第256話 責任のとりかた
不遜にも、短めに済ませろと言ってきたテルキに、三郎は営業スマイルを向ける。
「善処いたしましょう」
とは返してみたが、聞くことが多すぎるんだよなと内心ため息をついた。
勇者近衛騎士団そのものの存在自体から始まり、戦場へ連れてくるに至った経緯も聞かねばならない。王都軍含む諸王国の軍が、前線に到着する遅れとなった原因の一つであると耳にしていたからだ。
第六要塞に攻撃を仕掛けた経緯は、先程スビルバナンから確認している為、問い直す必要は無い。
だが、洞窟内での勇者の行動が問題なのだ。
攻撃を止めようと、追ってきた三郎達を振り切った理由は、まだ理解できなくもない。しかし、勇者の名を冠する中央王都の軍勢をも置き去りにし、無謀にも一騎で先駆けたのは問題とされるべき行為だ。
王国の剣と勇者近衛騎士団の撤退は、勇者が単騎で突撃したことで、選択肢として失われることになるのは容易に想像がつく。自らの立場を十分に理解せぬ行動であったと言わざるを得ない。
更に、スビルバナンの報告を受けたことで、新たに問題として浮き彫りになったこともある。
それは、彼らの作戦において、第六要塞の壁を突破可能だと断定したのが『勇者と攻城兵器二機によって』という試算の上に成り立っていたという事実だ。勇者が一人で突っ込んでも意味がないと、十二分に理解しておかねばならない作戦の要部分だったのではないだろうか。
(自信過剰なのは困るな。クレタスの人族の超重要人物って考えられてる勇者が『勝手な行動を続けますよ』みたいなニュアンスで答えるなら、今後も全軍全滅の要因になるから、ご退場願わないといけないんだよなぁ。総指揮官ていう俺の立場上さ)
他にも、取り上げようとすれば細かな問題点は幾つも上げられるが、差し当たって問うべき事はこんなものだろうと、三郎は頭の中を整理していた。勇者当人からも、短く済ませるよう要望があったことだし、何より三郎が体調を維持できそうな時間も長くはない。
「ではまず、勇者近衛騎士団の設立と、セチュバー軍追撃に参加させた経緯についてお聞きしても?」
「最初の軍議で紹介した時に聞いてくれれば、今になって説明する必要も無かったと思いますけど。いいですよ」
小憎らしい口調ではあるが、テルキは満更でもないという表情となって言った。
(うわー、俺がやっぱり美女騎士団のこと、気になって仕方なかったみたいな感じ?いや、素直に答えてくれるならいいんだけどもさ。あ、何だろう、この歯痒さ・・・勇者君の勘違いだけど、マウント取ったみたいな顔されて、ちょっと悔しいかも)
などと心をかき乱されながらも、三郎の顔が営業スマイルを崩すことない。
「お願いします」
三郎は微かに頭を下げ、穏やかさを装って話を促がすのだった。
彼らの軍が合流した最初の軍議で、ケータソシアが出席者の様子をこそりと教えてくれていた通り、召喚省のシュカッハーレがお膳立てした騎士団であった。
勇者が目を付けた者も加え、勇者近衛騎士団として中央王都政府が、可及的速やかに承認したようだ。
「勇者のオレが声をかけて、断る人なんて誰もいませんでしたよ」
当然といえよう。
中央政府に近い立場の貴族であればなおのこと『勇者の申し出』は断りずらい物であるはずだ。仮にも内乱の首魁たるセチュバー王を倒し、王の名代まで任される召喚省が、勇者の後ろ盾となっている。対応を間違えれば、貴族の地位を下げられるどころか、家名を剥奪される可能性すら考えてしまったことだろう。
為政者にとって勇者の名がどれほどの重みをもつものなのか、テルキの言葉の端々から十分に理解できていない雰囲気が伝わってくる。
「そのような俄仕立ての騎士団を、戦場に連れてきたということですか」
「にわかって、軍の経験者もいますから。それに、勇者を護るための近衛騎士団が、勇者について来なくてどうするっていうんですか」
呆れた余り、つい本音がぽろっと出てしまった三郎に、テルキはオーバーなほど肩をすくめて言い返した。
刹那、背後に理事の秘書官として控えていたトゥームの気配が、戦場に立っている修道騎士のそれに変わったのを、三郎は感じ取る。
