第263話 最初の勇者の恋愛事情
大笑いしたムリューなら、ことの経緯も理解していそうなものだと踏んで、三郎は「今のは何だったの」と疑問を投げかけていた。
ムリューは、あの場面でよく「またのちほど~」などと朗らかに手を振って見送れたものだなと、三郎の行動がツボに入ってしまったようだった。そして、呼吸を落ち着かせたムリューは「あーおもしろっ」と一言区切ってから質問に答える。
「エルート族って、良くも悪くも素直な種族なんだよね。副官さんは、直接話したことがないって言ってた通り、サブローの人となりを確認しに来たって感じかな」
ムリューが言葉を選びながら、嘘をつかない程度にぼやかした回答をする。まあ、副官が何を探るために来たのかとか、ケータソシアのとった行動とかを総合して考えれば、大方の想像はついてしまうなとは思うところだった。
だが、リーマン生活で上っ面を取り繕う人間関係ばかりに囲まれ、鈍化しきったおっさんの頭で、乙女の心の機微を察しろと言うのは酷なことだったのかもしれない。
「そっかそっか、エルート族の中で会話したことが無い人からすれば、人物像を確かめたくもなるよな。報告とは言いつつも、本当の目的は探る事だった彼女を、ケータソシアさんがお怒りぎみで連れ戻してくれたって感じか」
強く頷いて納得した様子の三郎に、馬車内の誰もが冷めた視線を送っていた。シャポーですら、半分ほど諦めにも似た表情を浮かべている。
ムリューは「んー」と思案顔となる。辻褄はあっているのだが、相当的外れな答えを導き出した三郎を正すべきか、ほんの一瞬だけ悩んでみたのだ。
「ま、そんな感じかも」
正解が出るのは速かった。
自分から地雷を踏みに行くのも嫌なので、ムリューはこれ以上踏み込むのをやめた。ケータソシアのあの殺意が、こちらへ向けられると想像しただけでもぞわりとしてしまう。
彼女の声色からだいたいの考えを理解したシトスが、同意を示すような苦笑いで、ムリューへと肩をすくめて見せるのだった。
「隊長クラス以上の人とは、もっと積極的にコミュニケーションをとっておくべきだったのかもな。夕食の時にでも、ケータソシアさんに謝っておかないと」
話題も終わりかと思われた馬車の中に、三郎の斜め上な思い付きが呟かれた。
「えっと、どうしてそうなったのかな」
ムリューの口の端が、ひくりと吊り上がる。
「ケータソシアさんの右腕ともいえる副官の方にすら、信用されてないんじゃ問題だ。同じような気持ちを抱えてる、エルート族の隊長さんもいるかもしれないなと思ってさ」
「だだだ、大丈夫。信用されてるっていうか、エルートの皆は信頼してるから。コミュニケーションは大切だけど、話のスタートがここなのはだめかも」
咄嗟に止めに入るムリューに、三郎は「はて?」と言った表情で返す。
馬車内の皆で、話を蒸し返すのは副官さんに迷惑がかかるだの、信頼を寄せているエルート族が理解されてなかったのかと傷つく可能性もあるだの、ケータソシアが軍の統制に関わることだと言っていたので、人族があまり口を挟まない方がよいだのと並べ立て、三郎が話題に触れないように言いくるめるのだった。
「知れども触れぬが和、ねぇ」
三郎の説得が一段落した馬車の中、ムリューが外を眺めてぽそりと呟いた。
「どうしました、幼少の頃に我々が教わることわざを突然口にして」
隣にいたシトスが聞き返す。機微情報に分類されるものを、たとえ察したとしても口に出さないことが大切であるという趣旨の言葉だ。
「サブローみたいな鈍感な人族には『知らねども触れて乱すな』って言葉を送りたいと思ったの。エルート族だけなら、しないような心配をさせられるからね」
ふうと小さなため息をつき、ムリューは三郎達を見やる。
「退屈しない、という心持ちですか」
「ほんと、人族がこんなに面白いんだなんて、誰も教えてくれなかったもんね」
微笑んで言うシトスに、ムリューがにししと歯を見せて笑って返す平和な旅路が続いていた。
