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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第265話 もやりとする優秀な魔導師

 偵察部隊が、要塞へ近づけば近づくほどに、身を隠せる場所は減ってゆく。


 防衛面強化の一つとして、接近する敵を見つけやすくするために、死角となる場所を減らすよう地形が整備されているのだ。


 大きな岩は削られ、窪地だったであろう箇所は、人の手や建設魔法の類によって粗々に埋められた痕跡が見受けられる。


 シャポー達偵察部隊は、少ない地形的な死角と姿隠しの精霊魔法を使い、第七要塞を見上げるまでに迫っていた。


(作戦の範囲に入り、この場で待機しろと言われたが、思ったよりも要塞に近いな。グレータエルート族の技術、じっくりと学ばせてもらうとしよう)


 ドートの者は、グレータエルートの偵察部隊から少しばかり後方にある、浅い窪地に身をひそめていた。右には同じく、カルバリの魔導師が身を低くして、ロド達の行動を真剣な表情で見つめていた。


(姿隠しの術式を行使すれば、魔導でも同様の効果が得られる。ここまでの接近、カルバリの部隊ならば造作もない)


 カルバリの魔導師は、常にグレータエルート達の使う魔法が、自分の知識にある魔導に置き換えるられるかどうかを考えつつ付いてきていた。これから行われるであろう精霊魔法も、魔導で十分に対応可能だという自負をもって見ていた。


(偵察任務で、ここまで接近する意味があるのか、はなはだ疑問です。視力強化で警戒態勢や防御魔法の様子を確認するだけで十分だと思います。あくまでこれは偵察任務、潜入可能だと判断できれば任務変更も視野に入りますが、この距離ではどちらも中途半端な距離です。必要な情報を収集し報告する、偵察の鉄則でしょうに)


 魔導師の右側で身をかがめているトリア要塞国の偵察兵が、厳しい目をグレータエルートに向けている。彼の常識から考えれば、グレータエルートの偵察部隊は無駄に危険を冒している様にしか思えない。さもすれば、第七要塞が安全なのを良いことに、同道している諸王国軍の者へ見せつけるために動いてる可能性もあり得ると、彼は頭の片隅で考えてすらいた。


 三者三様な思いを巡らせているなか、グレータエルートの部隊から彼らにハンドサインが送られた。


 偵察行動へ移行する。


 三名が、単純なハンドサインを読み取った後、同時に目を疑うこととなる。


(存在が消えた!?)


 ドートの者は、思わず身を乗り出しそうになり、慌てて窪みへと身を沈め直す。


 カルバリやトリアからの同行者も、目を瞬かせてロド達偵察部隊が居た場所を何度も見返していた。


(グレータエルートのみならず、シャポーとかいう教会魔導講師の魔力すら感知できないだと。今まで視認していたものを、私が見失うなど・・・)


 カルバリの魔導師が、視覚強化の術式を発動すべきか一瞬思考を巡らせる。しかし、自分たちにかけられている姿隠しの精霊魔法に影響を与えて、解除しかねないとの考えに至り、大人しくロド達からの合図を待つことにするのだった。


(魔法の痕跡も修正して検知させなくしている。いや、光学的に屈折させ透明化をはかると同時に、放出される残留魔力の魔粒子も、大気によって制御しているのですか。魔導的な罠を設置していれば発見も可能でしょうが、開けた空間の中では見つけるのも困難かもしれません)


 しかし、トリア偵察兵はこうも考えていた。罠を設置したとしても、彼らがそれに気づいて避けることは容易だ。そして、狭所である建物内ならばまだしも、森や広い自然の中にあって、彼らを見失えばそれまでであろうと。


 三名の者達が、必死にロド達の姿を探している中、グレータエルート偵察部隊は要塞建物の正面にまで既に移動していた。


「お客さんら、見失っちゃったみたいっすね」


 チラリと視線を送った後、虫の羽音よりも小さな声でジャンが言う。


「光を屈折させて、全方位に私達をすり抜けた向こう側の景色が見えるようにしてるからね。周囲の気流も変化させて、匂いから足音まで全部、この場から出て行かないようにもしてるしさ、見失っても仕方ないんじゃない」


 ヴァナが少し口角を上げてジャンに答えた。


「さて、無駄話している時間ももったいないからな。さっさと片付けちまうぞ」


 ロドがジャンを肘で小突き、集中するように促す。


 シャポーも含めた五名は、隊長であるロドへ「スィッ」と了解の音を送ると役割に集中する。


 第二要塞の偵察時と同じく、ロドとジャンが外部から、ケイとルパが要塞内部からの情報をヴァナへと集約してゆく。


 その隣で、ハンドサインのやり取りを見ていたシャポーが、思考空間内に第七要塞の図面を同時進行で作成していた。ロドからシャポーへ、行動開始の合図が送られ、シャポーの偵察魔法が行使される。


