第267話 ロド式偵察編制
第八要塞への偵察部隊には、諸王国から精鋭が各一名だされ、中央王都軍からも偵察兵一名が加わる形となった。
ロド隊長の言葉を受けた三名の働きかけにより、軍議の場でいともあっさりと承認されたのだ。テスニス軍のカムライエ指揮官が、国王代行の言葉として早々に「素晴らしい試みです。我が軍は、任務経験が豊富な者をだせます。可決後、速やかに編制に加わらせてもらいましょう」と発言したのが後押しした形となっていた。
最終的な決定を求められた三郎は「ふむ、エルート族からの提案です、サポートいただけるならば問題ないでしょう」と頷くだけの役回りだった。
(問題なのはこの後なんだよな。どの国の人を合同偵察部隊の隊長にするのか、多分もめるんだろうなぁ。俺に決めろとか、お鉢が回って来なければいいんだけども)
営業スマイルの仮面の下で、三郎は胃の締め付けられる思いをしていた。中央王都含む諸王国軍に加え、エルートやドワーフ、はたまた描族といったクレタスの軍幹部が顔をそろえる場における決定を、一企業人としての経験しかないおっさんがやらされているのだから仕方がない。参加して座っているだけでも大した胆力であると、褒めてもらいたいくらいなのだと三郎は常々思っている。
第七要塞へ行った人族三名が、総指揮官である三郎は圧力に弱そうとの認識をもっていたのは、当たらずとも遠からずといえよう。
しかし、軍議の流れが、今後の諸国間での勢力争いの様相を強めたり、国同士の腹の探り合いを始めたりすれば、ケータソシアが軌道修正してくれていた。ドワーフ族もエルート寄りの立ち位置を決め込んでいるため、ケータソシアの発する言葉の効果たるや、三郎が心中で大喝采を送るほどであったとか。
「マイリュネンも将軍、ケータソシアを見習うべき。落ち着いた凄味ある感」
「う、うっさい。これからああなる予定なの。見てなさい、もっともっと頼りがいのある将になるから」
描族の代表モに言われ、ドワーフ族の将軍マイリュネンは、柔らかそうな頬を赤くして抗議した。ケータソシアが、人族間の無駄な話を減らしてくれているので、モは大変満足している様子だった。政治的な話は、戦いが終わってから人族のみで飽きるまでやればいいのにと、モは諸王国軍と行動を供にし始めてからずっと考えていたからだ。
「頼れる将、なれると願うばかりです。どれ程先かは、あえて問いませんが」
「ドンドスも横からうっさい。軍議に集中!これは命令」
横から口を挟んで来た参謀官に、マイリュネンが将軍っぽくない口調で指示を与える。すると、離れた席にいるゴボリュゲンの大きなため息が聞こえ、三人の背筋は棒でも入れたかのようにぴんと伸ばされるのだった。
さて、三郎が憂いていた合同偵察部隊の隊長であるが、第七要塞の作戦に参加したドートの者が着任する運びとなった。
理由を述べたのはエルート族軍で、推薦したと言っても過言ではない。
「彼の者は、学びの姿勢が顕著であったと報告を受けています。学ぼうとしていたのが理由であるか、周囲の環境から味方の配置に至るまで目を配っていた様子です。広い視野をもつことは、隊長としての必須スキルと考えられます。また、第七要塞の偵察にも参加していますので、グレータエルートの動きも他者より理解していますからね」
ケータソシアの提案に、誰よりも早く賛成の意を表明したのは、難色を示すと『思われていた』テスニス軍だった。
カムライエ含むテスニス軍幹部が、異議なしと挙手して答えたのだ。
中央王都軍の指揮官となっている召喚者テルキは「先生が大丈夫って判断するなら、オレの・・・中央王都の軍からは特にありません」と、スビルバナンに言葉を指摘されつつ異議ないことを申し出るのだった。
当然のように、カルバリのオストー王は、ドートの者ならばと承諾する。トリア要塞国のナディルタ女王は、開戦当初から何度も足止めさせてしまったドワーフ族との関係を考慮して、彼らと同じくエルート族寄りの意見で問題ないと意思表示していた。
