第226話 ひゅうひゅうしゃん
第七要塞を後にした偵察部隊は、陣営に帰還する中間地点までさしかかっていた。
セチュバー側の示した約定が、正しく実施されているのを確認できたとて、偵察任務の安全をも保障されたわけではない。僅かな危険や景色の変化も見逃さぬよう、気を緩めることなく後退をしている。
とはいえ、指揮官であるケータソシアへは、既にゲージにて偵察の詳細を報告済みだ。任務も八割がた終了しているといえた。
(ここらで良いか)
そんな矢先、前を行くロドが、部隊へと移動停止のハンドサインを送った。
諸王国軍から派遣された三名も、遅れることなく合図を読みとると、険しい表情で近くの岩陰に身を寄せた。人族の三人が表情を硬くしたのは、隊長であるロドが、伏兵もしくは脅威となるものを発見したかもしれないからだ。
「ヴァナとケイ。周辺警戒を頼む」
「あいあ~い」
振り向いたロドが指示すると、ヴァナが軽い口調で答え、言われた通り後方の警戒を開始する。ケイは頷くだけで返し、山の傾斜を音も無く駆け上がって、広範囲を見渡せる位置取りをするのだった。
「何か察知されましたか。報告までに、私の視界では、魔力変化など感じ取っていません」
ヴァナの軽すぎる返事に違和感を覚えつつ、カルバリの魔導師はロドに問う。
「そうではないが。お三方とも、そこへ並んでもらえますかな」
状況として危険ではないと言われたことで安心しつつ、三名は言われた通りにロドの前へと並んだ。彼らの背後に、逃亡を阻止するかの如くジャンとルパが陣取る。シャポーは、ジャンの隣に立って険しい表情を必死につくって参加していた。
(これは、あれなのです。ロドさんがさきほど言っていましたところの、ゲンコツタイムなのですね)
グレータエルート達はロドの声の響きから理解し、シャポーは持ち前の記憶力の良さから察するのだった。
「まずお三方には再度確認したい。方々は偵察任務でこの場にいるのか、それともグレータエルートの動きを観察する客人としてついて来られたのか。先に上げた者であるならば、不測の事態に陥った際、命をとして任務を全うすることにもなるのは理解されていると思うが」
陣営を出立する時に、諸王国軍からは『偵察任務に加わる者である』と伝えられていた。だがあえて、ロドは問いただすような物言いで、三人へと質問を投げかけるのだった。
「前者に決まっているでしょう。客人という表現は、不愉快にも聞こえますよ」
眉間に皺を寄せた魔導師が答える。他の二人も同意を示し、不快もあらわとの表情をしていた。
「隊長である私の指揮下ということで間違いないと」
「我々は常に指示に従っており、貴殿の指揮下にいます。問題行動はとっていないと記憶していますが」
トリアの偵察兵は、ロドが言わんとしていることを察して言葉を返した。
「ここからは上官として接する。まずは『コレ』からだ」
大きなため息をはくと、ロドは右手で握り拳をつくって眼の高さまで上げた。
三名の者は「え?」という顔となってロドに気を取られた刹那、背後から両腕をがっちりと捕まれる。
魔導師はジャンに、偵察兵はルパに、身動きを封じられるほどがっちりとホールドされてしまった。しかして、ドートの者は、少し遅ればせながらも、空気を読み取ったシャポーが両腕をおさまえにかかっていた。
「うぇぇ?」
腕を掴まれたか細い感覚に、ドートの兵士は振り払って良いものかと迷いの表情を浮かべて振り返る。
シャポーは両目と口をぎゅっと閉じて「んー」と言いながら必死に彼をおさえていた。
(振り払っていいのか。何かの冗談なのか。怪我させても可哀想だしな。ど、どうするよ)
ドートの者が、困惑の思考に飲み込まれるなか、鈍い二つの音が連続して聞こえて来た。
隣に並んでいた、カルバリとトリアの者達が、ホールドされた状態とロドの素早い動きによって見事にゲンコツを食らったのだ。
「なん―――で」
