第258話 おまえが言うのか
三郎から『物語の主人公のように、死なないと思っていないか』とテルキへ投げかけられた質問を聞き、その場の誰よりも驚いたのは、王国の剣騎士団長のスビルバナンであった。
スビルバナンは、一瞬焦点を失った両の眼を大きく見開き「まさか」と思っているのがありありと浮かぶ表情で、ゆっくりと勇者テルキへ視線を向けた。
殺気にあてられたことで疲れてしまい、椅子に身体を預けていたテルキだったが、あまりにも見透かされた直球の言葉が飛んできたため、座り直して両手を前に出してぶんぶんと振る。
「そそそ、そんなわけないでしょ。子供じゃないんですから『勇者として召喚された!ぼくが主人公!』とか?そんな、た、単純に考えちゃうような歳じゃないですし」
慌てて否定したテルキだが、両頬が徐々に赤くなってしまうのを隠しきれずにいた。17歳にもなった青年が『俺ってワンチャンこの世界の主人公じゃね』などと心の中で妄想していた秘め事を、人前で暴露されてしまったのだから仕方がない。
(テルキ君よ、四十も過ぎたおっさんがな『召喚されたってことは、私は勇者なんですか』って自分から言っちゃったよりかは、全然ましなんだぜ。あ~、スルクロークさんとトゥームに、自分が勇者なのかって聞いちゃった時を思い出してしまう。めちゃブーメランで、恥ずかし痛しなんですけれども)
三郎は無駄にカウンターパンチを食らいつつも、平静を装うのだった。
「考えていたということで間違いありませんね。申し訳ありませんけれど、こちらには真実の耳を持つエルート族がおります。否定したところで解ってしまいすのでご了承願いますよ」
ケータソシアと頷き合うと、三郎は穏やかな口調を維持したままで勇者テルキに言う。
「ぐ、あなたは、オレに恥をかかせたいだけでしょう」
「いいえ、違います。テルキ君が、自身をどのよに思われているのか把握させてもらい、己の存在をより正確に理解してもおうと考えているだけです」
「理解させたところで処刑しようって?人として最低な発想じゃないですか」
睨みつけてくるテルキの言葉を、三郎は頷きもせずに笑顔で受け流した。
「テルキ君、貴方が勇者であろうとなかろうと、無茶をすれば命を落とすということは、理解してもらえたと考えていいですか」
「トゥームさんに簡単に殺されそうになっておいて『死なない』とか言い続ける程、馬鹿じゃないですよ」
不貞腐れたように唇を尖らせ、テルキは三郎に答える。
「では改めて問いましょう。第六要塞に単身で突撃した際、自らは死なないと考えての事と理解しましたが、後続の味方はどうなるか考えませんでしたか」
「・・・勇者の軍勢だから、大丈夫だろうって」
「考えに無かったとの響きが聴き取れます」
テルキの声に含まれる感情を察知し、ケータソシアが冷めた表情で彼の言葉を遮った。テルキは、ぐっと唸って口を閉じる。
「テルキ君。君が任されている『勇者』の肩書は、彼らの命運を左右するほど影響力があると、もっと理解しておかなければなりませんでしたね」
第六要塞に攻撃することで、頭がいっぱいになっていたのは事実であるため、テルキの口から咄嗟に返す言葉は出てこなかった。
テルキの様子を見て、三郎は粗々ではあろうが、彼が自分の取った行動とそれに付随してくる味方の被害について頭の中で整理できたと判断する。そして、次の段階へと話進めた。
「もっと時間をさかのぼることになりますけれど、中央王都の軍人や貴族階級に勇者の肩書がどれほどの影響力を持っているのか、説明しないといけないようですね」
「時間をさかのぼるって、どういう意味です」
次は何を言われるのかと、嫌気のさした表情でテルキは聞き返した。
「勇者近衛騎士団は、設立すべきではなかったというお話です」
「何でそんな話になるんですか。そもそも、貴方には関係ないでしょう」
自分の騎士団としてお気に入りであるが故、テルキは思わず声を荒げていた。
机に両手をつき立ち上がった勢いで、テルキの座っていた椅子が倒れて大きな音を天幕内に響かせる。