一番拍子抜けしていたのは、当の国の王であるカルモラだ。商談本番とばかりに、隊長の座を勝ち取らんと意気込んでみた矢先、ケータソシアの一言で決定してしまったのだ。
総指揮官との立場である三郎に、最終的な決定としてよいか確認がとられる。
カルモラ王が、なぜだか三郎へと『異議を述べろ。商談をしよう』という妙な視線を送るも、三郎は頷いて「問題ありません。そのように進めてください」とカルモラの目を見ないようにして承諾するのだった。
「まったく、商談の欠片もない会議ほど、つまらないものは無いですね。商業王国ドートの威信にかけて、隊長の任を与えておきますよ。万事まかせてもらいましょう」
言葉とは裏腹に、まんざらでもないという表情と口調で、カルモラは偵察部隊の編成を受け入れたのだった。
肝心の第八要塞偵察任務は、グレータエルートの指導のもと、人族の合同偵察部隊が滞りなく終わらせる運びとなった。ミスのあった者には、容赦なくロド隊長のゲンコツが落ちたそうだが、作戦上の機密としてきちんと秘匿され明るみにでることはなかったとか。
第八の要塞は、訓練にはうってつけの要塞であったとの話しであった。門型の建造物で、崩壊の魔法が一つ設置されている、典型的な谷を利用した門要塞であった。
大きく取り上げる程の話題ではないが、カルバリの魔導師が、魔法陣へのアクセスには成功し状態確認は行えたものの、法陣の解除ないし起動のロックを実施することがかなわなかったとの報告も添えられていた。ドートの隊長から『自信喪失につながらぬようケアしてゆきたい』と所感がつづられていたそうだ。
次なる第九番目の要塞も、合同偵察部隊によって、セチュバーの提示どおり無人となっており、攻撃魔法の類は全てオフの状態であることが確認された。
ロド隊長の指導はたいそう厳しいものであったと、参戦した者達は口々に言うこととなる。後に人族軍の合同訓練が定期的に行われるようになった際、偵察部隊の編成が『ロド式偵察編制』と呼ばれ厳しい訓練が課せられることになるのは、少し先の話しとなる。
第九要塞は、攻撃に特化した要塞と呼ばれるだけあり、表面積を増やすために壁面には複雑な突起物が幾つも設置されており、様々な攻撃魔法やボルトの射出装置が配備されていた。
物理的に面積が多くなれば、それだけの魔法陣が設置可能になるという単純な発想かと、魔導知識でいえば素人以下の三郎は考えていた。が、専門家であるシャポーは少し興奮気味に、連鎖する魔法陣や共鳴するタイプのものなど、ありとあらゆる攻撃と防御の魔法が組み込まれていると、瞳をらんらんと輝かせて観察するほどには珍しい建築物だったようだ。
第九要塞の制圧も完了し、到着したことをセチュバー側へと告げた次の日、側近のみを伴った宰相メドアズが無防備ともとれる状態で接近してくることとなる。彼が魔導師なので、本人が武器だろうと指摘されればそれまでなのだが。
『総指揮官サブロー殿にお目通り願いたい。首を跳ねられる覚悟をもって、この場に臨むものであるとご理解願いたい。面会の場は、そちらの提案に従うものとお考え願う。宰相メドアズ・アドューケ』
軍の連絡用ゲージに送られてきたメッセージは、以上であった。
(首跳ねるとか、物騒すぎやしないかね。セチュバー軍にまでキャスールの出来事が伝わってるのかよ・・・って、間者が潜んでたんだから当然ですか。うわ、やりにくぅ)
三郎が報告を見せられた時の感想はそれだ。
首狩りの理事の噂が、諸王国軍内を一陣の風のように駆け抜けたのは仕方ないことだった。テスニス軍所属の天啓騎士団が「我々が首を切られそうになった生き証人である」と吹聴し噂に拍車がかかったとは、おっさんの与り知らぬほんの些細なことだったかもしれない。
次回投稿は10月30日(日曜日)の夜に予定しています。




