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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第259話 団長の苦労は続く

 しばらく沈黙が続いた後、テルキはポツリと呟いた。


「近衛騎士団は、立場があって仕方なく付いてきた。ってことですか」


「おおむね間違いではないでしょう」


 テルキの言葉を待っていた三郎は、静かに答えを返す。


「要塞には、オレが勝手に突っ込んだんだし、無理について来なくたって」


「勇者と呼ばれている軍の要人を、近衛騎士が放っておけはしないでしょうね」


 召喚された勇者だともてはやされ、見えていなかった部分を突きつけられたことで、テルキは居心地の良かった夢から覚まさせられた感覚に襲われていた。


 繰り返し再確認するようなテルキの小さな声に、三郎がやんわりと解を当てはめるやり取りがしばらく続く。


 そんな中で、テルキは思い出したかのように、スビルバナンへと振り返った。


「スビルバナンさんも、置いて行けないから、巻き込まれる覚悟をしてたんですか」


「クレタリムデ十二世陛下より『勇者テルキの命を最優先で護る』との勅命を与えられています。騎士として厳守すべきめいと心得ていますので、巻き添えなどとは思わずともよいですよ」


 スビルバナンは僅かに口元を緩め、責務であるが故に気にするなとテルキに伝えるのだった。


 再び三郎へと向けられたテルキの表情には、自分に近しい者を失っていたかもしれないという不安や恐怖、そして、命を投げ出すような発言をする騎士を理解できないという想いなどが、綯い交ぜとなった感情が浮かんでいた。


「クレタスの騎士と呼ばれる方々が、己が騎士たることにどれほど重きを置く者であるのか。テルキ君は、もっと理解してゆく必要がありそうですね」


「・・・みたいです」


 三郎の教えを説くような口調に、テルキはあきらめにも似たため息をつきつつ答えた。


(テルキ君、自分の言動が周りの人の命を左右するっていう実感が、やっと沸いたかな。とかいってる俺も、王都奪還の時に倒れたトゥームの姿を見て初めて、痛感したんだけどもさ。でも、まだまだ足りないんだろうなぁ)


 中央王都奪還のおり、トゥームが勇者の後を追いかけた地下での出来事は、三郎にとっていまだ鮮明に思い出される苦い記憶となっている。


 テルキを諭せば諭すぶんだけ、三郎にも様々なカウンターが飛んでくるようで、心のダメージは徐々に蓄積されていた。


 三郎は、体調の悪さの追い打ちとばかりに、塵と積もったブーメラン攻撃がオーバーキルとなってしまう前に、この審議会を切り上げようと考えた。


 勇者テルキの反省も十分な様子であるし、なにより、三郎の右目の奥がしくしくと痛み出して頭痛の前兆が始まっていたからだ。


 営業スマイルに表情を切り替えると、三郎はこの場を解散させる流れへ駒を進めようとする。が、ふと何かに思い至ったテルキが、三郎に疑問を投げてよこした。


「サブローさんって、いつも戦いの最前線にいる感じですけど、トゥームさんや皆さんの負担になっちゃうんじゃないですか。あ、強力な教会魔法が使えるのか」


 勝手に聞いて、勝手に納得したテルキの誤解がないよう、三郎は素早く答えを返す。


「教会魔法は使えませんよ。戦力として誤認がないようにお伝えしておきますが」


 今後どのような状況に陥るかは分からないのだ。仮にも勝敗の分水嶺で、強力な防御魔法を使ってくれと願われても、三郎には毛ほども行使することが出来ない。


 三郎が戦いに身を投じた経験あったればこその即答といえた。


「え、じゃあ、格闘技とかの達人だからとか」


「でもないですね。私は戦闘に関して、まったくの素人ですよ」


 答えるほどに悲しくなるなと、三郎は営業スマイルの裏で思うのだった。


「護られてるだけなら、サブローさんも、行動をかんがえたほうがいいですよ。教会の幹部なんですもんね」


 テルキの訝しむ視線が、三郎に突き刺さる。何らかの理由を隠しているのではないかと、テルキは疑っている眼をしていた。


「ごもっとも」


 だが、三郎は言われた通りだなと、自戒も込めて頭を下げるのだった。


「テルキ殿、審議の場ですので失礼な物言いは・・・」


「どうせ処刑されるんですから、失礼も何もないですよ。気付いたことを伝えただけ、親切だと思いますし」


 焦るスビルバナンに、テルキは吹っ切れたように返す。


 審議会の閉会を狙っていた三郎は、ここぞとばかりに言葉を挟むのだった。


「処刑は撤回しましょう」


「え?」


 満面の笑みで言う三郎に、テルキが呆けた声を返した。


「テルキ君には、中央王都軍の再編制をお願いします。スビルバナン騎士団長に教えを乞い、指揮官としての成長を期待しますよ。スビルバナン殿は、中央王都奪還の際、友軍が混乱の中にあっても、自らの騎士団を統率した実績がありますからね。師とするには、申し分ないと判断しま――」


