第251話 意思通わせし者
王国の剣騎士団とて、クレタスを代表する騎士団であることに間違いはない。
落下してくるミソナファルタ熔解岩に、己の四肢へ体内魔力を循環させて強化し、王国の剣騎士団にのみ帯刀が許される長剣を操り対応して見せていた。
しかし、どんな業物の名刀であろうとも、硬い岩という無機物を弾き続けるには限界がある。彼らの剣には徐々にダメージが蓄積されつつあった。
勇者近衛騎士団も、並みの兵士以上の技量を持っているだけあり、抜刀した剣によって襲いくる岩石から致命傷を受けぬよう対処している。
剣で受けきれぬほどの岩が落ちてくるなら、馬の進路を適切に操作し避けなければならない。視力強化と反応能力の向上を身につけてなければ、不可能な回避行動だ。
彼女らは奮闘こそしている。だが、武器を取り落とす者や、負傷し落馬する者が出始めていた。
王国の剣騎士団やドワーフの軽騎兵団に拾い上げられているようであるが、撤退速度を低下させる要因となってしまっているのは明らかだった。
「脱出できぬかもしれんぞ」
勇者近衛騎士団の状況をちらりと見やったゴボリュゲンが、三郎達に近づきつつ言った。
トゥームの動きを邪魔しないように、三郎は体を可能な限り小さくしている。それ以外にやることが無いので、せめて見える範囲の情報くらいは把握しておこうと、許される範囲で首を巡らせていたため、ゴボリュゲンの言葉が現実味を持って三郎の胸に突き刺さるのだった。
「修道騎士と修練兵は、洞窟中腹を支えるエルート族の援護に入っていますが、長くはもちそうにないと連絡がきています」
修道の槍で広範囲を護りつつ、先刻ゲージに伝えられた内容をトゥームがゴボリュゲンに知らせる。
洞窟の振動と落石の音が増しており、必然的にトゥームは声を張っていた。
「魔力防御の高い要塞に、熔解岩を振り注がせる罠つきの洞窟とはな。まさに、対魔人族用に造ったと言わんばかりだわい」
ゴボリュゲンが皮肉をたっぷりと込めた口調で毒づいた。
クレタス全土を魔人族の脅威から遠ざけるため建設された要害が、今はクレタス側の者達を飲み込まんとしているのだから。
「サブローさん、このままでは我々を含む全ての兵が離脱不能となります。脱落者は捨て置き全速で進むよう、私から命令をさせていただきます」
ケータソシアの声が、大気の精霊によって仲間の耳元に届けられる。
それは総指揮官である三郎に許可を求めるものではなかった。己の責任において決断し、命令するのだという意思が、人族である三郎の耳であっても聴きとれた。
「待ってください、その命令はケータソシアさんからではなく、総指揮官の私から・・・」
人族の者を切り捨てる選択。
明言せずとも、勇者近衛騎士団が足を引っ張っているのは事実だ。他種族であるグレータエルートの指揮官に、人族の兵士を見捨てるよう指示を出させてはならない、との思いが三郎の頭をよぎっていた。
―――と同時に、第一門要塞において彼女が、三郎達を守ってくれた姿がフラッシュバックする。
三郎が、無意識に自分の胸元へと掌をもって行くと、温かな精霊力を返してくるものが触れた。
「トゥーム!地面、俺を下に降ろしてくれ」
急かす三郎に驚き、トゥームは慌てて馬を停止させる。
転げて落ちるように三郎は地面へ着地すると、襟元から小さな紅色の袋を引っぱりだした。
トゥームも、三郎の思い至った所まで考えが及んだのだろう。三郎の頭上を護るように馬を位置取り、騒音にのまれぬ声量で言った。
「こんな広い空間、支えられるの」
「やってみないと分からない。でも、時間稼ぎになるかもしれないし、振動を抑えられるかもしれない」
三郎は、精霊の種が転がり落ちないように右手の平をすぼめると、開いた袋の口を向ける。
ころりと種が二粒、手の平の上に現れた。
「お二人とも何をされているのです。急ぎませんと―――」
三郎と言葉を交わしていたため、二人の様子にいち早く気付けたケータソシアが、踵を返して戻ってきた。
そして、三郎がそっと地面に置いたものを見て、驚きに目を見開く。
「メーシュッタスの、精霊の種!サブローさん、私が部屋を一つ支えたのとは規模が違いすぎます。一歩間違えれば、命の危険も考えられます」
