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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
257/312

第255話 咄嗟の答えが主人公

 三郎は、己の体調に表情を曇らせたまま、一つ大きく息を吸った。


 十分に空気をため込むと、血流を良くするかのように肩や胸周りに力を入れて軽く動かす。そして、鼻を小さく唸らせつつ、そっとたまったものを吐き出すのだった。


 元居た世界で、体調が悪かろうと代役を立てられない会議の前に、体と心を仕事モードへ切り替える為に行っていたルーティーンだ。


 人によって、栄養ドリンクを飲むことだったり、その場駆け足をしてみたり、トイレの個室で精神集中をしたりなどなど、体調が悪い時の気合の入れ方は様々なのだろう。両頬を力強く叩いて気合を入れる同僚がいたのも、はるか遠い記憶のように三郎は思い出していた。


 サラリーマンともなれば、公私のスイッチを切り替えて仕事モードに突入している時、多少具合が悪くとも仕事をこなせてしまうようになる。更には、上司や客先との飲みの席などで、酒に酔いにくくすらなれるのだ。度重なる緊張と集中により培われる特殊能力なのかもしれないと、三郎は今更ながらに回顧するのだった。


 だたし、特撮ヒーローの変身タイマーよろしく、時間が終わればどっとダメージが襲い来るのも事実ではあるのだが。


(よーしよし、少しばっかり落ち着いたかな。さすがに長丁場は無理だけど、この会議くらいは乗り切れるか。ビジネスマン舐めんなよ)


 三郎は、息を吐き終えるのと同時に、両目を開く。正面の席に着いているテルキへと視線を向けた。


(うおっ、眼から入る光が、残りのライフポイントを削ってくる。さっさと聴取して、さっさと説教して・・・帰りたい。いやいや、頑張れ俺、負けるな俺。ここは大人として、人生の先輩として、勇者君に今回の事をきちんと理解させなきゃいけないもんな。とりあえず、第六要塞を攻めるって決めた経緯から確認するんだったな)


 目を閉じてしまいたい衝動と戦う三郎の眼光は、あたかもテルキとスビルバナンを睨みつけるようであった。


「全軍によって行われた最初の軍議後から、王都軍が第六要塞を攻めると判断した経緯を説明してもらえますか。簡潔明瞭な答えを求めます」


 事細かに詮索するほど、三郎の体調には余裕がない。


 王国の剣騎士団長のスビルバナンなら、要点だけを伝えてくれるだろうと期待しての問いを、三郎はあえて投げかけた。完全な時短狙いなのは言うまでもない。


(おお、わしでもせんようなざっくりとした質問をしよったわい)


 ゴボリュゲンが口元に手をあてつつ、三郎の横顔をちらりと確認した。


 中央王都や諸王国軍の者は、ここを審議の場と位置づけている。前線故に仮の場とはいえど、中央王都軍の誰が立案し、誰が招集し、誰がどれだけの責任を負うものであるかを明らかにすべきなのだ。


 案の定とでも言うべきか、説明を開始したスビルバナンは『誰が』という部分を口にすることなく、事の経緯だけを報告した。スビルバナンは、悪意から隠し立てしているのではなく、騎士として全ての責任を自らもが負う覚悟で回答しているのだった。


 内容は短く分かりやすくまとめられ、三郎なぞ(これは議事録つけるの楽そうだなぁ)などと斜め上な感想を抱きつつ聞いていた。


 スビルバナン曰く、要塞を攻略するに至った要素の中で、一番の判断材料となったのは第六要塞の図面の存在だ。破壊の魔法陣は簡単に移設できるものではないため、設置場所の特定が容易だった。そのため、突入箇所も一つに絞られることとなる。


 攻城兵器部隊の試算によって、要塞を崩落させるならば、防衛の為に壁の厚みを増すのにも限界があることが判明。勇者と攻城兵器二機をもってすれば、壁を破れるだけの攻撃力は確保されていると判断されたのだ。


 また、エルート族の偵察部隊が要塞を目視で確認できていることから、中央王都軍が遮音の魔法を展開しつつ接近すれば、破壊の魔法が完全に効力を発揮するまでに第六要塞を制圧するには十分な時間が有るとも考えられていた。


 更には、中央王都のクレタリムデ十二世に作戦概要を上げた際、即座に許可が下り『速やかな解決を望む』との意向が示されたのだということであった。


「グレータエルートの偵察部隊が行使する『姿隠し』の精霊魔法を、遮音魔法などと同程度に考えたのが、大きな間違いだったと考えられます」


 報告を終えたスビルバナンに、シャポーが真面目な表情で静かに返した。


「魔法が発動された時点で、要塞の重心がずれてしまうとも考えれんかったか。即座に法陣を解除したとて、集中荷重のかかった建築物の崩壊を止められんというのも頭に入れておかねばいかん」


