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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
271/312

第269話 傀儡

(油断を誘っているのか)


 守衛国家で宰相の地位までのぼりつめた男は、目の前に現れた敵軍の総指揮官の様子を見て、最初にそう考えた。


 三郎の表情には余裕が無く、場慣れしていない緊張感が一目で理解できる。更には、入室してからの歩く様子は、まるで壊れかけのゴーレムをも彷彿とさせる足取りだったからだ。


(あるいは、勇者テルキのように、周りに担ぎ上げられているだけのお飾りの可能性も・・・)


 修道騎士二人にグレータエルートの指揮官、そして見習いの印を腰から下げているとはいえ、教会魔導講師の羽織を身に着けた魔導師が、かの教会評価理事の側近であるかのように周りをかためている。メドアズの眼に、この者達がフォローし続けて、優秀な総指揮官像を創り上げるのはいとも容易いことのように映るのだった。


 二通りの考えを浮かべたメドアズだが、彼は前者であると仮定して停戦交渉に臨むよう腹の底で決める。あのぎくしゃくとした姿が演技ならば、既に交渉の駆け引きを、三郎が始めているとも考えられるからだ。もし演技であるとしても、あまりにも下手すぎるとは思いつつ。


「お初にお目にかかります、守衛国家セチュバー宰相メドアズ・アドューケにございます。停戦交渉の要請をお受けいただき、誠に感謝いたします」


 三郎達が移動する間に、自席の横へすっと立ち上がっていたメドアズは、右腕を胴の前で軽く曲げると高貴な貴族を思わせる所作で挨拶を送る。


 メドアズの声を聞いたケータソシアが、僅かに眉をひそめたのは、部屋の誰もが気付かぬことであった。


「・・・うおほん、諸王国軍総指揮官を、務めておりますところの、教会評価理事サブローと申します。えー、お約束いただいた条件とはいえ、少人数で来られました勇敢さに敬意を抱くとともに、真摯たるものを感じ取る限りです」


 三郎は、教会の印を胸元で形作ると、軽く会釈をして言葉を返す。ゴボリュゲンに言われていた、相手の勇気ある行動をとりあえず褒めておけ、というアドバイスが思い出されたからだった。


 だが仲間内では、トゥームから「咳払いとか、えーとか、交渉なのだから舐められるわよ」と指摘され、カーリアからは「もっと威厳ある、相手を威圧する声でお願いします」とアドバイスを受け、ケータソシアは「緊張しすぎてますが、進行役を私が務めましょうか」と心配される始末であった。シャポーは、もごもごとよく聞き取れない、多分応援のメッセージであろう何かを伝えてくる。


 例のごとく、ケータソシアの精霊魔法によって、彼女達の声は居並ぶ五人の耳にしか届いていない。


(そうは言われましてもねぇ、ワタクシよく考えたらクレタスに来て半年くらいしかたってない新人っすよ。戦争の停戦交渉なんて、テレビとか新聞とかで知ってますけども、国のトップとかがやるものって認識しかないんですが。とは言え、諸王国軍の総指揮官なんですもんね。いやしかし、流石にこの緊張感は経験ないわぁ。ってか、カーリアさんも腹話術会得してるし。修道騎士すげーな)


 どうでもよいことだが、三郎の頭の中で『修道騎士イコール器用さん』という式が出来上がるのだった。


 仲間からの声掛けがあったおかげで、緊張が少しだけだがほぐれたのを三郎は感じていた。しかして、カルモラ王達からご教授いただいたところの、停戦交渉のセオリーなるものは、全く思い出せてはいないのだが。


(どーすべ)