ドートの彼が正面を向いた次の瞬間、ごっという鈍い音と目の前に火花がちかちかと飛んだのは同時であった。
「んおお」
痛みに呻きつつ頭をおさえる三名。
「お前たちは偵察任務を舐めてかかっていただろう。これが敵の攻撃であったならば、痛いと感じている時間も無かったと思え」
「意味が、わからん」
シャポーにおさえつけられたことで、一番混乱しているであろう彼が言う。
その後ろでは、殴られてもいないシャポーも、痛々しい表情で自分の頭に手をのせていた。
ロド隊長曰く、第七要塞への接近時に、仲間であるはずの者に対して、競争心や警戒心を持って行動していたことが一番問題であった。
敵の攻撃や罠に遭遇した際、連携もとれずに全滅する可能性が高くなるのが理由だ。偵察とは、任務のみに集中し、その他の感情を排除してかからねばならないのだと説教する。
交わす言葉や呼吸音から、心底の思いを読まれていたのだと理解した三人は、反省の顔色を浮かべる。
次に、今後も人族どうして協力する意思が無いのだろうと、ロドに言い当てられた三人は顔を見合わせた。どの国が、次の要塞の偵察任務にあたるか、軍議によって決定されると当然のように考えていたためだ。
「エルート族は、同じ種族内で国という単位の壁をつくり、己の種族の持つ長所を補い合えないような非協力体制は作らないからな。出来るならば、人族にも長所を活かし合う部隊編成を考えてほしいものだ」
少し寂し気な表情を浮かべたロドの言葉が、三人の心に不思議と棘のようにチクリと残る。
ロドは五百年前の大きな戦争をも経験している古参兵だ。偵察任務に従事する一兵卒として最前線を戦い抜いてきた。生き抜いたからこそ、失った仲間の数も多く、エルート族に限らず様々な種族を『仲間』として戦場をくぐりぬけたものだ。
人という一種族のなかで、国という単位が存在するが故に、協力できぬという固定概念をもってしまっている。
エルート族の古参兵ならば誰しも、そんな人族の状況を悲しく思わずにはいられないだろう。
潤沢な資金のある国や魔術に長けた国、あるいは個の兵士として身体能力に秀でた国などと、人族には多様な協力体系がとれそうなものなのだから。
「諸国の枠をこえた部隊編成をしようにも、今すぐにとは。訓練もせぬ付け焼刃では、連携も乱れ危険が増すばかりと考えられます。今後の課題として持ち帰り―――」
「なれば訓練すればよいだけだ」
トリア偵察兵の言葉を遮りロドが提案する。ドートやカルバリの兵らも「しかし」と異を唱えるが、ロドはにこりと微笑んだ。
協力する意思が三人の声から響いてきただけでも、ロドにとっては喜ばしかった。
「幸い第七要塞はセチュバーの申告通りの状況であった。次の要塞も同様の可能性は高いだろう。我々グレータエルートが補佐につけば、任務兼訓練として申し分ないとは思わないか」
諸国軍の三名は、部隊編成についてまで決定権を有していない。だが、他意の欠片も見せないグレータエルート達の真っ直ぐさに、肩に入れていた力がさも無駄な物であったかのように思えてしまい、互いに顔をみあわせ苦笑いを浮かべるのだった。
「カルモラ王であれば、グレータエルート族からの提案としてお聞き入れ願えるかもしれないな」
「オストー王は、カルモラ王と知古の間柄。無下にはしないと思われるが、魔導師団副団長に先にかけあってみる。副団長は柔軟な思考の、というよりも実験好きな方なんだ」
「ナディルタ様は、面白ければ乗るお人柄ですから。テスニスや中央王都の判断がどう出るかですね。総指揮官殿は・・・周りからの圧力に弱そうなので、周囲を固めてしまえば問題ない人物かと」
選ばれた精鋭であるがゆえ、王の扱いまでをも理解している三人の会話に、ジャンが「へぇ、まじで優秀なんだ」と小声で呟く。
その隣で、殴られてもいない頭をまだ押さえて痛々しい顔をしたシャポーが「ひゅうひゅうしゃん、なのれしゅ」と、下手な腹話術で答えるのだった。
次回投稿は10月23日(日曜日)の夜に予定しています。