「ちょっとまってくださいよ。処刑は無しって、嘘ついてオレを試してたってことですか」


 じゃんじゃん話を進める三郎を手で制し、テルキは身を乗り出して言った。


「いえいえ、嘘であろうはずはありません。審議の状況によっては、処罰もやむなしと考えていましたし、今もそれは変わっていません」


 三郎が、感情の読み取れない笑顔を崩さぬことで、テルキの背筋にぞわりとした悪寒が走り抜ける。


 あえて『処罰』と言い直した三郎を、ケータソシアがチラリと横目で見るのだった。


「しょ、処刑されないんだったら、それが、一番いいです。えっと、スビルバナンさんに教えてもらって、頑張ります。って、答えで、良いんですか」


 審議は現在も進行中だと示唆した三郎に、テルキがしどろもどろに返答をする。


「問題ありません。軍の再編が終了次第、お互いの被害状況も共有しておきましょう。今後の作戦立案において必要な情報と考えられますので」


 三郎が締めくくりとばかりに言った言葉に、テルキが驚いた反応を見せた。


「被害って、怪我した人の数ってことだよね?」


 まさかとでも確認するように、テルキはスビルバナンに聞く。


「王国の剣、勇者近衛騎士団ともに、死傷者を出しております。詳細は、戻らなければ確認できませんが」


「死・・・」


 勇者の名の下に連れて来た者達が、自分の下した判断と行動の結果、命を落としていると今まさに知ったのだった。


 テルキはゴボリュゲンに担がれ、審議会の天幕に放り込まれたのだから知らずとも仕方ない。だが、勇者である己を省みた直後に、行動の結末を聞かされたのは衝撃が大きかった様子であった。


「戦ともなれば当然だろう。ことに、策を誤れば死者も増えるわい」


 あきれた様子のゴボリュゲンが、髭を撫でつつ言った。


「・・・次は、間違えないようにします」


 テルキは絞り出すように言葉を返した。


「死者に次は無いわい」


 大きなため息とともに呟いたゴボリュゲンの言葉は、テルキの心にずしりと突き刺さる。


 その後、審議会の終わりを告げられるまで、テルキが一言も発することはなかった。


 三郎に促され、スビルバナンの後に続くように、テルキは天幕を後にした。


「スビルバナンさん」


 自陣に向かう歩みをとめ、テルキはスビルバナンの名を呼んだ。


「どうかしましたか、勇者テルキ殿」


 振り向いたスビルバナンの目には、硬く拳を握り、決意を固めた瞳のテルキが映る。


「近衛騎士団は、解散しましょう。補給の部隊と一緒に中央王都へ帰還させます。騎士団を抜けたい人は自由に、なんて言ってたら、勇者の肩書に気後れした人が残ってしまいますよね。なので、解散したいと思います」


 ドワーフの指揮官とのやり取りの後、テルキが黙って今後を考えていたのだと察して、スビルバナンは姿勢を正すと騎士の礼をとった。


「はっ。正しいご判断かと」


 短い審議会の時間であったが、テルキにこれ程の影響を与えるものなのだなと、スビルバナンは感心する。その気持ちに反して、早々に三郎へ相談を持ち掛けてさえいれば、此度の軍の損害も防ぐことができたのではないかと、反省の念も覚えていた。


 騎士の礼で、敬意を払ってきたスビルバナンに、テルキは苦笑い混じりの微妙な表情を返す。


「あとですね、サブローさんに『師事するように』って言われたので、名前を呼び捨てにしてもらってもいいですか。オレが偉いって感じで接せられると、立場が上みたいに勘違いしそうなんで『ご判断』とかも無しでお願いしたいんですけど」


「勇者殿を呼び捨てですか。いや、国王陛下のお許しを頂戴する・・・のも、少しばかり違うと言いますか」


 困り顔のスビルバナンに、テルキは更なる注文を口にした。


「それと、オレは召喚された人ってだけで、勇者でも何でもないんだって知りました。なので『勇者』っていう肩書も返上したいと思います。結果として、勇者って呼ばれるなら別ですけど、今は違うんだってわかりましたから」


「勇者の返上ですか。さすがに国王陛下のお許しを貰わねばなりません、と思われます。しかしながら、勇者召喚省によって召喚されたので、勇者殿のままでも問題ないのでは」


 突然いろいろと言い出したテルキに、スビルバナンは返答に困る。呼び捨ての件すら片付いていないのに、上の立場として扱うなとか、勇者の肩書まで返上するだとか言い出したのだ。一騎士団長の裁量の範疇を既に超えている。


「勇者召喚省が呼び出したから、勇者じゃなきゃいけないんですか」


 うんうんと考えを巡らせるテルキに、スビルバナンは「勇者を召喚する政府機関が関わってますので、難しい判断です」と答えるほかない。


 スビルバナンの言葉を聞いたテルキが「あ」と言って、妙案得たりといった表情を浮かべる。


「勇者というのはおこがましいから『召喚者テルキ』にすればいいんじゃないですか。召喚されし者ですから、問題ないですよね。中央王都に戻ったら相談してみましょうよ。勇者って肩書は威圧感があるんですから、変えた方が良いに決まってます」


 召喚者テルキが誕生した。


 満足した召喚者は、自陣へ向けて再び歩み始める。自信と決意に満ちあふれた、力強い一歩だった。


「ゆ、じゃない。しょうか、てる、テルキ殿。勝手に決めてしまう性格も、直さねばなりません。話し合いが大切だとも学んだはずです」


 追いかける騎士団長の苦労は続くのだった。

次回投稿は9月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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