 第六要塞はただの建築物ではなく、洞窟を支える支柱でもあったのだ。ドワーフ族は、トリア要塞国の北に位置する洞窟内にも、町を造り生活をしている。彼らからすれば、常識ともいえる考え方なのだろう。


 呆れた表情で髭を撫でると、ゴボリュゲンは両肩をすくめて見せるのだった。


 中央王都軍が見落としていた部分を、あっさりと指摘されてしまい、スビルバナンは返す言葉もない。


「スビルバナン騎士団長のお話から、誰がどのような指示命令をし、作戦が実行されたのかが判別できました。諸王国並びに中央王都政府へは、わたくしの方から文書として提出しておきます。責任の所在を明らかとする参考とされるでしょう」


 ケータソシアが、さも聴取すべきものは全て終えたという口調でシャポーとゴボリュゲンの後に続けたため、スビルバナンはそこで驚きの表情を浮かべた。


「誰が・・・とは、一言も申し上げておりません。第六要塞の図面を持ち合わせていた者の名ですら、私は口にしてはいない」


 騎士団の団長として、自らも厳しく罰せられるべきなのだという考えから、焦ったような口調でスビルバナンは詰め寄る。


 彼を諫めるように、ケータソシアはゆっくりと首を横に振ってから口を開いた。


「図面は勇者召喚省の『あの男』が持っていたのでしょう。貴方の声に現れる意識の向きが、私には指さすかのように聴きとれます。直接名を上げずとも、意識の向けられた方向さえ分かれば、おのずと判明するものです。騎士団長として厳罰を望む気持ちも理解できますが、ここでは事実のみが求められるのですよ」


 エルート族の真実の耳は、目で見て顔の表情を読み取るかのように、言葉を聞いて声の表情を聴き分けることができる。故に、スビルバナンが報告している中で、シュカッハーレや中央王都軍の幹部の拘束されている方角を、無自覚ながらに意識していたのがケータソシアには響きとして聞こえていたのだ。


 グレータエルートにおいて、特に聴力が優れているケータソシアだから断定できる部分でもある。


「恐れ入りました。私は二度において、グレータエルート族の能力を見誤ってしまいました」


 深く頭を下げたスビルバナンは、謝罪と敬意を込めて言った。


(サブローのヤツめ、これが分っておって雑な問いをしおった―――)


 ゴボリュゲンが、なかなかの策士ではないかという視線を向ければ、当の三郎も『すっげぇ』と聞こえてきそうな顔をしてケータソシアを見ていた。


(・・・わけでもなさそうだのう)


 苦笑いを我慢するため、ゴボリュゲンは再び口元に手を当てるのだった。


「作戦の指揮や行動の経緯についての確認は、以上でよろしいでしょうか」


 操作していた事務用のゲージを三郎の方へ寄せて、ケータソシアは会議を進めて良いか問いかけるように言う。


「問題ないでしょう」


 三郎はゲージに記録されていることにざっと目を通して頷いた。


「では次に、教会評価理事サブロー殿から勇者テルキ殿にご質問がありますので、嘘偽りなく具体の回答を願います」


「え?」


 審議会は終わったものとばかり考えていたテルキが、ケータソシアの言葉を聞いてたまらずに声を上げる。


「指揮とか行動の確認は終わりましたよね。オレもスビルバナンさんも、戦いが終わってそのままここに連れて来られたんですよ。個人的な質問なら後にしてもらいたいんですけど」


 テルキのあまりにも場違いな返答に、控えていたスビルバナンが慌てて駆け寄り耳打ちをする。


「テルキ殿、教会の理事として勇者に問いただすべきことが有るとおっしゃられてるのです。終了が正式に告げられるまで、審議は継続中となります」


 個人的な対話であろうはずがないことを、スビルバナンは必死に伝えるのだった。


(あ~、そう受け止めたのね。個人名が出たから勘違いしちゃったか。ある種これも、勇者勇者ってもてはやされた弊害かもしれないな。自分が相手より上の立場だって思ってないと、咄嗟に出てこない答えだもんなぁ)


 頭を抱えたくなるのを抑えつつ、三郎は小さくため息を吐いた。


「第六要塞を越えて進まなきゃいけないから、時間が無いんでしたよね。短めにしてくださいよ」


 勘違いを諭されたのが気に入らなかったのだろう、テルキは皮肉るように言うと三郎へ向けて姿勢を直した。


(っく!ケータソシアさんが初めに言ったのは、会議をさっさと始める為で、そういう意味じゃないんだよ。変な所ばかり覚えてて上げ足とってくるなよなぁ。おじさんちょっとイラっとしちゃったじゃないか。やっべ、頭痛くなってきたかも)


 ひくひくと苦笑いを浮かべたおっさんは、勇者に文句を並べ立てることだけはないよう、大人の対応をしなければと固く心に誓うのだった。

次回投稿は8月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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