 シャポーの用いた魔法は『術式五十六、改訂ラーネポッポ零点九四二、遠方知覚魔法更新版』というものであった。以前のものよりも改訂された部分が二つ増えており、内二つが更新されたので番号の最後に『二』がついているのだ。が、クレタス内でもそれを理解できる者がいるのかは、シャポーのみぞ知るところといえよう。


 要塞に設置された三種の破壊魔法陣が、機能を停止しているのを確認し、更にシャポーが起動に際するロックを丹念にかけ終わるまで、長い時間は必要ではなかった。シャポーの準備していた術式パッケージに、予め錠の文言を設置する式が組み込まれていたためだ。


 グレータエルート偵察部隊は、任務を完遂して同行者三名のもとへと戻ってゆく。


「・・・っ!」


 ばっと身構えたのはトリアの偵察兵だった。他二名も、近づく存在に気付き臨戦態勢をとる。


 数歩先の岩陰に、三人が鋭い視線を向けていた。


「どこまで接近できるかと思ったけども、なかなか鋭かったね」


 するりと薄絹が落ちるように、身をかがめたヴァナの姿が岩の前に現れる。その後方の別の岩陰や窪みに、グレータエルートの偵察部隊の姿が次々と露わとなっていった。


「な、ヴァナレーチュア殿。まさか、ずっとそこに」


「んなわけないでしょ。任務を終えたから、戻るついでに実力を測らせてもらっただけ。ちなみに、作戦中はヴァナって呼ぶように言ってなかったっけ」


 偵察兵が少々取り乱し気味なのを余所に、ヴァナが平然とした表情で言う。


「その作戦中に、ふざけないでいただきたい」


 ドートの者が興奮気味に、同じ窪みまで滑らかな動きで入って来たヴァナにつめよった。


「君ら、後ろからずっと行動を監視してたんだからさ、お返しってことで許してちょうだいな」


 無邪気な笑顔のヴァナに、ドートの偵察兵は別の意味で頬を赤らめて言葉を失う。


 三人の中で一番冷静に見えるのは、カルバリの魔導師だ。しかしそれも、青ざめたと表現した方が正確かもしれない状況であった。


(敵であれば既に先手を打たれている距離。我々も身構えていた分けではないが、相手が本気であったならば・・・考えたくもないな)


 周囲への警戒を緩めていた己に気付き、魔導師は反省するとともに口を開いた。


「任務が終わったと言われてましたが、作戦中はどこに。我々があなた方を見失っていたのは、流石に知られているのでしょう」


「さっきまではあそこの窪みで情報収集なんかをしてたよ。シャポが法陣の確認とロックまでしてくれたから、ここでの任務はお終いさね。報告もあるんだし陣営に戻るよ。上への報告までが偵察です、なんてね」


 ちらりと舌を出して言うヴァナに、カルバリの魔導師は毒気を抜かれる思いがした。


(エルート族は尊敬すべき種族、と五百年前より巷では伝えられているが、百聞は一見に如かずとは正にこのことか)


 魔導師は苦笑い気味の表情を浮かべた後、ヴァナの言葉で引っかかった部分についてたずねる。


「魔法陣の状態確認が終わり、その後ロックをかけたと言ったか。そもそも、術式発動のゆらぎなどを感じなかったのだが」


 ヴァナと話している間に、他のグレータエルート偵察部隊員も戻っていた。


「それはですね。術式五十六に変更を加えたものを使いました。精霊魔法に影響を与えないよう、カスタマイズしたパッケージ魔法にしあげましたので、魔法発動の粒子の動きなども、精霊魔法のおかげでこちらまで届かなかったのではないかと考えられます」


 少し緊張した声で、シャポーが魔導師に答えた。カルバリ魔導師団は、クレタス内でも有数の実力をもつ一団だ、とシャポーは文献などで読んだことがある。魔導師検定試験でトップクラスの成績の者ですら、入団は難しいと聞いたこともあるくらいだ。


 同業者で見習いの位置にいるシャポーが、緊張た様子で接してくるのは、カルバリの魔導師にとって至って普通のことだ。だが、何とも名状し難いもやりとしたものが彼の胸中に残る。


(グレータエルートの精霊魔法に行使の痕跡を隠された。パッケージ魔法ならば事前に準備していれば難解な術式も可能・・・なのか。しかし、見習いとはいえ教会魔導講師を依頼される位なのだから、ただの見習い魔導師ではなくて当然か。法陣へ鍵をどうやってかける。聞くのか、魔導師団の精鋭の私が見習い魔導師に・・・いやまて、戻って熟考すれば、答えも出るか)


 プライドと知への探求心の狭間で、カルバリの魔導師は荒波にもまれるような葛藤を覚えるのだった。


次回投稿は10月16日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] それは見習いのフリしたスーパーエリートだけどな たぶんシャポーの展開する魔術の理論を理解するのはフィールズ賞並みに世界に10人いるかどうかレベルな気がする
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