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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第257話 死にますよ

 いきなり飛び出した『処刑』という言葉に、テルキはしばらく目を瞬かせて三郎を見ていた。


「・・・処刑?言い間違えなら言い直した方がいいですよ。というより、勇者のオレに処罰を与えようだなんて、許されると思ってるんですか」


「私の言い間違いでも、貴方の聞き間違いでもありません。その命で責任を取ってもらいます。と、申しました」


 冗談でも聞かされた表情で、テルキは三郎に発言の訂正を促がす。だが、三郎は営業スマイルのまま、より伝わりやすい直接的な表現で返したのだった。


 勇者の背後に控えるスビルバナンは、重心を僅かに落として腰に下げた剣の位置を左手で確認する。同時に、三郎側に並ぶ面々を、つぶさに観察した。


 一番右手に座るドワーフ族は、方眉を上げて三郎の真意を確認するかのような視線を向けている。ドワーフの指揮官にとって、処刑を言い渡したのは予想外のことだったのだろう。


 次に、スビルバナンの中で、魔導師少女の様子が気にかかった。何せ、教会の魔導師顧問であるならば、審議に臨む前に相談もしているのではないかと考えられたからだ。


 しかしながら、魔導師シャポーは、きょとんとした表情を浮かべて三郎の横顔を見ているだけであった。ゴボリュゲン指揮官と同じく、彼女も予想だにしていなかった発言であったのがうかがえる。


 スビルバナンの視線は、三郎の背後にいるトゥームへと自然に流れていく。


 彼女はちらりと三郎へ視線を落としはしたものの、すぐさま秘書官としての顔に戻って事務用ゲージの操作を継続していた。


(動じていないのは、修道騎士が故か、秘書官としてわきまえているためか。もしくは、サブロー殿の発言を既知としていたか・・・いずれにせよ、トゥーム殿は警戒せねばならないか)


 王国の剣騎士団長として、勇者の身を護るのは、この場における最優先事項だ。スビルバナンは、修道騎士であるトゥームが攻撃に移った場合、己の一命を懸けねばなるまいと覚悟をかためた。


 最後に、真実の耳を持つグレータエルート族、ケータソシア指揮官の表情が胸の奥に引っかかった。


 両目を見開くようにして、三郎の言葉を疑うかのような視線を送っていたからだ。


(おおよそ、先の発言は、方々の総意ではなく、三郎殿の考えから出たものと察せられる。しかし、どなたの口からも反論のない所をみて、三郎殿の意向に従うものであるのは、間違いないと言えるか)


 中でもスビルバナンにとって不気味に感じられたのは、真っ直ぐに向けられている三郎の変わらぬ笑顔である。諸国の王らと同等以上に渡り合っていた会議の時も、あの表情ではなかっただろうか。


 こめかみのあたりを、つっと冷たい汗が流れるのを感じつつ、スビルバナンは相手側の動きへと集中を高めてゆくのだった。


 スビルバナンの読み通り、ケータソシアは驚きをもって三郎の横顔を見つめていた。


(サブローさんの声に、偽りの響きは含まれていません。でも、勇者に対する殺意や害意が、聴き取れていないのも事実。刑執行を伝えるだけの役割の者が、こういった音調で話すのは耳にしたことがあります。しかし、サブローさん自身の考えから発した声が、この様な響きとなるものなのでしょうか)


 感情を込めず、法に照らし合わせた刑罰を言い渡しているかのような三郎の声に、ケータソシアは意図をはかりかねて惑わされていた。これまでに、命を軽んじる発言をしてこなかった三郎が、仲間の了承も得ずに勇者へ極刑を申し渡したのだ。


 ただし、彼女が黙っていたのにも理由はある。三郎の言葉には、仲間に信用してくれと求める響きが多分に内包されていたからであった。


「勇者であるオレに、処刑だなんて言える権利が、貴方にあるはずがないでしょう」


「失礼ながら、現在の総指揮権を有するのは私です。中央王都軍は情報開示の義務を怠り、その旗印たる勇者は、王都軍を全滅の危機におとしめる行動をとりながらも、その危うさに気付きもしていない。敵対するセチュバーと同等の危険因子、獅子身中の虫であると判断いたしました」