「戦場を同じくする者同士、関係が無いとは言わせませんよ。それに、テルキ君は勇者近衛騎士団の士気が、他の軍勢と比べるべくもなく低いということに、気付いていなかったのではありませんか」
三郎は、テルキの態度を前にしても営業スマイルを崩すことなく言う。
「指揮が、低い?」
初めて耳にしたため、テルキは動揺してスビルバナンを振り返った。
スビルバナンは神妙な表情のまま、瞑目して答えようとはしない。なぜならば、理由をこの場で話してしまえば、近衛騎士団に所属している者達に非が及ぶと判断したからだ。
拘束されているシュカッハーレや軍幹部が、既に法的な処罰を下され、全権を剥奪されているのならばまだしも、スビルバナンが今の時点で無暗に答えを返せるものではなかった。
「指揮が高くないと分かったのは、最初の軍議でのことです。エルート族の真実の耳によって、近衛騎士団から諦めや不安、そして恐怖心が聴き取れました」
「そんなの一度も言われたことないですよ。ずっと一緒に居ましたけど、諦めとか不安だとか見たことも感じたこともないですから。勝手なこと言わないでください」
三郎の言葉に、信じられないといった表情でテルキは言い返す。が、心の内をずばりと言い当てる種族が相手なので、好き勝手な想像で話しているのではないのだと、テルキは理解するほかなかった。
「近衛騎士団の方々は、貴族や政府に近しい家柄の人達が集められたようですね。勇者の名を無下にできぬ立場の者達だと、考えてみたことは」
三郎に問われて、テルキの視線が天幕内をふらふらと泳ぐ。
「いや、だって、シュカッハーレさんが喜んで剣を取った人たちだって、言って・・・」
「シュカッハーレ・オルホーソも、勇者の後ろ盾となっている時点で、肩書の影響力を有しているといえます。その彼の要求を簡単に断れる者がいるとは、考え難いと思いませんか。勇者という肩書は、使い方を間違えれば、相手に有無を言わせぬ無言の圧力となるのです」
「そんなつもりで、勇者だって言ったことはありません」
諭すように言う三郎に、テルキは再び声を荒げる。相手に言うことをきかせるために、テルキが勇者と名乗ったことなぞ一度もないからだ。
「こちらにそのつもりが無くとも、相手がどう受け止めるか、なのですよ」
三郎のこの一言を聞いて、力なくテルキは椅子に腰を下ろした。
「オレと一緒に戦いたいって、言う人だっていっぱいいたんだ」
「名乗り出てくれた人は、そうなのでしょう。また、募集をかけて集ってくれたのならば、それも本心からなのでしょう」
「勇者近衛騎士団に加わらないかって、声をかけたら、喜んできてくれた人だって・・・」
「その方が政府に近しい立場ならば、断ることはしないし、出来なかったでしょう」
テルキは、一つ一つ丁寧に答える三郎に視線を向けると、その背後に控えているトゥームが目に入った。
「・・・だから、はっきりと断れたのか・・・」
ため息にも似た弱々しさで、テルキはポツリと呟く。小さな声であったが、静かな天幕内にいる誰もの耳に届いていた。
全てとまではいかずとも、何かを学び取った様子のテルキに、三郎は営業スマイルをやめて真剣な顔で向き合った。
「貴方の肩書は、強い権力にもなり得るのです。今後は慎重になることを注進します。そして君の立場は、多くの者の命を預かっているのです。行動一つで巻き添えとなる者が増えることを、心に深く刻み込んでおく必要があるでしょう」
と、偉そうに言ってはみたものの、再びブーメランとなっ自分の言葉が帰ってくるのを三郎は感じていた。
(うう、俺も言動には、十分注意しないといけない一人なんだった。仲間の優しさに甘えて、無理してもらってばかりだもんな。ああいかん、周りから「おまえが言うか」って思われてそうで、すごく心配なんですけども)
説教顔をキープしたまま、おっさんには葛藤の波が押し寄せつづけるのだった。
次回投稿は8月28日(日曜日)の夜に予定しています。




