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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第271話 社会通念上の違い

 時が止まってしまったかのように、室内はしんと静まり返っていた。


 頭の片隅にも、諸王国軍に助けを求めるなぞという選択肢を置いていなかったメドアズは、ケータソシアの意図を量るかのような視線を向けていた。


(私の方から諸王国軍に助力を求めたという構図を作りたいのか。それ以前に、セチュバー本国で起きているゾレンの件を、この者達は知らぬはず。情報をもっているのならば、停戦交渉の冒頭から話題を切りだすのが最も効率的なのだからな。ブラフを吐き、こちらから何らかの言葉を、引き出そうと考えていると見るべきか)


 メドアズは、即座に自身の思考を整理する。


 天井に潜んでいるシトス達も、ケータソシアの発言に戸惑いの表情を浮かべていた。なぜならば、ケータソシアの指摘する声の音色は、彼らの真実の耳にも響いて聞こえていなかったからだ。


「助けを求めていると言われましたか。失礼ながら、停戦交渉のなった今、現段階で貴方らにのぞむべき事は無いと申し上げておきます」


 メドアズはゆっくりと首を横に振り、口角を微かに上げて見せた。


「我々に・・・ではありません。欲すれど得られぬと理解し、心の奥底に眠らせた感情の音。例えるならば、故人に答えを求めるような響きかと」


 冷静沈着な口調で、伏し目がちに視線を落としたケータソシアが言葉を紡ぐ。


 五百年前、今となっては最初の勇者と呼ばれている者が、一人で抱え込むには重すぎる選択を迫られた際、時折発していた声の響きによく似ている。帰れぬ故郷の誰かに意見を求めてのことか、戦場で散った仲間に問いかけてのことだったのか。今となっては、本人に確かめる手段も無い。


 当時の彼女には、哀しみの感情として受け止め、傍に居ることしかできなかったのだが。


 ケータソシアの言葉に、メドアズは常に冷静であった表情を一瞬強張らせる。しかし、すぐさま平常心を取り戻すと答えを返した。


「己の未熟さゆえ、バドキン王がご健在であればどのように動かれるかと、常に考えにあります。その心根が響いたのではないでしょうか」


「停戦の交渉も進み、内乱を企てた者達が中央王都にて裁かれる覚悟も決しておられます。なのに、メドアズ宰相の声からは、憂いにも似たその音が無くならずとも、減る様子すらありません。害が我々にまで及ぶ可能性があるならば、情報として共有されるべきでは」


 メドアズは理解した。


 ケータソシアという指揮官が、決してセチュバーに対する善意で言っているのではないということを。その証拠に、一度だけ見せた伏せる視線の表情のほかには、瞳の奥にある敵を射貫く鋭い光を絶やす様子が一切見られない。


 営業スマイルを浮かべて戦いに終止符を打つためこの場に居る総指揮官三郎と違い、彼女は味方に不利益があると判断できれば、すぐにでも攻撃を開始する意志をもって臨んでいるのだ。


「微表情を見逃さず相手の思考を推測すると同程度と考えていたが、真実の耳はそれ以上に優秀なもののようだ」


 メドアズは少しばかりため息をはくと、背もたれに身体を預けた。ケータソシアの耳には、降参したという彼の意識が声の響きとなって届けられる。


「状況を説明していただけますね」


「ああ、後顧の憂いを無くすどころではないな。グレータエルート殿は、話さぬとあらば我々を捕らえ、その勢いのままに第十要塞は落とす心構えでおられるようだ」


 さて、含みの多いやり取りに、三郎は置いてけぼりを食らっていた。


(偽りは言ってないけども、隠し事があったってことですかね。ケータソシアさんは攻める気満々だったってのは、ちょっと相手側が過剰に受け止めてるとしよう。でも、修道騎士二人が、話の流れ的に当然みたいな顔してるんですけど。これは、本気で攻めるパターンもありえるってことか。シャポーは・・・うん、きょとんとしてる。仲間ハッケン)


 左右をちらりと確認して、三郎は頭の中を再び整理し直す。どうやら、メドアズが重大な事実を伝えぬままに交渉を進めていたらしい、と言う所まで思考を追いつかせるのだった。


