゾレンの手中から本国を取り戻していることが前提であり、セチュバー軍のみで対応するのは必然であるとの考えなのだ。


 そして、メドアズの三郎に対する返答には、もう一つの強い意思が込められていた。


 三郎の発した協力する趣旨の言葉が、セチュバー軍にゾレンの件を解決する能力無しと判断されたも同然であったからだ。軍事に長けた守衛国家セチュバーの宰相の立場として、最終手段であろうとも打てる作戦を提示した矢先、敵の総指揮官である三郎に否定されたと受け取られても仕方ないところだ。


 交渉の席の冒頭で、軍事面においては素人であるとされた三郎に、重大な発言をさらりと口にされたメドアズが苛立つのも無理からぬことと言える。


(何だかメドアズさん、声は普通だけど怒ってる感じだよな。停戦とはいえ、戦いを停止するだけで敵対状況に変わりないから、内政に口を挟むなって所かな。俺も頭の中で、和平交渉と少しばかりごっちゃにしてたかもしらん。でも、一般市民は政治の犠牲者とも言えるから『民の被害も止む無し』って考え方は、ちょっと気分が悪いんだよな)


 とは考えつつも、三郎が営業スマイルをくずことはなかった。


 更に三郎には思うところがあった。


 宰相メドアズを前に、周囲を剣呑な空気を醸しだす兵士達に囲まれたこの部屋は、お世辞にも発言しやすいとは言い難い環境である。


 緊張しやすいシャポーが、敵国トップの発言を覆す内容を言ったのだ。彼女の中で、どれ程の勇気を必要とする行動であったかは、時間を共にしてきた三郎ならばすぐにも察することが出来た。


 さもすれば、メドアズの話から、緊張を忘れて発言してしまう程に危機的な状況であると感じたのかもしれない。


「気分を害されたのならば、謝罪もしましょう。しかしながら、当方の魔導講師がお伝えした通り、民の犠牲を減らす手立てがあるのであれば、打たぬ手はないと考えます」


「守衛国家セチュバーの名の下、犠牲となる覚悟をせぬ者など存在しない、と申し上げておきましょう」


 しばらくの間、二人は互いの視線を正面から受け止めて黙っていた。


 三郎は、心を落ち着かせるために大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出して話を再開した。


「セチュバー国民とて、それ以前にクレタスの人族であるのに違いありません。一人でも多く助けられるのならば、私にはそちらを選ばぬ理由がないのですよ」


「内乱の起因が、クレタス全土の安寧を考えずにいた、中央や諸国の為政者であるのを、教会の理事殿はご存じないとでも」


「悲しいことではありますが、耳にはしています」


「なれば、都合によって『クレタスの人族』などと、大きな枠を持ち出さないでいただきたい」


 三郎はここで、ゆっくりと首を横に振る。次の言葉を、相手に強く印象付けるためだ。


「教会が国の枠にとらわれぬことも、メドアズ宰相ならば、心当たりがあるはずですが」


 メドアズの脳裏を、高司祭モルーの姿がちらりとかすめた。同時に、教会本部がモルーの行動について『裏切者』として言及していないことにも思い至った。


 教会の真意は測りかねるが、内乱終息まで、善悪を決めつけぬ中立の立場であるとの意思表示にも感じられる。


「今の言葉、貴殿と停戦交渉をしたとて、無意味であるとも受け取れますが」


 メドアズの中に、三郎が己の立ち位置をどこに置いているのだろうかという興味がわいた。表情の変化も見逃すまいと、メドアズは目を鋭く細める。


「総指揮官とされている以上、停戦の判断は私がせねばならないのだと、心得てはいますよ」


 三郎がにこやかな表情を崩さぬまま返す。メドアズは、軽く受け流されたような気がして、人物像を掴みかねたため質問を続ける。


「ゾレンに対抗できる策があるならば、我々が全滅した後に動けば、セチュバーの地はいかようにもできると思いますが」


「国民もそうですが、兵士の死者も出なければ良いと考えています。それに、セチュバー領についてですが、各国の為政者の判断する部分かと思います」


「ここまでの戦闘で多くの死傷者がいるにもかかわらず、今更ながら死者が出なければ良いなどと。戯言にも聞こえますが」


 メドアズの投げかけに、三郎は初めて眉間に皺を寄せた。


「・・・確かに。ですが、今まさに争いをやめれば、今後の犠牲は最小限になると理解しているつもりです」


 三郎の答えに、メドアズは肩すかしを食らった感覚におちいる。


 なぜならば、三郎の言葉からは『戦争を終わらせる』との一点のみが明確に示され、政治的な立場や欲などを感じ取ることが出来なかったからだ。


(この男、大丈夫か。人として無欲すぎるとも思えるのだが。頭の中が平和すぎるのか。いや、私が欲にまみれた為政者らと相対しすぎていたのかもしれないな。掴みどころのないこういう人物を、賢者や仙者と呼ぶのかもしれん。数年前に出会えていれば、違う選択も見えていたかもしれんか)


 兎にも角にも、これ以上の犠牲者を出したくない一心のおっさんに、若き宰相は底知れぬ『何か』を感じてしまうのだった。

次回投稿は12月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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