第270話 覚悟の重さ
ケータソシアは、進行役として落ち着き払った様子で、停戦交渉の場を進めていた。
本来であれば、三郎が担うはずの役割なのだが、段取りが頭から飛んでしまった彼に何が出来よう。
(要するにだ、第六要塞で諸王国軍を足止めするのが本命だったけども、出来なかったから一時的な休戦もしくは停戦を申し入れてきたと。セチュバー本国の為政者や戦争に加担している幹部に、これ以上の戦闘は不可能だって報告して投降を促がすために時間をもらいたいってことね。前線の状況は、現場に居ないと実感わかないから説得する時間が必要なのかな)
聞いて頷くしかできない三郎だったが、メドアズの使う小難しい言い回しを頭の中で整理して理解に努めていた。
メドアズの話では、本国への現状報告が済み次第、戦争を主導した者全員を中央王都政府に出頭させるとのことだ。既に主だった者達の情報をまとめており、メドアズはトゥームの手にある秘書官用の事務ゲージに送ってよこしもした。宰相メドアズ・アドューケの名は一番に上げられている。
セチュバーのバドキン王亡き後、事実上のトップは目の前にいる彼なのだなと、三郎は再認識した。
真実の耳を持つケータソシアが、彼の発言に虚偽の響きは含まれていないことを、メドアズの話を聞き終えて三郎へ伝えるのだった。
「我々との戦争を、これ以上宰相殿はのぞんでいないということでよろしいですね」
「はい」
停戦交渉も終盤となり、緊張も和らいだ三郎の問いかけに、メドアズは短くはっきりと答える。
「失礼かもしれませんがお聞きします。あなた一人のお考えではなく、第十番目の要塞に居るセチュバー軍全体の総意と受け止めて間違いないでしょうか」
「はい」
真剣な表情で答えるメドアズの後ろで、三名の供の者達も頷いて見せた。
ここへきてやっと三郎は、カルモラ王らに内乱を企てた者達を捕らえる確約を取っておくようにいわれていたのに気付く。
確約という意味で、トゥームのゲージへと送られてきた情報には、人相や体内魔力の特徴までもが含まれている。そのため、中央政府に出頭した際の確認は、確実かつ効率的に行えるように取り計らわれていた。
その情報の最後には、宰相メドアズの名前で、条約の書類とする旨が添えられてもいる。
(ケータソシアさん、落ち着いた感じで流れるように進行してたけど、カルモラさん達としてた事前の打ち合わせの内容とか、あっさり相手から引き出してたのね。頭下がります、いやまじで。それに、メドアズさんの方も、分ったうえでこの場に臨んでる感じだわな。頭の良い人達の間で、不必要に慌ててたのは俺だけだったのね。あー、恥ずかしい)
三郎は心の中で反省しつつ、事前打ち合わせの情景を思い返していた。今更ではあるがよくよく考えてみると、交渉の流れを説明されていただけだったような気もしなくはない。
伝える側の本意を、受け止める側が正確に把握できるわけではない。会話術か何かの本で読んだ内容が、三郎の脳内にふと浮かぶのだった。
関係の無さそうなことを考えるだけの余裕ができた三郎の頭に、魔人族との関係性を正しておくよう言われていたのが思い出される。このままケータソシアに任せておいても問題なかったのだが、口を挟んだ手前自分で聞かないとだめだ、との義務感が三郎に芽生えた。
「もう一点、魔人族との関係性について確認しておきます。これ以上、クレタスの内乱への介入は無いと判断してよいですね」
エルート族が、魔人族本人から聴き出した情報なので、再確認の意味も含めて三郎は質問する。さもすれば、かの魔人族セネイア以外にも協力者がいないとも限らないからだ。
「本国へ戻り、調整する予定としております。攻め込んでくるのもあり得ると考えられますので」
メドアズはさらりと答える。だが、ケータソシアが彼の言葉を否定した。