 メドアズは順を追って語りはじめる。


 第一要塞防衛時から、セチュバー本国との連絡が取れなくなっていたことから始まり、協力者としていた魔導師のゾレン・ラーニュゼーブが裏切ったことに至る。諸王国軍に対しては、第六要塞での足止めが失敗に終わったので、停戦交渉を申し入れたのだという。理由は、セチュバー本国を解放するため、少人数の部隊を幾つか編成してゾレン討伐の時間をつくる為であった。


 そして、ゾレンの魔法による影響範囲は、第十一番目の要塞にまで伸びていると付け加えた。


「軍で攻め入って失敗したのであれば、精神保護魔法を集中するため少人数の部隊を編成し、敵本体を突くのは合理性があります。が、ゾレンという魔導師を討つだけで、セチュバーは元に戻せると・・・」


「可能性は低いでしょう。ゾレンを討ち取った後に、大地へと広げられた法陣の解析と解除をせねばならない。魔法さえ取り除けば、精神魔法の影響下にある民の治療も進められると考えています」


 ケータソシアの質問に対し、メドアズは元凶である魔導師ゾレンを倒すことに注力することを告げる。


 軍事面の素人こと三郎も、打倒なんですねと頷いて聞いていた。


 しかして、メドアズの考えを全否定する言葉が上がった。


「だめだめなのです。法陣の種類特定から始めないと、魔法影響下にあるセチュバーの人達全員が命を落とす可能性もあるのです」


 真剣な瞳で、両の手をぎゅっと握りしめたシャポーだ。


「魔導講師殿、基軸となっている魔法陣は、セチュバー本国の城内にあると予想される。解析をするにも行きつけなければ意味がないだろう。ゾレンが生存している場合、解析の時間もとれずに戦闘となるは明白。ならば、初期段階の作戦として、ゾレン討伐が妥当と考えるいがいにあるまい。犠牲になる者も多かろうが、奴の傀儡で生き長らえるよりはましであろうよ」


 国のトップとしての判断は、間違いのない所といえる。だが、小柄な魔導師少女は一歩も譲らず、ぶんぶんと首を振って否定した。


「行使者である魔導師がいなければ、広範囲の魔法陣を解除した時の魔力フィードバックが、影響下にある人たちに向かうことはあり得る話なのです。魔法の解析を優先しないと、セチュバー国民全員が危険なのです。宰相様のお話から、十一番目の要塞に届かせた魔法陣は遠隔地設置型のパッケージ魔法で、影響範囲を広めたのだと判断できます。中心となる魔法陣を大きくするには、時間的に速すぎますので。遠地型ならば効率的ですし、魔力量としても無駄がありません」


 シャポーが必死に訴えているのは、セチュバーの市井の民の多くが、犠牲になりかねないという一点であった。


 おもいをくみ取ったメドアズは、微かに表情を崩して答える。敵であるはずの教会の魔導講師が、セチュバー国民の命を憂いてくれているのだ。


「講師殿、それが可能であるならば作戦もたてましょう。しかし、私は二度もゾレンに退けられている。情けない話、残される手が無いのも事実なのですよ」


 シャポーは、第十一番目の要塞の魔法陣からのアクセスがどうのこうのと、声をすぼめてしまう。彼女の頭の中で、解決の糸口となる何らかの方法が浮かんでいるのかもしれないなと、眼の端に映る魔導師少女の声を聞きつつ三郎は思い至った。


「詳しい作戦を立てさせてもらいましょうか。戦争へと仕向けた為政者と、戦争を始めた為政者に罪はありますが、一般の国民を巻き込むなど言語道断であると考えます。まして、人としての尊厳までをも侵す者は、生きる者すべての敵であると考えられますからね」


 身を乗り出して断言した三郎に、メドアズは「は?」と思わず声に出してしまった。


 総指揮官である三郎が、突然敵であるセチュバー軍に協力する意向を口にしたのだから、宰相であるメドアズが驚くのも無理はない。


 この時、修道騎士であるトゥームが、三郎の横顔を見つめて(敵国の民に対して、普段通りの考え方を変えずに接するのね)と心の中で思っていた。おっさんの頭の中にある判断基準と、騎士である自分との価値観の小さなずれを覚えたのだった。


 クレタスの通念で、敵対した者はその身分に関係なく『敵』であると考えるのが主なのだから。

次回投稿は11月27日(日曜日)の夜に予定しています。

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