「召喚省から、勇者直属の騎士団の存在こそが重要との進言があり、国王陛下より派兵の命が下されたのです。戦闘の際には、王国の剣の指揮下に入り、騎士団として不足するところを補うよう、命令も頂いております。王国の剣騎士団の純然たる増員とお考えいただければと」
トームの変化を察知し、スビルバナンが慌ててフォローを入れた。
彼は大きく一歩踏み出して勇者の傍へと移動しており、無意識のうちに剣の鞘へと左手を添えて、抜刀の構えをとってしまっていた。
「第六要塞への道のりで、自らの近衛騎士団を置き去りにした理由についても、指揮系統が王国の剣騎士団にあったがためと考えてよいのでしょうか」
三郎は、右手を軽く上げてトゥームを制止する動作を見せると、理解を示すかのようにスビルバナンへ言った。
「はい。そのようにご解釈いただければと」
はたと鞘に置いた手に気付いたスビルバナンは、急いで手を放すと半歩下がって姿勢を戻すのだった。
(勇者君の言葉で、護るというより『護らせる』ってニュアンスが強かったから、トゥーム先生は騎士モードに入っちゃったんだろうな。その気持ち分る、分りますよ。でも喧嘩はいかんよ、平和に行こう、うんうん)
三郎の背中に伝わる気配から、剣呑としたものは既に消え去っていた。
互いの陣営のやり取りが理解できていない勇者テルキは、突然声を上げたスビルバナンに「え、何で」という視線をちらちらと向けている。
「では勇者殿、単独で第六要塞に攻撃を仕掛けた理由について、聞かせてもらっても良いでしょうか」
スビルバナンがストレスで胃潰瘍にでもなってしまわぬうちにと、三郎は話を切り替えることにした。
三郎も焦っていたかと問われれば、答えはノーだ。
三郎が前面に出ているうちに、トゥームが怒りに任せてテルキの頬を叩きに行くことはない。更に言ってしまえば、トゥームが本気であればあるほど、三郎が止める前に事は済んでいるであろうことも理解していた。
「あなた達が攻略作戦を妨害しにきたからですよ。言わなくたってわかるでしょう」
面白くないとの表情を浮かべ、テルキは三郎につっけんどんに言った。
「全く分かりません」
「は・・・邪魔しに来た張本人が、何言ってるんですか」
即答する三郎に、テルキが目を見開いて言い返す。だが三郎は、営業スマイルを僅かにも動かすことなく静かに続けた。
「中央王都軍の作戦では、勇者と攻城兵器二機の攻撃力をもって、要塞の壁を打ち崩す計算となっていたようですね。なのに、勇者殿は一人で要塞に切り込んでいった。それ以前に、我々が追いついた時点で、立案した作戦そのものが誤っているのではないかと考えられませんでしたか。我々に追われることも想定し、遂行できると判断したからこそ実行に移したはずです」
「追いつかれた時点でって、作戦通り攻撃してたら、要塞の壁だってこわせたかもしれないじゃないですか」
テルキの返答に、三郎はふむと頷いて口を開く。表情からは笑顔が消え、至って真面目な様相に変わっていた。
「かもしれない・・・ですか。そのような不確実な作戦に、仲間を巻き込むべきではないですね。諸王国軍が、確実性を少しでも上げるために、時間のかかる方法を選んだ理由も考慮してもらいたかった」
「で、結局何が言いたいんですか。どうせ間違いを認めて謝れとかってことですよね。前線にいる中央王都軍のトップはオレになってるみたいですし、頭を下げて終わるなら下げますよ」
一つ一つ確認されることに嫌気がさしたのか、勇者テルキは苛立ちを隠す様子もない語調で結論を求めた。
テルキの言葉を聞いて、ゴボリュゲンなどは浅慮で短絡的な答えをだすなと呆れるしかなかった。何の解決にもならず、謝罪したとて単にこの場を終わらせるだけの行為でしかない。
しかし、三郎は別の感想を抱いていた。
(へぇ、自分が王都軍のトップだって認識はできてたんだな・・・)
三郎の頭の中で、話の流れのパズルが組み上げられてゆくのと比例して、真剣な物となっていた表情が崩れてゆく。
再びの営業スマイルが完成したと同時に、諸王国軍の総指揮館であるおっさんの口から次の言葉が発せられるのだった。
「謝罪はいりません。総指揮官の権限において、処刑というかたちをとらせてもらいます」
言い渡された勇者本人だけではなく、仲間からも『突然どうしたっ』という目を向けられたのは言うまでもない。
次回投稿は8月14日(日曜日)の夜に予定しています。