 三郎の呼吸からピンチを聴き取ったケータソシアが「まずは着席を促がし、落ち着きましょうか」と助け船を出す。


「立ち話もなにですので、どうぞご着座ください」


「お心遣い痛み入ります」


 三郎が促すと、メドアズは頭を下げて席に着いた。


 とりあえず営業スマイルを浮かべた三郎は、まず何を切り出すんだったかと必死に頭を回転させる。


「これよりの停戦交渉における進行役は、グレータエルートの指揮官ケータソシアが務めさせていただきます」


 見るに見かねたケータソシアが、無言に過ぎ去りそうな時間を憂慮して声を上げた。


「失礼ながら、私は諸王国軍の総指揮官であるサブロー殿との話し合いを求めている。その他の者との交渉ともなれば、約定を守られなかったともなりますが」


 ケータソシアの言葉に、メドアズは顔色一つ変えずに淡々と返す。彼にとっては想定内のことであり、逆手にとって会談におけるセチュバー側の優位性を高める材料の一つと考えていたカードだった。


「教会評価理事であらせられるサブロー様は、軍事的な交渉については素人も同然。私はあくまで進行役を申し出たにすぎません。停戦交渉がスムーズに進められるよう、私についてはサブロー様のアドバイザーの立場とお考えいただけませんでしょうか。それとも、素人が相手でなくば交渉出来ぬと申されるのなら、この場では聴き役に徹し、セチュバー殿のおられぬ諸王国軍の軍議にて、今後の方針を進言することといたしますが、よろしいでしょうか」


 老獪な答えであるなと、メドアズは方眉を微かに上げる。


 言うなれば、停戦交渉においてはセチュバー側の申し分だけを受け取り、諸王国軍の停戦条件は一切提示しなくとも良いかと問いかけてきたのだ。話は持ち帰って検討するが、セチュバー討伐の進軍は継続されるであろうとの暗示も多分に含まれている。


 こともあろうに、自軍の総指揮官を軍事の素人であると言い切ってもいた。


(担ぎ上げられている後者の方であったか。なれば、交渉相手はケータソシアというグレータエルート指揮官ということになる)


 メドアズは思考フローを切り替えることにした。グレータエルート族相手であれば、偽りを口にすれば即座に見抜かれることとなる。


 嘘偽りなく言葉を紡ぎ、セチュバーと言う国の存続を少しでも良い形で引き出すのが目的ともなる。


 あるいは、虚偽の言葉をあえて吐くことによって、話の流れを操作するのも可能かもしれない。


「分かりました。総指揮官殿がこのような停戦交渉の素人といわれるのでしたら、確かに優秀な進行役は必須。嘘偽りを良しとしない種族の方であれば、我が方が先にお願いする立場だったかもしれません」


 メドアズは交渉のカードを頭の中で準備しつつ、落ち着き払った声でケータソシアへ言った。


「ケータソシア殿の申された通り、私は軍事面において門外漢です。彼女の提案を受け入れていただき、感謝いたします」


 唐突に言葉を差し込んできたのは、当の本人である三郎だ。


(諸国の王様たちと話し合ってた流れとは全然違う気がするけど、ケータソシアさんのアドリブめちゃくちゃ助かりましたぁ。そうなんです、素人が下手にしゃしゃりでるよりも、絶対に良いに決まってる。ケータソシアさんまじ女神、女神すぎるわぁ)


 言葉には三郎の思考が駄々洩れに響いていたため、ケータソシアが僅かに頬を赤らめて咳払いした。


 メドアズには、教会の印を前に押し出すように頭を下げる三郎が、まるで本当に有難いと思っているかのように受け止められるのだった。


「停戦交渉を申し入れたのはセチュバーです。冒頭から交渉を決裂させるのは愚行であると判断したまでです」


 メドアズの内心で、担ぎ上げられた神輿であるのならば、このタイミングで口を挟みはしてこないのではないかとの思考が働いていた。


 おっさんが賢人か傀儡か、現時点で判別するのは危険かもしれないと、メドアズに警戒心をいだかせるのだった。

次回投稿は11月13日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔神との協力は討伐軍が停戦交渉を受け入れる程度の罪ではあるんだな
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