「足を、止めるのも、きけん、なのですよぉ」
ケータソシアの警告に続けて、洞窟の天井に大きな防御魔法を展開しているシャポーが、とぎれとぎれに言った。
「ぱぁ!」
精霊という単語を聞きつけたほのかが、シャポーのフードから飛び出て、三郎の頭の上へと移動した。
「ほのか、メーシュッタスの精霊にさ、洞窟を支えてくださいってお願いしようと思うんだけど。手伝ってくれるかな」
「ぱぁぁ」
三郎の言葉に、ほのかは即答で任せなさいと返し、力強くぺちんと胸を叩いた。
(とは言ってみたものの、精霊の言語が使えるって分けでもないんだよな。とりあえず緊急ってことで、必死に拝み倒すしかない)
三郎の決断は速かった。
地面に置いた精霊の種を前に、正座をして姿勢を正すと、両手を揃えてすっとだし流れるような所作で額を地面まで振り下ろした。
「メーシュッタスの精霊さん、皆が無事に避難できるよう洞窟が崩れるのを止めてください。何卒よろしくお願いいたします」
「ぱぁぁっぱぁ、ぱぁぱぁぱぁ、ぱぱぱぁぱぁぁっぱ~」
見事な土下座だった。
口ぶりを真似しつつ、ほのかも三郎の後頭部に乗って土下座の形を作る。
「あれは人族特有の儀式なのですか。サブローさんの言葉から、いままで耳にしたこともない程の『懇願』の念が溢れ出しています。あまりにも必死な思いに、こちらの胸も痛むかのようです」
「術式ではないのですよ。大地に身を投げ出して、相手に許しを請うために服従を表す文化はあるのですが、あんなに丸くなるのは見たことがないのです」
深い深い願いの響きに、ケータソシアは瞳を潤ませる。その後ろで、シャポーは真面目に解説を付け加えていた。
「なんでもいいから、急いでもらえると、嬉しいのだけれど」
叩き落とす岩石の数が増え、上に意識を集中しているトゥームは、ちらとも三郎を見ることなく訴える。
「力をかしてください、お願いします」
「ぱぁぁっぱ~」
その刹那、三郎の脳内へと声が響いた。
騒音に包まれ揺れていた体の感覚が不意に消失し、思念だけがはっきりしているような感覚におそわれる。
『人族の精霊魔術師よ。我は巨樹御霊という。その願いは真であろうや』
それは言葉と呼ぶには、まっさらな思考の中に瞬間的に浮かぶ文字列のようであった。三郎は返事の代わりに、心の中で何度も頷いて返す。
『我らの住まいし次元より、そこな後頭部に乗せし中心核たる精霊の力を、其方の体を媒体として我に移さば可能ではある。媒体の負担たるや計り知れぬが、覚悟の上か』
一瞬で頭の中へと流れ込んできた問いかけに、三郎は再び頷くように意思を示す。覚悟もなにも、土下座をしているのだから決心が揺らぐはずもない。
『言葉交わす者の危機は、我も望まぬのだ。意思通わせし者よ、我が役目を完遂するまで、その身が保てていることを祈っておく』
声の主の意識が、ケータソシアへふと向けられたのを感じた後、三郎の身を案ずる言葉へと変化した。
とりあえずやれることがあるなら頑張るとの意思を乗せて、三郎はその精霊に肯定の意を送る。
『我は巨樹御霊メーシュッタス、大地の核たる精霊力を受けとり、根を張り枝を伸ばし巨樹たる真の姿をここに成さん』
宣言ともとれる言葉と共に、三郎は白い思考の空間から現実へと引き戻された。
(えっと、今のなんだったんだ。とりあえず通じたってことでいいのかな。それとも、頭に石でも当たって意識が一瞬飛んだだけとかだったらやだなぁ)
などと考えながら、三郎は目の前の種に視線を向ける。
精霊の種にピシリと亀裂が入るのが目に入った。
「お~願いが通じ、た?」
言い終えるか終えないかの内に、三郎の全身から種に向かって流れ出る『何か』があることに気付く。
間を置かずに、激流となって三郎の内部を通り過ぎて行く。
「おぐぉ」
発芽した種を目の前にして、三郎は(別次元から来た精霊力が、俺を通って流れ出てるのね。内臓持ってかれるみたいな気分、気持ち悪ぅ)と理解する。
まるでおっさんが理解したのがゴーサインだったかのように、二つの種は見る間に根を張り、幹を太く成長させて洞窟の中へと広がってゆくのだった。
次回投稿は7月10日(日曜日)の夜に予定しています。