 普段と同じような口調で、営業スマイルを崩さず語る三郎を前に、勇者テルキの頬がひくりと吊り上がった。


「本気で、勇者を処すると、申されて、いるのですか」


 右足をすっと前に出し、スビルバナンは息詰まる声で確認する。


「無論」


 スビルバナンが威嚇ともとれる臨戦の構えをとっているにもかかわらず、三郎は穏やかに即答した。


「勇者はクレタスの人達を助けるために召喚されたんですよ。それを、処刑するとかありえないじゃないですか」


 たまらず椅子から立ち上がると、テルキが反論の声を上げた。左手が剣を手繰り寄せており、身の危険を感じ取ったのがありありと分かる。


「勇者の適性を欠いていたと、きちんと説明しますので問題ありません」


「問題だらけですよ。こんなふざけた会議はおしまいです、処刑できるならやってみればいい。勇者であるオレがこんなところで死ぬわけがない」


 テルキは剣を抜くと、テーブルを挟んだ三郎へ向けて切っ先を向けた。


「死にますよ」


 三郎に相変わらずの笑顔で言われ、さすがのテルキにも悪寒がはしる。


「召喚した勇者を殺せばどうなるか・・・」


「また召喚すれば良いだけです。皆の望む勇者像であることを願います」


「ふざけるなよ」


 ぎりりと音が聞こえそうなほど歯を食いしばり、テルキが低い声で三郎に言う。


「申し訳ありませんが、トゥームさんにお願いがあります。彼も命を失うことがあるのだと、教えてあげてはもらえませんか」


 三郎が言い終わるかの間に、トゥームはテーブルを飛び越えていた。


 反応して抜き放ったスビルバナンの剣が、空気を切り裂いてトゥームへと振り抜かれる。予測していたトゥームは、テーブルを蹴って体を捻り、スビルバナンの鋭い斬撃を避けて見せた。


 テルキも剣の腕を上げたもので、向かい来るトゥームを防ごうと、短時間の間に剣を立てて防御の姿勢をとっていた。


 だが、それがあだとなる。自らの剣で死角を作ってしまったテルキに、それ以降のトゥームを追うことなど出来なかった。


 彼の背後へと回り込んだトゥームは、右手の親指を立ててテルキの喉元を圧迫する。


「ぅえ゛っ」


 ナイフのように鋭く突きこまれた指と、トゥームの放つ殺意から、テルキは本当に殺されてしまうのではないかという恐怖を覚えた。


「っくぅ」


 渾身の一振りをかわされたことで、姿勢を僅かに崩したスビルバナンの首にも、トゥームの左手の手刀がぴたりとあてがわれて身動きが取れずにいた。


「お二人とも、この体勢からでも致命傷を与えられますので、剣を放してください」


 トゥームの無感情な声に続き、二本の剣が床に落ちる音が天幕内に響く。


「ありがとう、トゥームさん」


 三郎が言うと、トゥームは二人を解放して、元いた位置まで何事もなかったように歩いて戻るのだった。


「テルキ君も、自分が死んでしまうことがあるのだと、理解してもらえましたか」


 どさりと椅子に座り込んだテルキに、三郎が問いかけた。


 青ざめた顔で荒い息をつくテルキは、トゥームの殺気にあてられて言葉を失っていた。スビルバナンは、不覚を取った自分を恥じた表情をしている。


 テルキの呼吸が整うまで、三郎は営業スマイルのままじっと彼を見据え続けていた。テルキにとって、得も言われぬ恐ろしい時間であったことだろう。


「いつでも殺せると、言いたいんですね」


 絞り出すようにテルキが言うと、三郎はゆっくりと左右に首を振って否定した。


「クレタスの人々と同じように、テルキ君も不意に死んでしまう。自分が物語の主人公のような存在ではないのだと、分かってもらいたいのです。行動から察するに、自分は死なないとでも思っている節はありませんか」


 おっさんの薄ら気持ち悪い営業スマイルは、引き続き継続中なのだった。

次回投稿は8月21日(日曜日)の夜に予定しています。

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