「深き大森林を襲った魔人族の指揮官から聴取済みですが、セチュバーと魔人族の国メーディット・ロエタとの協力関係は得られていないと聞いています。貴方の声にも、攻め込んでくる可能性が無いと考えている響きが含まれていますね」
静かな声でたしなめるように、ケータソシアはメドアズに言う。
「真実の耳にはかないませんね。セチュバー本国へ戦況を報告し、出頭を納得させるまでの時間を少しでも伸ばすため、口走ってしまいました。セネイア・オストも一部配下と単独で動いていたにすぎません。メーディット・ロエタ国への報告義務すらセチュバーには無いと訂正させていただきます」
悪びれた様子もなく冷静な表情のメドアズに、ケータソシアは「それらは真実のようですね」と返す。
二人のやり取りの合間に、三郎は忘れかけていたとある人物の言葉が、脳裏によみがえってきていた。
(あー、魔人族の国の件で何かあったわ。そういえばラーネさんが、知り合いの魔人族に「国境管理しっかりしとけ」みたいに言っておいてくれたんだっけか。セチュバーの手引きが無いともなれば、魔人族が介入してくる可能性はゼロってことで間違いなさそうだ)
シャポーの師匠である大魔導師ラーネが、古い知り合いの魔人族に連絡しておいてやると、さらりと言ってのけたのを思い出していた。
「確証が持てましたので、魔人族の件については憂いなしとしましょう」
営業スマイルを強調して言う三郎を、メドアズが鋭く目を細めて見返した。
(確証。セチュバーが画策せずとも、魔人族の脅威が拭い去られたわけではない。なのに、まるでそれすらもありえぬと解っているかのように・・・。現状を作り出したのは、正にこの男なのだと今確信できた。故に、私にも理解できぬ策を打っているのだろう。恐ろしい者を相手にしているのかもしれんな)
心の底から『よかった、よかった』と考えているだけの三郎に対し、メドアズは必要以上の警戒心を抱かされるのだった。
「早速ですが、急ぎ行動に移らせていただきたく。現段階での停戦交渉は、ここまでとさせていただいてよろしいでしょうか」
交渉が長引けば、要らぬ詮索をされそうだと考えたメドアズが、交渉の席の打ち切りを提案する。
偽りを口にすることなく、諸王国軍という後顧の憂いに対して猶予が持てたのだ。本国で起こっている魔導師ゾレンの件に集中する貴重な時間が、一刻でも惜しいとの思いも心の奥底で鎌首をもたげていた。
メドアズの視点からすれば、グレータエルートの指揮官と上辺だけに見える底知れぬ理事、黙して語らぬ修道騎士二人に、もごもごと口が微妙に怪しく動めいている魔導師を相手にしていたのだ。並みの精神であれば、恐ろしさに身震いしたであろう状況と言わざるを得ない。
「総指揮官殿、停戦交渉はここまでとしてよろしいでしょうか」
ケータソシアが、丁寧に三郎へ閉会の確認をとる。
「・・・え、ええ。問題ないでしょう」
三郎は、はたと思い至っていた。宰相メドアズは、己が処断されるための話し合いをしにきていたのだと。その覚悟たるや、三郎の想像では到底計り知れないものだと、心に重りがずんと落ちてきたような感覚をおぼえたため、答えるのに一瞬の間ができてしまったのだ。
「では、滞りなく進めるよう、お約束いたします」
「少しお待ちください」
メドアズが頭を下げて立ち上がろうとすると、静かな声が引き留める。
声の主であるケータソシアを、メドアズが顔を上げて警戒するような視線で見つめた。
「挨拶の時から聞こえていました。微かにですけれど、心底に押し込めている『助け』を求めるような音が、貴方の声から響いているのですが」
ケータソシアの言葉に、言われたメドアズも身に覚えが無いとの表情を浮かべる。
会議が終わったとばかり思いこんでいたおっさんは、二人を交互に見比べて「え、え」と訳も分からず繰り返すのだった。
次回投稿は11月20日(日曜日)の夜に予定しています。