***
先頭も先頭、偵察の部隊を先行させているとはいえ、指揮官と副官の二人が馬を並べてグレータエルート軍のかなり前を進んでいる。傍目に見れば、何らかの作戦かともとれる光景だ。
偵察能力に優れたグレータエルートが、諸王国軍の先陣を請け負っているのだから、彼女達が全軍から突出して先行しているといえた。
「で、本当に妙なことを伝えたりしなかったのでしょうね」
「言う分けないっしょ。大親友で、指揮官様のケータソシアのあれやこれやなんて『知れども』よ」
恨めしそうな目をするケータソシアに、副官がやれやれという気持ちの込められた口調で返す。エルート族のことわざを省略して言い、信用しろと表情でうったえるのだった。
「やれやれなのはこちらなのですけれど」
力なく肩を落とし、ケータソシアは大きなため息をついた。
「大丈夫、大丈夫。口が滑りそうになったら、ケータソシアが絶妙なタイミングで現れたし」
「それ、言いそうになってたってこと」
けらけらと笑う副官を、ケータソシアがキッと睨む。
「でもでも、ケータソシアも五百年一途に来たんだから、そろそろ新しい恋の一つでもしたほうがいいって」
「敬愛ですから」
親友の言葉をケータソシアは即答で訂正した。
「はいはい、敬愛でもなんでもいいんだけどね。五百年も一人の相手を思い続けてると、こんなに奥手になっちゃうものなのね」
「さっき『知れども触れぬが和』を語った口が、ずけずけと言えるものですね」
「親友の愛でしょ。親友の。それに、後ろは誰にも聞こえないようにしてるんだし、いいじゃない。前方だって、一応九番目の要塞まで、門を解放して無人化しておくってことだから、しばらく安全なんだしさ」
その言葉通り、ケータソシア達の背後は、大気の精霊にお願いをして音を遮断してもらっている。大声で叫ばない限り、グレータエルート軍の誰かに声が届くことは無いだろう。第六要塞の幹部の言葉を信じるならば、第九要塞までは安全に進めることにもなっている。
「これは、独り言ですからね」
「あいあい」
観念したとばかりに前置きしたケータソシアに、副官が軽い口調で返した。
「正直、競う相手が多いのですよ。既に負けている雰囲気も、この耳で聴きとれてしまいますし」
「あの二人だもんね。残るニーズを考えると・・・粗野でぶっきらぼうなタイプかな」
「私にそれをやれと!?」
声の大きくなったケータソシアを「声、大きくなってるけど」と副官がなだめて続ける。
「五百年前はさ、ライバルだったあのセクシー大魔導師に勝ってたじゃない。今回も、がんばっ」
「アドバイスになってませんけれどね」
最高のアドバイスだという響きを乗せてくる親友に、ケータソシアは冷ややかに返した。
「最初の勇者の恋人だったとかリークしないから、がんばっ」
「当り前ですよ。応援にすらなってませんし」
戦闘では頼りになる彼女だが、色恋についてはポンコツ以下だなとケータソシアは再びため息をつく。
「でもさ、元ライバルの弟子がライバルなんて、因果?因果じゃない?」
「楽しんでません?」
「騎士のライバルはいなかったもんね。決闘しちゃう?助太刀するけど」
「しませんし、結構です」
冷たく返すケータソシアだったが、親友の声に隠れて響く心遣いが聞こえていた。
五百年前、寿命の違いゆえに先立たれ、失意の底に落ちたケータソシアを支えてくれたのは、この気さくな友だった。
再び訪れるそれを見越し、軽口交じりに後悔が無いよう、秘めたる思いで終わらせるなと彼女は伝えたいのだろう。かなり下手くそなやり方ではあるが。
「ムリューにはシトスがいるから、私が混じれば同族のライバル出現じゃない?」
「やっぱりただ面白がってるだけですね、アナタ」
少しばかり優しさを感じてしまった自分の甘さを、ケータソシアはメーシュッタスの剣を抜くことで、振り払ったのだった。
次回投稿は10月2日(日曜日)の夜に予定しています。




